……冷たい、触感がした。
額に何かが乗せられているような重さも感じる。
私はもう死んでしまったのだろうか。
……だったら、何故冷たいと感じるのだろう。
「……が、動いた!」
うっすらと声が聞こえてくる。
「……たぁ、呼吸も安定してきた」
……声が徐々に、はっきりと聞こえてくる。
その声で、状況を理解していく。
……どうやら私は、生きているようだ。
誰に助けられたかは、わからない。
他のマスターに、捕虜にされてしまったのかもしれない。
もし、そうだとしたら最悪だ。
兵器として再利用されるというのは予想できる。
私が望んでいないにしても『調整』される可能性だって想定できる。
「そろそろ彼女から話を聞けるかもしれないな」
「事情聴取みたいなことをする、みたいな?」
「……そうなる」
真剣な声色が聞こえてきて、深刻な事態であることを理解する。
……マスターと共に死ぬことに失敗したというのに、敵のマスターに情報を差し渡すなんてやってはいけない。
指先に魔力は残っている。
……大丈夫、瀕死の私くらいなら。
「知ってることなんて、なにもありませんよ」
「……どういうことだ」
困惑、そして警戒の色を帯びた声を耳にする。が、然したる問題ではない。
「私を回復してくださったことは、感謝します。しかし、敵のマスターに貸す力など持ち合わせていませんし、その義理もありません。だから……」
地面の植物を成長させ、私自身の首に太目の蔦を巻きつける。
目を開くつもりはない。
何も知らない相手に、少しでも情報を与えたくないから。
「……さようなら」
……瀕死の私くらいなら、私の魔力を利用して、殺せる。
「えっ……」
動揺する声が聞こえる。だが、気にしない。情報を渡すくらいなら、死んだほうがましだ。私の意識を無視した再利用なんてされたくない。
……これで、私もマスター様の場所まで辿りつける。だから、怖くない。
蔦の締め付けを強くする。
再び、意識が遠のいていく。
問題ない、なにも、悔いなんてない。
「……早まるなっ!」
地面の植物の蔦が斬撃によって切り裂かれる。それにより、私の力が及ばなくなり、首の締め付けが緩くなった。
……また、生かされてしまった。
「……どうして、死んではいけないんですか?」
「……この隊には君に似たキル姫がいる。君は、そのキル姫に似ているが、淘汰は発生しなかった。まずは、そのことを聞きたい」
淡々と説明をされる。
しかし、質問には答えてくれていない。
「……私に、尋問がしたいのですか」
「そんな! 私たちはそんなことしなっ……」
「シェーヌ、ここは私に話を進ませてくれ」
「わ、わかった」
シェーヌという聞きなれない名前。それが、この隊のマスターだろうか。
そうなると、今話している相手はキル姫ということになる。
「……君は、ミストルティンだろ?」
「……存在として、ミストルティンでもあることは認めます」
「そうか。だが、その言い方からすると何か、違う存在でもあると言っているようではあるが……」
「その前に、質問に答えてほしいです、どうして、私は、死んではいけなかったのですか」
私に価値などないというのに。
もう、生きている理由なんてないのに。
せめて、その答えだけは欲しかった。
私が死のうとしたのを止めた相手ならば、尚更。
「死んではいけない理由は……ない」
「尋問という形で、持っている情報を吐かせるつもりではなかったのですか?」
「無理に聞きたいなんて思っていない。……君が言いたくないならば、それでいい」
「……敵、ではないんですか」
「敵対する理由がない。私たちは助けたくて助けた、それだけだ」
「では私の死を止める理由もなかったんじゃないでしょうか」
勝手に助けて、それなのに死ぬのを止めるなんて、と言葉にしようとして止めた。
……彼女たちの善意は、否定できるものではないから。
それでも、あのまま死んでいたほうが楽だったと考えていた私は、否定の声をあげていた。
「……止める理由はあった。ミストルティン、君が……泣いていたからだ」
「私が、泣いていた……?」
「意識を取り戻した後、自分の首を絞めようとした時、君は泣いていたんだ。……傷だらけになって倒れているのを発見した時も、血と、涙に濡れていた」
「それは……」
「……だから私は、せめてその理由だけでも聞きたいんだ。我儘な願いであるというのは十分理解しているが……」
自分でも気が付いていなかった。
必死になって、周りが見えていない。
……私は、泣いていた。
今も、泣いている。
瞳を開けてみても、景色がぼやけて見える。
