ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
それはおしゃれな雑貨屋のような店だった。外観はまるで古い洋館のようでもある。シックなレンガ、ランプを模した灯などどことなく大正時代のような印象が伝わってくる。外壁には多くのツタが絡まっていた。
手書きの看板には可愛らしい文字で『モンスターボールの作成行なっており〼』と書かれていた。味わい深い喫茶店のような独特の雰囲気であった。
「失礼しまーす…うわ、本格的…」
店内へと入っていくアナスタシアとフェーヤ。そんな彼女たちの後をおい美波は店内へと入る。中もまた実に大正ロマン溢れるお店であった。
「いらっしゃい、予約の方かしら」
それは美しい夫人であった。黄色いエプロンを身につけた彼女は年齢は40代手前と言ったところだろうか。滲み出る優しげな瞳から母性を匂わせる、そんな親しみやすい女性であった。
「あら、貴方は?」
「アナスタシアさんの友人でして…」
「あぁそうなの。可愛らしい娘達だからびっくりしちゃったわ」
ほおに手をあててうふふと微笑む夫人。どうやらかなりフレンドリーな女性らしい。その優しげな表情に思わずつられて微笑む美波。店内をじっくりと観察する彼女。
店内には金属製のアクセサリー、木製の小物や外国のポスターといった様々なものが陳列してあった。まさしく雑貨店といった様相である。しかし部屋の一角においてある大型の棚は違っていた。
縦2m、横幅5mのかなり大型の木製棚。ガラス戸の向こうにはぎっしりと詰められたボールがあったのだ。モンスターボールである。
真紅の色をした物
藍色に染められた物
月の装飾が施されたボール
ハートを催したピンク色のボール
とまぁ実に様々なボールが美しく陳列されていたのであった。一つ一つが職人によって端正に作られたのだろう。そのどれもが美しく輝いているように見える。ライトアップされたそれらは、価値ある人間にとってはまさしく宝石のような物であろう。
「とってもおしゃれなお店ですね!それにボールがいっぱいで…」
「そうね、全部旦那の手作りなのよ」
「わー素敵です♩どれもおしゃれですね」
「最近雑誌でも有名になってきた、です」
「そっかぁだからアーニャちゃんはこの店を選んだんだね!」
「ダー、大切な家族のおうち、ですから」
フェーヤを抱えたままにっこりと微笑むアナスタシア。どうやら注文したボールが待ちきれないらしい。そわそわとした様子で待ち続ける彼女に対して夫人はくすくすと笑いながら応対した。
実はこの店、主人の脱サラをきっかけに始めた雑貨屋らしい。定年退職も間際になって来た主人が第二の人生として始めた店なのである。当初は雑貨を輸入したり小物をつくって売ったりとほそぼそとした商売をつづけていたらしい。
しかし時代の変革に伴ったモンスターボールの需要が増えてきた事が切掛となり、こうしてボールを手作りで販売する事になったらしい。完全受注生産でのモンスターボールの販売は地方では大きな評判を呼んだようだ。最近では雑誌でも取り上げられるようになり、今では予約に3ヶ月もかかる人気店へと成長したのであった。
「良いボールを作るには良いぼんぐり、それとポケモンの情報が欠かせないの。だからうちではまず初回で店に来てもらうのよ」
「へーそうなんだ…」
「ポケモンに適したボールの方が怪我の回復だとかも早いのよ?だからその子にあわせた特注のボールを作ってあげるのが一番なのよね」
「ボールってそんなに重要なんですか?」
ふと出た美波の疑問の言葉に苦笑する夫人。彼女自身ボールの販売をするまではポケモンにとっていかにボールが大切な存在なのかを知らなかったからだ。
「縮小化にはそのポケモンに見合った環境を用意してあげる事が大切なの」
「縮小化…体が小さくなる現象でしたっけ?」
「そうそう、その縮小化にはぼんぐりの中が一番適しているのよ」
説明を行う夫人。そんな彼女の言葉に頷く美波は高校で行なっていた授業の事をぼんやりと思い出していた。
