ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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【星輝子と未知の親友】

 星輝子はぼっちの子である。少なくとも自身はそう思っている。二年前に買って貰ったばかりの赤いランドセルをギュッと握りしめる。彼女はとぼとぼとした足取りでゆったりと帰路についていた。

 

「きのこーのこのこ……おさんぽきのこー」

 

 輝子は歩いていた。灰色でつやつやとした髪を持つ彼女。けれど彼女は自身の目元を隠すようにしてその髪を伸ばしていた。衣服も体も、少女としておしゃれを楽しもうという気概が感じられない。きっと彼女自身もあまりそういったことに関心を持ってはいなかったからだろう。

 

 歌を口ずさむ彼女。放課後とは彼女にとって穏やかな時間であった。図書館で大好きなキノコの本を読んだり外へ出てキノコを探す毎日。だが、誰かと遊ぶという事をあまり彼女は好まなかった。同世代の子にはいまいち馴染めなかったからだ。

 

 テレビがどうだ洋服がどうだと話に花を咲かせる少女達の間で、キノコについて語るような自身は確かに浮いた存在なのだろう。小学二年生にしてどこか冷めたような、そんな感覚を持ってしまったのも無理はない。

 

 ただでさえ内向的な性格がもっと内気になってしまった彼女。そんな彼女は今日もまたボーと上の空な態度で授業を受け、放課後というこの時間を迎えるのであった。何も代わり映えのしない毎日、退屈な日常。

 

 

 

 だが、ここ最近はそれが変わってきていた。それまではどこか空虚な時間を感じていた、この放課後の時間が、彼女にとって何よりも楽しい時間へと変わりつつあったのだ。

 

 年相応の少女のように、はしゃぐその足取り。目元を覆ったその髪の隙間から滲み出すようにして、彼女の滅多に見られない笑顔が映えた。スニーカーで駆け足のまま目指して行く。そうして目的地である公園までやってきた。

 

「フヒッ……や、やっと着いた……」

 

 座り込んで呼吸を整える星輝子。どうやら幼い彼女にとって、かなり困難な道のりだったらしい。

 

 地方の住宅地から離れたこの公園には、大きな森が隣接していた。広さは20ヘクタール。サッカーコートが幾つも入るようなこの森林公園は福島県で有数の自然地帯でもあった。大きな噴水、どこかの芸術家の彫刻といったものが自然の中にぽつんと立ち人々を見守っている。

 

 公園の入り口に設けられた水飲み場から水を飲む彼女。そうしてごくごくと喉を鳴らしながら通い慣れたその公園を改めて見渡す。そうして彼女はさらに歩みを進める。10分ほど歩いたのち公園のクマをかたどった石像、その足元にしゃがみ込む。

 

 

「フヒ……ここでいいかな……?」

 

 周囲をきょろきょろと見渡す彼女。誰かに見られていないかと不安気に周囲を見回す。どうやら誰も見付からなかったらしい。彼女は公園の茂みに顔を突っ込むと、その周囲にいるであろう、自身の友達を探し始めた。

 

 つい1週間ほど前に出会った大切な友達。生い茂る自然に服が汚れるのも気にせず、彼女は四つん這いになって友達を探す。やがてその生物を見付ける彼女。彼女の視線の先にはのそのそと動くナニカが居た。

 

「い、いた……よかった……」

 

 それは人ではなかった。否、地球上の生物ですらなかった。何かに似ているといえばきっと虫に似ているのだろう。だがこんなに大きな虫がいるはずがない。

 

 橙色をしたその生物は大きな瞳に巨大なハサミを持っていた。口はガシガシと左右に開きまるで異星のエイリアンのようで不気味さすら感じさせる。だが、その大きくてつぶらな瞳は可愛いと言えないこともなかった。その生物は自身を探しに来た彼女を見付けると嬉しそうに鳴きながら近寄って来た。

 

 

「も、持ってきてあげたぞ……親友」

 

 懐から【富士山の恵み】と書かれた高級ミネラルウォーターを取り出す彼女。そうして彼女は眼前にのそのそと現れたその一匹を改めて見つめる。

 

 

「パラ〜」

 

 それはキノコのような生物であった。全長は30cm前後、まるで虫のような外殻にカニのような大きな爪を持っていた。何よりも目を引くのはその頭部だろう。そこには赤く立派なキノコが二つ付いていたのだ。

 

 赤くて立派な外見にぽつりぽつりと浮かぶ白い斑点。まるで毒キノコのような外見であった。しかしキノコに対する愛と知識は大人にだって負けないであろうキノコマニアである輝子自身が見たこともないキノコであった。

 

「最高級の水だぞ……コンビニのやつだけど……」

 

「パラ!パラ〜」

 

「フヒッ……親友に喜んでもらえて私も嬉しい……」

 

 ランドセルからペット用の水皿を取り出した輝子はその器に水を満たした。ドボドボと注がれていくミネラルウォーターにその生物、パラスは全身で喜びを露わにする。大きなハサミを振り上げてはしゃぐ生物。

 

 彼女から貰った水に口を付けて、ごくごくと飲み始めるパラス。実に美味しそうに水を堪能する親友の姿を見て輝子もまた笑みを浮かべた。

 

 

 

 出会いは偶然であった。山の近隣に設置された公園でキノコを探していた彼女は未知のキノコを発見したのだ。それまで見たこともないキノコを見付けた彼女、逸る気持ちを抑えて、その茂みに飛び込み……そうしてこの生物と出会ったのだ。

