書き納めです。来年もよろしくお願いします。
日が沈み、夜になる。
それと共に、俄かに周囲が慌ただしくなっていくのを、耳が勝手に拾っていく。
窓辺から鴉を飛ばす綾鼓さんの横顔を見るたびに、顔が綻んで止まらない。
女の人と部屋で2人きりなんて、人生で初めてだ。えへへへ。
しかも花魁姿の綾鼓さんと。えへへへへへへへ。
是が非でもと食い下がった甲斐があったぜ。
「──さて、これで雛鶴は天元が保護してくれるだろう。後は残りの2人と、鬼の探索だな」
窓の障子を閉めながら
「そっそそそそうですね切見世にいるのがわかったわけですもんね!店の人がすぐ教えてくれて一瞬でしたね!!」
口が回る回る。
まずい、変な汗かいてきた。
「ああ、あれも呼吸の技の1つでな。陸の型の琥珀で、脳の血流を少し弄って記憶と情報を引き出したのさ。ちなみに私とお前を引き取るように操作したのは伍の型の萌葱な。そうじゃなきゃテキーラ娘の二の舞──いや、なんでもない」
ふぅ、と紫の煙を吐き出す仕草に、心臓が跳ね上がる。
「何にしても、雛鶴が切見世にいるということは、恐らく自分からこの店を離れたと考えた方がいいだろうな。あのしっかり者が病気もらうような真似はしないのは当然として、鬼にやられたのなら足抜けに見せかけて喰われている可能性の方が高い。他の2人が気にかかるところではあるが……天元を待たず、この店から緊急で脱出する必要があった故の行動ならば、やはりこの店が一番
再びの紫煙。
この部屋に通されてから終始吐き出されているそれは、この部屋どころか、店中に漂っているのではないだろうか。
不思議と咳き込むような煙たさはなく、むしろ落ち着く花の香りがする。
時折、何かが小さく弾けるような音がするが、悪意のあるものではない。
「わぷっ」
突然、視界が黒く覆われる。
何事かと慌てて“それ”を顔から剥がすと、触れ慣れた──否、着慣れた感触。
「隊服……?」
「着替えておけ。流石にその恰好は
「え……」
女の人に着替えを促された──というよりは、その言外に籠められた意味に、呆ける。
「も、もう戦闘準備ですか……!?ほら、宇髄さんも潜入だって」
「雛鶴の場所が掴めるまでは、な。ここに鬼がいる可能性が高い以上、ちんたらやって向こうに感づかれる方がまずい。速攻で片をつけて、残り2人の場所も突き止めるぞ」
ひときわ強い勢いで、息が吐かれる。
それは、決意の表れのようでもあって。
「でも、どこに鬼がいるのかもまだわかってないじゃないですか。俺も、鬼の音らしいものはまだ聞けてないですし……」
「ああ、かなり巧妙に隠れてやがる。こりゃ天元が手こずるわけだぜ。正攻法じゃまず尻尾を見せんだろうよ。私も生命体の感知くらいはできるが、ここはちと人が多すぎるしな。
──だから、力づくで
よく耳を澄ませておけよ、という綾鼓さんの言葉の真意を理解する前に、思考が遮られた。
「────!!」
「ヒィッ!?」
かすかに、けれど確かに鼓膜に突き刺さった悲鳴──絹を切り裂くような、女性の声。
剣呑な不意打ちに、嫌でも肩が跳ねる。
「どうした?」
「い、今、悲鳴が、遠くから……」
「どこからかわかるか?」
「へぇ……?多分、北側の、一番奥の方です……」
「──釣れたな」
カン、と硬質な音。
煙管で軽く灰落としを叩き、空になった火皿に
「行くぞ」
「はい!?えっえっ嘘でしょ待って、待ってください!」
すぱんと勢いよく襖を開き、廊下へ繰り出そうとする綾鼓さんを引き留めながら、慌てて隊服を広げた。
***
「はいはいちょっと通してくれよ。あと危ないから外に出ておきな」
人を掻き分けながら、煙管片手にずんずんと突き進む綾鼓さんの後ろを、おっかなびっくりついていく。
未だ花魁姿のこの人はともかく、鬼殺隊の隊服を着ている俺に、何事かと動揺する“音”が、居心地を悪くさせる。
「あ、綾鼓さん!さっきの声、もしかして人が喰われているとかじゃ……」
「んにゃ、あれは
「呼吸!?いやいやいやいや、こんな遠くにどうやって……」
「
これ見よがしに、長く息が吹かれる。
紫──否、藤色の煙が、空中を漂った。
続けて、一際強い、弾ける音。
「その、煙……」
「捌の型・
綾鼓さんの足が止まる。
突き当り、1番奥の部屋。
耳を澄まして──ドッ、と冷や汗が溢れる。
鬼の音。
目の前に来てようやっと気づいた。
こんなことある?
