ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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【白坂小梅とジュペッタ2】

『こんなブサイクな人形要らないもん!!』

 

 それが彼の原初の記憶であった。ゴミ捨て場で目覚めた彼、ジュペッタが唯一抱いていた記憶であった。わんわんとなく少女。贈り物として購入してきた父親の困惑する顔。ただのぬいぐるみであった彼の魂を虚ろな記憶となって駆け巡った。

 

 そうして彼はゴミ捨て場で目を覚ます。ぬいぐるみであった彼は新たな身体、新たな魂を得て転生をしたのだ。ゴーストポケモン『ジュペッタ』として

 

 

 ジュペッタとはぬいぐるみポケモンである。捨てられたぬいぐるみに怨念が宿り生まれるとされるポケモン。このゴミ捨て場にいた彼もそうして生まれた。なんらかのポケモンが人形に寄生したのか。或いは別の時空からやってきたのか。何故産まれたのかは誰にも分からない。

 

 ただ在るのは身を焦がすような憎悪だけであった。記憶の中にある少女を思い返すジュペッタ。そうして彼はニタニタと笑いゴミ捨て場を後にする。月夜の下を這いずる1.1mのぬいぐるみ。目的地は無論、少女の家であった。

 

醜い

汚い

恐ろしい

 

 捨てられた玩具が持つ負の感情。それこそがジュペッタの原動力と言ってもよい。そうして自我を得た彼らが最初に行うのは…自らを捨てた子供達への復讐であるとも言われているのだ。憎悪こそが彼らの原点であり、最大のエネルギーでもあるのだから。

 

『ウケケ』

 

 にたにたと笑う彼。自身の身体を愛おしげに撫でる。血走った目玉をぎょろぎょろと動かす彼。口をあんぐりと歪ませ恐ろしい笑顔を見せた。にたにたと笑いながら真赤な瞳で空を見上げた。子供が見たら泣き出してしまいそうな程の、恐ろしい表情と共に。

 

 

 あぁもう少しだ。午前2時、何もかもが寝静まる時間帯をのそのそと歩いていく。閑静な住宅街を歩く一匹の呪い。彼は二階の窓へと手をかけた。そうして彼は渾身の力を込めて窓ガラスを叩き割る。

 

 ガラスの割れる音、それにより少女はベッドから飛び起きる。目を見開いて驚愕する少女。彼女は全身をがくがくと震わせて彼を見つめた。憎悪と恐怖をごちゃまぜにした感情。あぁその表情だ。恐怖が彼の中の何かを満たしていく。充足感を感じるジュペッタ。そうして彼は少女へと迫りーー

 

『ウケケケ、クギギィィィイ』

 

『あぁ…う、うそ…』

 

『グギィヒヒヒヒ!!!!』

 

湧き上がる少女の悲鳴

駆けつける住民の絶句

血と泥に塗れる己の身体

 

 

 こうして事件は発生した。駆けつけた警察官に対して一家の人間は「大きなぬいぐるみに殺されかけた」と主張する。恐怖で震える家族に対して警察官は事情を聴き始めた。後にこの日の出来事はポケモンが広まる以前の、多くある怪奇事件の一つとして扱われる事になる。

 

 そうして一匹のゴーストポケモンは夜闇へと消えていった。一家と一人の少女に生涯消えぬトラウマを残して。彼と小梅が出会う5日前の話である。

 

 

———————————————————

 

 ハッと気がつくジュペッタ。どうやら夢を見ていたらしい。脳内を巡る原初と恐ろしき拷問の記憶を振り払うように、彼は頭をぶんぶんと横にふった。そうして自身がいるであろう環境を見回した。

 

 それは少女の部屋であった。全体的にホラー基調のその部屋。壁にはホラー映画のポスターが貼られ、天井からは二匹のゾンビが中指を立てて肩を組んでいる写真が見えた。あまりにも独特なセンスであると言わざるを得ない。

 

 そうして彼は自身が小さなソファの上に大切に飾られている事に気がついた。時刻は深夜、くだんの少女はすーすーと穏やかに寝息を立てているらしい。そんな少女を見つけた瞬間、彼の中で悍ましい程の憎悪が膨れ上がる。

 

「ウケケケ」

 

 どうやらドラム式洗濯機による乾燥がよほど堪えたらしい。彼はぞっとする程の笑みを浮かべて少女のもとへとすりよった。許さない、許せない。くたびれた体に再びエナジーが充填されていく。そうして彼は自身に湧き上がる憎悪と共に少女へと近寄っていった。

 

「ウケケケケ」

 

 口元のチャックに手をかける。そうして中から溢れ出た物は…地獄のような呪気であった。オカルトマニアが絶対に開けてはならないとまで主張する程の、この世の憎悪を煮詰めたような悍ましい呪いのエネルギー。

 

