夏。日本の夏は蒸し暑く、体から湧き出る汗はとどまるところを知らない。そんな季節だからこそ、夏の風物詩がある。夏といえば、海だ。
「ついにこの日が来てしまったかぁ」
落胆した声を上げる。この声の主はこの日が来ることを待ち望んではいなかった。むしろ来なければいいとさえ思っていた。
「なんだアキラ、楽しみじゃないのか?」
「うん、あんまり楽しみじゃないんだぁ。はぁ・・・」
海はいい思い出がない。毎回、体のことで問い詰められて、毎回人が離れていく。・・・いや、訂正しよう。毎回じゃなかったな。一度だけ、人が離れ切らなかったことがあったな。
「アキラ、もしかして、泳げないのか?」
「泳げるよ。まぁ、杞憂で済めばいいんだけど」
部屋の天井を見上げる。何かあるわけじゃないが、それでも見上げずにはいられない。
(今度はどんなトラブルに見舞われるんだろ?)
出発はすぐそばまで来ていた。
結局、両親とも楽しみにしていたらしく、アキラは部屋でおとなしくしておくことはできず、苦肉の策を投じて、浜辺に足をつけた。
「夏だなぁ、暑い」
汗はかくが上は色が濃い目の黒のラッシュガード。下は水着の下に、特注の肌色のインナー。絶対にばれてはならない。全身を隠し通す。
「アキラ。暑くないのか?」
「暑いよ。でも、これがないとダメなんだ」
「肌弱いのか?」
「う~ん、まぁ、そんなとこかな」
これ以上の追及を避けたいアキラはぼかしながら、誰もいない岩場のほうに歩を進める。
「なんなんだ? あいつ」
急にアキラのことが分からなくなる一夏だった。
「あれ? アキラは?」
シャルロット一行が現地に到着したころにはアキラはどこにいるかわからなくなっていた。
「それがな、暑そうな格好して岩場のほうに行ったんだよ。なんでかは知らないけど」
一夏がさした方角にアキラはいない。しかし、ちゃんと足跡は続いていた。
「一夏、行かなくていいの?」
「なんかさ、付いて来るなって。背中が語ってた気がしたんだよ」
一夏は逃げるために岩場に移動したアキラのその背中を、拒絶の意思ととらえた。
「俺たちさ、アキラのこと、何にも知らないじゃん」
アキラは己を語らない。転入したころからそうだった。何も語らない。しかし、他人の心にはしっかりと、それでいて優しく踏み込んでくる。
(アキラのこと、知りたいな)
アキラに褒めてもらおうと選んだ水着。結局感想は聞けなかった。なぜ逃げるのか、今のシャルロットたちにはわからない。
アキラのとこに向かう間もなく、一夏はセシリアのサンオイル塗りに。シャルロットはアキラの足跡をたどってみた。
「アキラ?」
「シャルかぁ。脅かさないでよぉ、もぉ」
アキラは一人、岩の上に立っていた。何かに思いをはせる表情のまま、シャルロットに顔を向ける。
「どうしたの?」
「いや、体、見せるのが怖いなって」
「そっか」
掴むものもないのに、空に手を伸ばし続ける。
「怖いよ。いつの間にか、世界は僕を置いて時を進めちゃうんだ。それが当たり前のように」
掴めない手を下げることはない。遠くを悲しく見つめるその瞳を、吸い込まれるような瞳を、シャルロットは一生忘れられないだろう。
「いつか、いつかでいいからね。アキラの抱えてるもの、僕にも背負わせてよ」
アキラが消えそうな気がして、届くところからいなくなりそうで。声を掛けて存在を確認する。
(アキラが消えそうなんて・・・。初めて感じた・・・)
「ね、ねぇ「ちょっと待って」・・・どうしたの?」
アキラは海の一点を見つめる。
「あれは・・・、まずいっ!」
それだけを残して海に飛び込んだ。水しぶきを立てずにきれいな着水とともに、水泳選手以上の速度で見つめていたある一転に向かった。・・・そこには、足をつっておぼれかけている、鈴音の姿があった。
(間に合えっ!)