静かすぎて逆に怖いんだけど。
「波紋の呼吸、伍の型──萌葱」
拳が、壁──襖の化粧縁を軽く殴打する。
とっこおん、と、骨と木がぶつかっただけではない、
それと同時に、短い断末魔が、部屋の中から聞こえてきた。
「善逸、店の人たちの避難を頼む」
避難も何も、今の断末魔で、少しばかりの野次馬も踵を返してしまったのだが。
そんなことを言う暇もなく、性急に襖が開け放たれる。
視界いっぱいに映ったのは──帯。
部屋一面に張り巡らされた帯が、女性を1人、吊り下げていた。
肌に軽い火傷を負う彼女から、鬼の音が発せられている。
「咄嗟に空中に逃げて、波紋に触れるのを防いだか……速いな」
「お前ッ……!お前!よくもアタシに、こんな……いいえ、それより、何で生きているの!?」
鬼の目が、きつく綾鼓さんを睨み付ける。
その双眸には──“上弦”“陸”の文字。
鬼の怒りや混乱の音と、綾鼓さんの強い闘志の音が、混ざり合う。
「はっ──地獄から戻ってきたんだよ。お前らを滅殺するためにな」
強く吹きかけた煙が、鬼の顔を炙る音。
「ギャッ……!ま、また……!」
「流石に上弦、だな。薄く散った波紋じゃこの程度……。直接叩き込むしかない、か」
「──調子に乗ってんじゃないわよ、この不細工が!」
──下。
地面から、何かが迫って来る。
「綾鼓さん!!」
「──!」
思わず声を上げた瞬間に、床が突き破られた。
木片や土埃と共に、無数の硬質な帯が、綾鼓さんを取り囲む。
刀の柄に手を添えて、踏み出そうとする、が。
「アンタみたいな醜い老いぼれ、細切れにして捨ててや──」
「──波紋の呼吸、壱の型・山吹」
鬼の甲高い声に被せるように、低い声が響く。
続けて、帯の壁を一本の細い線が走った。
一拍置いて、そこから燃え広がるように、帯が灰となって崩れていく。
舞う灰の向こうに見えたのは、両手の指を揃えて手刀を作ったまま、残心の構えをとる綾鼓さん。
「げ、ぅ……!」
「なるほど、
──追撃が来ないことを見ると、散らしていた帯はこれで全部、か?」
一歩、荒れた床板を踏み越え、部屋へと押し入る。
ひっ、とか細い声が、鬼の喉から漏れた。
「このっ、この!近づかないでよぉ!」
部屋に巡らされている帯が、数本飛んでくる。
が、そんなものは歯牙にもかけず、軽く受け流す動作で灰にされた。
鬼の怯えたような悲鳴は、段々としゃくり上げる泣き声に。
見た目にそぐわない、子供の癇癪のような音だ。
「何でよ……何でよ何でよ何でよ!!アタシ頑張っているのに、一生懸命やってるのに!何で邪魔するのよォ!」
「……悪いが、泣き言はお母さんにでも聞いてもらうんだな。
強く踏み込み、鬼へと肉薄。
構えていた拳が振り抜かれる。
文字が刻まれた瞳が恐怖に見開かれて──
「──
──その瞬間、衝撃と爆音が、身を包んだ。
綾鼓 汐
宇髄を安心させたい&汚名返上したいという思いから行動が早め。
戦闘用の軽装をインナー代わりに着込んでいるため、着替えるのは別にいいか、と着物のまま凸。だってこれ脱ぐのめんどい。
帯に通した波紋は地下の食料保管庫まで続き、全て灰にしたため、須磨・まきを含めた人質は解放されている。
捌の型・藤紫
藤の花の粉末を波紋を込めた息で吹きかける、綾鼓オリジナル技。
普段は煙管ではなく、直接粉を口に含んで行うことが多い。
噎せなくなるまで時間がかかった。
波紋使いの肺活量を活かし、対象を鬼に限定した広範囲の攻撃が可能。
雑魚鬼ならこれだけで殲滅できる。
しのぶが藤の毒を開発してから効果が上がった。
宇髄 天元
綾鼓から伝言を貰い、即座に切見世へ。
監視用の帯との戦闘中に、突然帯が外へ逃亡。
雛鶴に解毒剤を飲ませた後、それを追っている途中で、嫁2人の声を聞きつけ、地下空洞を発見する。
鬼舞辻 無惨
は?