静かになった部屋。
今、クラウ・ソラスはこの世界の私……つまり、ミストルティンを呼びに行っている。
現状の私に出来ることは彼女を待つことくらいか。
身体を動かそうとしてみても、鈍い痛みが走る。無理をすれば傷口が開くかもしれない。……せめて、救ってもらった命くらいは大切にするべきだろう。先程の自分の行いを反省し、待機する。
暇を持て余すのはもどかしかったので、窓越しに見える外の風景を観察することにした。
……青空。
私が夢を見ても、届くことがなかった青空だ。
小鳥が木の枝の上でじゃれあっている。
緑色の、健康的な植物が風に揺られている。
……のどかで、平和な世界。
ぼんやりと外を見て心が落ち着くなんてことは今までになかった。
……だからこそ、心の中に靄がかかってしまう。
どうして、私は生きているのかと。
生かしてもらった恩は返すべきだろう。しかし、その後どうするべきかまでは頭が回りそうにもない。
何もかも、奪われてしまった。
私の考え方も思想も、否定されてしまった。
……今、私に残っているのはなんなのだろうか。
考えるほど、私という存在が空虚なものに思えて仕方がなかった。
今の私は、本当に生きていると言えるのだろうか。生き長らえているだけではないのか。……元々の私の性質もあってか、悪いことばかりが思い浮かんでしまう。
「……その、大丈夫でしょうか」
暗い考えが頭を過りそうになった時、部屋に一人のキル姫が入ってきた。
この世界の私、つまり……ミストルティンだ。
おどおどした様子で、声をかけるべきか心配そうな雰囲気だった。
「お話ができるほどには、落ち着いていると思います」
「……それなら、よかったです。……直接、回復を行ってもよいですか?」
「問題ないですよ」
私が横になっているベッドの傍まで近づき、彼女は杖を通じて回復を行い始めた。
……私の魔力に近い性質を持っている。それもそうだろう。私も彼女もある一点を除いて、同じ存在ではあるのだから。
意識がない状態の時には劇的な治療をするのが危険という判断だったのだろう。取り扱う回復の技術が異なっているというのは、私にもわかっていたし、彼女の判断でそうしたのだろう。致死に近い状態から回復を行うとなると、それ相応の体力も必要となる。だから、長期的に治癒を行ったと考えられる。
「……意識が戻って、なによりです」
本心からの言葉なのだろう。安堵しているのは伝わってきた。
しかし、私はどう返答すればいいのかわからず、曖昧に頷くことしかできなかった。
黙々と目の前の私……ミストルティンが、回復を行う。
お互い、自分自身であるという側面もあるから話ずらいというのはあるのかもしれない。
沈黙が部屋全体を包み込む。
クラウ・ソラスと会話した時のように、自分から会話をしていけたら楽だった。けれども、なぜかその勇気が出てこない。
……彼女に、どのような声をかけるべきなのかが思い浮かばないのだ。
受け応えくらいならば問題なくできる。しかし、自分から会話を切り出すというのができない。
それが相手がもう一人の自分だからなのかはわからない。しかし、自分でも驚くくらいに言葉が思い浮かばなかった。
回復が終了し、身体を前よりも動かせるようになったと実感できたその時、沈黙の時間が打ち破られた。私ではなく、ミストルティンが会話を行うことによって。
「……お話を伺ってもいいでしょうか」
「……話せることは、少ないかもしれませんが、それでもいいなら、構いません」
「……自分で自分を痛みつけようとした理由を、教えてほしいんです。クラウさんから聞いたのですが、意識を戻した瞬間、自死を図ろうとしたそうで、それが気になってしまって……」
聞いていいのかわからない。それでも、聞かないといけないという強い決意を持った目だった。自分のような存在に向き合っているというのに、まっすぐ前を見ている。
私は、どうするべきか、教えるべきか一瞬だけ悩んだ。
しかし、決断は早かった。
「……すみません。余計なお世話ですよね。踏み込んではいけないお話でしたよね。……やっぱり、忘れてくだ……」
「……大丈夫です、話せます」
発言を取り消そうとする前に、私の言葉が割り込んだ。
彼女も聞いてはいけないのだろうと思ってはいたのだろう。それでも、勇気をもって私に問いかけたのだ。
「……えっ?」
「理由も、すべて、言葉にします」
……だから、私も話さないといけない。
自分の感情に向き合う為にも。
彼女に、もう一人の私でもあるミストルティンに話す。
呼吸をして、心を落ち着かせて、言葉を紡いでいく。
「私に、そのような話をしても、よいのですか……?」
「……別の世界の私だからこそ、聞いてほしいんです、ミストルティンさん」
敢えて、名前で呼ぶ。
目の前にいるミストルティンは私でもあるけれども私ではない。だから、そう呼んだ。
「本当にいいのでしょうか、えっと……ミストルティン……獣刻、ドリュアス、さん……?」
彼女は名前を言いにくそうに問いかけていた。
……名前は、私のように割り切ることはできないのだろう。
そこでひとつだけ提案をした。
「……私のことはアメーラと呼んでください」
「アメーラ……?」
