ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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神谷奈緒と捨てられた野良ポケモン2

「そりゃぁ違法ブリーダー絡みでしょ?」

 

「っ!」

 

 思わずポテトを落としてしまう奈緒。眼前でジュースを飲んでいる加蓮を見つめたまま彼女は呆然と固まってしまう。奈緒から一連の相談を受けた彼女は何て事はないと言わんばかりに言い切ってパクパクと再びハンバーガーを食べ始める。

 

 都内某所のハンバーガーショップ。赤と黄色がトレンドマークのチェーン店で二人の女子高生は向かい合う。神谷奈緒と北条加蓮。二人は比較的同時期にアイドル事務所に入所したのであった。年が近いという事もあり、段々と仲が良くなったのである。二人の会話は続いていく。

 

「い、違法ブリーダーって…」

 

「知らない?珍しかったり人気のあるポケモンを高額で売りさばく人」

 

「いや知ってるけど!そ、それって違法だろ…っ!」

 

「違法でも儲かるならそりゃぁやるでしょ」

 

 何をいってるんだと言わんばかりの表情をする加蓮。ざわざわと客の喧騒がやかましいはずのこの店内。奈緒はいつしか雑音も耳に入らなくなってしまう。ごくりと喉をならして彼女はじっと加蓮の言葉に聞き入った。

 

 いまだに人間に怯えるイーブイ。おそらく今は奈緒の私室で眠っている事だろう。この数日間の世話で奈緒にだけは心を開くようになったのである。けれど他の家族や近隣の住民にはとても懐かなかった。人間の姿を見ただけで怯えて隠れてしまうのだ。虐待、をされていた可能性があった。

 

 

「状況から考えてもかなり黒いと思うけどねー。普通の人間ならイーブイ捨てる人はまずいないって」

 

「うっ…」

 

「そのまま売ったら評判が悪くなる。なら売るよりも…なんて可能性もあるのかも」

 

 そうなのである。おもちゃがついたセット「ワンダフルセット」を目前に固まってしまう奈緒。気が滅入る話ばかりで食欲がなくなってきてしまったのだ。

 

 それこそイーブイは超人気ポケモンである。その愛嬌、可愛らしさは絶大な人気を誇る。小柄な体は一体どれ程の女性・子供達を魅了してきたことか。また多彩な進化というのも魅力の一つであった。

 

ブースター

サンダース

シャワーズ

 

エーフィ

ブラッキー

グレイシア

 

 現在確認されているだけで6種類も進化先が存在しているのである。しかもそのどれもが強いというのだ。豊富な技から繰り出される多彩な戦術はプロすら認める実力を持つ。バトルや世界大会でも常連しているほどの強さ。世の中にはブイズ(進化系の総称)を極めれば最強になれるだなんて言葉もあるくらいである

 

 故に人気である。野生のイーブイがあまりに乱獲された為現在では野生イーブイの住処は保護区となっている。一時的な規制にせよ、現在一般人は保護区に近づく事も、ましてや彼らを捕獲する事もできないのである。

 

「だからこそおかしいんじゃん?ならやっぱり…」

 

「指が欠けている事か…」

 

「違法ブリーダーの所で産まされたイーブイ。けれど指が欠けている為これでは商品にならない。そう考えた悪人が適当な所に捨てていった」

 

「……っ!」

 

「ポケモンを殺処分なんてそっちの方がよっぽど手間がかかるもの。それなら捨てた方が楽って考え方なら一応は辻褄があうのかな?」

 

「……」

 

「…って大丈夫、奈緒?」

 

 思わずぎゅっと膝をつかむ奈緒。見た事もない悪人に対して怒りを募らせる。生まれたばかりのイーブイを放置した人間をこれでもかと恨んだ。どうしてそんな酷いことができるのだと。涙を流しながら震えてベッドで眠っていたイーブイの事を思い出す奈緒。

 

 

 かつてペット大量消費時代と呼ばれる時代があった。人々が犬や猫といったペットを求めてまるで物を消費するかのように扱った悲惨な時代である。今では信じられない事だがかつてはペットショップの中で子犬や子猫を高額で取引していたというのだ。

 

 純血で外見の良い動物は儲かる、そう気づいた人々が次におこなった事は大量繁殖と命の投げ売りであったのだ。

 

 小さなケージに閉じ込めて強制的に交尾を行わせて繁殖をさせる。そうして産み役となった動物は死ぬまで産み続ける機械となって繁殖を続ける。餌もろくにもらえず新たに子を産めなくなれば殺される。そんな悲惨な扱いを。

 

 生まれた子供も同じである。彼らは生後すぐに親から引き離されてペットショップへと連れられる。大人よりも幼児の方がはるかに高く売れるからであった。

 

 だが商売として扱われる以上『不良品』は必ず出てくる。血統がうまく引き継げなかった子供、病気や障害を持って生まれた命。そうした者たちは生まれてすぐに殺処分され続けてきたのであった。

