ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
遊佐こずえとヤドン
「……ふわぁ」
「………」
あくびをする遊佐こずえ。彼女は事務所のソファに寝そべってはじっと天井を見つめていた。その横で微動だにしないヤドン。ヤドンもまたぽかーと口を開けては共に天井を見つめていた。
大きさは1.2mとかなりの巨体である。しかしヤドン自身はまぬけポケモンと呼ばれるほど愚鈍でのろまなポケモンなのであった。そのピンク色の体につぶらな瞳をしたヤドン。ぷにっとした湿り気をおびた肌をそっと主人に撫でられる。いつもながら極上の触り心地なのであった。
「……やーくん?」
「………」
「………」
「………やぁん」
蕩けるような甘い声。というよりは気の抜けるような声をだして自身のポケモンに語りかける。革張りのソファの上で共に抱き合ったまま寝転びあう彼女達。主人の言葉に5秒ほどたっぷり時間を開けて、ヤドンは返事をした。
尻尾をゆらゆらと揺らしながら口をパクパクと開閉させているヤドン。昼間に食べたカレーライスの味でも思い出しているのだろうか。手と足をだらりと投げ出して口をパクパクもぐもぐと動かしていた。本人は何も食べていないのにである。
「……さっきねー…おもしろいゆめがみれたのー…」
「………やぁん」
「……それでねー…えっとねー…うーんと…」
「………」
「……忘れちゃったー…」
「………やぁん」
漫才でもやってるの?
そう問いかけたくなるようななんとも気の抜けたやりとり。だが本人達はいたって真面目らしい。ぽわぽわとした表情のままゆーったりと言葉をつむぐこずえ。そんな彼女に対してヤドンはお口をパクパクもぐもぐと開閉させて答えていた。
「…………やーくん…」
「…………」
「……それ…ちょーだい?…」
「…………」
「…………」
「…………やぁん」
「………けち…」
ヤドンが抱えていたバッグを指差すこずえ。どうやら中身のオレンの実をおやつ代わりに欲しがったらしい。しかしヤドンはたっぷり3秒ほどかけてゆっくりと返答をした。先ほどからまるで声に抑揚がないヤドンの返事。それでもこずえにはその内容が分かるらしい。
やんわりと拒否されたこずえはほおをぷくーと膨らませていじけてしまう。けれどそれもほんの数秒のことである。ソファの上でごろんと寝返りをうった彼女はまたぼーと天井を見始めた。
事務所の天井に設置された大型ファンが回転をする。そのプロペラが回転をする様をじっと眺めながら一人と一匹は静かにまどろんでいた。ぎゅっとヤドンを抱きしめるこずえ。そのぷにぷにとした触感。もちもちとした感触は極上の抱き枕となって少女を癒す。
ちなみにこのヤドンは雌である。雌であるがやーくんなのである。本人に理由を聞いたところ『やーくんはやーくんだから…やーくんなのー…』との事であったらしい。よく理由がわからない、と言ってはいけない。
ともあれ本人達の相性は抜群なのであった。このおっとりとした雰囲気の一人と一匹はこうして仕事の終わりにだらだらとするのが趣味なのであった。空調の効いた部屋でまったりと時を過ごす少女達。
「……やーくん…おひるねー…」
「…………」
「………しよー…」
「…………」
「…………」
「…………やぁー」
「…………」
「…………」
「……すぅー…すうー」
「…………」
ヤドンの返事がきっかけとなったのだろうか。再び眠りだすこずえ。ヤドンを抱き枕のように抱えたまま瞳をとじる。もちもちとしたお腹に顔をつけた彼女はすぐさま寝息を立て始める。
ヤドンもまた口をぽけんと開けたまま固まった。そのまま200秒近く呆然とするヤドン。そうしてゆったり…ゆっくりとまぶたを落としていく。7世代程古いパソコン並みの時間をかけてゆっくりと意識をシャットダウンさせていく。
やがて瞳を完全にとじたヤドン。彼女もまた静かに寝息を立て始めた。すーすーと昼寝を堪能する一人と一匹。そのふわふわの髪をくすぐったそうに受け止めるヤドン。なんともほのぼのとした光景がそこにはあった。