鹿屋基地施設内を、黒髪の女性が歩き回っている。
「レンさんを見ませんでしたか?」
尋ねられた艤装の整備員は、仲間にも聞いてから振り向くと、首を横に振った。
「そうですかありがとうございます。お仕事中に失礼しました」
頭を下げた女性……
「困りましたね……どこに行ったのでしょう」
妙高はレンを探して基地内の心当たりを訪ねるが、なかなか有力な情報が無い。
「……ア゛ー……ア゛ーイ゛ーウ゛ーエ゛ーオ゛ー……イヤ、コウカ。アーイーウーエーオー」
「すごいすごい! できるじゃない!」
「なのです!」
そんな妙高の耳に、呻くような不気味な声と、聞き慣れた可愛らしい声が聞こえてきた。
「……ここは資料室ですが…………レンさん、ここにいますか?」
覗き込むと、レンは
「あっ、妙高さんこんにちは! レンならここですよ!」
「今、レンさんはお勉強中なのです!」
「勉強?」
妙高が覗き込むと、レンはヘッドホンで何か聞きながら発声に関する本を読んでいる。
「ほら、レンて発音も滑舌も深海棲艦訛りで聞き取りにくいから……」
「まぁ、確かに……なるほど、それで学習中ですか」
「ンー……アイウエオ……カキクケコ…………ン? ナンダ、ミョウコウジャネェカ、ナンカヨウカヨ?」
ヘッドホンで聴覚をシャットアウトしていたためか、ようやく妙高に気付いたようだ。
「勉強中にすみません。浅井司令が私とあなたにお話があるとの事なので、一緒に来ていただけますか?」
「アン? オレニモ?」
レンはヘッドホンを外すと、妙高に連れられ資料室を出ていく。
しばし歩くと2人は司令執務室の前に立ち、妙高が扉をノックする。
「司令、妙高、レン両名参りました」
「ああ、入ってくれ」
浅井の許可を得ると、扉を開いて一礼の後入室する。
「ヨウ、オレニナンカヨウカ?」
「ちょっ……! レンさん!」
どう考えても部下から上司への物ではない言葉遣いに、妙高が慌てて制止する。
「オレハココニセワニナッチャイルガ……テメェノブカニナッタツモリハネェシ、ヒツヨウイジョウニナレアウキモネェ。ナンカモンクアルカ?」
「しっ、司令! 申し訳ありません! しっかり教育いたしますので、ここはどうか……」
「いや、かまわないよ妙高。レンの言う通り、彼女は我が軍に正式に所属しているわけじゃないからね。いわば上下関係の外の存在……というか、君も彼女ほどでないにしても、もう少しフランクで良いんだよ?」
無礼極まりないレンの発言と、妙高の必死の謝罪にも浅井はケロリとして顔で答える。
筑紫元司令の圧政下にあったためか、必要以上に目上の者への恐れを抱いていた妙高であったが、彼の言葉でようやく落ち着きを取り戻した。
「お、恐れ入ります。しかし、最低限の礼節は必要ですので、やはり教育はさせていただきます」
「ンナコトヨリ、ナンカハナシガアルンジャナカッタノカヨ?」
「ああ、そうだったそうだった。
頷いた神通が、小脇に抱えていた封筒を妙高へと手渡した。
「……? 司令、これは……?」
「大本営からの機密指令書類だよ」
「っ!?」
さらっと言い放った浅井に、妙高が目を丸くする。
「読んでくれてかまわない。君達にも無関係な話ではないからね」
「は……で、では……………………っ! …………! …………司令……こ、これは……本気なのですか……!?」
信じられないという表情を浅井へ向ける妙高の手元を、レンが覗き込む。
「ア? ナンダヨ、ナニガカイテアンダヨ?」
その質問に答えたのは、他ならぬ浅井だった。
「近隣の軍事基地への立ち入り調査をしろって話さ。それも、武力行使も辞さずにってね」
