ジョジョの世界に転生しました。   作:鏡華

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お待たせしました。
無限列車編映画化とか絶対映画館でボロ泣きしてしまう……。


上弦の参

「綾鼓さん、綾鼓さーん」

 

 

声を掛け始めてからしばらくして、ゆるゆると瞼が持ち上がった。

 

その隙間から覗くは、私の瞳と対照的な山吹色。

 

 

「……まこも?」

 

「はい、真菰です。こんなところで寝てると風邪ひいちゃいますよ?」

 

「んー……」

 

 

上体を起こす緩慢な動きに合わせて、縁側に散らばっていた長い髪が床板を滑る。

 

 

「隊服も脱がずに寝ちゃって。お疲れですか?最近働きづめでしたもんねえ」

 

 

手慣れた様子で髪を結い上げるのをしばらく待ち、腕が下りたところで肩に羽織を掛ける。

 

肩口が開いた形状の隊服は、見ていて寒々しい。

 

 

「悪い悪い、藤の家紋の家だと気が緩んで、ついな。この間蝶屋敷に行ったばっかだってのに、情けない」

 

「この間と言っても、蝶屋敷に行ったの結構前でしょう。それに、やったことと言えば治療と鍛錬の付き合いなんですから、休んだうちに入りませんよ」

 

 

任務の合間を縫って訪ねた蝶屋敷では、弟弟子の炭治郎が全集中・常中の習得に向けた訓練に取り掛かっているところだった。

 

今では同期の2人もしっかり技術を会得して、屋敷を発ったと聞く。

 

そのことを伝えると、もうそんなに経つのか、と驚きの声音を上げた。

 

 

「年を取ると時間があっという間に過ぎるなあ。若手が育っていって、頼もしい限りだ」

 

「炭治郎はもちろん、後の2人も将来有望ですよね。今後が楽しみです」

 

「そうそう、善逸、慈悟郎の弟子なんだってな。驚いたぜ。前に遊びに行った時はいなかったからなあ」

 

「綾鼓さんの同期の元鳴柱様、でしたっけ」

 

「そ。いわゆる悪友ってやつさ。よくつるんで遊んだもんだ。それで調子乗ったらすぐに左近次に捕まって説教されたっけ。いやあ懐かしい懐かしい」

 

 

どこか遠くを見ながら語る綾鼓さん。

 

鱗滝さんの、本人があまり語らない昔話を聞かせてくれるこんな時間が、私は好きだったりする。

 

狭霧山では鱗滝さんが邪魔をしていたから、隊士になってからも綾鼓さんと行動を共にしている私が一番聞ける機会が多いのだろう。

 

私を追い抜いて柱になった錆兎や義勇に自慢できる、数少ない点だ。

 

 

「なんだか、あの3人見てると昔を思い出すんだよなあ。やっぱり師弟だから、どこか重なるのかね」

 

「炭治郎が鱗滝さん、善逸くんが桑島さん、とすると……伊之助くんが綾鼓さん?」

 

「はは、かもな。山育ちだっていうし」

 

「伊之助くんが一番綾鼓さんに突っかかってましたもんね。確かに似てるかも」

 

「おいそりゃどういう意味だ」

 

「そのまんまの意味ですよー。猪突猛進も結構ですが、少しは心配するこっちの身にもなってください」

 

 

ぐぅ、と喉を鳴らす音。

 

いつも振り回されている側のため、たまにこうして言いくるめることができると少し気分がいい。

 

口を真一文字に結んで縮こまる綾鼓さんから視線を外し、まだ低い位置にある月を眺める。

 

朧月夜も風流だが、こうして雲に遮られることなく降り注ぐ月光も、やはり美しい。

 

 

「──あれ?」

 

 

ふ、と視界の端にかかる影を見咎める。

 

鴉だ。こちらに向かってきている。

 

次の任務に関する伝達にしては早すぎる。誰かの手紙でも持ってきたのだろうか。

 

どこかで見覚えのある鴉だなあ、と記憶を辿る。

 

羽ばたきと共に近づいてくるにつれ、その姿が明瞭になっていきた。

 

ああ、そうだ。あれは確か炭治郎の──

 

 

「カァァー!伝令!伝令!竈門炭治郎、無限列車ニテ()()()()ト接敵!繰リ返ス、下弦ノ壱ト──」

 

