――――漂う。
身体も、意識も。
指揮官である南方棲鬼の、味方を平然と捨て駒にする作戦に反発した戦艦レ級は、彼女の手によって粛清されて海へと投棄された。
だが、なまじ並のレ級よりも頑丈な身体を持っていたがために、彼女は即死せずに海流に弄ばれていた。
「(…………ナンダ……マダイキテタノカヨ……オレ……)」
廃棄された直後は南方棲鬼への復讐心が湧いていたが、海中を漂い、幾度も意識を失っては取り戻しを繰り返す内、もはや生きる事への諦めすら抱いていた。
今はもう、ただこの静かな海の中に眠りたい。
そんな願いも、突発的に強くなる海流が許さない。
「(モウイイ……ネムラセテクレ……ツ級タチノトコロヘ……イカセテクレヨ…………ア……ソウイヤ……ニンゲンタチノイウ……テンゴクトカ、ジゴクトカッテ……アンノカナ……)」
生への執着を失ったレ級は、どうでも良い事を考えて残る生命が消える瞬間を待つ。
その時だ。
海上から煌々と光が射し込み、レ級の身体を照らし出したかと思うと、人影のような物が近付いてきたのだ。
「(……アア……アレガ……アノヨカラノ……ムカエッテヤツカ…………ウミンナカマデ……ゴクロウナコッタ……)」
抱き上げられ、急速に浮上する感覚。
息苦しさが消え、身体の中に酸素が入り込んでくる。
「……! 生きてる……まだ生きてるのです!」
「でも、~~ちゃん……これ、深海棲艦だよ……?」
「……わかってるのです……でも、たとえ敵でもこんな状態で放っておけないのです……それに……」
「それに?」
「……この子……とても悲しそうな顔をしているのです……」
「ちょっと! なんでこんなの拾ってきちゃうの!?」
「で、でも……」
喧騒にレ級の意識が覚醒する。
うっすらと目を開けると、似通った栗色の髪色、似通った髪型、似通った顔立ちの2人の少女が言い争いをしており、赤みがかったピンクの髪の少女が焦った表情でその顔を交互に見ている。
「こんなの司令官に見つかったら、どんな目に遭わされるか……」
「でも! 見殺しにはできないのです!」
「そ……そりゃ……それは後味悪いだろうけど…………だけどね……仮に助かったって、こんな所にいたんじゃ……どのみちロクな目に遭わないわよ……」
「……ナンダヨ……ジゴクノオニッテノハ、ズイブントチマッコインダナ……」
「「っっ!!」」
突然口を開いたレ級をギョッとした表情で見た少女の内、気の強そうな1人が、馬乗りになって腕に取り付けた主砲をレ級の顔に突き付けた。
「……ソウアワテンナヨ……コンナジョウタイジャ……ロクニウゴケヤシネェカラナ……」
レ級自身の言う通り、応急処置こそ施されているものの、その身体はいまだボロボロで動かす事もままならない。
「……テキヲロカクシタンダ……モットヨロコンダラドウダヨ? ソレトモ、イッカイノセンカンジャァ、テガラニナラネェッテカ?」
「……勘違いしないで。あんたはこの子達……
少女は突き付けていた主砲を引っ込め、レ級から離れる。
「……? タスケタ? テキヲロカクモクテキイガイデ? アタマダイジョウブカオマエ?」
「そういう子なんだから仕方ないじゃない。電達の優しさを馬鹿にする奴はこの
そう言って鼻を鳴らす少女達を改めて見れば、本当に小さい。
「(サッキノシュホウコウケイ……クチクカンクラスカ……)」
万全の自分ならば、3対1でも片手で捻れる相手だが、今はその立場は逆と言っても過言ではない。
「わかったら、さっさと傷治して帰りなさいよ。こっそりね」
「ンナコトドウデモイイ……サッサトコロセヨ。ドウセオレニハモウ、カエルトコロナンテネェンダ……ジヒッテモンガアンナラ、アタマフットバシテ、イッシュンデオワラセテクレ……」
「そ、そんな事できないのです! 命はもっと……大……事に……」
電の声が徐々に小さくなっていく。
「……ダイジニダ……? フザケンナヨ、チビ……! オレハナ……ツカイステラレタショウモウヒンナンダヨ! ソレノナニガダイジダッテンダ!? ナニモシラネェクセニセッキョウナンカスンジャネェ!!」
