南方棲鬼に粛清され、大破して漂流していたレ級を救助したのは、敵であるはずの艦娘・
レ級を連れて戻った電達を叱る
しかし、哨戒任務から戻ったにもかかわらず報告書の提出に現れない電に業を煮やした基地司令・
「おい貴様ら! 何をこんな所で油売っておるか!」
「ひっ……!」
「し、司令官……様」
筑紫准将の剣幕に電とイムヤが縮こまり、雷は取って付けたように司令官『様』に敬礼する。
「電……艦娘が任務から帰還した後にする事はなんだ?」
「ほ……報告書の即時作成と基地司令官への提出……なのです」
ツカツカとこれ見よがしに足音を立てて近づきつつ問いかける筑紫に、電は震えながら答える。
「で、貴様はそれをやったのか?」
「……ま、まだ……です…………っ!」
電が答えた瞬間、その頬を筑紫がひっぱたき、妙高が口元を押さえる。
赤くなった頬を手で覆い涙ぐむ電の前に慌てて雷が立ち、懇願するように筑紫を見上げる。
「ま、待ってください司令官様! 電達を引き止めたのは私です! だ、だからこれ以上……」
だが、筑紫は雷が喋っている事などお構い無しに、今度は彼女の頬を叩く。
「関わった者全て連帯責任だ。そこの潜水艦、貴様もだ」
そして青ざめるイムヤへと目を向け、歩み寄ろうとするが、その肩を妙高が抑える。
「お、お待ちください司令! 彼女達も反省しているようですし、どうか……」
「甘いな。貴様がそんなでは困るぞ妙高。これは職務怠慢と命令不服従に対する正当な罰だ。廃棄処分しないだけありがたいと思え」
妙高の手を払いのけてイムヤに近づく筑紫の腕を、今度は雷が掴んだ。
「……お、お願い……します……私が3人分の罰を受けますから……!」
「い、雷ちゃんっ!?」
「……ほう、殊勝だな。ワシも鬼ではない……それで勘弁してやろう」
そう言うと筑紫は拳を握り締め、右腕を大きく振りかぶると、歯を食い縛る雷の顔面を目掛けて全力で突き出した。
「っ!! ………………?」
鈍い音はした。
だが、自分には衝撃も痛みも無い。
雷が恐る恐る目を開くと、真っ黒な背中が見えた。
「な……な……な……」
筑紫は驚愕に目を見開き、口をパクパクさせている。
突き出した彼の拳は、雷との間に立ちはだかった人物が交差させた腕に阻まれ、雷には届かなかったのだ。
「……キニイラネェナァ……ヘイゼントブカニテヲアゲルヤツッテノハ、ダイキライナアイツヲオモイダスゼ」
腕の間から自身を睨むレ級に、筑紫は背筋が凍り、青ざめていく。
「し……ししし……深海棲艦っ!?」
慌てて拳を引くと、腰が抜けたようにへたり込み、這うように妙高の後ろへと隠れた。
その妙高は、突然の深海棲艦の出現に戸惑いながらも、即座に臨戦態勢に入っていた。
「な……なななぜだ……! なぜ基地内に深海棲艦が…………そ、そうか! 貴様ら! 敵に寝返りおったか!!」
「ふえっ!?」
指差されたイムヤがすっとんきょうな声を上げる。
それは雷と電も同じ事。
「そうだ、そうに違いない! 妙高! こいつらを全て破壊しろ!」
「えっ……!? い、いえ司令、それは軽率かと……! まだ彼女達は……」
「駆逐艦や潜水艦程度なら、戦闘で沈んだとでも言えば本営から補充が来る! それよりもワシの基地に敵が侵入した事実こそ問題なのだ!」
もはや恥も外聞も無く、彼の頭の中は保身の事でいっぱいいっぱいのようだ。
「……チッ、ドウヤラ……マジデドウシヨウモネェ……クズミテェダナ……!」
レ級は怒りのままに拳を握り、筑紫へと駆ける。
「っ! させません!」
妙高が床を蹴って逆にレ級に肉薄し、両者は取っ組み合いの末、一歩も引かない硬直状態となってしまった。
「(チィッ、ジュウジュンクラス……コンナヤツトゴカクトハ、ナサケネェ……!)」
レ級は負傷のために力を十全に出せぬ自分に苛立ち。
「(この深海棲艦……よく見たら傷だらけ……こんな状態で身を挺して雷さん達を……!?)」
