「…………ウ…………」
ゆっくりと瞼を開くと、見覚えの無い天井と電灯。
後頭部や背中にはふかふかとした感触がある。
「……マタ……シニソコナッタ、カ……」
「死なれては困ります」
目覚めたレ級が声のする方へと頭を動かすと、
「テメェハタシカ……アノムカツクヤロウノソバニイタ……」
「妙高です。妙高型重巡洋艦のネームシップ、妙高」
妙高はしっかりと礼を取って頭を下げる。
「……マダ、オレニヨウガアンノカ?」
「聞きたい事がありました。……なぜ、あなたは
「カンチガイスンナ。オレハアノヤロウニムカツイタダケダ。ダカラ……」
「それなら彼女達を守る必要はありませんよね? 別に彼女達が討たれた後に不意討ちを仕掛けても良い……むしろその方が都合が良かったはずです」
妙高のもっともな指摘に、レ級は目を逸らして黙りこくってしまったが、しばしの沈黙の後、ようやく口を開いた。
「……カリガアッタ」
「借り?」
「ノゾンデモネェシ、タノンデモネェガ、オレハアイツラニタスケラレタ。カリハカエサネェトキモチワリィンダヨ」
それはまさしく、妙高が望んだ答え。
すなわち……。
「……そう……やはり深海棲艦にも、義理や恩を感じる心があったのですね……」
これまでの妙高の知識と経験では、深海棲艦はただただ無慈悲に人類を蹂躙する悪鬼の群れか、具現化した災厄でしかなかった。
それが艦娘……自身の敵を身を挺して守るという光景に、妙高は深海棲艦という存在がどういうモノなのか、わからなくなりかけていた。
「……ふぅ……感性が近いようで安心しました」
だからこそ、妙高は知りたかったのだ。
どういう意図、どういう理屈でこの深海棲艦があのような行動を取ったのかを。
「……イットクガ、オレミタイノハイレギュラーダ。キホンテキニハテメェノソウゾウシテルトオリダゼ」
「それでもです。話の通じる相手がいるという事がわかれば十分ですから」
もしもここでレ級が返した答えが、もっと機械的な物であったならば、どうあれ雷達の恩人である彼女を抹殺しなければならなかった。
そういう意味でも妙高は安堵しているのだ。
「……コッチカラモキキテェ。アノヤロウハドウナッタ?」
「……
それを聞くと、レ級はホッとしたような表情を見せた。
「ソウカイ……ソリャオメデトサン」
「2日ほどで新しい基地司令が着任する予定になっています。それまでにあなたの処遇を……」
と、その時、バタンと扉が開いて、雷達が雪崩れ込んできた。
「妙高さん、あいつが目を覚ましたって?」
「あっ、本当なのです!」
「は~、良かったぁ」
「ア? オイ、ナンダコラ? オイ、チカヅクナ!」
雷、
「助けてくれてありがと!」「なのです!」「ありがとー!」
「アアモウ、ウルセー!! ミミモトデサワグンジャネェー!!」
思うように動けないレ級は剣幕で威嚇しようとするが、心根は優しい相手だと認識してしまっている雷達には効果が薄いようだ。
「ほら皆さん、相手は怪我人ですからほどほどに、ですよ」
妙高が優しく諭すと、ようやく雷達が距離を取った。
「さて、こんな状態ですが、尋問をさせていただきますね。えー、ではまず……あなたは戦艦レ級タイプのようですが……名前は?」
「ア? ネェヨソンナモン。コタイメイナンテイラネェシ」
「えー!? そんなの味気ないじゃない!」
「かわいそうなのです……」
「オマエラトオレラトジャ、ジョウシキガチガウンダヨ! カッテニアワレムナ!」
哀れみの視線を向けてくる雷達に牙を剥いて威嚇するレ級を尻目に、妙高は涼しい顔で質問を続ける。
「なるほど。では次に……ここへ来た目的は?」
「ダカラネェッテノ。ソコノチビドモニツレテコラレタダケナンダカラヨ」
「ふむふむ……では最後に……あなたはこれからどうするつもりですか?」
その質問にレ級は真顔になり、言葉をつまらせる。
「…………わからないようですね。では、こちらからの提案です。その答えが出るまで、ここにいませんか?」
「……アア? オマエ……ナニイッテルカワカッテンノカ? テキヲハランナカニカカエルッテノカ?」
「これは雷さん達や、基地の皆さんと相談して決めた事ですが……我々はあなたを艦娘として受け入れようと思っています」
ドヤ顔の雷達の頭を撫でながら妙高が紡いだ言葉。
レ級は目を丸くし、しばらく思考が停止した。
「ハ…………ハアァァァ!?」
「仕方ないでしょう? この基地の人々は雷さん達を助けてくれたあなたを認めていますが、だからと大っぴらに深海棲艦を置いておくわけにもいきませんからね。そう、あなたは今日から……」
妙高は目を開き、懐から取り出した紙をレ級に見せて宣言する。
「
……その場にいる全員が表情を強張らせて無言になり、しばらくして雷が静寂を破った。
「……やっぱり実在しない艦として報告するのは無理が無いですか?」
「し、しかし……実在する艦だと、いざ本人と遭遇した時が面倒ですし……新規設計という事で……」
「こんな辺境の基地で新造は難しい……というか無理なような……」
イムヤもまた雷に追従して苦言を呈する。
「で、でも個体名はやはり……」
雷とイムヤに否定され、妙高はだんだんと弱気になってきた。
「じゃ、じゃあ、とりあえず本営に報告する名義はもう少し考えるとして……今は蓮華さんを縮めて『レンさん』と呼ぶのはどうでしょう?」
見かねた電が折半案を繰り出した。
「そ、そうですね! 確かにあまり急いでも仕方ないですし……新しい基地司令殿と相談してからでも大丈夫でしょう!」
「オイ、トウニンヲホッタラカシテスキカッテイッテンナヨ」
「そうと決まれば、服装も考えなければいけませんね。……イムヤさん、確か倉庫に金剛型用の服がありましたね。持ってきていただいて良いですか?」
「はーい!」
呆れ顔で声をかけるレ級を無視して、どんどん話が進んでいく。
「持ってきたよー!」
「ありがとうございます」
イムヤが広げたのは、白を基調とした巫女装束を改造したような衣装で、それを見たレ級は眉をひくつかせる。
「……オイ、マサカソノヒラヒラシタノヲ……オレニキセルキカ!?」
「下着の上にレインコートな今よりマシでしょ? はい、大人しくしてよね」
「なのです!」
雷電コンビがガシッとレ級を拘束し、妙高とイムヤが邪悪な笑み(レ級視点)を浮かべながらじりじりと迫ってきた。
「オイ、バカ、ヤメロ! ケガニンヲナンダトオモッテヤガル!」
掴まれた腕を外そうともがき、尻尾がビタンビタンとベッドを叩く。
「それだけ暴れられるならもう大丈夫でしょう。安心してください、すぐ済みますからね」
「ヤ……ヤメロォォォーーーーッッッ!!」
……レ級改めレンの悲痛な叫びが、鹿屋基地に木霊した……。
本作の妙高さんは、原作よりもはっちゃけ気味です。
レ級のツンデレはどこぞの学園都市第1位を想像していただけるとわかりやすいかと。