 常人が見ては発狂するとまで言われる程の負のエネルギーを溢れ出しながら彼は笑った。首を捻じ曲げて悲鳴をあげるように笑った。うらみを発動させながら全身をひきずるように歩く。それはゾンビさながらの恐怖であった。

 

 ホラー映画に耐性が無い人間が見たならば恐らく20年は引きずるであろう、そんな光景であった。

 

「…うぅ?…な、なぁに…」

 

 瞳をこすりながら覚醒する小梅。そうして寝ぼけた彼女はそのままベッドの端へとすりよる恐怖の権化を目の当たりにする。してしまう。目を見開いて驚愕する小梅。口を大きく開いたまま少女は固まった。

 

 全身をがくがくと震わせる少女を見ながら彼はまた憎悪を膨らませる。あぁどうせこの少女も同じかと、絶望を抱きながら彼はまた近寄っていく。そうして少女の顔の目前まで迫った。小梅の顔の数センチ先で、ジュペッタがにたにたと恐怖の笑みを更に深めた。全身をがくがくとふるわせた少女は何も言うことが出来ずにいる。

 

「ウケケケ、クギギィィィイ」

 

「あぁ…う、うそ…」

 

 そうして彼は少女へと飛びかかりーーー

 

「グギィヒヒヒヒ!!!!……むぎゅぅ」

 

 抱きしめられた。全力の、渾身の力と共に少女に抱きしめられた。むぎゅりと押しつぶされる彼の体。少女特有の甘い蜜のような香りに包まれる。一体何が…、味わった事のない感触を抱いて困惑する彼。そんな彼に対して少女は大はしゃぎしながら答えた。

 

「す、すごい…っ!すごいすごい!」

 

「ジュ…ジュペっ…?」

 

「お人形さん…動いてるっ!…ステキ…!」

 

 全身から興奮する少女。それは今まで誰も見た事がない程のはしゃぎようであった。語彙力が低下してすごいとしか言えない彼女。ぬいぐるみを熱く抱きしめながら彼女は喜びをあらわにした。懸命に抱擁をしながら彼女は無我夢中でつぶやいていた。

 

「う、動いてる…私の…お友達がぁ…っ!」

 

「……っ!」

 

 きっとそれは無自覚に放った言葉なのだろう。寝ぼけて夢と現実を見間違えている少女の言葉でしかないのだろう。けれどそれは彼にとって、かつて捨てられた人形である者にとっては何物にも代え難い言葉であったのだ。

 

 抱きしめられながら熱い何かを感じるジュペッタ。彼は過去の出来事を思い出していた。あの日、少女から悲鳴をあげて拒絶された日のことを。

 

 

 泣き叫ぶ少女。そんな少女の悲鳴に駆けつけた父親の唖然とした表情。きっと娘を守ろうと必死で行動したのだろう。彼は手に持っていたゴルフクラブでジュペッタの肉体をこれでもかと痛めつけたのだ。

 

 ゴルフクラブによって抉られた顔面。飛び散る自身の目玉。言葉もろくに話せない彼は必死で少女にすがりよった。死に物狂いで手を伸ばす彼。そんな彼に対して与えられた物。それは少女からの怯える視線だけであった。

 

化け物と罵られた彼は

必死で身を守ろうと身体を縮こめるだけであった

 

 ポケモンは生まれたばかりでは技をだせない。それ所か他の個体に比べて戦闘力も著しく劣るのである。戦いや進化、食物の取得などの方法を親や他の個体から教えられるからである。生後数時間程度しか経っていない彼では縮小化すら上手く出来なかったのも無理はない話であった。

 

 その後も少女の父からバットで暴行を受ける彼。全身をこなごなに砕かれた彼は死に物狂いで逃げ出したのだ。割れた窓から窓下の川へと飛び込んでいく。激流に身を流されながら彼は人知れず涙を流した。

 

少女の寝室へと忍び込んだのも

少女に会いに行ったのも

 

全ては愛されたかっただけなのに

 

 エネルギーが尽きかけた彼はようやくたどり着いたゴミ捨て場で休息を取る。食物も、その取り方も知らなかった彼はそのまま永眠するだけであったのだ。そう、彼はあのままゴミ捨て場で死ぬだけであったのだ。身動きすら取れなくなった彼を少女が引き取った事が運命的であったのだろう。少女の愛とドラム式洗濯機が彼の魂に再び火を灯したのである。

 

「ジュペ…ジュペェ…っ」

 

 ぼろぼろと涙をこぼすジュペッタ。それがぬいぐるみとして生まれた彼の願いであったから。生まれてきてよかったと、今なら心底から思える。わんわんと涙を流しながら少女を抱きしめ返すジュペッタ。その涙をひとりの少女は受け止めた。

 

誰からも拒絶された恐ろしいぬいぐるみは

一人の少女から愛されるようになったのだ

 

 手を取り合って喜び合う彼ら。彼の身体からは、柔軟剤のふんわりとした良い香りが漂うのであった。

 


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