ジョジョの世界に転生しました。   作:鏡華

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もっと明るい話にする予定だったんです信じてください。


花と蝶

会議終わりました。いやあ肩が凝った凝った。

 

みんな随分と下の隊士たちに厳しいなあ。

 

 

もうちょっと長い目で見てやればいいのに。その間は私が頑張るしさ。

 

 

そう言ったら実弥にすごい形相で睨まれてしまった。圧が凄い。

 

若様の治療──と言っても、病状をほんの少し遅らせる程度だが──も程々に、しのぶに連れられて蝶屋敷に向かう。

 

若様も、もっと頼ってくれていいんだけどなあ。公的に邸宅を訪ねた時しか治療させてくれない。

 

 

“その力は、命を賭して戦ってくれている剣士(こども)たちに振るってやってくれ”

 

 

──なんて言われてしまっては、従わざるを得ないだろう。

 

ずるい人だ。

 

 

「綾鼓さんには、那田蜘蛛山で負傷した隊士たちの治療をお願いします。蜘蛛化の毒で身体が変質している者もいますので、症状が深刻な方から順番に。

……とは言え、本日はもう遅いですし、明日に備えてゆっくりお休みください。客室を開けますね」

 

「わかった。ありがとうしのぶ。厄介になる」

 

 

明るい光を漏らす戸を引くしのぶに続き、玄関に上がり込む。

 

 

「ただいま戻りました」

 

「お邪魔しまーす」

 

 

声を掛けて数瞬後、パタパタと、足音を立てて奥からやって来る人影を認め、その名を口にする。

 

 

「カナエ。久しぶり」

 

「ただいま、姉さん」

 

 

長い黒髪に蝶を模した髪飾りをつけた女性──胡蝶カナエは、ニコニコと笑いながら右手を顔の前方から胸元に引き、左手首を軽く叩いた。

 

『おかえりなさい』の手話。

 

 

「今日は調子どう?気分は悪くない?」

 

 

普段と比べると随分と砕けた口調で喋るしのぶに、コクコクと頷くカナエ。

 

その口から、声が発せられることは無い。

 

 

──上弦の弐との戦闘で、“花柱”であったカナエは、呼吸器官を酷く傷つけられた。

 

ギリギリのところで治療が間に合って一命はとりとめたものの、壊死していた肺は波紋の生命エネルギーで無理矢理治癒させたことで小さく強張り、声帯も気管に貼り付くように一体化してしまった。

 

全集中の呼吸は使用できなくなり、言葉を紡ぐことも満足に出来なくなった彼女は、そのまま鬼殺隊を退き、今は妹であるしのぶの管理する蝶屋敷で隊士の治療や回復訓練に貢献している。

 

 

……それ以来、しのぶはカナエのような言葉を発するようになった。

 

カナエの声を、自分の喉を使って蘇らせようとしているかのように。

 

 

「姉さん。明日は私と綾鼓さんで隊士たちの治療をするから、補佐をお願い。今日は泊まっていただくから、久々に皆で夕飯を食べましょう」

 

 

花が開くように顔を綻ばせるカナエ。

 

既に竈門兄妹のことは聞き及んでいるのだろう。手話と掌に指を滑らせる手書き文字で、嬉しさを懸命に伝えてくる。

 

その言の葉を一つ一つ拾い上げて相槌を返しながら、屋敷の奥へと3人で進む。

 

明日は大仕事になる。

 

その前の、久方の団欒を噛みしめた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

痛い。とにかく全身が痛い。

 

禰豆子が認められたお陰で気が緩んだのだろうか。床に伏していても尚痛い。

 

声に出さないのは長男としての意地だ。それがなければ2つ隣の善逸のように叫び出していただろう。

 

指一本動かす度に痛みが走るから、なるべく身じろぎをしないように布団にくるまった。

 

薬品や消毒液の匂いがする枕に顔を埋め、ただただ息を整える。

 

──ふと、温かい匂いがした。

 

陽だまりの、少し埃っぽいような、けれど安心する匂い。

 

この匂いは3度目だ。

 

 

「おはよう。動けるか?」

 

 

頭上に掛けられた声に、のろのろと顔を上げると、山吹色の瞳と目が合った。

 

 

「あ、やのつづみ、さん」

 

 

掠れた声で、名前を呼ぶ。

 

鱗滝さんの言葉を後押ししてくれた、“柱”の人。

 

その後ろには、優しく微笑む女の人が控えている。

 

しのぶさんによく似た顔立ち。姉妹だろうか。

 

花の匂いだ。

 

太陽の匂いと相まって、外庭に出たような心地になる。

 

 

「は!?炭治郎お前この美人と知り合いなの!!?妬まし!!ウワァァァ妬まし!!ふっざけんなよお前!!」

 