無理矢理身体を引き起こして激昂するレ級に竦み上がる電とイムヤに対し、雷は神妙な顔つきでレ級を見つめている。
「……使い捨て……消耗品…………わかるわよ……雷達だってそうだもの。……少なくとも、ここの司令官にとっては……」
声を震わせる雷の言葉に、電もイムヤも沈んだ表情を見せる。
早い話、先ほど電が言い淀んだのも、そもそもにして自分達自身の命が大事なのかという疑問を捨てきれていないのだろう。
「…………チッ…………」
レ級は強引に起こしていた身体を横たえて目を閉じる。
「(……ニンゲン……カンムスガワニモ、オレヤ南方ノヤロウミテェナノガイルッテワケカヨ……クソッ……)」
基地内通路を、1人の女性が歩いている。
後頭部で髪を纏め、前髪は綺麗に切り揃えられ、利発そうな顔……というのは本来なら、の話である。
今の彼女の表情は暗く沈んでおり、ある扉の前に立つと溜め息を吐いた後、表情を引き締める。
「失礼します。司令、電さんが哨戒から戻ったようです」
「……やっとか……予定より遅いではないか奴め」
女性の報告に、つまらなそうに報告書を読んでいた中年男性が文句を垂れる。
彼はここ、鹿屋基地の司令・
「しかし、いまだ報告書が上がっていないようだが?」
「は……」
電からの報告書が来ていないと言われても、今現在の自分にはどうしようもないので、曖昧な返事しかできない。
「まったく、これだから駆逐艦は使えん。弱い上に行動もいちいち遅い。そうは思わんか
「………………」
女性……妙高はあえて何も言わない。
いくら司令の言葉とはいえ、仲間への悪口雑言に同調などできるはずもない。
「やれやれ、司令の手を煩わせるとは、艦娘にあるまじき行為だ。矯正が必要か」
筑紫は面倒くさそうに立ち上がり、妙高の肩を抱いて部屋を出る。
行き先は電達が屯しているであろう格納庫だ。
「……イナヅマ、ツッタカ。ナンデタスケヨウトオモッタ? マサカホントウニイノチガダイジ……ソレダケガリユウッテンジャネェヨナ?」
レ級は自身の右腕に包帯を巻く電に、不機嫌そうに、尋ねる。
「……本当にそれだけなのです。命は1人に1つしか無い、大切な物なのです」
「そうだよ。消耗品とか言っても、生きている以上それは生き物で、命なんだから」
電の言葉にイムヤが追従する。
しかし、それらの言葉はまるで自分達に言い聞かせようとしているようにも取れる。
「……っ! 電! イムヤ! そいつ隠して! 誰か来る!」
「はにゃっ!?」
格納庫の扉に耳を当てていた雷が、目を見開いて電達に叫んだ。
電とイムヤは、慌ててレ級を格納庫の隅へと連れていき、手近な所にあった布を被せると、雷と並んで扉を見つめる。
足音が扉の前で止まり、乱暴に開け放たれた。
【キャラクター紹介】
■
鹿屋基地に所属する2隻の駆逐艦の片割れで、電の姉。
姉である暁と
電を庇って筑紫准将の暴力を日常的に受けており、他の基地職員から同情されている。
■
暁型駆逐艦4番艦。
鹿屋基地に所属する2隻の駆逐艦の片割れで、雷の妹。
敵であろうと見殺しにはできない心優しい性格だが、それが災いして、神経質な筑紫准将の逆鱗に触れてしまって体罰を受ける事もある。
■
海大VI型潜水艦1番艦。
鹿屋基地に所属する唯一の潜水艦。
雷、電と共に行動している事が多く、明るいムードメーカーとして暗くなりがちな基地の雰囲気を改善しようとするが、これまた筑紫准将の暴力を招く事も少なくない。
■
妙高型重巡洋艦1番艦。
鹿屋基地に所属する唯一の重巡。
筑紫准将の秘書艦であり、彼からセクハラ被害を受けている。
真面目でしっかりしているが、艦娘は司令官に尽くす事が使命と考えている上、自身が筑紫准将の機嫌を損ねる事で矛先が雷達に向く事を恐れて逆らえないでいる。
■
鹿屋基地司令。53歳。
出世欲が強いが、ロクに深海棲艦が現れず、手柄を立てようにも立てられない辺境に左遷されて常に苛立っている。
艦娘を道具のように扱い、憂さ晴らしや八つ当たりとして事あるごとに暴力やセクハラに走る俗物。
それを隠しもしないため、基地に勤める職員や妖精にも嫌われている。
この手のクズキャラは大抵中年という風潮。