ポケモンは縮小化とよばれる特性を持つ。ダメージや疲労をおった状態の時に自身の体を小さくする性質の事である。これにより彼らポケモンはどんなに大きなダメージを負っても決して死なずに復活をする性質を持つのである。故にこの状態を『ひんし』とも表現したりする。
この状態になった際、彼らは身近な物や空間の中へと身を潜めるようにして隠れるのである。そこで力を蓄えて再び体を増大化させる事でまた生活する事ができるようになるのだ。
「その気になればメガネケースにだって入れるけどね、やっぱりポケモンが一番落ち着いて縮小化できるのはぼんぐりの中らしいのよ」
客に対して博識に知識を述べる夫人。彼女の言う通りぼんぐりと呼ばれるきのみこそがポケモンにとって最高の環境である事は否めない。だからこそぼんぐりを加工するボール職人と呼ばれる職業は大切な仕事でもあるのだ。
そんな会話を続ける二人。そんな彼女達に対して待ちきれないとばかりに話しかけるアーニャ。フェーヤを抱えたまま彼女は問いかけた。
「あの…頼んでいたもの、できましたか?」
「あぁ待たせてごめんなさいね」
「はやく見たい、です。待ちきれないです」
「勿論よ、さぁこっちへ来て」
にこりと微笑むご婦人。そうして彼女は店の奥へと入っていく。カウンターの戸棚から一つの木箱を取り出して来た。大きさは数十センチ程度の木箱でありスギの木を加工した一品らしい。実に美しい木面のそれの表面を愛おしげになでる彼女。
おずおずとアーニャはそれを受け取った。手にのしかかるずしりとした重みに思わずごくりと喉をならす。
「注文を受けてから1週間、旦那が丹精をこめて作ったからね」
嬉しそうにかたる夫人。そんな彼女の言葉に頷きながら視線を木箱から逸らそうとしないアナスタシア。木箱のふちにそっと手を添える。そうして彼女はゆっくりと蓋を開け始めた。その鍵のついた木箱に手をかけて、ゆっくりと開けていくと…
「…スパシーバ、素晴らしいです」
「わぁきれい…」
感嘆の声が漏れるふたり。そこには実に美しい球体の工芸細工があったのである。人のこぶしより少し大きいサイズをした小さな宝箱のようなそれに瞳をうばわれる。フェーヤもまたじっとそのボールを見つめ続けた。
そのボールはライトブルーの色をしていた。その淡い色使いはきっとグレイシアの色をイメージして施されたのだろう。球体は下部と上部の二箇所に分かれており、その上部には氷を催したガラスのパーツが埋められている。
なんともいってもその重厚感である。透き通るようなガラスの性質と肌さわりの良い加工木の特徴を組み合わせたそれはまさに芸術品であった。美しく輝くそれを見つめては、熱のこもったため息をするアーニャ。
「とっても、とってもきれい、です」
「それはよかったわ、さぁ彼にも見せてあげて頂戴ね」
ふふっと嬉しそうに微笑む婦人。彼女からの言葉を受けてはっとするアナスタシア。彼女はボールを自身の足元で興味深そうにみつめるフェーヤへと向ける。ほんのすこしの戸惑いと共に、フェーヤはそのボールの中身へと収まった。
そう、収まったのである。まるで手品のように、その姿を消してしまったのである。息を飲む美波。何度見てもポケモンが消える所はすごいものだと、ポケモンを持たない彼女は別のところで驚いてしまう。
やがてひとしきり満足をしたのかボールから出てくるフェーヤ。その体を猫のように伸びをさせ、クワァとあくびをするフェーヤ。彼の様子から察すると随分と居心地のよい場所であった事は確からしい。
「どうでしたか、フェーヤ」
「キュゥア♩」
「ダー、それは良かったです♩」
ただ2,3つ言葉を交わしただけで通じ合う二人。ただそれだけで理解しあったのだろう。やはりここで注文して良かった、そう思ったアナスタシアは夫人に対して向き合った。
「とっても素晴らしいです、ありがとう、ございます」
「気に入っていただけてなによりだわ」
心底からの笑みを浮かべるアナスタシア。そんな彼女の笑顔に二人の女性もまたつられて微笑んでしまう。その後は3人の女性は姦しくトークに華をさかせるのであった。ポケモンを通したふとした友情の芽生え。その後、その店がアナスタシアとフェーヤにとって一番のお気に入りとなった事は言うまでもないだろう。