 

鴉が嘴を閉じる前に、衝撃音で聴覚が塗り潰された。

 

慌てて隣を見ると、そこに人の姿は既に無く。

 

割れた床板の上に、抜け殻の羽織がふわりと落ちていく様だけが目に映った。

 

 

「──!あの人は、言ったそばから……!」

 

 

瞬きの合間に遠くなっていく背中と、それに食らいついて飛び去って行く炭治郎と綾鼓さんの鴉を見やりながら、自分の鴉を呼ぶ。

 

部屋に置いてあった自身の日輪刀(ぶき)を手に取り、続くように屋敷の塀を飛び越えた。

 

 

 

 

***

 

 

 

羽織の赤い裾が、燃えるようになびく。

 

剣戟と拳撃が交差する度に、余波の風が頬を撫でた。

 

上弦の参、猗窩座。

 

その突然の襲来に、煉獄さんがただ1人で立ち向かっている。

 

鍛えぬかれた技の応酬。

 

互いの攻撃は拮抗しているようにも見えるが、しかし煉獄さんの身には着実に傷が蓄積されているのが分かる。

 

加勢しようにも、手足に力が入らない。

 

何とか、何とか、煉獄さんを助けられないか──。

 

 

猗窩座の拳が、煉獄さんの顔面に突き刺さろうとする瞬間を捉え、思わず喉から声が漏れる。

 

 

「煉獄さん!!」

 

 

あのままでは、目が潰されてしまう──!

 

人体が破壊される音を予期して、奥歯を噛み締めた──瞬間。

 

 

しかし、猗窩座の腕は、振り抜かれる前に止まった。

 

否──()()()()()

 

 

「……!」

 

 

跳躍し、瞬きのうちに2人の間に割り入ったその人物は、空中で右手で猗窩座の手首を掴み、左手を煉獄さんの肩に置いた。

 

そのまま、着地する間もなく身を捻り──その遠心力で、彼らを引き剥がす。

 

煉獄さんは俺たちの方向へたたらを踏んで後退し、猗窩座はその対称方向へ、派手な土埃を上げて勢いを殺しながら後ずさった。

 

 

「ぐ──お、おおおおおお!!」

 

 

苦悶の声が猗窩座の方角から聞こえる。

 

見ると、猗窩座の腕から先が無い。

 

灰となり、ボロボロと崩れ落ちていっているではないか。

 

気が付かない間に攻撃が入った?しかし、日輪刀ではあんな傷は作れない。

 

 

「──無事か、お前たち」

 

 

事態が呑み込めず、間抜けに口と目を開けていると、不意に頭上からかかる声。

 

 

「綾鼓さん!」

 

「襟巻女!」

 

 

思わず上げた声が、隣の伊之助と被る。

 

鴉の伝達が間に合ったのだろうか。

 

下弦の壱を発見してすぐさま飛ばしたが、列車の速度を考えるとあの時から既に場所は大きく離れているはずだ。

 

それなのに此処にこの短時間で駆けつけることができたのは、ひとえに彼女の判断と行動の早さ故だろう。

 

こちらから、山吹色の瞳は見えない。

 

高い位置で結わえられた黒髪の影から覗く"滅"の文字だけが、視界を占める。

 

 

「……師匠(せんせい)

 

 

煉獄さんから、水音混じりの声が届く。

 

こうして近くに寄ると、血の匂いが酷い。

 

 

「杏寿郎、()()()()()()()()()()

 

 

問いかけではない。

 

確信めいた、語気。

 

 

「参です」

 

「──そうか」

 

 

煉獄さんからの短い答えを聞いた途端、腹の一等底が重くなった。

 

怒り、闘志、覚悟、そして──ほんの少しの、安堵と喜び。

 

ごちゃ混ぜになった強い匂いが、綾鼓さんの背中から漂う。

 

 

 

 

「お前、お前!()()()()!」

 

 

鋭く飛ぶ、声。

 

見ると、猗窩座は形を保っている逆の手の指を揃え──その手刀を、自らの上腕へと叩き込んだ。

 

突き進む崩壊ごと腕が寸断され、瞬きの間に新たな肉が沸きあがり、巻き戻るように肢体を形成する。

 

指先の爪まで生え揃うか否かというところで、その両腕が掻き消えた。

 

