ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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小日向美穂と白坂小梅

『幽霊なんていないよ』

 

 それはローカルテレビ番組の収録での出来事。同じプロダクションに所属しているもののそれまで接点がなかった小日向美穂と白坂小梅。二人は地方のとある心霊場所へと収録に来ているのであった。

 

 真夜中のトンネル。そのあまりの怖さに震えて足が進まないでいた美穂。涙を浮かべてしゃがみこむ彼女に対して小梅はこう言い切ってくれたのだ。

 

 小梅は震える美穂の手を引いてずんずんとトンネルの中へと歩いていった。その外見に反した格好よさ。思えばこれがきっかけとなったのだろう。この収録をきっかけに彼女たちはプライベートでも連絡を取り合うようになったのだ。

 

 

 場所は変わる。そこは事務所のレクリエーションルームであった。事務所で申請をすれば短時間の間自由に使用する事ができる空間。いくつかの革張りのソファが置かれており、部屋の端には大きな液晶モニターが付随されていた。

 

 ここでは日々アイドル達が趣味や娯楽といった事を共に行う場所として活用しているのであった。この日もまた二人と一匹のポケモンはこの空間で待ち合わせをするのであった。

 

 今日は彼女の好きなホラー映画を見ようと約束をしたのだ。正直怖い物はすきではなかった美穂。しかし娯楽として見る物だ、たまには良いだろう。そう考えた美穂はこうして休日の日に最近できた友人と交友を深めるのであった。

 

 

 

「ぎゃぁああああああ!!!」

 

「ジュペェエエエーー!?」

 

 小日向美穂の悲鳴が部屋中に響く。彼女は隣にいたポケモン、ジュペッタと抱き合うようにして絶叫をあげていた。ジュペッタもまた鑑賞しているホラー映画が怖くて仕方がなかったのだろう。彼は瞳に涙を浮かべて悲鳴をあげていた。

 

 ソファの上で抱き合う二人。そんな隣では、小梅が実に楽しそうな顔で映画を鑑賞しているのであった。柔らかいクッションを抱えて彼女はにこりと微笑んだ。

 

「うふふ…どっちも怖がりさん…だね」

 

 小梅の嬉しそうな声。映画のエンドロールを横目に今もなお涙目でぶるぶると震えている美穂とジュペッタを見て彼女はくすくすと笑った。

 

「うぅ…怖すぎだよぉ」

 

「話題になったホラー映画…面白くなかった…?」

 

「面白かったけど怖すぎだよぉ!」

 

 涙を浮かべて主張する美穂。彼女は取り出したハンカチで涙をぬぐった。まさかここまで怖いとは彼女自身思ってもみなかったのだ。彼女のすぐ隣には、ガクガクと震えるジュペッタが居た。彼もまた涙を流して美穂の洋服をぎゅっと小さく掴み震えるのであった。

 

「ジュペッタ君も泣いちゃってるよ?」

 

「ジュペェ…」

 

「あぁほら泣かないで、良い子だねーよしよし」

 

 優しく彼の頭を撫でてあげる美穂。彼女の柔らかい慈愛に満ちた表情、それによりジュペッタの恐怖が少しづつ和らいでいく。感謝の念を伝えてくるジュペッタに対して美穂はにこりと微笑んだ。

 

 

 正直最初は恐ろしかった。ジュペッタを最初に見た時は内心でぎょっとした物だ。美穂は彼との出会いを思い返す。あのときはニタニタと笑う彼の姿が夢にでそうな程怖かった物である。

 

 だがそれも昔の話である。今ではこのようにすっかり仲がよくなった二人。美穂はその過程を思い返してうんうんと頷く。彼の魅力に気が付いてからは引き込まれるように仲が良くなったのである。

 

ギャップが可愛らしかったのである

 

 子供に怖がられると地味にショックを受ける姿。美味しいものが食事にでると瞳をきらきらと輝かせる所が妙に子供っぽくて可愛らしいのだ。まるで赤ん坊のように好奇心旺盛な所が美穂の隠れた母性を刺激したのである。

 

 というかゴーストタイプの癖にホラー映画が苦手とは何事だろうか。恐ろしい程の隠れ属性である。誰よりも怖い見た目をしてるのに怖いものが苦手というギャップ。彼女は初めてギャップ萌えという言葉を痛感したのであった。

 

 

「でもなんでゴーストタイプなのにホラー映画がダメなんだろう?」

 

「おかしい…よね…ふふっ」

 

「うん、ジュペッタ君もゴーストタイプなのにね」

 

「サスペンスやスプラッター映画は好きなんだけど…」

 

「う、うーん…分かるような…分かりにくいような。でもジュペッタ君らしいかもね♩」

 

 あははと笑いあってお菓子に手を伸ばす。テーブルに個装されたドーナツに手をのばしてはむと食す美穂。その美味しさに思わずほおがゆるんでしまう。そんな彼女につられて小梅とジュペッタもまたお菓子を食べ始める。3人は笑顔になって女子会を始めるのであった。

 

 ジュペッタ曰くホラー映画は苦手との事。なんでも正体不明の物がよくわからない手法で脅かしてくるのが苦手らしい。けれどもホラー映画の中の一ジャンル、スプラッタ映画やサイコ物は大好物なのであった。血や悲鳴が沸き起こる物は己の本能を刺激してくるから好きなんだとか。

