ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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神谷奈緒と捨てられた野良ポケモン

 雨が降りしきる中、それを見つけてしまった神谷奈緒。ハッとしたように傘をさしたまま彼女は固まってしまう。公園の片隅、公衆便所のすぐそばにそれはあった。大きさ数十センチ程度の茶色いダンボール。その蓋が閉じられたダンボールがごそごそと動いていたのだ。

 

「あれって…」

 

 傘をさしたままつぶやく奈緒。学校帰りである彼女は制服に身を包んでいた。彼女自身もこの豪雨の中を早く帰ってしまうと急いで帰宅していた所なのである。その最中に見つけてしまったのだ、捨てられているそれを。

 

 雨によって濡れてしまったダンボール。ふにゃふにゃに閉じられたその中からは動物の怯えるような鳴き声がしていた。ガタガタと震えるその箱の中身は十中八九なんらかの生物であろう。その生物は鳴き疲れたのだろうか、ガラガラと枯れた声で必死に助けを求めていた。

 

「捨て猫かな…」

 

 足を止めて思案する。自動販売機の軒下で戸惑うこと数分。おろおろと周囲を不安げに見つめる彼女。当然このような豪雨である。周囲には人の影すらなかった。その生物の鳴き声を聞く事ができたのも偶然そこを通りかかっていた彼女だけであるようだ。

 

 今朝見た天気予報ではこのような雨があと数日は続くらしい。つまりあの中の生物は運を悪くするとこのまま数日間放置され続ける事になるだろう。誰に発見されることもなく、一人寂しくダンボールの中でずっとーー

 

「あーもう!見捨てられないだろ!!」

 

 そこまで考えてぐっと決意を固める奈緒、気がつけばそのダンボールに向けて歩いていた。このような豪雨である。そんな中動物を放置しまま放って置く事など心優しい彼女にはできなかったのだ。

 

 このような時代である。能力を持ったポケモンは優遇されペットとして飼われる事も社会でだいぶ浸透してきた。しかし一方でこれまで愛玩生物として扱われてきた犬や猫といった普通の生物を捨てる事案も増えてきたのである。

 

 血統書付きの犬や猫といった需要も今だに高い。が、能力を持たぬ雑種は冷遇されているのが現状であった。

 

 動物の不法投棄は数年前まで大きな社会問題となっていたのだ。法改正、慈善団体によってだいぶ数は減ってきたはずなのだが、それでもやはりこのような事案は発生してしまうものなのだろう。

 

 

「………っ」

 

「よしよし…大丈夫だからな…」

 

 しゃがみこみ穏やかに声をかける彼女。雨が降りしきる中、公園の便所に座り込む女子高生。しかし彼女は一向に気にする事はなく誠意を込めて声をかけ続けた。そっとダンボールに触れる。雨に濡れた指先からは中の生物の怯えるような挙動が感じられた。

 

 もしも捨て猫であるならば一時的に保護をしようと決めた彼女。幸い自宅もここから五分と近くに在る。暖かい場所と食事を用意してそれから保護団体へ電話をしようと考えた彼女はそのままダンボールへと話しかけた。

 

 依然として閉じられたダンボールはぶるぶると静かに震えている。傘をダンボールへとかけて雨に打たれないようにしてやる奈緒。そうして彼女はそっとダンボールの上部に手をかけた。

 

「よーし良い子だ…とりあえず暖かい場所へ……えぇっ!?」

 

 穏やかな声から一変、息を飲むような驚愕する声を出してしまう奈緒。つい、手にしていた鞄を落としてしまう。地面に座り込んでしまった彼女。奈緒はその眼前にいたポケモン、雨に打たれてぶるぶると震えているイーブイを見て呆然としてしまう。

 

「ね、猫じゃなくて…ポケモン…っ!?」

 

  目を見開いて驚愕する奈緒。そんな彼女を怯えるような眼差しでそのイーブイは見上げていた。頭部に手を当てて縮こまるように怯える彼。そんな彼らを豪雨がふりしきる音が包み込んだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

(連れてきてしまった…)

 

 お風呂場で佇む彼女。自身の目前で嬉しそうに瞳を閉じるイーブイを眺めてやってしまったと後悔をする。しかし仕方ない、ポケモンであるのは色々と予想外であったがあのままでは死んでいたかもしれないのだから。

 

 黄色いひよこがマークされたエプロンを身につける彼女。そんな彼女は腕まくりをして浅く湯を入れたバスタブに浸かるイーブイに優しくシャワーをかけてあげるのであった。

 

 震えて衰弱死しかけていたイーブイ。彼を自宅に連れ込んだ奈緒がまず行った事は食事であった。ポケモンは頑丈な生物である。実は病気や怪我といった事で死ぬ可能性は低く、それ以上に多いのが餓死なのである。きちんとエネルギーの管理、補給さえ行えれば彼らは持ち前のタフネスでみるみる回復する事ができるのだ。

 