 

「波紋の呼吸、玖の型──白練(しろねり)

 

 

綾鼓さんは、小さな呟きと共に、首元の襟巻を解き、俺たち全員を覆うように、引き広げる。

 

その布が仄かに光ったかと思えば、耳をつんざく爆発音。

 

千々に解け散る白い糸屑が、夜の(くら)がりに溶けていく。

 

あの、虚空から飛んでくる打撃が浴びせられたのだと理解する前に、黒い髪の穂先が視界の端を掠めた。

 

 

「その山吹の瞳、()()()()()()()()()()この痛み!間違いない!()()()()のおっしゃっていた──」

 

 

猗窩座の顔に、影がかかった。

 

反射的にだろう、猗窩座は頭上目掛けて拳を振り上げ、それに打撃を加える。

 

頭上──影を形成していた()()は、成す術なく粉砕され、内包されていた液体が、猗窩座の全身に降り注いだ。

 

 

──油の、匂いだ。

 

 

目に入った異物に、初めて猗窩座が瞬きをした。

 

その機を逃すまいと、距離を詰めていた綾鼓さんが側頭部に蹴りを叩き込む。

 

頸ごと持っていくような、斜め上に掬い上げる踵打ち。

 

しかし、それは猗窩座の腕で阻まれる。

 

目を閉じた隙にも関わらずの、正鵠を失わない動き。

 

崩れ始めたそれとは逆の腕を、綾鼓さんの横腹を抉り抜かんと突き出すが、綾鼓さんが後ろに飛び退く方が数瞬早かった。

 

その隙に、猗窩座はまた、己の手刀で腕を切り落す。

 

 

数間の距離を置いて、向き合う2人。

 

互いに武器は持たず、脚を軽く開き、腰を低く落としている。

 

 

「──あのお方を煩わせる、忌々しい()()()()(まみ)える日が来ようとはな」

 

「こっちの台詞だ馬鹿野郎。散々待たせやがって。敢えて言わせてもらうぜ──()()()()()()()()!」

 

 

猗窩座は軽く目を見開き、苛立ちを滲ませた無表情。

 

対して綾鼓さんは、口角を上げ、好戦的に笑いながらも、その首には青筋が浮かんでいる。

 

先程、煉獄さんが対峙していた時とは真逆だ。

 

 

「40年──40年だ。待ちわびたぞ。上弦(おまえ)を倒すこの日を。

 わかるか?その間積み上げられた時が、命が、今、私の心を燃やして、震わせている」

 

「……何を言っているのか、理解できない」

 

「ああ、分からんだろうさ。(おまえら)の無為なものとは比にならない、この歳月の重さが。命を散らしながらも私に託し、繋いできた人々の尊さが。

 ──ノミ同然の鬼なんぞに、分かられてたまるか」

 

 

にぃ、と綾鼓さんが笑みを深めると同時に、猗窩座の顔に、血管が浮き上がる。

 

束の間の静寂の後、地面に陥没が二つ。

 

 

肉体がぶつかり合う、激しい音が、辺りに響いた。




綾鼓 汐
ようやく見つけた。絶対に逃がさない。

隊服
腕周りの機動性を重視した、肩口がざっくり開いた造り。
宇髄天元の着用しているものと似通っている。
二の腕半ばまでは籠手の布地で覆われているため、肌はあまり見えない。
この人は胸よりも脇の方がいい。(byゲスメガネ)

玖の型・白練
蛇首立帯(スネックマフラー)』他、布や糸を伝わる波紋。
硬度を上げて足場や盾にするもよし、張り巡らせてワイヤーのように切断するもよし。
波紋を巡らせたそれは、生命反応の探知器にもなる。

襟巻
玖の型・白練を繰り出すために綾鼓が常に着用している、露霜蚕(つゆしもかいこ)の繭から作られる絹糸を編んだもの。
含まれる水分量が多く、波紋伝導率が高い。
サティポロジアビートルの腸の代用品として、縫製係と共に約10年の試行錯誤を繰り返し、この素材に辿り着いた。


波紋の伝導率が高い。
石などの非生物でも、これを塗れば波紋を流すことが可能。
綾鼓は油を入れた竹筒を備えている。
これ以外にも、波紋を応用させるための様々なものを装備に仕込んでいることが多い。

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