「それも、宿り木という意味です。だから、それを呼称にしてくれると助かります。それに、確かに私はミストルティンですが、この世界のミストルティンとは、きっと色々違いますから……」
別の世界の私、という風にとらえて貰えるように。
そう願いを込めて、自分の呼び名を考えた。
「……わかりました、アメーラさん」
頷いて、彼女は、私をアメーラと呼んでくれた。
疑うこともない、とても優しい表情だ。……やっぱり、私とは違う。
「……自分を傷つけようとした理由などを言えばいいんですよね」
「……話せることだけでも、大丈夫です」
「……相談したいこともありますから。思っていたこと、話します」
打ち明けるのは怖い。
けれども、私はやれることをやるべきだ。
だから、前を向きたい気持ちを持って、少しずつ話していく。
「……生きている意味が失われてしまったって思ったんです」
「……どうして、ですか」
「私が生きる理由……私と一緒に戦っていた方、そしてマスター様が、目の前で……目の前で、斬られてしまったからです」
思い出すだけで、胸が痛くなる。苦しくなる。けれども、言葉にする。
「マスターが、生きる理由……」
どんな言葉をかけるべきかわからず、暗い表情で私を見つめている。
……私がいまするべきことは、自分の状況などを打ち明けること。
苦しい気持ちを抑えて、話を続けていく。
「……ひとつひとつ説明しますね。私は、確かにミストルティンでしたが、出来損ないのミストルティンでした。本来のキル姫と違い、優秀な能力を持たず、キラーズも不安定で、助けがなければ生きるのも困難でした」
「出来損ない、ですか……?」
「……特に、身体が弱かったんです。迷惑ばっかりかける自分自身が憎くて、世界が怖くて、普通の私以上に臆病者で……どうしようもない存在でした」
人の目を避けるように生き、何かに縋るように生きていた日々。
……普通の私以上に、他人の目を気にしていた世界。
……必死にただ依存していた自分を打ち明ける。
「でも、その時にマスター様に会ったんです。私を出来損ないとしてではなく、兵器として、しっかりと見つめてくれるマスター様に出会って、私は使ってもらえたんです。ミストルティン・獣刻・ドリュアスとして」
戦争が長引くにつれて、次第に言葉も荒くなってしまったけれども。
酒癖も荒くなって、暴力も激しくなってしまっていたけれども。
それは世界が悪いからに違いない。
……兵器だから乱暴に扱われたなんてこと、絶対に、あるわけない。
「……優しい、マスターでした。私のことを褒めてくれて、認めてくれて、一人の存在として名前で呼んでくれて……どんどん、戦いの日々で暴力的になってしまっていましたが、私を救ってくれた、ただ一人のマスターでした」
『出来損ない』
『役立たず』
『不良品』
様々な言葉を浴びせられた私に対して、それは救済のようにも思えた。
……兵器として扱ってくれる。それだけで、あの世界では幸せだったのだ。
「……けれども、結局は……引き裂かれる形で終わってしまいました。仮面を被ったキル姫によって」
「仮面を被った、キル姫……?」
「名前も知らないキル姫でした。……一途で、目標の為ならば覚悟を決めて……私では及ばないくらいの信念を持っている方とも、感じました」
唐突で、受け入れがたくて、抵抗しても意味がなかった。
まるで嵐のように唐突で、暴力的な痛みだった。
「……そのキル姫は、依存も独占欲も、想いも全部不必要と言って……それから、私は、彼女に、斬られました」
今思うと、彼女は自分に言い聞かせるように、その言葉を言っていたのかもしれない。心を閉じ込めるような決意を固める為に、仮面を被り、自分に嘘を付いていたとも考えられる。
……それでも、今まで生きてきた全てを否定されてしまったという事実は私の中に残り続けてしまう。
「……私は、空虚なんです。からっぽで、一人になるのが怖い臆病者で、誰かに頼らないと生きていけない、弱いキル姫……」
「アメーラさん……」
「……すみません。こんな話、聞きたくなかったですよね。出来損ないのミストルティンの話なんて……」
私が話をした影響で、彼女を暗い影を落としこんでしまったのなら、それは私の責任に他ならない。やはり、喋らないほうがよかったのかもしれない。
「……依存することは、悪いことだったのでしょうか。誰かに縋って生きることは、本当に正しいことだったのでしょうか。……今の私には、それさえもわかりません。独占したいなんて、思っていませんでした、ただ、一緒にいられればいいって思っていました、奪われないように力を振るってきたつもりでした。……けれども、それさえ意味がなかったのなら、私は生きていなかったほうがよかったって……」
「……そんなこと、ないです」
私の後悔と絶望の言葉を遮ったのは、ミストルティンの声だった。
普段の彼女とは異なり、前を向いている、まっすぐな瞳をしていた。
「どうして、ですか」
「……私にも、覚えがあります。依存すること、一緒に生きたいと思うこと、戦うこと。……過酷な世界に生きていたわけではありませんから、完全な共感というのはできないかもしれませんが、少しでもわかることはできると思います。……私も、ミストルティンですから」
彼女は、彼女なりに私の悲しみを受け止めようとしている。
私の目を見つめて、別の自分を受け入れようとしてくれている。