 

 ゴーストタイプとして生まれた彼であったがその境遇はかなり特殊である。今だに他のゴーストタイプと接したこともない彼はその面では赤ん坊同然だからと言ってもよいのかもしれない。

 

 台所の方へと向かった彼のことを思い出してくすくすと笑ってしまう美穂。そのギャップがまた可愛らしいな、だなんて事を思ってしまう。彼女はお菓子をぱくりと食べながら小梅と会話を続けた。

 

「おかしいよね…笑っちゃうよ…えへへ」

 

「ゴーストタイプなのにおかしいよね♩」

 

「だよね…毎日あの子とお話ししてるのにね」

 

 にこりと笑いながら会話をする小梅。そのサラサラとした金髪で右目を隠すという独特のファッションをした彼女。彼女はその子供のような可愛らしい顔で笑みを浮かべてーー

 

 

うん?

 

 ふと、違和感を感じる。会話の中に走ったノイズのようなものを感じてしまう美穂。認識のズレとでも言おうか。小梅と美穂の間でなにか重大な勘違いをしているような…そんな違和感が場に起きる。そんな事に気がつかず小梅は嬉しそうに会話を続けた。

 

「今度のお仕事は…新しいお化け屋敷に…行ってくるんだ」

 

「うわーすごいなぁ!それってもしかしてお台場の?」

 

「うん、夏限定の絶叫おばけ屋敷…」

 

 楽しそうに次の仕事の内容について話し合う二人。やはりそこは女子なのだろう。再び彼女達は楽しい会話に華を咲かせ始める。そんな彼女達のもとへ一匹のポケモンがお盆を抱えてやってきた。

 

「ジュペー」

 

 トコトコとよってくるジュペッタ。可愛らしい歩き方で大事そうに何かを運んでくる彼。その小さな手で大事そうに抱えるそれはお茶であった。

 

 きっと彼自身が淹れて来てくれたのだろう。彼が手に持っているお盆には緑茶が入ったガラスのコップが乗せられている。湯気を立てるその熱い緑茶。そうして彼は()()()のお茶をテーブルの上に乗せはじめた。

 

「あははジュペッタ君ってばーお茶は四つもいらないよー」

 

「ふふっジュペッタはお茶目さんだね…」

 

 笑い合う二人。この場には美穂と小梅とジュペッタしかいないのだ。きっと彼は数を数え間違えたのだろう。そう考えた美穂はくすくすと笑ってしまう。そうしてお礼を言った彼女は彼が淹れてくれたお茶に手を伸ばしーー

 

 

「あの子は実体がないからお茶は飲めないよ」

 

 

手が止まった。

 

え?

 

 キョトンとしてしまう美穂。そんな彼女の言葉にいっけないとばかりに手を額に当てて苦笑するジュペッタ。そんな彼の仕草にあははと笑う小梅。つられて美穂もまた引きつった笑みを浮かべる。

 

 そうして何事なくお茶を飲み始める小梅とジュペッタ。そんな彼女達に美穂はあははと笑いながら話しかけた。

 

 

「あ、あの子だなんて…二人とも冗談がうまいなー!」

 

 ジョーク混じりに言ってみる。この場には3人しかいないじゃない?そういう意味を込めた言葉であった。手が震えてしまう美穂。

 

 するとえ?と言わんばかりに小梅とジュペッタがこちらを向いてくるではないか。その真剣な表情に美穂は思わずゾクリと何かを感じてしまう。ここに来てようやく、美穂は自分が感じて居た違和感を強烈に認識し始めていた。

 

 

「も、もしかして幽霊が……な、なんて居る訳ないよねー!あははー♩」

 

「?…ごめんね…美穂ちゃんが何を言ってるのかよく…」

 

「二人がまるで幽霊がいるみたいに話すんだもん!幽霊なんていないって…あのトンネルのロケの時だって言ってたよね…?」

 

「トンネル…あの心霊場所のロケのこと?」

 

 戸惑ったように答える小梅。汗が流れ始めるのを自覚する美穂。否定してほしい、そう言わんばかりに彼女は早口で言葉をつむぐ。いつの間にか手の震えは大きくなっていた。そうして彼女の言葉を聞いて絶句してしまう。

 

 

()()()には居ないよって意味だったんだけど…な、何かおかしな事言ったかな?」

 

背筋の震えが止まらない

 

 掛け違えた認識のズレを実感していく。まるで背筋に氷を当てられたような違和感。ここにきてようやく彼女は違和感の元を理解したのであった。ゴーストポケモン、ホラー好き。心霊場所の真偽を見抜く目。

 

 美穂の中でバラバラだったピースが一つになっていく。もはや確信的であった。彼女は真っ青になった顔面で呆然と思案した。

 

(まさか…本当に幽霊が見えてーーー)

 

頭を振って否定する

幽霊なんている訳がないと

 

「ゆ、幽霊なんているわけないよ!?」

 

「幽霊ならいるよ…?」

 

「ど、どこにいるって…」

 

 真っ青になった美穂。そんな彼女に対して小梅は小首を傾げながらこう答えた。

 

 

 

「いま美穂ちゃんの真後ろにいるよ」

 


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