ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
【prologue 島村卯月とタマゴ】
それは不思議な卵であった。島村卯月はその可愛らしい瞳を真ん丸に見開いてその物体に見入る。一体これは何なのだろう、幼い彼女は目前のそれを理解する事が出来ないでいた。穏やかに照りつける初春の日差しの元、一人の少女は深い眼差しでそれを見つめた。
大きさは40cm程度、全体が硬い殻で覆われたそれは彼女が見たこともない姿をした卵であった。所々に緑色の斑点のような物があったのだ。卵自体は彼女もよく知っている。だが、スーパーで見かける卵は白いしもっと小さなものばかりだ。
その卵はあまりにも大きかった。小学5年生である自身にとっては顔よりも大きなその卵。小学校からの帰り道で見付けたその宝物に卯月は再度視線を送る。自身のランドセルをぎゅっと握ってそのナニカを詳しく観察し始めた。
「なんだろうこれ……タマゴだよね?」
ランドセルを背負った彼女は、しゃがみこんでその卵をつつく。そっと指先に伝わるその反応は、生物が持つ独特の温かみを卯月に伝えた。小さな手のひらを外殻に押し付ける。彼女はその卵の中身について考えてみた。
「テレビで見た事あるのよりおっきいなぁ……」
過去にママと動物園へ出かけた時の事を思い出す。手を引かれ、色々なコーナーを周りながら、ゾウやキリンといった大きな動物をはしゃいで見たものだ。その時に連れられた鳥類コーナーで独特な卵をいくつも見て驚いた事を彼女は覚えていた。
だがその時に見た動物の卵より、それはずっと大きなサイズをしていた。確かテレビで見たことがある、ダチョウの卵は世界で一番大きいらしい。ならばこれはダチョウの卵なのだろうか、と。
無論ダチョウの卵はこれほど大きくなどない。精々が20cm未満程度であり、決してこれほど巨大で硬い外殻にも覆われてはいないのだ。しかし小学生である彼女が無知であった事はある意味仕方のない事なのかもしれない。
穏やかな春の日差し、桜が舞い散る下校の途中。普段通い慣れたその道筋で少女はそっと息を飲んだ。日常の中に訪れた非日常的ナニカ。少女はドキドキと自身の鼓動が高まっていくのを感じる。
そっとお腹に抱えてみる。その小さなお腹にずしりと乗りかかる生命の重み。温かい鼓動のようなもの、生命が持つ力強い脈動を彼女は感じた。フリルのスカートの上で脈動するその卵を撫でながら彼女はぽつりと呟いた。
「温かい……」
卵を抱えながら出た言葉はあまりに普遍的な言葉だった。周囲をキョロキョロと見渡してみる。ここは河川敷の橋下。当然周囲には人や民家なども存在しなかった。生い茂った草むらに隠れるように放置されていたそれを、下校途中の卯月が見付けたのだ。少しの間お腹に抱えた卵を見つめる少女。
「……えいっ!」
気が付けば卵を抱えたまま歩き出していた。他人から隠すようにして、ずんずんと自宅への道を辿っていく。キョロキョロと不安気に周囲を見渡す彼女。だが、その足取りはしっかりとして決意に溢れたものであった。
誰かの物かもしれない
そもそも何かもわからない
卵を抱えた所で育てようもない
大人ならば戸惑ってしまうだろう、そんな思考も小学生である彼女には思い付きもしなかった。額に汗を浮かべながら、その重い卵を運んでいく彼女。
可哀想だと思ったのだ
風に吹かれて捨てられたように放置されていたこの卵。このまま誰かに見付けられもしないまま一人で過ごすのはあんまりだと彼女は思ったのだ。同情というよりは慈愛に近いのかもしれない。ただこの卵を守りたいと、そう思っただけなのだから。
普段歩き慣れた帰路を駆け足で行く。まるでいけない事をしてしまったかのような言いようのない罪悪感をチクリと感じた。けれども足は止まらなかった。それと同時に、彼女が好奇心を抱えていたのもまた事実だったから。
もしもこのタマゴが孵ったら
もしもこの子と出会えたなら
「お友達になれるかも……っ!」
ギュッと抱きしめた卵に対して語りかける卯月。その表情は笑顔であった。見る者を幸福にさせるような満面の笑みを浮かべて、彼女はスキップをしながら帰っていく。宿題をたんまりと詰め込んだ筈のランドセルの重さも、いつの間にか気にならなくなっていた。それは暖かい春の出来事であった。
こうして彼女は生涯の友であり家族と呼べる存在に出会ったのである
ポケットモンスター。それは謎を秘めた不思議な生き物。これは別の世界にいる筈の彼らが、ふとした事をきっかけに別世界へと訪れるお話。彼らがアイドル達と出会い、どのような体験をしていくのか。その日常を描く物語でもある。