「……ナンダト?」
「……この基地の前任者が行った艦娘達への不当な扱いとその顛末を知った大本営は、これを機に同様の事態を起こしているとおぼしき基地司令の徹底的な調査と逮捕を決定した。レンにも説明しておくと、今のこの国は各地に設置された多数の軍事基地と、それを地域ごとに統括する鎮守府を対深海棲艦の要としている」
「……ですが、深海棲艦による攻撃がほとんど行われない辺境基地などでは、鎮守府の目を盗んでの不正が横行していたようなのです。私もこの指令書を見て知りましたが……」
神通による補足説明の合間にお茶で喉を潤した浅井が、再び口を開いた。
「辺境の基地の腐敗に目を向けている場合ではなかった大本営だったが、この基地の兵士達による決起を知ると、他の基地でも艦娘や兵による大規模な反乱が起きるのではと危惧するようになった。艦娘は核などの大量破壊兵器を除けば、貴重な深海棲艦への有効打となる存在だ」
「不平不満が溜まりに溜まって艦娘が反乱を起こせば、大打撃となります。そこで大本営は、その疑いのある基地を調査し、基地司令の素行に問題があった場合はその指揮権を剥奪して基地戦力を浅井司令、そして鎮守府に集める計画を立てたのです。浅井司令は行く先々で兵や艦娘に評判が良く、その指揮下ならば艦娘にも不満が溜まらないであろうと」
「正直荷が重いけどね。名将と言われるような人が他にもいる中で俺が選ばれたのは、単純に目立った功績が少ないから辺境への異動をしても違和感の無い若僧だからだ」
あまりの情報量に混乱気味だった妙高だが、ようやく頭の中で処理を終えたらしい。
「で、ですが……いくらなんでも実力行使で指揮下にというのは……大本営からの命令で解任させたりなどでも良いのでは……?」
「それでは駄目なのです。あくまで逃れようの無い証拠を突き付けての失脚という形で処理し、基地の艦娘達に『悪人を倒した英雄』として浅井司令を信頼してもらわねば。さっきも言ったように、浅井司令の下ならば安心して働けると思ってもらいたいのです」
「……妙高の気持ちもわかる。俺だって別に暴力や戦争が好きなわけじゃないし。……だけど、先日までの君達のように、基地司令の横暴に苦しむ艦娘や兵達がいるとなれば、指令なんか関係無く解放したいと俺は思う。君はどうかな? 苦しめられる同胞を見て見ぬふりができるか?」
浅井は少し意地悪とは思いつつも妙高へと尋ねる。
「そ、それは……」
妙高は迷っている。
それも当然。なにしろ実力行使も厭わないという事は、人間を守るために作られながら、人間を相手に戦わざるをえない状況もあり得るのだから。
「オモシレェジャネェカ」
静寂を破ったのは、妙高の隣で話を聞いていたレンだ。
「ソコマデシテセンリョクヲアツメルッテコトハ……ナニカヤルンダロ?」
レンの鋭い視線が浅井を射抜く。
「……その通り。今回の第一目的は艦娘の解放だが、最終目的は辺境基地に分散している戦力を佐世保鎮守府に集めて大規模な艦隊を編成、舞鶴鎮守府、呉鎮守府、横須賀鎮守府の所属艦隊と一斉に行動を開始し、連携と反撃の間を与えずに近隣の深海棲艦の拠点を一挙に壊滅、日本近海の制海権を完全奪取する事にある。この国の安全を確保するための大規模反抗作戦だ」
「ここ、佐世保鎮守府の管轄域が特に戦力の分散が激しいため、高官の方々がどうしたものかと悩んでいたところへ今回の鹿屋基地の騒動……これを利用し、戦力の集結と問題解決をまとめて片付けてしまおうと考えたのが、この計画との事です。深海棲艦が活発に活動する海域が減少した今だからこそ、と」