「い、いや善逸。知り合いというか、俺が一方的に知っているだけというか……」

 

 

手足を投げ出して詰め寄って来る善逸にちょっと引きつつ、軽く咳払いをして声の調子を整える。

 

あれ。

 

 

「善逸、手足の長さが戻ったのか?袖からちゃんと指が見える」

 

 

昨日の今日で、凄まじい回復だ。

 

 

「そう!聞いてくれよ炭治郎!この人が手をかざしたらあっという間に手が伸びたんだ!痺れもなくなった!すげえぜきっと仙女様だ」

 

 

伊之助の喉も治してくれたんだぜ、と、指を開閉させて見せる善逸。

 

伊之助は相変わらず落ち込んでいて声は出さないが、確かに喉からの血の匂いが無くなっている。

 

 

「治療をしに来たんだ。重症者を優先させている上にかなり人数が多いから全快まで持っていくことはできないけれど、幾分楽にはなるだろう。

 カナエ、頼む」

 

 

カナエ、と呼ばれた花の匂いを纏う人は、綾鼓さんの言葉に頷いてから、俺の背中に腕を回し、上体を起こしてくれた。

 

顔面に、綾鼓さんの手が添えられる。

 

骨張って節くれだった、女性にしてはいささか武骨な、けれど、とても暖かい手。

 

コォォ、と、奇妙な音が聞こえる。

 

呼吸音、だろうか。

 

陽だまりの匂いが強くなった。

 

春の日差しを浴びているような熱が、顔の皮膚を走る。

 

心の底からほっとする温かさ。

 

目を閉じてそれに身を委ねていると、しばらく経ってから、綾鼓さんの手が離れた。

 

──顔の痛みが引いている。

 

カナエさんに差し出された手鏡で確認すると、糸で斬られた傷や擦り傷が綺麗さっぱりなくなっていた。

 

 

「すごい……!」

 

 

まるで仙術か神通力だ。

 

善逸の仙女様、という言葉も頷ける。

 

 

「うん。顔の傷はこれで大丈夫だな。次、腕と脚を診るぞ」

 

 

続けて、腕。その次に脚。

 

同じように治療を施してもらう間、ぽつりぽつりと、綾鼓さんと会話をした。

 

 

この不思議な力は、綾鼓さん独自の呼吸法によるものだということ。

 

鱗滝さんとは旧知の仲で、冨岡さんや錆兎さん、真菰さんは時折鍛錬をつけていた教え子だということ。

 

俺と禰豆子のことは鱗滝さんから聴いていて、俺が最終選別から帰って来た時に出迎えた禰豆子を見て、俺たち兄妹のことを認めてくれたということ。

 

鱗滝さんがお館様に手紙を送った時に一言添えてくれたということ。

 

 

影ながら、たくさんお世話になっていたことを知り、慌てて頭を下げる。

 

 

「俺たちを助けてくれて、禰豆子を信じてくれて、ありがとうございます……!この御恩は、必ず返します!いつか、必ず!」

 

「私は私の信じたいものを信じただけだ。そこまで気にしなくていいさ」

 

「いえ!そういうわけにはいきませんので!」

 

 

貰ったものは、返さなくてはいけない。

 

そうでなくては、今までお世話になった人に、ここまで連れてきてくれた人たちに、立つ瀬が無い。

 

 

「うーん、今どき珍しいくらい実直だなあ……杏寿郎と気が合いそうだ。

 それじゃあ、代わりと言っては何だけど、早速1つ訊いてもいいか?」

 

「はい!何なりと!」

 

「鬼舞辻に逢ったと言っていたが──()()()()()()()()()()()()()()()?人相を知っていたのか?」

 

「あ、いえ。それは……」

 

 

鼻が利くこと。家に残っていた匂いのこと。

 

そして浅草での出来事を、珠代さん達のことは伏せて話す。

 

治療を施しながらひとしきりの話に耳を傾けてくれた綾鼓さんは、ふむ、と納得したように一つ頷いた。

 

 

「左近次みたいなものか。あの鼻で匂いを覚えられていたとなれば、なるほど鬼舞辻も形無しだ」

 

 

ざまあねえな鬼舞辻め、と鼻で笑う綾鼓さん。

 

随分と親しげに鱗滝さんのことを呼ぶが、いったいおいくつなのだろう。

 

尋ねようとして、愈史郎さんの言葉を思い出し、慌てて口をつぐむ。

 

危ない。恩人にとんでもない無礼を働いてしまうところだった……。

 

 

「……ん?ってことは、十二鬼月も匂いでわかるってことか?」

 