 

『うぎゃぁあああああああああ!?!?』

 

 少女らしからぬ悲鳴、それも無理はないだろう。何せ茂みの中にいたのは、それまで見たこともない生物だったのだから。見た目は虫のようだが、その生物はあまりにも大きすぎた。30cmもの巨大虫が自身の顔面の前に突如現れれば誰だってこのような悲鳴を上げてしまうだろう。

 

 だが、意外にもその悲鳴に誰よりも怯えたのはその生物の方であった。彼女の悲鳴に怯えて全力で後ずさる巨大虫。それを見て輝子は思わず謝ってしまう。

 

「ご、ごめん……ちょっと驚いただけなんだ」

 

 怯えた表情をするその生物に対して、輝子は思わず謝罪の言葉を述べてしまう。木の陰からこちらを覗くその生物を見る。よく見るとその生物は可愛らしい顔をしていた。くりくりとした瞳と小柄な体を精一杯伸ばして、必死でこちらを威嚇していたのだ。

 

「か、かわいい……」

 

 つぶらな瞳を浮かべてこちらを見上げる姿。上目遣いでこちらを見るその姿が少女としての琴線に触れる。何より見たこともないキノコという事実が輝子の恐怖を和らげ、好奇心を刺激したのであった。自身の感情が高ぶっていくのを感じる輝子。

 

触ってみたい

 

 気がつくと彼女は歩み出していた。ゆったりおずおずとしながらも、一歩一歩亀のようにしっかりと歩んでいく。腰を低くして怯えさせないようにしながら歩く彼女。そんな彼女に対してその生物もまた同じような反応を返した。

 

 おずおずとしながら、こちらににじみよる生物に対して星輝子もまたゆっくりと歩み寄る。そうして自身の手と、かの生物の伸びた爪とが……やがて一つに重ね合わされた。まるで某宇宙映画に出てくる握手のような、劇的な瞬間。

 

 ぴとりと触れ合った瞬間、言いようのない感覚に震えた輝子。まるで難解なパズルが一瞬で組み合わさったような感覚。きっと相性がこの上なく良かったのだろう。一人と一匹は互いに頷き、この感動を味わったのだ。

 

「お、おぉ……ふぉぉ……」

 

「パ、パラ……?」

 

「あ、うん……星輝子です」

 

「パラー♩」

 

 ふと思い出したように行う自己紹介。何とも言えない微妙なコミュニケーションを取ってしまう彼女。だが、そんな彼女に対してその生物、パラスはにっこりとしながら手を振って喜びを表現していた。

 

 きっとそんな些細な事がきっかけになったのだろう。ふとしたことから、こうして一人と一匹は交友を深めるようになったのだ。放課後にお菓子や飲み物を持ってきて一緒に時間を過ごす。そんな誰しもが行うような当たり前で温かい時間を。

 

 

「フヒ……お、おいしいか親友?」

 

「パラパラー」

 

「気にしなくて良いぞ……お小遣いから出しただけだから」

 

「パラ〜♩」

 

「フヒ……親友はいいやつだな……」

 

 どうやら水を持ってきたことを気遣ったようだ。瞳を困らせて大丈夫かと言わんばかりにこちらを見上げてくる彼(彼女?)に星輝子は返答を行う。会話が行えるだけの知性があるのかもしれない、と気が付いたのはつい数日前のことである。

 

 彼のことを親友と呼ぶのに時間はかからなかった。それだけ親しみを持てる存在であることもよく知っている。だが、気がかりなことがあるのもまた事実であった。

 

 見たこともない巨大な生物が知性を持っているのだ。もしも誰かに知られたら良くない事が起こるだろう。幼い自身でもその事が簡単に予想できた。

 

 そもそも親友は何者なんだろう。もしかして親友は宇宙人なのかも、だなんて事を考えてしまう輝子。自身もまたペットボトルに口を付け思考を深めていく。

 

 家族や大人の人に見つかったらまずいだろうなぁ、だなんて事を考える。とはいえ、彼女はかの親友が危険な生物にはどうしても思えなかった。木々に囲まれたその二人の空間に、照りつくような夏の日差しが降り注ぐ。そんな彼女の膝上に、かの生物がのそのそと這い上がって来た。

 

「し、親友……?」

 

 星輝子の言葉に返事もせずパラスは少女の膝の上に座る。そうして膝のぽっかりと空いた空間に綺麗に収まるパラス。ふふんと言わんばかりに達成感に満ちた声をあげる親友に、星輝子は心からの笑みを浮かべた。膝の上にいる生物の温かみを全身で感じる。

 

「あ、あったかい……」

 

「パラ?」

 

「うん、もうちょっとだけ……このままで」

 

 自身の膝に抱きかかえる。まるでぬいぐるみを抱くようにして、その小柄な生物を抱きしめる星輝子。キノコの独特の香りに包まれながら彼女は幸福な気持ちに浸る。

 

親友は何者かよくわからない

だけどまぁ良いか

 

 

 そうして彼女は日向ぼっこをする。数ヶ月前には感じることもできなかった温かなぬくもり。その確かなぬくもりに抱かれながら彼女は午後の眠りに落ちる。これは自身がアイドルとなる以前の記憶。大切な親友との温かい記憶であった。

 


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