鹿屋基地から少し離れた、陸地もだいぶ小さく見える鹿児島湾上。
その青い海の上を、1つの人影が滑走する。
「フゥ……コノクウキ……ヒサシブリダゼ」
レンは上機嫌で波間をかき分け進み、時折スケートのようにその場で回転する。
傷が癒えるまでは海に出る事はおろか、基地施設の中でしか行動できなかったため、久々の広大な海が開放的な気分にしてくれたようだ。
「ット……アソンデルバアイジャナカッタゼ。エート……」
地図を開き、尋ね人のいそうな場所につけた印を確認する。
ヲ級が偵察に出したとおぼしき航空機が目撃された場所を線で結び、さらにこのタイプの航空機の積載可能燃料および弾薬、満タンの状態で脱走したと仮定した場合のその後のやりくりなどなど、諸々の計算の末に3ヶ所に絞る事ができた。
「アトハ……『ノトナレヤマトナレ』ッテヤツカ」
資料室で読んだ本に書いてあった言葉を引用しつつ、地図を懐にしまって行動を再開し、爪先で切った波を後方へ押し流して大海原へと走り出した。
「…………ヲー…………」
地図には小さな粒のようにしか書かれていない、名も無き小島。
休憩を挟んでも1日あれば1周できてしまうような小さな島だが、潮流の都合上、周りには魚が集まりやすく、林の中には果物のなる木も生えている。
その海岸で、岩に座り、枝に括り付けた紐を水中に垂らしている人影が1つ。
時折潮風で肩や顔面にかかった白い髪を掻き上げ、あまり生気を感じられない白い肌と、青い瞳を露にする。
上半身は身体にフィットした白いボディスーツ……白、白、白と続くが、下半身はそれらと対照的な黒いズボンで覆われている。
「……ヲッ? ヲッ! ヲッ!」
水中に引っ張られるようにしなる枝を懸命に引き、青い瞳を光らせて一気に引き上げれば、太陽光に照らされた銀色のアジが彼女の手の中へと落ちてきた。
「……ヲー! ヲッ♪ ヲッ♪ 喜ブ! 元気出ル!」
釣り上げたアジを木で組み上げた籠に入れ、他の釣った魚と共に意気揚々と持ち帰る。
しばらく林の中を進んだ少女は、その中に隠された洞窟へと入っていく。
薪を一ヶ所に集め、大きめの枝に別の尖った枝を押し当てて人間業とは思えない速度で回転させると、瞬く間に煙が上り始めた。
出来上がった種火を薪の中へ入れ、消えないようにそっと息を吹きかけて少しずつ大きくすると、枝に刺した魚をその周りに立てていく……前に、またも青い瞳を光らせ、魚を凝視する。
「……ヲッ! イナイ、寄生虫」
気を取り直して魚を焼き始め、しばらく経った後、両面の焼けた魚を2尾、葉で作った皿に乗せて洞窟の奥へと歩いていく。
「…………起キテル?」
その声に反応し、籠と同様に木で組んだベッドに寝ていた茶色の髪を2つのおさげにした少女が半身を起こす。
「あっ……おかえりなさ……っっ!」
ちょうど上半身を起こし終えた瞬間、少女が苦悶の表情を浮かべ、左脇腹を押さえる。
「ヲッ……!」
それを見た白い方の少女は、近くの岩の上に皿を置くと、慌てて駆け寄る。
「……傷……マダフサガラナイ……」
セーラー服を捲り上げ、少女の脇腹に貼ってあった葉を剥がして傷口を確認する。
ほんのわずかだが皮膚の表面には焼け跡があり、その中心部分は少し抉れてしまっている。
「……大丈夫です……初めに比べればかなり良くなっていますから……」
汗を浮かべながら笑顔を作る少女に、もう1人の少女は悲しげな表情を見せる。
「……ヲッ…………ゴ飯、食ベル。元気ツケル。傷ナオル」
「……ふふっ、ありがとうございます。……すみません、お世話になりっぱなしで……」
差し出された魚の乗った皿を受け取り、茶色い髪の少女は笑顔を向けた後、申し訳ないという表情に変わる。
「気ニシナイデ。
「ええ……本当に感謝してもし足りません。……でも……ふふっ……ほんの半年前の私に、深海棲艦と友達になる……なんて言っても信じられないでしょうね、ヲ級さん」
白雪と呼ばれた少女は、白い少女……ヲ級の手を取り、両手で握りしめる。
その時。
「ッ!」
ヲ級の目が光り、素早く後ろを振り向く。
「……ダレカ、近付イテクル。深海棲艦」
「……私に……トドメを刺しに来たのでしょうか……それともヲ級さんの追手……?」
「ワカラナイ……ココニイテ。白雪、マモル」