「はい。今回の那田蜘蛛山でどれくらい鬼舞辻無惨の血が濃いかは覚えたので、他の十二鬼月も匂いを嗅げば恐らくは」

 

「そりゃすげえ。群を抜いた索敵能力だな」

 

 

綾鼓さんは少しの間考えた後、よし、と顔を上げた。

 

 

「これから、十二鬼月と思しき鬼を見つけたら、私に鴉を飛ばしてくれ。鬼舞辻に関しては言わずもがなだ。

 いつでもどこでも構わない。知らせを受けたらすぐに駆け付ける」

 

「え?」

 

 

突然の提案に、面食らう。

 

カナエさんも、声には出さないものの、驚いた匂いを発している。

 

 

「綾鼓さんに、ですか?柱の誰か、ではなく?」

 

「ああ。私個人に、だ。炭治郎の鴉に私の気配を覚えさせておく。本部を経由するよりそちらの方が早いからな」

 

「それは、綾鼓さんの負担がかなり大きくなりませんか?十二鬼月なら、綾鼓さんだけでなく、もっと多くの人で対処した方が……」

 

 

下弦の伍で、あの強さ。

 

確かに、冨岡さん程強い匂いがするこの人が加勢するなら頼もしい。

 

けれど、だからといって、1人に任せてしまっていいものでは、ないだろう。

 

 

「いいんだよ。こういうのは適材適所。できる奴がやるに限る。こう見えて大先輩だからな、私。どーんと任せとけ」

 

 

反論を遮るかのように、乱暴に髪の毛を掻き混ぜられる。

 

朗らかに笑う綾鼓さんから、鍛え抜かれた、頼もしい匂いがした。

 

それでも、少しでも戦いの中で手助けができるならば──と、口を開こうと、して。

 

 

 

 

ド、と。胸を強く打ったかのような衝撃。

 

 

 

 

それが自分の鼓動だと、すぐには理解できなかった。

 

──焦り。

 

つられて心臓が早鐘を打ち、全身から冷や汗が噴き出す程の──酷い、焦燥感の匂い。

 

ほんの一瞬漏れ出ただけだというのに。

 

目の前の綾鼓さんは相変わらず笑っていて──そのちぐはぐさが、とても恐ろしかった。

 

 

「……よし、これで治療は終わり。目立つ外傷は粗方ふさいだが、疲労や筋肉痛はそのままだからな。栄養摂ってゆっくり休め」

 

 

禰豆子によろしく、と言って立ち上がり、軽やかに部屋を出ていく綾鼓さん。

 

不満や心配の匂いを漂わせたカナエさんは、その後に続き、こちらに会釈をしてから扉を閉めた。

 

──後には、俺同様に顔を青くした善逸と、汗を滲ませる伊之助が残っていた。

 

まだ、脈動は止まない。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「綾鼓さん」

 

 

縁側で鴉と戯れていた彼の人の背中に、声をかける。

 

振り向く仕草に合わせて、普段は結わえている長い黒髪が、肩から滑り落ちた。

 

光が当たると山吹色を照り返す不思議な色合いのそれは、青白い月明かりの下で尚、太陽のように明るい。

 

 

「しのぶか。お疲れ様」

 

「綾鼓さんこそ、お疲れ様でした。粗茶ですが、どうぞ」

 

「ん、ありがとう」

 

 

湯呑と茶菓子の饅頭を盆ごと置いて、差し出す。

 

幸せそうにそれを口にする姿は、年相応と言うべきか否か。

 

その隣に腰を落ち着けて、月を眺める。

 

 

「姉さんが、禰豆子さんと遊べないと残念がっていました」

 

「ああ、今は回復のために寝てるんだっけか。実弥にあれだけ刺されりゃなあ」

 

 

私が治せたらいいんだけど、と、何てこともなしに言う。

 

不死の怪物(おに)にそんな言葉が、この人から投げかけられる日が来るなんて。

 

 

「……あと、怒ってましたよ」

 

「へ?何に?」

 

「綾鼓さんに。十二鬼月が出たときは本部を介さず伝令を送るよう、炭治郎くんに指示したそうですね?」

 

「……あー」

 

 

気まずそうに頬をかき、そっぽを向く。

 

怒っているのは私も同様であることを察したようだ。

 

 

「独断専行は統率を乱し、命令無視に繋がります。そのことはご承知の上で?」

 

「いやあ、ほら、他の柱って担当地区決まってるだろ?他の場所に加勢に行こうにもなかなか難しいし。その点私は融通が利くからな。迅速に動けるに越したことはない。早く動けばそれだけ倒せる鬼も増える。それに……」

 

「それに?」

 

「──助けられる人の数も、増えるかもしれない」

 

 

