「……はぁ……」
「ご飯中に溜め息吐くのやめなさい……って言いたいけど、まぁ仕方無いわよね……」
向かいの席に座る
「私もご飯が喉を通らない感じ……」
そう言いながら完食間近なのはイムヤだ。
3人の憂鬱な原因は言わずもがな、
下手を打てば人間相手に戦わねばならないというのだから無理も無い。
「そりゃ他にも苦しんでる艦娘がいるなら、その苦労を知ってるだけに助けてあげたいけど……」
「そこは司令が相手と上手く話をつけてくれるって期待するしか……」
スプーンを置いた雷の言葉にイムヤが紙ナプキンで口周りを拭きながら続き、そして3人は揃って溜め息を漏らした。
それを少し離れて見ているのは、妙高とレンの2人である。
「……やはり参っていますね」
「マ、チビドモニャァスコシバカリキツイダロウヨ。オレダッテ南方ノヤロウヲブチコロシニイクンナラ、ムカシノナカマトモタタカワナキャナラネェ。ソノキツサハ……ワカルツモリダ」
「……レンさん……」
白い髪を掻き上げ、悲しげに目を伏せて雷達を見つめるレンの仕草は、青白い肌を除けば完全に可憐な少女のそれであり、感情無き殺戮兵器と思っていた深海棲艦のイメージとは大きくかけ離れている。
「……アッ……イヤ、ソノ……カンチガイスンジャネェゾ! ベツニアイツラニドウジョウトカシテネェカラナ!」
「……ぷっ……ふふっ、では、そういう事にしておきましょうか」
喚くレンをいなしながら食堂を出ようとしたその時、1人の兵士とばったり出くわした。
「あっ……す、すみません、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です妙高さん! それにちょうど良かった。妙高さんに来客があったので、お呼びしようと来たのです」
「来客? 私に? ……もしかして……!」
妙高はその兵士が客を通したという応接室に走ると、ノックの後に扉を開けた。
「お待たせしました!」
「……! 妙高姉さん!」
妙高の姿を見るや、ソファーに座っていた女性が立ち上がり、駆け寄ってきた。
軽くウェーブした黒い長髪で、前髪には白いカチューシャを取り付けており、服装は妙高とほぼ同じ紫色の制服を着用している。
「よく来てくれましたね、
「ちょ、ちょっと……子供じゃないんだから……!」
再会の喜びから頭を撫でようとする妙高を慌てて制止する女性。
女性の名は足柄。妙高型重巡洋艦3番艦……つまり、妙高の妹である。
「あら、ごめんなさい。つい嬉しくて……」
「嫌ってわけじゃないけど……ちょっとね……」
顔を赤くして頬を掻く足柄は、ハッとして真顔に戻る。
「そうだ姉さん。聞いたわよ今回の事件! ったく、
忌々しい相手を思い出して苦い顔をする足柄が、左の手のひらへ右拳を打ち付ける。
「姉さんが言ってくれれば、すぐにでも駆けつけてあいつ殴り飛ばしてあげたのに……雷ちゃん達の事を気にしてたんでしょうけど、ああいうのはさっさと片付けちゃった方が良いのよ?」
「ふふっ、すみません。……確かに私は艦娘の使命という鎖に縛られて決断する事ができませんでした。それが結果として雷さん達をより長く苦しめる事となってしまいましたし、恥ずかしい話です……」
頬に手を当てる妙高を見て、足柄はやれやれといった様子。
「はぁ、妙高姉さんは変わらな…………いや、やっぱり少し変わったかしら? 前よりも表情が豊かになった気がするわ。昔は真面目な堅物の典型みたいな鉄面皮だったもの」
「そ、そこまででしたか……?」
「ええ。……ところで……そこの金剛型もどき」
足柄はふと妙高の頭ごしに見える扉の隙間から覗く白い服の端に声をかける。
「盗み聞きなんて趣味が悪いんじゃないの?」
「……スルドイヤツダ」
レンは扉を開け放ってゆっくりと部屋へと入る。
「……深海棲艦、ね」
「ヘェ、オマエハオドロカネェノカ」
自身の姿を見ても涼しい顔のままの足柄の様子に、レンが意外そうな表情を見せる。