「えっとね。私の隊にもミストルティンがいるんだけど、一生懸命治療してくれたのは、彼女なの。……私も手伝ったけど、あまりできなかったんだ」
申し訳なさそうな様子で、シェーヌと呼ばれたマスターが言葉にする。
別の私が助けてくれた。心配してくれていた。
……彼女達は、敵ではないのだろうか。
わからない。もしかしたら、騙そうとしているのかもしれない。
……けれども、信じたいとは思いたくなった。
「……色々あって、まだ気持ちの整理ができていません。だから、お話するのは、状況を判断できてからで構いませんか?」
「私は構わない。シェーヌもそれでいいか」
「大丈夫だけど……無理はしないでね? ……えっとミストルティン」
「……ミストルティン・獣刻・ドリュアス。それが私です」
「獣刻、ドリュアス……?」
「……通常のミストルティンとは異なった存在です。そういう存在だったから、淘汰が発生しなかったんだと思います」
実際に対面していないからわからないけれども、理屈としてはそんなものだろうと考える。
いまやれることをやる為に、情報共有はしていきたい。言葉を繋げていく。
「ミストルティン・獣刻・ドリュアス、か。言われてみれば雰囲気もミストルティンとは異なっているな……」
黒髪のキル姫が私を見つめる。
本来のミストルティンと比べているのだろうか。
「……名前を言うのが遅れてしまったな。私はクラウ・ソラス。呼びやすいように、気軽に呼んでくれると助かる」
「シェーヌっていいます。小さな隊なんだけど、マスターをやっています」
緑の髪が特徴的なマスターだった。
……そして、マスターな筈なのに女性だ。
「……貴女が、マスターなのですか?」
「えっ? 一応、そうだけど……」
「……女性のマスター」
そんな存在は見たことがなかった。
争っていたマスターはみんな男性だった。
……だからこそ当たり前のように、目の前の女性……シェーヌがマスターと名乗っていることに困惑を覚えてしまった。
「……すみません、まだ頭がすっきりしていないみたいです。……少しだけ、考える時間を貰えませんか」
「まだ色々わからないところあるのは仕方がないと思う。だから、今度、ゆっくり話を聞かせてね」
「わかりました。……すみません」
「ううん、いいのいいの。無理させちゃったのは私も悪いから、気負いしなくっていいの」
私が謝ると、シェーヌも頭を下げて謝ってきた。
……気にしすぎるな、ということだろうか。謝られ返されることなんて珍しかったので、少しだけ、驚きだ。
「……監視というわけではないが、私は部屋に残っていても構わないか? 傷の経過などを診るように、ミストルティンから任されている」
「構いませんよ」
「シェーヌも問題ないかい?」
「大丈夫。それじゃあ、私はしばらく皆の様子を見てくるね」
「わかった」
ここでいうミストルティンとは私のことではなく、シェーヌの隊にいるミストルティンのことだろう。
その場で自殺未遂までした私を野放しにするのは危険だろうから、その場にキル姫であるクラウ・ソラスが残るというのは合理的でもある。
私を治療している部屋からシェーヌが抜けて、私とクラウ・ソラスで二人の部屋になった。
お互いに話す言葉が見つからず、沈黙の時間が続く。
気まずいのは仕方がないだろう。
助けられた私が急に死ぬといっていたのだから。
敵だと勝手に思い込んでいた私自身も、話していいのか心配だった。
「……先程は、申し訳ありませんでした」
静かになった空間に私の声が響く。
落ち着いて、謝りたくなったのだ。
「なんだい急に」
「死に急ぐようなことをしてしまって」
「……理由があったというのは、第三者である私からしてみても分かる」
「そう、ですか」
「ただ、聞いていい内容のようにも思えないから、私もどう接すればいいのかわからなかった。だから、質問に直接答えるのが怖かったんだ」
「死んではいけないのか、という理由を?」
「……固まりきっていない君以外の血が付いていたり、無理に動こうとして開いていた傷もあった。……戦闘の傷にしては、それ以外の無理をしたであろう外傷が目立っていたからな」
その言葉で、あの瞬間を思い出す。
何もできなかった自分自身、飛び散っていく血。
そして、否定されてしまった自分の価値観。
頭の中を駆け巡るその景色に頭が痛くなる。
フラッシュバックすると、それだけで吐き気にも襲われる。
「……すまない。思いださせてしまったかい」
「いいんです、どうしようもなかったことでしたから」
自分が今、息を吹き返したところで過去には戻れない。
……だから、不本意でも、気持ちを切り替えていかないと前には進めない。