ヲ級は牙のような意匠と触手の付いた巨大な帽子を被り、身長の半分はある黒いステッキを手に取ると、洞窟を飛び出していった。
「ヲ級さっ……!」
自分のために駆け出した深海棲艦の背中に手を伸ばしかけるが、傷口の痛みがそれを妨害した。
――――2ヶ月前・志布志湾沖合
「このっ……!」
白雪の12.7cm連装砲が火を吹き、正面から迫っていた駆逐イ級の頭部を撃ち抜いた。
だが、海中へと沈むその亡骸を避けるようにしてもう1隻の駆逐イ級と軽巡ホ級が、主砲を放ちながら迫る。
「きゃあっ!」
直撃には至らないものの、至近距離に着弾して水柱が上がる。
「くっ……!」
視界が悪い中、先ほどまで敵の見えていた場所へと主砲を放つと、イ級の断末魔が聞こえる。
だが、水飛沫の向こうにわずかな明かりが灯り、白雪は反射的に横へと飛び退く。
間一髪。白雪の立っていた場所には、ホ級の主砲弾が着弾していた。
「(主砲は残り4発、魚雷は1本……これで……これでどうにか……!)」
弾薬の残りは心許ないが、決して白雪が無駄遣いをしたわけではない。
そもそもこの哨戒任務に出た時に持たされた弾薬が必要最低限だったのだ。
……口減らし。
大規模な艦隊は確認されていないものの、はぐれ深海棲艦が度々目撃されているこの海域に、駆逐艦単艦かつ武装も十全とは言えない状態で行かされたのは、そういう事なのだろうと白雪は思い始めていた。
「(……私……私は……)」
もしここで勝利して帰っても、あの基地司令は無事を喜ぶどころか、舌打ちをして見下してくるであろう。
「なぜ、生きて戻ったのか?」と。
「(私は……!)」
人類の希望となって深海棲艦と戦うべく作り出された艦娘。
それが、わずかに敵が沈静化すると厄介者として扱われ、このような死地へと赴かされて謀殺される。
「(私は……なんのために……!)」
戦闘中だというのに、じわりと溢れた涙が視界を曇らせる。
その瞬間、ホ級の副砲が火を吹いた。
ほぼ同時に白雪の主砲も轟音を海原へ響かせ、ホ級の艤装からはみ出た胴体を貫き、爆散させる。
そして、相手の砲撃は白雪の脇腹へ着弾し、その肉体に大きなダメージを与えた。
「ぁっ……か……ぅ…………」
それを見た白雪は、もはや帰還は叶わぬと本能で察し、その場で飛沫を上げて仰向けに倒れる。
「(……良いんです……どうせ戻っても………………それならせめて……艦娘として……司令官の望む通りに……)」
生きる希望を失った少女の身体から艤装が剥がれ落ちて海中へ消えていき、本人の身体も後を追うように少しずつ少しずつ沈んでいく。
波打つ海面が涙を洗い流し、白雪が瞼を閉じる寸前、先ほどまで血みどろの戦闘があったとは思えないほどに澄み渡った青空が視界に広がった。
「(……私も……生まれ変われたら…………もっと……平和な……時代……に…………)」
少女が意識を手放した直後、その身体を担ぎ上げ、海面を目指す白い影が浮上した。
「……ヲッ…………カンムス……イキテル……」
「……ん……ぁ…………あ……れ……?」
次に白雪が目を覚ました時、真っ先に視界に映ったのは、薄暗い洞窟の天井だった。
「(私……沈んだはず……)」
どうにか身体を起こすが、被弾した脇腹が痛む。
だが、その痛みに何か違和感を感じて見てみると、表面に何かを塗り込んだ大きな葉が、植物のツルで傷口に固定されていた。
「これは…………塩……?」
傷口に塩を塗り込むと、痛みはあるものの殺菌や腐敗防止の効果があるという。
つまり、これは誰かが自分を手当てした、という事だ。
痛みに耐えつつ立ち上がり、風の流れに従って洞窟内を歩くと、パチパチと焚き火の音が聞こえる。
その音へと近付くと、火に当たる人影が見えた。
「あ、あの……あなたが私を……」
礼を言おうとその背中に声をかけながら近付くと……。
「……ヲッ?」
「っっっ!!!」
白い髪、白い肌、青い輝きを放つ瞳。
「深海……棲艦……!」
白雪は腰が抜け、その場にへたり込んでしまう。
それを見た深海棲艦が立ち上がり、ゆっくりとした歩調で歩み寄ってくる。
「あ……ぁ……あぁぁ……!」