「驚いてるわよ。でも、妙高姉さんがほっといてるなら、とりあえず大丈夫でしょってだけ」
「……その信頼、嬉しいですよ足柄。彼女はレンさん。訳あって深海側からこちらへ亡命中の方です」
「ドーモ」
ぶっきらぼうに軽く頭を下げるレンに、足柄もとりあえず立ち上がって挨拶を返す。
「妙高型重巡洋艦3番艦の足柄よ。戦場以外で深海棲艦を見るなんて初めてだわ」
「妹の足柄は普段は気さくで親しみやすい子ですが、戦場においては獣のごとく縦横無尽に駆け回り、至近距離からの重火力で一撃の元に敵を殲滅する優秀な艦娘です」
「もう~! そ、そこまで言われると恥ずかしいってば姉さん!」
じゃれ合う妙高と足柄の姉妹を眺め、レンはぼりぼりと頭を掻いている。
「……デ、ソノミョウコウジマンノイモウトサンガ、ナニシニキタンダ?」
レンの言葉で、足柄は自分の来た目的を思い出した。
「あ、そうそう。妙高姉さん、最近
妙高型重巡2番艦・那智と、同4番艦・羽黒。
どちらも以前はこの基地に所属していた妙高の妹達である。
「いえ……もしかして足柄の方にも?」
「そうなのよ……今回のこの基地の一件を聞いて、もしかしたらあっちの方でも似たような事があるんじゃ……と思って、一応妙高姉さんにも確認しとこうと。那智姉さんはともかく、羽黒が手紙の1つもよこしてないなんて……」
顎に手を当て唸る足柄。
「……あの2人が異動したのは岩川基地でしたね………………さっそく行動しなければならないかもしれません」
「え? 行動?」
ポツリと呟いた妙高の声を足柄が拾ったようで、妙高はハッとして手を振る。
「あ、いえなんでもありません! ともかく、私の方でも調べてみましょう。わざわざ伝えに来てくれてありがとう、足柄」
「気にしないで。妙高姉さんの事も気になってたし。あ、雷ちゃん達にも会っていきたいんだけど……良い?」
「もちろん、雷さん達も喜ぶでしょう。レンさん、案内をお願いしても? まだ食堂にいると思いますが……」
振り向いた妙高の目配せに気付き、レンは溜め息を吐きながら頷いた。
「シカタネェナ……オラ、ツイテキナ」
「はーい。じゃ、姉さん、またね」
「ええ、また。………………さて……」
足柄がレンに連れられ出ていくと、少し遅れて妙高も応接室を後にし、執務室へと向かった。
「岩川基地か……」
「……確かに、この基地も要チェック対象となっています」
妙高から那智と羽黒が音信不通となっている事を聞いた
「現在の基地司令は
「それはまた……嫌でも疑念の目を向けたくなる奴だな……」
うんざりといった表情の浅井に対し、妙高が言葉を続ける。
「では、我々の調査対象第1号……という事になるのでしょうか?」
「もう少し下調べが必要にはなるが、恐らくはね。本格的な立ち入り調査を行う事が決定するまで、他の皆には伏せておいてほしい」
「了解しました。では」
1歩さがって一礼した妙高は、執務室を出ようとするが、その背中に浅井が声をかけた。
「あ、妙高。どこかでレンに会ったら、ここへ来るように言ってくれないか? 少し話があるんだ」
「はっ、了解です」
浅井からの頼みを、笑みを浮かべ了承した妙高は、改めて頭を下げ、部屋を出ていった。
「……その時にレンさんが雷ちゃんの前にパッて駆けつけて守ってくれたのです!」
「その後も筑紫さんに何回撃たれても決してどこうとしなかったんですよ!」
「えへへ……あの時のレン、格好良かったわよ♪」
「……ウッセェナァ、ムカシノコトイツマデモ……」
雷、電、イムヤの3人は、久しぶりに再会した足柄と挨拶を交わした後、口々にレンと出会った時の話をしていた。
それに対してレンは青白い顔をわずかに赤らめ、そのやり取りを足柄が微笑ましく見守る。
「(この子達も最後に会った時よりずっと生き生きしてるわ。……レン……この深海棲艦のおかげ、なのかしらね)」
