リリー・マルレーン ブリッジ扉前
「……」
尊敬するシーマと共に数々の戦場を駆け抜け、生き抜いてきたクレアの勘が扉の向こうから緊張した気配を感じ取った。
(……どうする、私?)
自分自身に問いかける。しかし何か起きた時のためにブリッジで控えているのは彼女の習慣であり、何よりシーマの顔が見られないのが苦痛で仕方なかった。
「……行こう」
自分にしか聞こえない、それでいて力強い声でクレアはブリッジへ足を踏み入れた。
「おはようございま~す、シーマ様!……って何か今日は重々しい雰囲気ですねぇ。何かあるんですか?」
クレアは普段と同じように明るく振る舞いながらシーマに挨拶を終えると不思議そうに辺りをキョロキョロと見渡した。
(やはり何かあるみたいね)
普段なら明るくなるブリッジが緊迫した空気を保ち続けている。そして何よりいつもなら呆れるシーマが自分を睨むように見ていたことに、クレアは嫌な予感が気のせいではないことを確信した。
それでもいつもの自分を演じるクレアにシーマは真剣な表情で尋ねた。
「クレア。あんたは私に隠し事をしてないかい?」
「隠し事ですか?」
クレアは「……う~ん」と首を傾げ腕を組み、愛らしい部下を演じながら本気で考える。
(やはりこれは昨日コッセル大尉に話したことか?……いや、しかしまだこちらが何も動いていないのに疑惑を持たれるのは早すぎる。……まさか、コッセル大尉が昨日のことをシーマ様に!?)
「隠し事隠し事……」と呟きながらコッセルを見る。
「……」
コッセルはスッと視線を外した。
(やはりコッセル大尉が!?……いや違う!!)
自分の疑念を否定する。
(それならシーマ様はブリッジに私が来る前に私を拘束させているはず。つまりこの不穏な空気は昨日とは別のこと、もしくは何らかの形で私の話した内容を聞いたが確証は得ていないということか?……もう少し様子を見てみよう)
「隠し事は『書く仕事』。……なんちゃって!」
てへっと舌を出して笑いながらクレアはシーマの反応を伺う。
そんなクレアを見てシーマの表情はますます険しくなった。
「クレア!猿芝居はいい加減にしな。あんたが私に楯突こうとしているのは見抜いているんだよ!証拠は既に上がってる!!」
シーマは虎の毛皮が掛けられたソファーから立ち上がり、扇子でビシッとクレアを指し言い放った。落雷のような怒声にクレアは
「ッ!?」
一瞬驚いた後に心の中で自嘲した。
(シーマ様に成り代わって助けたいと思った傲慢のツケ。という所か……)
クレアは覚悟を決めた。
(私はシーマ様に反旗を翻そうとしたのだ。ならばシーマ様のために生け贄になろう!シーマ様に楯突く者はこうなるのだという見せしめに!!)
「……ふふっ。さすがはシーマ様だ」
「シーマ様!」と慕う無邪気な表情から野心を秘めた邪悪な表情へと表情を変えたクレアにシーマはわなわなと体を震わせた。
怒りで顔を真っ赤にさせたシーマが扇子を振り上げると先ほどまで様子を伺っていた部下たちが一斉に銃に手をかけた。
内心蜂の巣になるのを覚悟したクレアをシーマはじっと見る。その瞳の奥にはまだ自分を許そうとする慈悲が残っているのをクレアは感じ取った。
「クレア、最後に一つだけ聞いておきたい。なぜ私を裏切ろうとする!?」
(演じろクレア!シーマ様が迷うことなく処罰を与えられる、ゲスな小者を!!)
今ここでシーマに手心を加えさせれば他の部下に示しがつかなくなる。そうなればシーマのカリスマに傷がつく。
「……裏切り?裏切りですって!?」
そう考えたクレアはシーマの憎悪を駆り立てるように睨み付けながらその場で思い付いた嘘を言い放つ。
「裏切られたのは私の方ですよ。私はもっと出世したかった。そのためには有能な上官の下につくのがもっとも簡単で有効な手段と考えてシーマ様の所に来たのですよ。人事の人間
「それが本心か!?クレア!!」
扇子を降り下ろそうとするシーマに
シーマ様。シーマ様の傍にいれて幸せでした。あの世でシーマ様の御活躍を……。
クレアは目を閉じて感謝の言葉と共に、詫びた。しかしいつまで待っても銃弾はクレアの肉体を貫くことはなかった。
(……え?)
クレアは後ろに視線を移す。そこには自分ではなくシーマに銃口をむける仲間達の姿があった。
コッセルを始めとする部下達がクレアの後ろに集まる。
意味が分かった。コッセルを始めとする仲間達が自分の考えに賛同したのだと。
「どういうことだ、クレア!?」
動揺するシーマに悟られないように、クレアは
「ふふふ、私は故あれば寝返るのですよ」
自分を睨みつけるシーマにクレアは続ける。
「戦場と言う舞台に貴女の居場所はない、ということですよ。シーマ様」
ニヤニヤと裏切った部下を演じるクレアに、家族同然に思っていた部下達に裏切られたと本気で思い込んだシーマがその場に崩れ落ちる。
そんなシーマにクレアはとんでもない一言を放つ。
「安心してください、シーマ様。歴史舞台から姿を消す貴女に代わって私が
「ッ!?」
「じゃあどこかに行ってください、
クレアは顎で「連れていけ」と指示を出す。
「くそっ!離せっ!離せっ!!」
二人の屈強な元部下に両脇を掴まれ、我に返ったシーマは抵抗するが裏切られたショックから完全に立ち直っていない身体では男二人を払いのけることなど出来るわけもなく、シーマはブリッジから追い出された。
シーマが部屋から連れ出されると、クレアは先ほどまで馬鹿にした笑みを浮かべていたのにかわり暗い表情を浮かべた。
「クレア……」
そっとコッセルがクレアの頭にポンと手を乗せる。
「これしか、私には思いつかなかった。シーマ様が……幸せになる方法は」
「……」
「シーマ様は私たちのためにずっと苦しんできた。もうそろそろ肩の荷を下ろしてもいい頃よ」
今にも泣き出しそうなクレアに、コッセルは励ますように頭を撫でながら呟いた。
「そうだな……これから頼むぞ、クレア……いや
その場にいた仲間達もクレアを「お頭」と次々に声をかける。
「みんな……」
今にも溢れそうな涙を袖で拭い、先程までシーマが座っていた虎の毛皮が掛けられたソファーにクレアは腰を下ろした。
「これより私が
ついにクレアがシーマを追い出すことに成功。
次回『シーマ・ガラハウに成り代わった女~虎の衣を借る狐~』投稿予定。
茨の園でデラーズ&ガトーと対面。
2019年9月7日0時
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アムロじゃないですけど「こんなにうれしいことはない」です。
皆さま本当にありがとうございます。