またまた書きたいところだけ走り書き。
モブ鬼が出るよ。
その夜、男──
主から直々に命を賜ったこと。
成功すれば上弦に繰り上げると言われたこと。
そして、その命の標的たる人物を見つけたこと。
あまりにも唐突に訪れた好機と、とんとん拍子に事を進めている自分に酔いしれながら、目の前を歩く標的を観察する。
背に見えるは見慣れた“滅”の文字。
幾度となく対峙し、喰らってきた、鬼殺隊の証。
女にしては上背のある体格、無駄のない足運びから、その中でも上位にいる実力者だと判断した。
恐らくは柱の一角だろう。
しかしながら、背後に寄る己を悟る仕草すらせず──何より、
──勝てる。
血鬼術すらも使う必要がない。
このまま背後から飛び掛かり、頸を一噛みすればそれで終いだ。
さんざ人を喰ってきた己にとって、そんなことは造作もない。
強者の肉を喰らい、己が主の命を果たす。
そうすれば、己は名実共に上弦の鬼だ──!
一足飛び。
己の鋭利な牙と爪を剥き出しに、女人の柔らかな肌と、その奥に埋まっているであろう血肉目掛けて飛び掛かる。
下弦の壱は勝利を確信していた。
──故に、視界いっぱいに広がる“悪鬼滅殺”の文字が、彼には理解できなかった。
「グゲェッ!?」
自分の鼻がひしゃげる音と、喉から捻りだされる蛙のような声を聞いた。
裏拳を強かに打ち付けられたという事実にようやく思考が追い付き、面食らう。
しかし、切創でもないただの殴打。
完治など瞬きのうち──と、高を括って、面を上げる。
見えない。
闇。
月明りすら目の中に差し込まない。
──否、目が開けられない!
焼けつくような痛みに顔を押さえて蹲る。
皮膚が爛れ、張り付き、瞼が持ち上がらない。
音を立てて、その熱傷が僅かながらもじわじわと広がっていく感触に、総毛だった。
──なんだこれは、なんだこれは、なんだこれは!
──火薬?毒?否、否、否!そんなもので
──只人の鬼殺隊にこのような芸当ができるなど聞いていない!ああ、主、我が主よ──
「──任務の時にはこっちが追い掛け回さなきゃならんのに、そうじゃない時にはそっちから来るんだな、お前らは」
頭上から聞こえた声に、我に返る。
己が役目を、思い出す。
──そうだ、目の前のこいつを倒さねば、喰わねばなるまい。
そうすれば、きっとこの傷も癒える。
そして更なる力を手に入れて、上弦となり、主に認められる。
視界が潰れたままに、闇雲に手を突き出す。
正確な方向はわからなくて構わない。
──血鬼術・蛇腹脈龍!
己の血液から生成された5匹の龍が、鱗で月明かりを赤黒く照り返しながら躍り出る。
この龍たちは、それぞれが自らの意思をもって動き、人を喰らう。
人の生命が発する熱を感知し、どこまでも追いかけ、その巨躯と牙で蹂躙するのだ。
一匹でも放てば、一晩のうちに街の1つを地図から消すことができる。
本来ならば多を殲滅するためのそれを、ただ1人のみに向ける。
取り囲み、逃げ道を無くしてからの一斉攻撃。
並の鬼殺隊はおろか、柱でも──
目が潰れ、その分鋭敏になった下弦の壱の耳は、鱗が空気を切り裂く音の向こうを拾った。
コォォ、という奇妙な呼吸音。
そして。
「波紋の呼吸──壱の型・山吹」
風と、何かが爆ぜるような音。
頬についた水滴のようなものが蒸発し、皮膚を爛れさせる。
一瞬だった。
一瞬で、5匹の龍全てが倒されたという事実を、血を介して尚、頭が拒む。
衝撃波の圧に押され、ひっくり返るように尻餅をつく。
そこに近寄って来る気配が一つ。
最早害意は置き去りに、ただただ、圧倒されていた。
「……さっきはああ言ったけど、私のところに来てくれる分には大歓迎だぜ。他の隊士や一般人を襲うよりは、万倍な」
語りかける女の声は、しかし自分には向けられていない。
「──あ、しまった。また目を先に潰してしまった。こりゃ真菰にどやされるな……」
ま、いいか。
そう、女が言った時には、己の四肢が溶解していた。
顔に走る痛みと同じものが、全身を貫く。
「ギッ、ィィィィィィィィ……!!」
「さあて、毎回恒例の尋問のお時間だ」
歯の根から漏れる断末魔を無視して、女は達磨状態になって軽くなった身体を、頸を掴んで持ち上げる。
「
「何なんだ、お前は……!己に何をした!?」
「おいおい、質問を質問で返すなよ。私が聞いているんだ──」
「認めない!認めない!認めない!己は上弦になるべき男なのだ!もっと人を喰って、あの方に認められて!