妙高は負傷しながらも敵である艦娘を守ろうとするレ級の姿に驚いていた。
自分の知っている深海棲艦のイメージとはあまりにかけ離れた行動。
「っ……どうして……!」
一方、雷達はこの状況をどう収拾すべきかわからず、ただ3人寄り集まる事しかできなかった。
「い、雷ちゃんどうしよぉ……!」
涙目のイムヤの頭を撫でつつも、雷にもどうするべきかなどわからない。
「そ、そんなの私にだって……」
その時、チャキッという音が雷達の耳に入ってきた。
「えっ……!?」
そちらに顔を向けると、筑紫が拳銃を抜いて雷達に銃口を向けている。
「妙高め、使えん……! こうなればワシの手で粛清してくれるわ、裏切り者どもめ!」
「ち、違うのです……! 怪我をしてたから助けただけなのですっ!」
青ざめながらも弁明する電の言葉に、ますます筑紫の怒りが強くなっていく。
「敵を助けるという事は敵であろうっ! 役に立たん上に欠陥品とはな! 貴様らは廃棄処分だ、死ねっ!!」
「っ!!」
不意にレ級が力を抜き、全身に力を込めていた妙高は勢い余って転倒してしまう。
そんな妙高を一瞥もせず、レ級は脚力をバネにして一気に加速し、左腕を伸ばした。
直後、夜の静寂を裂く銃声が響き、雷達の前に立ったレ級の腕からは青い体液が滴り落ちる。
「(グッ……! コンナ……マメデッポウデ……ヌカレルトハ……! ヨワッテルッテレベルジャネェゾ……クソッ……!)」
平時であれば、自分の身体は拳銃弾どころか艦娘用火器ですら軽傷で済ませられるところだが、どうも本格的にガタが来ているらしい。
どうにか貫通はせず、背後の雷達には当たらなかったようだが、いずれにしても危機的状況には変わりが無い。
「それ見た事か! 深海棲艦に守られているではないか! 敵を庇う深海棲艦など聞いた事が無いわ! つまり、貴様らは深海側に付いたのだ!」
「し、司令、お待ちを! この個体は明らかに我々の知る深海棲艦とは異なります! もう少し様子を見て……」
筑紫とレ級の間に割って入った妙高だが、その言葉は彼には届かない。
「どけっ!」
「あぐっ……!」
左手で払うように殴られた妙高が、格納庫の冷たい床に倒れ込む。
ちょうどその時、格納庫に武装した憲兵が銃声を聞きつけてバラバラと入ってきた。
「司令! さっきの……うっ!?」
「こ、これは……!?」
憲兵達は思わず自分の目を疑う。
頬を赤く腫れさせ倒れた妙高。
銃を持った筑紫。
寄り添い合ってガタガタと震える雷、電、イムヤ。
そして、青い血を流しながら雷達の前に仁王立ちした深海棲艦。
「おう来たか! あの駆逐艦どもは敵に寝返っておる! ただちに処分せよ!」
「て、敵に……!?」
言われて憲兵達はまじまじと雷達を観察する。
だが、彼女達にはいつもと違うところなど無い。
あるとすれば、その目と顔が、突きつけられた恐怖と絶望にひきつっている事だけだ。
「お……おい……」
「う……」
憲兵達にはどうしても銃を向ける事ができなかった。
日頃から雷達には明るく話しかけられ、筑紫から虐待を受けながらも一生懸命に仕事に取り組む彼女達の姿に元気付けられていたと同時に、痛々しくも思っていたからだ。
それは雷達だけではなく、妙高もそうだ。
彼女の気配りと優しさにどれだけ心を救われてきたか。
「何をしておる! 早く撃たぬか!」
言いながら自身も銃声を響かせるが、その弾は全てレ級の身体が受け止め、その度に青い体液がピュッと吹き出した。
「ガッ……八…………クソッ……」
弾倉が空になると、レ級はガクリと崩れ落ち、膝が青い水溜まりに浸かる。
「(カラダガ……ウゴカネェ……シカイガボヤケル……クソッ……)」
なぜなのか。
なぜあの深海棲艦は、これほどの瀕死状態になりながら雷達を守っているのだろう。
仮に彼女達が寝返っていたとして、これほどの確固たる守護の意思を以て守る事などあるのだろうか?