海というものは、時に人間に牙をむく。しっかりと準備運動してから。なんて話を親から口酸っぱく言われ続けた、なんて方も多いだろう。それは海の脅威から守るための行動だ。しかし、それを怠って海に入っている者たちがいた。
「一夏、あのブイまで競争よ。負けたほうがかき氷おごりね」
鈴音は沖合のブイを目指して泳ぎ始めた。競争すること自体が間違いだったんじゃない。ただ、海に体が慣れていなかった。ただそれだけで、足がこむら返りを起こした。パニックに陥った鈴音。
(浮く、浮けば誰かに助けてもらえる)
「助けて、足つってっ!」
何度も何度も、浮いては波に呑まれ、浮いては呑まれ。繰り返しながら助けを求める。
しかし、頑張って浮こうと心掛けていた鈴音も、とうとう水面に顔を出さなくなった。くらいくらい、海の底にいざなわれる。
(助けてっ! 誰かっ!)
沈んでいく体。体には巻き付いていないはずの腕が見える。その腕に恐怖した。
しかし、誰かが腕を引いてくれた。近くにいたのは一夏だけだったはず・・・。誰が助けてくれたのかも確認できぬまま、そこで鈴音は意識を失った。
浜では賢明な応急処置が行われていた。鈴音が海に溺れ、それを引き上げ、人工呼吸を行う。胸を10回圧迫し、口元を覆い、2回息を吹きかける。
「いちっ、にっ、さんっ、しっ・・・」
数えながら胸を圧迫。のちに息を吹き込む。二回吹き込んだら、また圧迫を始める。
「誰かっ! 教員をっ!」
圧迫を掛けながら、教員を呼ぶように周囲に呼びかける。
「俺が行ってくるっ!」
一夏が呼びに行った。
「アキラ、代わるよっ?」
心肺蘇生はアキラが行っていた。この場に代われるのはライだけ。
「まだっ、いけますっ」
汗を流しながら、それでも続ける。鈴音を死なせまいと、必死に。
「ライフガード、脱ぐ?」
「このままっ、続行しますっ」
(はちっ、きゅうっ、じゅうっ)
気道を確保し、息を注ぐ。
(戻ってきてっ!)
「ふ~っ! ふ~っ!」
まだ、意識を戻すことはない。
「いちっ、にっ、さんっ、しっ・・・」
すぐに圧迫を開始。諦めなければ大丈夫。そう言い聞かせながら続ける。
「ごぽぉっ! ゲホっゲホっ!」
鈴音が水を吐き出した。
「よしっ! 戻ったっ!」
すぐに横にし、背中をさすり、気道を確保する。周りは歓喜の声をあげる。鈴音の回復を心から喜んだ。
「どうしたっ!」
水を吐き出してすぐ、千冬と真耶が駆けつけてくれた。
「鈴音さんをお願いします」
手が触れて完全に選手交代するまで、さすり続ける。優しく、壊れぬように。
「完全に意識が戻ったら保健室にお願いします。一夏、あとは任せたよ」
アキラは、すぐにその場を立ち去るとする。
「待てよアキラ、どうしてすぐ離れるんだ?」
「・・・僕は疲れたから、日陰に行きたいだけだよ」
「そんなことないだろ? 海に来てから、アキラ変だぞ?」
(変・・・か)
人目を避けるように一人になろうとする。怖い。この日常を失うのが。
「別にいつも通りだよ。じゃあ、あとよろしくね」
そう言って離れていった。
「一夏。アキラにもいろいろあるんだよ」
ライが声を掛けてくれた。それでも一夏には納得できない。今までのアキラとは違うのだ。優しくて、気さくで、周りを気にするアキラと。
「ライ、あいつについて、何か知ってることないか?」
ライなら、アキラが自分たちと違う態度をとる彼なら、何か知っているのではないか。そう思った。しかし、そう聞かれるとわかっていたと言わんばかりに。
「それは、僕が話すことじゃないよ。アキラが話したくなったら話すんだ。僕が手助けできることは何もないよ」
ライの瞳は、悲しげに、アキラの背中をとらえていた。
はい、本当なら昨日投稿予定だった小説を翌日にあげる白銀マークです。
いやですね、自宅の通信環境が狂っちゃいまして、インターネットにつながらなくてですね。書き上げるのに時間がかかりました。
それと同時にですね、今後、今回のような書き方をしていきたいと思います。面白くなかったら「面白くない」とドストレートに来てください、私、固いハートで受け止めますっ!(・・・パリーン、白銀マークのハートは砕けてしまった)
書き方の改善等を指摘してくださってもかまいません。だれか、だれか私を助けてェっ!