月 フォン・ブラウン市 路地裏
「うぅ……」
連邦軍の制服を身に纏った青年は路地裏で倒れていた。
数分前。同じMSパイロットであり上官であるベルナルド・モンシアとバーで口論となり店を飛び出した後、酔っ払っていた所を月に潜伏しているジオン兵に殴られ気絶させられた。
「……死んでいる、のか?」
ふと何者かが倒れている彼の傍に立つ。
私を相手にするには君はまだ、未熟!!
青年の頭に突然聞こえた幻聴。ガンダム試作2号機を強奪した『ソロモンの悪夢』と呼ばれるジオンのエースパイロット、アナベル・ガトーの声。
青年は思わず自分の傍に立つ者の足を掴んだ。
「な、何のつもりだ!?」
振り払おうとした者に
「僕が……お前を倒す……必ずお前を……ガトー……」
そう言った直後、青年の意識は途切れた。
「ガ、ガトーだと」
青年の口から出たガトーという言葉に、掴まれた者は気を失った青年をじっと見ていた。
「ん? うぅん?」
目に当たる日差しに青年は目を覚ます。目を開けると見知らぬ天井がそこにあった。
人の気配を感じて青年はドアの方へ振り返る。そこには淡いブルーのワンピースを着た、黒髪のショートボブの女性が
「ケリィ!」
青年が目を覚ましたのを確認した女性はそう叫んで何処かへ行った。
「ま、待って……」
仕方なく青年は外へ出る。
「……」
周囲を見渡すと、そこには様々な大小の部品が無造作に置かれ、ベルトコンベアには色々な種類の機械部品が流れていた。
「ジャンク屋が珍しいか?」
「え?」
青年が振り返る。そこには彫りの深い金髪の男が立っていた。よく見ると左腕がない。その後ろには先ほどの女性が 立っていた。
「昨夜は酔っ払っていたみたいで……あなたが僕をここに?」
「ただのいきがかりだ。朝飯を食ったら出て行け」
男は手に付いた汚れを水道で流すと家へと入っていく。青年は男の後を追うようにリビングに行く。テーブルの上には二人分のサンドイッチとコーヒー、サラダが置かれていた。
「それじゃあ帰るね、ケリィ」
「いつもすまないなラトーラ。晩飯は俺だけでいい」
走り去る女性の後ろ姿を青年はじっと見た後、青年は目の前に座る男に語りかける。
「お世話をかけてすみません……。僕はコウ・ウラキと言います」
「ケリィ・レズナーだ。軍人なら僕なんて言うな!」
ケリィ・レズナーと名乗った片腕の男はサンドイッチを口にしながらきっぱりと言う。その強い口調にウラキと名乗った青年は目を大きく見開きながら「は、はい!」と答える。
「お前は連邦のパイロットなんだろう? 機体は何に乗っている?」
「!? ……なんで僕がパイロットだと!?」
「その胸につけている胸章は飾りか?」
指摘されて青年は胸章に目を向ける。そんな彼に男は続ける。
「寝言でずっと「ガトーを倒す」と言っていた。お前はガトーの何を知っている? 見たところお前は歳も若いし一年戦争には出ていないだろ?」
「それは軍事機密なので教えられません。それよりケリィさんはどうしてそこまで気にするのですか?」
「ふっ。自分は答えないくせに自分の疑問には答えを要求するか」
男は苦笑する。
「まぁいい。教えてやる。俺は一年戦争の時にガトーと一緒に戦い……左腕を失った。そして俺は軍を辞めて
失った時の記憶を思い出してか、男は失った左腕の服を握る。
「ッ!?」
青年は驚きのあまり目を大きく見開く。目の前の男はガトーと共に戦った。つまり自分たちが戦うジオンの兵士だと理解したからだ。
「話は終わりだ。わかったら今すぐ出て行け!」
「! ……ありがとうございました!!」
青年は複雑な感情を抱きながらも拾ってくれたお礼として一礼すると部屋から出て行く。そんな青年の後ろ姿を男はじっと見ていた。
「ん……あれ?」
敷地を出ようとした青年の鼻に何かの匂いがつく。MSパイロットである青年はすぐにその臭いが何なのかが理解できた。
「これはMS用の駆動オイルの匂いだ!!」
(でもなぜ
疑問を覚えた青年は匂いがする方向へ歩き出す。そこは倉庫だった。倉庫には鍵がかけられていない。
「……よし!」
青年は意を決して静かに扉を開く。気になった匂いは一気に強くなった。
扉を開けて前方に目を凝らすと赤く大きな何かが目に飛び込んだ。それが何か確認しようと青年は走り出す。
「これは……MA!?」
赤く巨大な何かがMAだと気づいた青年は近くに設置されたコンソールを操作する。
「特殊な操作仕様に改造してある。そうか! 片手で操作するために……え?」
何者かが襟首を掴んだと気付いた時には、青年は地面に強く叩きつけられていた。
「これ以上関わるなら殺すぞ!!」
「こんな動かない機体をですか!?」
自分を睨みつける男に青年は言い返す。
「システム周りのユニット交換が必要です。メインシステムすらまだ稼働できてないんじゃないんですか?」
「……お前に言われなくても!!」
図星を突かれた男は歯を食いしばる。
「でも機体は大丈夫そうですね。自分も手伝えばちょっとした修復だけで動きますよ」
「……」
青年の言葉に男は思考を止めた。
「お前は何を言っている? 元とはいえ……俺はジオン軍の兵士だぞ? こいつを直すってことはどういうことなのか理解して言っているのか?」
「そうかケリィさんは……敵、なんですよね」
青年は悲しげな表情を浮かべて視線を外し、赤いMAの方へ歩く。
「自分はMSが好きでパイロットになりました。でも結局は任務として敵と戦うことを要求されて……」
「……」
男はただ黙って青年の言葉に耳を傾ける。
「軍人として間違っているかもしれない。……でも自分はこのMAを起動させてみたいんです」
寂しげに、それでいて何かに夢中になって追いかける子供のようにMAを見る青年を
「……」
男はなにも言わず青年をじっと見ていた。