ベタベタくっついてくる電とイムヤを引き剥がそうとするレンの豊かな表情変化を見ている内に、足柄の中の深海棲艦に対する印象も変化しつつあった。
そんな和気藹々の食堂へ、妙高が戻ってきた。
「レンさん」
「ア?」
ガゴンッ! ガゴンッ!(ミシッ)
「オウ、キタゾアザイ」
「……なにやら激突音と共に扉が歪みましたが、今のはノックのつもりですか?」
真ん中がベコンと押し込まれたような形になってしまった扉を力尽くで開けて、レンが執務室へと入ってくると、呆れたような目の神通が溜め息を吐いた。
「は……はは……さすが戦艦クラス……」
さしもの浅井もひきつった笑みを浮かべるのがやっとであるようだ。
「デ、ナンノヨウダヨ? ……アア、モシカシテ……ミツカッタカ?」
「ご明察だよレン。神通」
「はい。さっそく情報を集めましたところ、複数の目撃情報があり、写真にも撮影されていました」
神通は机の上に印のついた地図を広げ、そこへ何枚かの写真を置いた。
写真に写っていたのは、カブトガニのような形をした黒い物体。下方には機銃らしき物が伸びているのがわかる。
「ナルホド、ヲ級ノヒョウジュンテキナカンサイキダナ。シルシガツイテルノガモクゲキサレタバショダナ?」
レンは机に両手をつくとじっと地図を眺め、頭の中で様々な計算を始めた。
「(コノタイプノコウゾクキョリ……ブソウペイロード……オソラクダンヤクモネンリョウモサイテイゲン……ナラコウドウカノウハンイハ……トナルト……)」
恐ろしく早い呪文詠唱のような小声がレンの口から漏れ出るのを見て浅井と神通は顔を見合わせる。
「なんか目の左右の動きが凄いな……(ひそひそ」
「どうやら脳内での計算を口に出している事に気付いていないようです……(ひそひそ」
レンはおもむろに近くにあった羽ペンを取ると、地図に次々と記号や印をつけていく。
「……ヨシ。ダイタイケントウガツイタゼ。ンジャ、チョックライッテクル」
そしてそのまま地図を持って踵を返し、執務室を後にした。
「……よろしいのですか? 彼女は当基地の事を知りつくしています。このまま深海棲艦側に戻れば……」
「そうだね。でも俺は信じられると思うよ。雷達とじゃれ合ってる時の顔、見ただろ? ……あんな表情をする子を疑うなんてできないさ」
能天気とも取れる笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ浅井に対し、神通は少し考えた後、苦笑混じりながらも表情を和らげた。
「……そう……ですね。司令は人を見る目は確かです。その司令が信じるとおっしゃるのならば、私もお付き合いいたします」
「助かるよ」
軍人として浅井はあまりにも甘い。
だが、その性格故にこれまで多くの人々に慕われ、絆を結んできた。
他ならぬ神通自身も、そんな彼の優しさに惹かれ、どこまでも付き従う覚悟を決めてここまで来たのだ。
ならば、行ける所まで行こう。行くべきだ。
それが、この人を信じた自分の心が正しかったのだと誇れる未来を形作る……そんな確信を抱いた神通は、自然と穏やかな笑みを浮かべていた。
【キャラクター紹介】
■
妙高型重巡洋艦3番艦。
以前は鹿屋基地に所属していたが、国分基地へ異動となった。
妙高型姉妹の中でも気さくで話しやすい性格をしており、事あるごとに得意のカツ料理を振る舞い、雷や電、イムヤ達のお姉さん役として慕われていた。
姉の事は堅物と思いつつも大切に想い、彼女の決定には大抵の場合は従う。
その一方で筑紫元司令の横暴にはあからさまな嫌悪感を抱いており、思わず手を上げそうになるのを度々妙高に止められていた。
戦闘時には重巡とは思えない敏捷性を発揮し、一気に懐へ飛び込んで重火力を叩き込む獣のごとき戦いぶりを見せる。
足柄さんを飢えた獣とか行き遅れとか言ったのは誰だ!
気さくでスタイル良くて料理(カツ)も上手いなんて最高だろうが!