駆けつけたばかりで状況の飲み込めない憲兵達にはわからない。
わからないが……。
「……っ!? き、貴様ら……!?」
憲兵達の小銃が、筑紫へと向けられる。
「つ、筑紫准将! あなたの身柄を拘束させていただきます!」
「な……は、反乱か貴様らぁ!? それでも兵士か! 軍人か!」
筑紫は激昂しながらも、5人の憲兵相手では勝ち目は無いと理解しているようで、ひたすら罵声を浴びせかける。
「先に艦娘達を裏切ったのはあなたでしょう! 我々はもう、あなたの艦娘達への不当な扱いに耐えられません!」
「そうです! 暴力を始めとしたあなたの行動の数々……証拠として掴んではいました。まがりなりにも基地司令であるあなたにいなくなられては困ると思い、隠してきましたが……」
「あなたをこのままにしておけば、この基地は内部から崩壊してしまいます! 艦娘達はあなたの道具ではありません!」
口々に非難され、さしもの筑紫も絶句して後退りする。
「(……ナカマワレ……カ…………ヘヘッ……コイツラモ……オレラト……タイサ…………ナイ………………)」
レ級の意識はそこで途切れる。
最後に見たのは、憲兵達に取り押さえられ、必死に喚き暴れる男の姿だった。
「どうなのです?」
「んー、深海棲艦て元々顔色悪いからよくわかんないわね……」
大量のチューブを繋がれてベッドに横たわるレ級の顔を、雷と電が覗き込んでいる。
「私達艦娘を参考にした治療を施しましたが、果たして成功しているのか……」
「きっと大丈夫だよ妙高さん! 大丈夫だったら良いなぁ……」
妙高は自身を元気付けようとしつつも不安は隠せないイムヤの頭を撫でる。
「(あなたには聞きたい事があるのです……どうか無事に目を覚ましてください……)」
敵である深海棲艦の快復を願う事に複雑な感情を抱きながらも、妙高は胸に手を当てて祈る。
どうか彼女が、自分の望む答えを返してくれますように、と。
ーーーー時は少し進み、七尾基地
「司令、本営からです」
執務室に鉢巻を巻いた少女が長い髪を靡かせて入り、中にいた男性に封筒を手渡す。
「今の時代に電報……嫌な予感が………………くあっ……!」
眼鏡をかけた痩せ型の男性は恐る恐る手紙を開き、視線を走らせると頭を抱える。
「異動だとさ……鹿屋基地……かなりの辺境だな。確かに目覚ましい戦果は挙げてないけど、そこそこやってると思ってたんだけどなぁ……はぁ、まさか左遷されるとは……」
「……司令、実はもう1通……」
少女は懐からこっそりと小さな封筒をとりだした。
「(……? 機密書類……? どれどれ……………………)っ!?」
「司令?」
「……基地司令として許可する。読んでみてくれ」
男性は少女に読み終わった書類を手渡した。
その顔は険しい。
「は、はい、では失礼して…………………………っ! こ、これは……!」
「噂には聞いてたが、本当に艦娘をこんな風に扱う所があったとはな……それなら話は別だ。この基地のスタッフや艦娘達にも慣れてきて少し寂しいが仕方ないな」
「……確かに、これは捨て置けませんね……」
少女も男性と同じように厳しい表情を見せ、眉をひそめる。
「さっきも言ったが、ここはかなりの辺境だ。………………ついてきてくれるか?
神通と呼ばれた少女は、その言葉を聞くと不思議そうに瞬き、表情を和らげると男性の胸板に手と頭を預けた。
「……もちろんです。この神通……
「……ありがとう」
浅井は神通の華奢な身体を抱き締め、短いながらも精一杯の気持ちを込めた感謝の言葉を贈った。
【キャラクター紹介】
■憲兵少尉
鹿屋基地の保安担当。
艦娘達には強い感謝と同情の念を抱いており、彼女達をぞんざいに扱う筑紫には反感を抱き、彼を告発する材料を集めていた。
■
七尾基地所属の軽巡であり、同基地司令である浅井中佐の秘書艦。
彼には4年間付き従って転戦し、強い絆で結ばれている。
真面目で優しい努力家だが、相手を思いやる一方で自分の事は二の次三の次な場合が多く、働きすぎになりがちな面も含めて浅井からは心配されている。
練度の高い一部の艦娘に見られる“改二化”が発現している。
■
七尾基地司令。23歳。
年若いが人心掌握に優れ、艦隊指揮においてそれなりの成果を挙げているため、人材不足もあって基地司令に任命されている。
本人の性格は若年故の正義感の強さが際立ち、与えられた役割には熱意を以て臨むが、たまに熱意が先行しすぎて空振る事もある。
深海棲艦との激戦の矢面に立たされる艦娘達を不憫に思い、役に立てない自分に情けなさを感じている。
情に弱いためにあまり軍人向けとは言えない事は自覚済みで、一時期無理矢理冷徹になろうとしたところ、単なる厨二病のようになってしまい、艦娘達の失笑を買ったため二度とやるまいと誓う。
神通とは戦いを共にする内に互いに信頼し合える間柄となっている。
ブラック企業は頭すげ替えでホワイト企業にしましょう。
前回まで鹿屋基地を鹿谷基地と誤植してました。※修正済み