 以前テレビで視聴した内容を思い返した奈緒は急いで戸棚からスーパーで安売りをしていたぼんぐりを持ってくる。人間やポケモンのおやつとして安売りされていた食用のボングリ。青い色をしたその拳大の木の実におそるおそるかじりつくイーブイ。もしゃもしゃと遅く、けれどもしっかりと咀嚼してイーブイはそれを味わった。そんな姿を見てようやくほっと一息つく奈緒なのであった。

 

 

 その後彼を浴室のバスタブへと連れてきたのが15分ほど前の事である。最初こそ怯えていた彼はぬるく温められた湯につかると心地好さそうな声をだし始める。今ではバチャバチャとまるで子供のように嬉しそうにはしゃぎ始めたのであった。

 

 よかったと安堵する奈緒。ほっと胸に手を当ててため息をついた彼女はそのままシャンプーが収められた浴室棚を見る。三段に分けられたそれには普段から彼女が愛用していた頭皮用のシャンプーやらボディソープやらが収められていた。

 

 ドラッグストアで購入した自身の贔屓メーカーである新商品。そのボディソープに手をかけた奈緒ははっとその手を止めて思案した。

 

「シャンプーは…人用のだとやっぱりマズイのかな?」

 

「ブイ?」

 

「あぁうん!な、なんでもないぞ!」

 

 そんな彼女の困った顔に反応をするイーブイ。どうかしたの?と言わんばかりにきょとんとした顔で見上げるその顔。その可愛らしい顔に思わずきゅんと反応をしてしまう奈緒。

 

可愛い

 

 あまりにもつまらない感想を抱いてしまう奈緒。彼女は顔を赤くしたまま石鹸を探し始める。だが、それも無理はない反応であろう。可愛いものが好きな女子高生らしい反応である。ましてやイーブイはそのルックス、愛嬌から人々に絶大な支持をされる程の人気の有るポケモンなのだから。

 

 これまでろくにポケモンに関わった事のない奈緒ですらテレビで何度もイーブイを見てきた事があるのだ。テレビで特集されるそれをあぁ可愛らしいなと思いながら何度視聴した事か。しかも実物がこれほど可愛らしいとは到底思ってはいなかった。高鳴る胸を抑えて必死に我慢をする奈緒。

 

(ただ保護しただけだ!愛着を持ったらだめだ!)

 

 そう考える奈緒。けれどそんな覚悟も横目でちらりと見た彼の可愛らしさには敵わなかった。自身の尻尾をかみかみと甘噛みする彼のなんと可愛らしい姿か。硬い決心がぐらりと揺らいでしまう。

 

 しかし彼女はアイドル候補生である。自身もアイドルになる事を夢見てレッスンに明け暮れる日々を送っているのだ。正直言ってかなり忙しい日々である。女子高生として学校にも通わなければならない以上、彼の世話ができるとは到底思えなかった。

 

 ましてや法律の問題もある。住居内で飼うだけならば役所へ申請すればよいがもしも外へ連れ出したいとなるとトレーナー資格やら資格試験やらと様々な手続きを踏まなければいけないのだ。これもまた何年も前に法律で定められた出来事であった。シャワーヘッドを片手にため息をつく彼女。

 

「試験やらは勉強すれば案外簡単らしいけど…現実的じゃないよなぁ」

 

「ブーイ♩ブイ♩」

 

「あぁもう!体にひっつくなよ、濡れちゃうだろ」

 

 体にひっついてくるイーブイをしかる声。けれど言葉とは裏腹にその表情はにこやかであった。ほおを緩ませながら見入る彼女。その可愛らしい姿を見た彼女は抱きしめたくなる衝動に襲われてしまう。

 

 ごくりと息をのむ彼女。その誘惑に負けてしまいそうになりながらも、彼女は懸命にこらえて石鹸による洗浄作業を終えた。泡まみれになった体をシャワーで洗い落としていく。すると雨と泥でよごれた体は見違えるように綺麗になっていく。作業を終える頃にはすっかり彼の体は清潔になっていた。

 

 良い香りのする自身の体に興奮するイーブイ。嬉しそうに尻尾をふる彼の姿を眺めながら奈緒は複雑な表情をして考え込んだ。家族がいる、アイドルとしても女子高生としても自身は忙しい。

 

 そんな自分ではこのポケモンを飼って幸せにしてやる事などできないだろう。ならば穏やかに、幸せに暮らせる人の所へいくべきだと。

 

やはりかわいそうだが保護団体に連絡しよう

それか誰か飼ってくれそうな人を探そう

 

 そうして自身の決意を固めた彼女はそっとイーブイを引き離した。かわいそうだがここで愛着を持つのはお互いの為にならない。そうしてタオルをふいてひとまず浴槽からあがるかと考えたところである事に気がついてしまう奈緒。

 

「うん?なんか違和感が…」

 

 そうして彼女はそっと彼の前足を覗き込む。ハッと息を飲む奈緒。そうして彼女は気がついてしまった。彼の前足、その指の一本が欠けている事に。

 


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