少しずつ情報を掴んでいきたい。
「なにかしら、マスター同士の争いは近辺でありましたか?」
「マスター同士が? ……そういった話は聞かないな。行われるとしたら大規模な模擬戦や、ちょっとした決闘くらいだ。争うなど、そうそうあり得ない」
「……違う」
私がいた場所と何かが異なる。
決定的に、なにかが。
「……霊装支配という技術を知っていますか」
「……知らない技術だ。耳にしたこともない」
「私はそれを行われている存在です。……これも、違う?」
「その違う、というのは何が違うんだ?」
「……私が元々いた世界とは違う、ということです」
「つまり……」
「何らかの衝撃で、私は世界を転移してしまった……というのが考えられます」
詳しい理由はわからない。
しかし、そうとしか考えられなかった。
マスター同士の争いがない。
霊装支配が存在しない。
そして、シェーヌという女性マスターの存在。
様々な要素が私が元々いた世界と異なっていた。
「もう一つだけ、些細な質問をしてもよいでしょうか」
「なんだい」
「……空の色は、何色ですか」
「空の色? カーテンを開ければ見られると思う」
「お願いします」
「わかった」
クラウ・ソラスが動き、窓辺のカーテンを開く。
私がいた世界と違って、空の色はとても青かった。
「……私が見ていた空は赤い色をしていました。まるで血のような、戦いが終わらない日々を象徴しているような不気味な色……」
窓からは綺麗な森林が見えた。
青い空に包まれている森林は、普段から見ていた景色よりも断然美しく、綺麗だった。
「……終わらない戦いの中で、マスター様も、私も、一緒に戦ってきたピサールさんもどんどん疲れてしまって……」
こんな景色を夢に見ながら、戦っていた。
あの日、唐突に私たちを引き裂くような出来事が来るまでは、必死に、足掻くように生きていた。
「……戦って、戦って、最後には……さいごには……っ」
「……ミストルティン、無理に喋らなくていい」
「私がもっと強かったらマスター様をお守りできたのに、私の心が弱くなければ、もっと支えることができたのに……っ! 私が、依存ばっかりしていたから……っ!」
取り留めのない後悔の感情が渦となって押し寄せてくる。
私にできたことに、なにかあったのか。
取り返しのつかないことばっかりしてしまっていたのではないか。
あのまま死んでしまったほうがずっと楽だったのに。
多くのことが頭を過り、苦しくなって咳がでる。このまま、倒れてしまいたい。ここからいなくなってしまいたい。
「ミストルティン。……私は第三者の立場だから、うまいことは言えない。不器用なのは自覚しているから、励ましの言葉なんてしっかりと言えないかもしれない。だが、私はこれだけは言える」
「……なんですか」
「……私は、君が心の内を少しでも明かしてくれたことを嬉しく思っている」
「……こんな私の、後悔の言葉でも、ですか」
「後悔だって、なんでも構わない。……純粋に、心配だったんだ」
「……私に、価値なんてないのに」
「価値なんて気にしてないさ。私は、私として君のことが心配だった。勿論、マスターであるシェーヌも、この隊のミストルティンも、それ以外の仲間もみんな、な」
「どうして……?」
「隊の方針だからさ。『困った相手には手を差し伸べる。心配事は一緒に解決!』っていう、な。シェーヌがそう決めたんだ」
あまりにも明るくて、眩しくて、それでもどこか温もりのようなものを感じる方針だった。私が元々いた世界よりも、平和な世界だから掲げられる方針かもしれない。
……それでも、私にはその方針がとても『強い』方針であると感じた。
「……ふふっ」
「初めて笑ってくれた」
「明るくて、素敵な方針だと思いましたから」
「あぁ、私もそう思う」
「……優しくて、強い心を感じる方針です」
生き延びてしまった私に出来ることがなにかはわからないけれども。
せめて、生きたからにはなにか残していきたいと思えるようになるくらいには、明るさを感じた。
「身体は動かせるか?」
「……まだ、痛みます。完治までには時間がかかりそうです」
「そうか。……そろそろ交代でミストルティンが来る。その時に仕上げの治療をしてもらうといい」
「わかりました。……色々とありがとうございます、クラウ・ソラスさん」
「もっと気さくに呼んで構わない。クラウさんでもいい」
「……では、そちらで呼ぶことにします」
挨拶を交わし、クラウ・ソラスが部屋から出ていく。
もう、自分を傷つけようという気持ちにはなれなかった。
それよりも、もう一人の自分であるこの世界の私にどう向き合うべきか。そればかりを考えていた。