「生け捕りにされた艦娘は、深海棲艦へと肉体を改造され、死ぬまで酷使され続ける」……そんな噂話を思い出し、白雪はガタガタと震え、言う事を聞かない身体を懸命に動かして後退りするが、背中が壁に当たってしまった。
「ひっ……!? ぁ……あぅ……」
白雪が視線を正面に戻せば、とうとう深海棲艦が眼前に立ち、その感情の無い青い瞳で見下ろしていた。
「………………」
その黒いマントの下から白い腕が白雪へと伸び……。
「っっ……!! ………………?」
ギュッと目を瞑った白雪が右目を開けると、深海棲艦は白雪の服を捲り、傷口をじっと見つめている。
「……ダメ……マダ……ウゴイチャ……」
言うなり白雪の身体を持ち上げ、いわゆるお姫様抱っこをして洞窟の奥へと歩いていく。
「えっ? え……あ……?」
白雪は状況を飲み込めず、ただ言葉にならない声と瞬きを繰り返すだけ。
そんな白雪の顔を見下ろし、深海棲艦がポツリと呟いた。
「……スキジャ……ナイ……タタカイ……」
そして、白雪を元の木のベッドに寝かせると、自分のマントを外して白雪の身体に被せた。
「オトナシク……スル……キズ……ナオラナイ……」
そう言って、深海棲艦はまたさっきの場所へと戻っていった。
「……どういう……事なの……?」
それからの2ヶ月間、その深海棲艦は自分を改造したり捕食したりするどころか、果物や魚を持ってきたり、傷を手当てしたりと献身的に接してきた。
当然、初めの内は白雪も警戒心と敵愾心を露にしていた。
だが、たどたどしい彼女の言葉から彼女が深海棲艦の基地を脱走した事を知ると、次第にそれらの感情は薄まっていき、何より彼女の優しさが言葉以上の事を語っていたのだ。
「……あの……あり…………ありがとう……」
ある時、果物を持ってきてくれた彼女にポツリと礼を言うと、驚いた顔をした後。
「……ヲッ!」
それまでの感情の無い無機質な表情からは想像もつかない無垢な笑顔を見せた。
それからは少しずつ会話が増え、彼女が連れてきたという軽母ヌ級達とも会う。
白雪との会話で言葉を学習したようで、彼女……空母ヲ級の喋る言葉は日に日に流暢になっていき、表情も様々な色を見せるようになった。
「ト……モ……ダ……チ……?」
白雪の言葉を復唱したヲ級が首を傾げる。
「はい。仲の良い相手、大切に思う相手の事です」
白雪が日頃の世話の礼として、人間側の色々な言葉を教えている時、友達という言葉にヲ級が反応したのだ。
「トモダチ…………ヲッ! 白雪、トモダチ?」
自分自身を指差して尋ねてくるヲ級に、一瞬驚いた白雪であったが、返す言葉はすぐに浮かんだ。
「……ええ。私とヲ級さんはもう友達です。いつもありがとうございます」
そう言ってヲ級の手を握ると、彼女は笑顔を浮かべる。
「ヲッ♪ トモダチ! 好キ、コノ言葉♪」
純粋無垢な子供のような笑顔に、白雪の心が癒されていく。
岩川基地の艦娘仲間も心配ではあるが、今はまだもう少し……この生まれも形も違う友達と共に……白雪はそんなささやかな願いを胸に抱いていた。
【キャラクター紹介】
■空母ヲ級
深海棲艦側の主力航空母艦。
レンも所属していた南方棲鬼指揮下の基地から脱走した個体。
生まれながらに確固たる自我を持ち、人間や艦娘を相手に日々殺し合いを続ける事に疑問を抱き、ある時、わずかながら感情を持つ3隻の軽母ヌ級を連れて脱走して、名も無き小島に隠れ住む。
白雪とはぐれ深海棲艦の戦闘を、偵察に出していた艦載機を通して見ており、轟沈寸前の彼女を思わず助けてしまう。
それからは彼女との共同生活を送り、互いに異種同士の友情を感じるようになるが、いつか彼女を人間側に帰さねばならない事も理解している。
口癖は「ヲッ!」。
■
特Ⅰ型駆逐艦とも呼ばれる
真面目で気配りのできる、海軍エリート学校出身の才女。
岩川基地に所属していた時も、仲間の艦娘達へ常に気を配っており、仲は良好だった。
だが、
ある時、口減らしのために弾薬不足の状態で哨戒任務へ送り出され、敵艦との相討ちの末、司令官に見捨てられた事に絶望しつつ轟沈するところをヲ級に救助された。
2ヶ月の生活の中で、彼女とは種族を越えた友人関係を築いており、人類と深海棲艦の関係が本当に殲滅戦争しか無いのかと考え始めている。
ヲ級ちゃんとほっぽちゃんは深海のアイドル。異論は認める。