髪が簾のように垂れ下がり、俯いたその横顔は見えない。

 

──ああ。

 

ああ。この人は、こうやって、何人の命を背負ってきたのだろう。

 

姉さんが声を失った日を思い出す。

 

上弦の弐を追うこともできただろうに、姉さんの治療を優先して。

 

命が助かっただけでも奇跡みたいなものなのに、泣きながら謝って。

 

 

──ごめん、ごめん。私がもっと早ければ。私がもっと強ければ。

 

 

……きっと、この人は、姉さんのことすらも背負っている。

 

助けられなかった自分を、鬼舞辻を倒せない自分を、責め続けている。

 

 

「……そこまで鬼殺に心を燃やしている貴方が、よく禰豆子さんを認めましたね。未だにちょっと信じられませんよ、私」

 

「私の最終目標は、あくまでも鬼舞辻だからな。……鬼たちは、奴に操られているだけだ。高潔な精神を、ドス黒い狂気に塗りつぶされて。憎むべきは、人を鬼に変えるもの。許せないのは、それを操る鬼舞辻無惨。

 ──だから、禰豆子のことは、にわかには信じられなかったけれど、嬉しかった。鬼舞辻の邪悪に屈しない、輝かんばかりの黄金の精神を見せられたようで。……眩しかったんだ」

 

 

顔を上げて、笑う。

 

その顔は、嬉しさを噛みしめているような──羨ましさを押し殺している、ような。

 

 

「いやあ、それにしても凄いことになってきたなあ。鬼舞辻の支配から外れる鬼が出てきて、おまけに鬼殺隊と鬼舞辻が接触した。未曾有の大事態だぜ。長い間膠着していた状況が、ようやく動き出したんだ。おちおち隠居なんかしてられねえな、こりゃ」

 

 

手に残っていた饅頭の欠片を一口で頬張り、先ほどとはまた違う、安心感のある笑顔を見せる綾鼓さん。

 

こうして笑うと、煉獄さんにとてもよく似ていて、頼りがいがある。

 

けれど。

 

 

「これは私も負けていられませんね。もっとよく効く毒を開発しなければ」

 

「おお、しのぶがやる気だ!」

 

「ふふ。私だけじゃないですよ、きっと。他の柱たちもこの好機を逃すまいと、意気込んでいることでしょう。……綾鼓さんが出る幕なんて、ないかもしれませんね」

 

「はは、言うねえ。──頼りにしてるぜ、天才」

 

 

──ええ。皆、頑張っている。

 

──だから、もっと、頼ってくれてもいいんですよ。

 

 

その言葉は、お茶と一緒に、飲み込んでしまった。

 




綾鼓 汐
自分以外の柱がものの見事に狙い撃ちされていく現状にモヤモヤイライラ。
十二鬼月の情報リークは、炭治郎に限らず、機会があれば誰の鎹烏にも頼んでいる。
炭治郎にわざわざ伝えたのは、接敵しなくても本人が発見できる可能性が高いから。
善逸の耳のこと聞いたらそっちにも頼む。
40年以上かかって柱の男どころか吸血鬼一匹倒せない自分にもモヤモヤイライラ。
──自分は、ジョナサンやジョセフのようにはできない。

波柱
就任当初は他の柱同様に担当地区を持っていたが、戦力としての重要性と本人のフットワークの軽さから遊撃担当に変更。
外れた地区の穴埋めとして、異例である10人目の柱が立てられた。
現在では柱の定員は10名だと勘違いしている者も多い。
常に動き、捉われないからこその「波」である。

胡蝶 カナエ
上弦の弐との戦闘を何とか生還。
喋ることはできなくなったけどそんなに気にしてない。命あってのものだね!
鬼と仲良くするという夢が叶いそうで大喜び。早速遊びに行ったけど箱に引きこもって寝てた。しょんぼり。
妹に関しては無理しているのが見え見えなので心配。自分のことは気にせず、思うまま生きてほしい。けどあの子頑固なのよね。

胡蝶 しのぶ
青筋系ヒロイン。
姉が喋れなくなってから、その言葉を、意思を、少しでも世に留まらせようと、「鬼と仲良くする」夢を掲げる。それから姉が心配しきりだったので、安心させるために笑顔を絶やさないようになった。
こちらの心配をよそに好き勝手する綾鼓にイライラ。そんな彼女に専売特許である医療でも頼らなければいけない自分にもイライラ。どいつもこいつもですよ。

かまぼこ隊
現在絶賛療養中。
優しくて強くて頼りになる。柱すごいなあと思ってたら不意打ちで激情叩きつけられてSANチェックした。
よくしてくれたので基本的には信頼しているが、どこか得体の知れなさを感じている。
柱こわ……。

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