「……なるほど。艦娘の不平不満解消、不穏分子の処理、戦力集結、そして制海権確保……実現できれば得られる物は大きい………………わかりました。正直に申し上げまして、気乗りはしませんが……祖国と同胞のため、鬼となりましょう」
決意を固めた妙高の表情を見て、浅井は安堵の溜め息を漏らした。
「ふぅ……ありがとう、妙高。無論、実力行使は最後の手段だ。念入りな調査はするし、相手が諦めて協力的になってくれれば戦わずに済む。それに仮に戦闘になったとしても実弾は使わず、訓練用模擬弾の他、催涙弾や閃光弾などの非殺傷武器を使用する。他の皆への説明は君から頼むよ」
「了解しました。では、失礼しました」
一礼した妙高が部屋を出ていく……が、レンは残って浅井を凝視している。
「……ええと……なにかな、レン?」
「センリョクヲアツメルッテンデ、チョットキョウリョクシテヤロウトオモッテナ」
「協力?」
「オウ。シンカイセイカンノコウクウキヲミカケタラオシエロ。ココロアタリガアル」
レンは机の上に地図を広げて見せる。
「チズヲシラベタガ、オレノショゾクシテタキョテンカラハ、コノキチハズイブンハナレテル。コノヘンニャシンカイセイカンガワノコウクウキチハ……ナイ」
「では、さっき言っていた深海棲艦の航空機とは?」
「……3カゲツホドマエ、オレノイタキョテンカラ、4セキノクウボガキエタ。ハヤイハナシ……ダッソウダナ」
レンは記憶の糸を手繰り寄せながら言葉を紡ぐ。
「脱走? 深海棲艦にもそんな奴がいるのか?」
「マァ、オレラミタイナシタッパハ、キホンテキニハロクニカンジョウナンテモンハナイ。ダガ、タマニイルンダヨ……カンジョウノアルヤツガ」
「それが脱走したと?」
「アア。アマリハナシタコトハネェガ、センソウニハノリキジャァナカッタ。タブン、イマモドコカニカクレスンデルダロウサ。コウクウキデマワリヲサグリナガラナ。ヲ級1セキニ、ヌ級3セキガシタガッタヨウダガ……ククッ、アノトキノ南方ノヤロウノカオッタラナカッタゼ」
レンは憎たらしい仇敵の悔しがる顔を思い出し、小さく笑いを溢した。
「確かに航空戦力の足りない今、それが味方になってくれれば頼もしいが……そもそも戦いを嫌って脱走したのに、また戦いの中に飛び込んでくれるのか?」
「マ、ソコハカケダナ。マズハオレガセットクシテミルサ。ンジャ、ソウイウワケデヨロシクナ」
言うだけ言うと、レンは部屋を後にして資料室へと戻っていった。
「……どう思う?」
「まだなんとも言えませんが……妙高さん達の恩人とはいえ、彼女が深海棲艦である事はお忘れ無く」
神通が目を伏せると、浅井は残っていたお茶を飲み干してから尋ねる。
「まだ、信じられないか?」
「……頭ではわかっているのです。ですが……私はこれまでに深海棲艦と戦いすぎました。彼女と同タイプの艦も沈めました。……なかなか割り切れません……」
「……まぁ、仕方無いな。昨日の敵は今日の友とは言うが、心ってのはそうそう簡単に切り替えられるもんじゃない。……今はその疑念を彼女自身が晴らしてくれる事を祈ろう」
「……はい。あ、お茶……新しく淹れてきます」
神通は空になった湯飲みを盆に乗せると、そそくさと部屋を出ていってしまった。
「……神通の気持ちもわかるけどな。深海棲艦のいる生活か……まさかこうなるとは想像してなかったなぁ……」
浅井は天井を眺め、そのまま目を閉じて眠りに落ちていった。
皆大好きヲ級ちゃんの出番が近い…!
でもその前にレンの言葉遣いをマシにしないと、読みづらい&書きづらい!