……暖かい、心。
「……正しいか、正しくないかは私にもよくわかりません。私も時々、私がいないほうがいいのかもしれないなんて思ってしまいますし、トラブルメーカーなんじゃないかなって不安になってしまうこともあります。……けれども、立ち直れることだってあるんです」
「前向きになれるから、でしょうか」
「……支えてくれる方がいるからです。どんなに苦しくても、怖くても助けてくれる人がいる。私を受け入れてくれている。それがわかるから、私は私なりに、せいいっぱい頑張れるんです」
眩しくて、眩しすぎて、まっすぐ見つめるのが怖い。
つい、顔を背けてしまいたくなる。
……けれども、彼女の言葉が、胸に響いてくる。直接、心に。
「でも、私は依存しているだけでした。マスター様に褒めてもらいたいという一心で努力していただけでした、それは邪な心に違いありません」
「……それも、他人の為に頑張ろうとしているのであれば、方法として、間違いじゃなかったと思います」
「……否定、されたのにですか。間違いだって言われたのに、ですか?」
「……アメーラさんは、戦いしかない世界の中で、アメーラさんとして、生きる軸を作って一生懸命頑張ったって思います。それは、私からすると凄いこと、です」
「……そんなに凄いことはしていませんよ」
「……私が生きるには、困難だったって思いますから。辛くて、苦しくて、逃げ出したくなるような世界の中で、アメーラさんは、必死に、そして、一生懸命生きていました。……それだけで、凄いと思います」
そういうとミストルティンは私の頭を撫でてきた。
……そんなこと、されたこともなかったし、素直に褒められたことなんでそうそうなかったから、どういう風に対応すればいいのか、わからなかった。
ただ、何故かわからないけれども、涙が流れていた。
「でも、もう、ひとりです。……私は、何のために生きていたかなんて、わかりません……っ……! わたしは、なにも、成し遂げることもできなくて……っ」
「……まずは、傷を癒して、そこから……考えていくのもいいのかもしれません」
「……それは、依存になってしまいます、それでは私は、変われない……!」
「……依存では、ないですよ」
頭をぽんぽんと撫でて、ミストルティンが言葉にする。
「支えあって生きる、共存の方が近いと思います、きっと」
「共存……?」
「困った相手には手を差し伸べる。心配事は一緒に解決、です。……マスターの方針ですが、私も気に入っている言葉です」
さっき聞いた言葉だった。
『強い』と感じた、あの方針の言葉。
「……クラウさんも、言っていた言葉……」
「一人ではできないことがあるのは仕方がないからこそ、力を合わせて生きていく。……そういうのを大切にしているそうです」
大変なことも分け合えば、きっといいことに繋がる。そういう優しさを感じる方針だと、聞くたびに思う。
明るくて、暖かくて、太陽のような眩しさも感じるくらい前向きだ。
「……私にも、できるのでしょうか」
「……きっとできると思います。私も、アメーラさんも、同じミストルティンですから」
「……ドリュアスの力を埋め込まれていますが」
「それでも、ミストルティンです。……話をしていて、他人のように思えないこと、多いですし」
「私も、そう思います」
お互いの目を今度こそ見つめあう。
同じ瞳が隠れている。
声の雰囲気がそっくり。けれども、話し方が少し違う。
私の方が大人びているかもしれないけれど、心まではどうかはわからない。
……他人だけれども、他人ではない。そんな、不思議な感覚だ。
目の前にいるのに淘汰が発生しないという状況も、それを感じさせているのかもしれない。
「……ミストルティンさんと話せて、よかったです」
「私も、お話できてよかったと思います」
心からそう思う。
前に進む意思が、ほんの少しでも私の中に産まれたのは彼女のお陰だから。
……心に決めたことを、言葉にしたいと思った。
「……あの。もし、よろしければでよいのですが、この隊にお邪魔してもよいでしょうか」
「アメーラさん……いいんですか……?」
「今の私にやれることを、少しずつ、見つけていきたいんです。新しい環境、知らない世界。……もっと知りたいって思いましたから」
「……わかりました、マスターに聞いてみますね」
過去の自分に向き合って、今の自分を考えて、そこから見えてくるなにかがきっとある。そう信じて、提案した。
……後ろを向いてばかりでは始まらない。前に、少しでも進めるように。
「……あっ、問い合わせる前に、これを……」
少し冷えたお茶をカップの中に入れて手渡してくれた。
「煎じ茶です。よかったら飲んでみてください」
「……ありがとうございます。いただきますね」
私にお茶を手渡すと、ミストルティンは私がいた部屋から外に出ていった。……マスターに話をしにいったのだろう。
部屋は私一人になってしまったが、もう抜け出そうという気持ちにはなれなかったので、そのまま安静にすることにした。
「……この世界の私に、今度お礼を渡したいな」
作ってくれた煎じ茶は渋い味ではあったものの、とても美味だった。
……私も、こういうものを作ってみていいのかもしれない。
窓から見える景色を遠く、見つめながらそう思った。