「──お前が喰った人間全員、
底冷えする、怒りの声音。
また、あの呼吸音が聞こえる。
「やめろ!やめてくれ!やめ──」
懇願の悲鳴と共に、喉が灰と化していく。
崩壊が頸を一周りしたところで──下弦の壱の意識は途切れた。
「……許しを乞うのは、私じゃあないだろう」
塵と化していく鬼の身体を見届けて、ため息をつく。
──また、何一つ情報を引き出せなかった。
定期的にやってくる刺客の鬼は、いつもこんな調子だ。
おそらくは鬼舞辻の差し金なのだろうが──眼前にあるはずの尻尾をはっきりと見れないようなもどかしさに、焦りが募る。
「あーあ、全部の鬼がこんな調子で私の前に来てくれればいいのになあ」
──そうすれば、これ以上仲間が散ることもないのに。
ありえない願望を込めて、一人ごちる。
灰になった鬼の耳には届いていないだろうし、仮に
「……ま、詮無いことを言っていても始まらない、か。さっさと帰ろ帰ろ」
3か月ぶりの我が家だ。
杏寿郎と真菰は元気だろうか。夕餉にはさつまいもの味噌汁を作ってやろう。
道端に放り出していた荷物を拾い上げ、晩秋の冷えた空気の中、再び帰路に就く。
何一つ痕跡の残らなかった戦いを、ただ一羽の烏のみが見ていた。
綾鼓 汐
ちまちまやってくる刺客の鬼にうんざり。来るなら全員まとめてかかってこいや!
尋問タイムでは最初の頃、鬼舞辻以外にも石仮面とか赤石のこととか何かないか聞き出そうとしていたけれど、そもそも名前が出た時点で呪いが発動するし、何なら名前が出なくても発動するから諦めてまずは上弦の鬼をターゲットにした。
それでも情報は出ない。なんでや。
波紋の呼吸
『波紋呼吸法』の技術を壱から拾の型に落とし込んだもの。
固有技である全集中の呼吸の型とは少し異なり、どちらかと言えば応用術の包括的なカテゴライズに近い。
壱の型・山吹
みんな大好き『
身体の末端を通して体内で生成された波紋エネルギーを外に向けて放つ技。
他の型全てに通じる基本中の基本。
波紋を流し込めれば、貫手だろうが蹴りだろうが、裏拳だろうが竜巻旋風脚だろうが壱の型。括りが雑。
原作そのままの技名にしようとしたが、鱗滝から何とも言えない顔で止められたので現在の名前に。これだから江戸時代生まれは。
篭手
猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石で作られた薄い手甲がついた防具。繊細な波紋エネルギーの操作ができるように、指は露出させている。
かつて忍者が用いていた小手に近い形状。
柱の慣習に従い、手甲部分には“悪鬼滅殺“の意匠が施されている。
下弦の壱
今回の犠牲者。
血鬼術で一度に大量の人間を喰うことができ、力をつけて下弦の壱にまで上り詰めた。
殲滅戦向きの能力だか、今回暗殺を命じられて敗北。
無惨様の采配の犠牲者でもある。
鬼舞辻 無惨
個人単位で考えると1番因縁が長い鬼狩りの存在に辟易していたが、彼女の能力が太陽の光に近しいものだと気づくと、日光克服者を探すため、下弦程度の鬼を、彼女に関する記憶を消してから定期的にけしかけるようになった。
日光の中に飛び込めと言っても誰も従ってくれないから仕方ない。
毎回その様子は鬼を通して観察しているが、仮面がどうとか石がどうとか言っていて意味がわからない。わからなさすぎて名前も漏らしていないのにうっかり呪いを発動させたことがある。
上弦の鬼は「青い彼岸花」捜索と他の柱討伐に集中させているが、ついでに「石仮面」と「エイジャの赤石」に関する情報収集もさせている。それでも情報は出ない。なんでや。