デトローフ・コッセル。
シーマ艦隊No.2の重鎮であり、シーマ不在時には旗艦リリー・マルレーンの指揮を務める厳つい巨漢である。だがその見た目に反して、シーマの仕草や機嫌で彼女が望む命令を察することができるなど細かい気配りまでできる有能な男である。
そんな男の部屋に少女を思わせる童顔に赤髪のショートヘアの女性士官、クレア・バートンが
「やっぱりないですね、エロ本」
ベッドの下を家探ししていた。
「……」
頭をベッドの下に潜り込ませて尻を出しているクレアに、コッセルは無言で尻を蹴飛ばした。
「うぎゃあああぁぁぁっ! 頭が割れるぅぅぅっ!」
頭を打ちベッドの下でのたうち回るクレアが
「ハッ!?し、尻が二つに割れたぁぁぁっ!!」
「尻は最初から二つに割れているだろ」
「あ、そうでした」
もそもそとベッドの下から出てきたクレア。
(こんなアホがエースパイロットだなんて。……誰も信じないだろうなぁ)
頭を押さえるコッセルの頭痛のタネは改めて部屋を見る。
「しかし何も無い部屋ですね。面白味のない」
クレアはため息を漏らす。
さほど広くない部屋に置かれているのは机にスタンド、書類や本などが納められた小さな本棚。備え付けのベッドとクローゼットだけだった。
「つまんないこと言いに来たんなら部屋から追い出すぞ」
「冗談が通じないですねぇ、コッセル大尉は。では……」
ベッドに腰を掛け足を組む。先ほどまでのおちゃらけた雰囲気とは一変して真面目な表情でクレアは尋ねる。
「コッセル大尉は、これからシーマ様が幸せになれると思いますか?」
「……それはデラーズ・フリートの傘下に入ったことが間違いということか?」
「そんなことではないです」
クレアはコッセルにそう言うと話を続ける。
「シーマ様はデラーズ・フリートの情報を連邦に流し、その功績によって我々シーマ艦隊の保障を確保するつもりでしょう。ただ……果たして上手くいくでしょうか?」
「……お前はシーマ様を信頼していないのか?」
「まさか!」
目の前の少女のような女性は鼻で笑う。
「シーマ様は卓越したMS技術、明解な頭脳、カリスマ、そして容姿。全てを兼ね備えたお方。信頼していないこそがシーマ様に対する最大の侮辱です」
「じゃあ何で『果たして上手くいくでしょうか?』と言う?」
「私は連邦を信用していません」
クレアは組んでいた足を組み直す。
「シーマ様は頭脳明晰な方。連邦と上手く交渉されるでしょう。しかしそれは連邦の状勢、酷い話だと気分次第で反古にされる可能性が高い。私たちは
ニヤッと笑みを見せて握った拳をパッと離す。
「まあそれはないと仮定しても、またジオンと同じように汚れ作業を強制するはずです。我々のことを本当に思ってくれるような人間は、そもそも裏取引なんてしないでしょうし」
「じゃあお前はデラーズ・フリートに味方するのがいいと思うのか?」
「ご冗談を」
クレアは手を振って否定する。
「デラーズ・フリートがいくら戦力を持っていたとしてもその数は連邦とは雲泥の差。勝てるとは到底思えませんよ。それこそ連邦内で勢力が二分して互いに争い、疲弊しない限り」
「……」
ははは、と他人事のように笑うクレアにコッセルは尋ねる。
「シーマ様はデラーズ・フリートの傘下に入ることを決めた。でもお前はデラーズ・フリートにも連邦につくにも否定する。何か考えでもあるのか?」
この問いがシーマの、クレアの、シーマ艦隊の。そしてコッセル自身の運命を変えることになる。
「シーマ様にはこの世界の舞台から降りていただき、私がシーマ様になります」
「……!?」
クレアが心酔するシーマを蹴落とし、そのクレアがシーマに成り代わる。その言葉にコッセルは声を出すことも忘れていた。
クレアは立ち上がるとドアノブに手を乗せる。その背中は、震えていた。
「シーマ様が生きるには……この世界は厳しすぎる。私は……シーマ様に生きてほしい……」
そう言い残し、クレアは部屋を後にした。
「……」
一人になった部屋でコッセルは考える。
(確かにクレアの言うことも理解できる。そしてシーマ様をリリー・マルレーンから追い出すメリットも。しかしアイツは考えられていない。もしシーマ様が生きていると知られたら……シーマ様は色々な奴等に命を狙われる。そして俺達がシーマ様を慕っているようにあの人も俺達を必要としている。俺達が死んでシーマ様は幸せな人生を過ごせると思えない)
「それに……」
とコッセルは続ける。
(自分に反旗を
コッセルは悩む。しかし、どれだけの時間をかけて考えても最良の答えを導き出すことはできなかった。
ふとコッセルは机の引き出しから何かを取り出す。それは二つのサイコロだった。
「シーマ様はよく言っているな『どうせこの世は
コッセルは壁にかけた帽子を机に置くと握ったサイコロを帽子の中に転がす。コロコロとサイコロは帽子の中で転がり、止まる。
帽子の中を見るコッセル。出た目は
1と1
だった。