月 フォン・ブラウン市郊外
「ふわあぁ~」
周囲に誰もいなくなった日が暮れた夜道を残業帰りのサラリーマン風の小太りの男が大きく開いた口を手で塞ぎながら歩いていた。
デフキサ・ザケルフ。
シーマ艦隊に所属する諜報工作員で、表だけでなく裏からも情報を集めてはシーマ艦隊に様々な情報を送り続けている男である。
この日はアナハイム・エレクトロニクス社の情報提供者への接待で酒を飲みすぎていた。
(う、頭が痛い……)
歩いて帰るのも難しいほど飲みすぎたザケルフはタクシーを頼んだ。しかしあまりに酔っていたため舌が上手く回らず行き先が伝わらなかったようで、運転手は指定した場所とは全く違う方角に車を走らせた。運転手に起こされ車を降りると見たことのない風景にザケルフは
「ここどこ?」
振り返ると歓楽街の明かりが見えた。そのことからここが歓楽街の端であることは理解した。しかしタクシーはすでに発車して元の場所に戻ることすら出来ない状況に陥っていた。
「仕方がない」
ザケルフはすぐにタクシーを呼んだ。タクシーを待つ間、ザケルフは周囲を散策する。
「ん?」
ザケルフの鼻が何かを感じ取りヒクヒクと動く。
「……何だ、この臭い?」
嗅いだことでそれが何なのか判断ができないザケルフは嗅覚に神経を集中させ、かすかな臭いを探す。
そこはジャンク屋だった。
ザケルフは沢山のジャンク品を見ると同時に周囲を確認。防犯装置の種類や位置、周囲に人や番犬などがいないことを確認すると敷地の奥へと進んだ。
「どこからだ、臭いの元は?」
タクシーが来る予定時間が迫っていてもザケルフは臭いの元を探すため歩を進める。
ザケルフがこだわる理由。それは月に来て初めて嗅いだ、戦いに身を置いた者にしか嗅ぐことがない臭いだったからだ。
ジャンク品に
「このタイプだったら……」
背広に隠している特殊工具を取り出すとザケルフは手慣れた様子で作業を始める。
一分も経過しない間にザケルフは扉のロックを外した。
「……ゴクッ」
ザケルフは口に溜まった唾液を飲むと、音を立てないようにゆっくりと扉を開ける。開けた瞬間、臭いが一気に強くなった。
「……まさか!?」
臭いの正体がMS用の駆動用オイルだと気づいたザケルフはペンライトで周囲を照らす。光が照らしたもの、それは巨大な赤い機体だった。
「な、何だ……これは!?」
小さな光のペンライトで巨大な赤い機体を照らす。
「これはモビル……ウグッ!?」
ザケルフの言葉は何者かに襟首を引っ張られ投げ飛ばされたことで中断される。
(だ、誰だ!?)
地面に大きく叩きつけられたザケルフは上半身を起こしてペンライトで確認する。そこには彫りの深い金髪の男がザケルフを目力のある瞳で睨みつけていた。よく見ると左腕がなかった。
「これを見られたからには、生かしておくわけにはいかないな」
片腕の男は腰の拳銃ホルダーに手をかける。
「ま、待て!」
ザケルフは両手をあげて、武器を所持していないことと抵抗する意思がないことを示す。
「アンタ、ジオンの人間だろ?」
「……ッ!?」
ジオンの人間。その言葉に金髪の男は引こうとした引き金を止める。
「なぜ俺がジオンの人間だと?」
「か、簡単な話だ……」
即座に射殺される危険を回避したザケルフは大きく息を吸う。
「あれがMAなのはオイルの臭いと外観で気づいた。そして連邦には俺が知る限りMAはない。つまりあれを所持しているアンタはジオンの人間、というわけだ」
「そうか。では
「ちょ、ストップストップ!!」
引き金を引こうとした隻腕の男にザケルフは慌てて両手を突き出す。
「俺もジオンの人間だ!! だから撃たないでくれ!!」
「……証明できるものはあるか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
ザケルフは背広の隠しポケットからジオン軍所属が記されたタグを取り出す。
「……」
隻腕の男は銃をホルダーに収めると警戒を緩ませることなくタグを確認する。
「ジオン公国軍突撃機動軍所属……デキフサ・ザケルフか」
隻腕の男はタグをザケルフに返す。
「信じてもらえたか?」
「一応な。……ところで貴様は何をしていた?」
「それはアンタの名前を聞いてからだ。アンタがジオンの人間だというのはわかったがアンタを信じていい人間かはこちらは判断できないからな」
「口だけは達者だな」
隻腕の男はフッと笑った。
「俺はケリィ・レズナー。宇宙攻撃軍所属のパイロットだ。階級は大尉。元……が付くけどな」
この時ザケルフはケリィと名乗った男の顔が一瞬複雑な顔になったことに気づいた。
「では改めて聞こう。貴様は何をしていた?」
「レズナー大尉。貴方のような男を探しておりました」
「なんだと!?」
ザケルフの言葉にケリィ・レズナーの顔が驚きに変わる。
本当は普通に生活しているだけでは嗅ぐことはない臭いをたどってここに来たのだが、核心にいち早く近づくためザケルフは嘘をついた。ザケルフは続ける。
「私はシーマ艦隊に所属する諜報工作員です。現在シーマ艦隊はデラーズ・フリートに所属しており、シーマ艦隊はとある作戦を遂行するために優れた人材と機体を喉から手が出るほど欲している状況です」
「……」
ケリィは黙ってザケルフの言葉を聞く。
「もしレズナー大尉に戦う意思があるのならば、シーマ艦隊に協力していただけないでしょうか?」
「……」
視線を地面に落として考えるケリィ。考えること数十秒。一度後ろの機体に目を移した後、口を開いた。
「こちらにも準備がある。今すぐ、というわけにはいかない」
「……わかりました。では今日の所はこれで」
これ以上の詮索は自分の身に危険が及ぶ可能性がある。そう考えたザケルフは連絡先を交換すると敷地を後にした。
ちなみにザケルフが呼んだタクシーは時間になっても来なかったために引き返し、再びザケルフが困惑する状況に陥ったのは言うまでもない。
ついにケリィ・レズナーが登場。クレアとどのような接点が結ばれるのか?どう物語が進展するのか?それは誰もわからない。作者もわからない・・・。