ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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高垣楓と喫茶店

 それは実に麗しい女性であった。店内にいる男性客は皆が視線を奪われる。からりとなった喫茶店の玄関。そこにはまるで絵画から飛び出してきたかのごとく麗しい美女がいた。彼女は嫋やかに歩く。その仕草に目が奪われてしまう彼女という存在が都内の喫茶店に潤いを与えるのだ。

 

 ボブカットのふんわりとした髪。泣きぼくろを携えた彼女は実にセクシーであった。オッドアイというのだろうか?彼女は右目が緑色、左目が青色という実に珍しい瞳の色をしているのであった。落ち着いた白を基調にしたワンピースを着ている彼女。

 

 それらが彼女のミステリアスな雰囲気を醸し出して居た。まるでこの世の存在でないような、ふわりと風で消えてしまいそうな。そんな儚い妖精のようなイメージを見るものへと与える。そんな彼女はそっと窓際のテーブル席に座った。

 

「…………」

 

 彼女は静かに店員を呼び止める。メニューを開きコーヒーを頼むその仕草。店員へのにこりとした微笑みはきっと世の男性を虜にしてしまうだろう。呆然として居た男性店員は彼女の注文を受けて静かにコーヒーの用意を始めた。

 

 そうして彼女、高垣楓はほおに手を当てるのであった。瞳を静かに閉じて何かを感じ取るように思考にふける彼女。そのアンニョイな眼差し。何を考えているのだろうか。きっと、いいやこの上なく神秘的で知的なことに違いない。

 

 彼女の邪魔をしてはいけない、そう考えた男性店員。彼は彼女の座席のすぐそばの座席の清掃を始めた。アルコール水とふきんを手に彼女のすぐそばを通りーー

 

 

サンドパン、彼らの食事は三度パン

 

 

「え?」

 

「……」

 

 ふと聞こえた声に思わず反応をしてしまう男性店員。驚きながら彼女の方を振り返るものの、彼女は瞳を閉じて優雅にコーヒーを飲むだけであった。己は疲れているのだろうか。彼は額に手を当てて再び歩き出した。

 

 座席の清掃を始めながら先ほどの空耳について考える。いやきっと空耳ですらなく己が生み出した幻聴なのだろう。その麗しい小鳥の歌うような声で紡がれた言葉を思い出す彼。でも、まさかなぁ。彼はそう考えて業務を進めていく。

 

 よりにもよってあのような美女がくだらない親父ギャグを言うはずがないだろうに。そう考えた彼は再び忙しそうに業務に戻っていった。店内の客の注文を取り始めていく。

 

 そんな様子を知ってか知らずか。楓は再び窓の外を眺め始めた。そうして彼女はにっこりと微笑むのであった。見るものを虜にさせるような華やかな笑顔。世の男性たちが財産を投げ打ってでも視聴したい、そう思わせるような魅力に溢れた美しさで彼女はそっと言葉をつむぐ。

 

 

「堂々たる…ドードー…威風堂々」

 

 

 そうつぶやいた彼女。そのつぶやきは喫茶店の喧騒の中へと消えていく。日常に舞い降りた非日常的な光景。麗しい美女がしょーもない親父ギャグを放つというあまりにもなギャップ。もしもこの場に彼女の担当プロデューサーがいたらきっと頭を抱えてしまうだろう、そんな光景がそこにあった。

 

 そうしてひとしきり思考に入り浸った彼女は再び優雅にコーヒーを堪能するのであった。満足げに頷く彼女。実に魅力的な笑顔をしながら彼女は考える。事務所に帰ったらこの大爆笑ギャグを誰かに呟こうと心に決めて。

 

 担当である女性プロデューサーからイメージダウンだからやめろ、お願いだから絶対にやめてとまで言われているSNSへの投稿を固く心に誓う彼女なのであった。

 


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