 

 かつてはこのようなビジネスが横行していたというのだから驚きである。ペットを金で買い食べ物を平気で捨て自然を破壊しながら人々は生活をしていた。ポケモンという存在がこれらの社会を一変させたのだ。

 

 ポケモンという存在が世に広まった事によりこれまでの動植物達の社会的な価値は下がり、人々から捨てられるようになった。皮肉な事はそうしてポケモンが出た事によりこれらの社会の異常性が注目され、改善されるようになったという事だろうか。

 

 ポケモンという存在が人間達に命の価値を再認識させこれら現代社会の闇を直視させることになったのである。

 

 閑話休題。ともあれこのような商売があり、法改正、警察や保護団体の改善によって劇的に数は減った。今では個人による動植物の金銭的売買は禁止されている。だがほんのごく一部ではポケモンの違法売買を今だに行われていたという話でもあった。

 

「まぁ違法なブリーダーが直接捨てたかはわからないけどね」

 

「そ、そうだよな!」

 

「買ったりトレードした人間が指が欠けている事に気がついて捨てたか…それ以外のなんらかの障害や病気を理由に捨てたか…」

 

「…残酷さは変わってないな…それ…」

 

 

 ジュースを飲む。すっかり冷めてしまったポテトをつまみながら呆然と思考する奈緒。しわしわのポテトを見つめながら奈緒は言葉を紡いだ。

 

「イーブイって人気のあるポケモンなんだよな?」

 

「かなりね。今ならネットで引き取り手なんて幾らでも探せるのにさ」

 

「……」

 

「人間に怯える、生まれたばかりのイーブイを公衆トイレに捨てていく…それだけでどの道暗い話になるんだろうけどさ」

 

 なんて事はないとさっぱり割り切る加蓮。そんな割り切りがどうしても出来なかった奈緒は顔を赤くして何か反論をしようとする。けれど何も言い返せない。じっと自身の膝に視線を下す奈緒。そんな彼女に対して北条加蓮は問いかけた。

 

「それで奈緒はどうするの?」

 

「え?い、一応家族は飼っても良いって言ってくれてるけど…」

 

「奈緒は飼いたいの?」

 

「か、可哀想そうだから飼ってあげたいかなぁとは思ってて…」

 

「……」

 

「でもやっぱり私たちアイドルだろ?忙しいし構ってあげられないからさ…」

 

「……」

 

「やっぱり引き取ってくれる人を…って考えて…」

 

 奈緒の言葉は尻窄みになっていく。目に見えて不機嫌になっていく北条加蓮に動揺しているのだ。静まり返るテーブルの雰囲気に思わず尻込みしてしまう。彼女の態度に内心で不安になる奈緒。

 

 何かまずい事を言ってしまっただろうか。自身の発言の意味を理解できないでいた奈緒。そんな彼女に対して加蓮は言い切った。顔を上げて奈緒の顔を直視しながらきっぱりと言い切った。

 

「それは違う、違うよ奈緒」

 

「え?」

 

「奈緒は今境遇や障害を理由に見下してるんだよ。本当に気にしてなかったらそんな事言うはずないもの」

 

「……っ!」

 

「可哀想な奴だなって心の中で見下してるんだ、それって本当に最低な事だよ」

 

「さ、最低…」

 

 動揺する奈緒。彼女の言葉がボディーブローのように奈緒の心に響いていく。自分の心の醜さを他人の言葉によって直視する。その衝撃の大きさは奈緒がこれまで経験した事もないほどのものであった。

 

 絶句する奈緒。そんな彼女に対して北条加蓮はとどめの言葉を言い放った。

 

「あとアイドルを断る言い訳にしちゃ絶対だめ。私達が好きでやってる事でしょ?」

 

「…あっ」

 

 衝撃だった。鈍器で頭をぶん殴られたようなショックに襲われる奈緒。呆然とした奈緒に対して彼女は尚も言葉を紡いだ。はっきりといってあげるそれこそが友情だと言わんばかりに。

 

 レッスンでも見たことがないほどの真剣な表情をした加蓮。その大きくパッチリとした美しい瞳で、彼女は力強い眼差しと共に奈緒を見つめた。

 

「悲惨な目にあっていたかも、それでこの話はおしまい。あとは奈緒とその子がどうしたいかだよ」

 

「どうしたい…か」

 

「一緒に居たいの?居たくないの?」

 

「うぅ〜…」

 

 その聞き方はずるい。顔を赤くして必死で考える奈緒。けれど考えるまでもなく決まって居た。ここにきてようやく彼女は、自身が背中を押して欲しかったのだと気がついたのだ。

 

 彼女の中で初めて出会った日のことを思い出す。湯船につかり楽しそうにはしゃぐ彼の姿を。それこそが奈緒にとっては答えだった。気がつけば、ぽつりと彼女は言葉を口にしていた。

 

「一緒に居たい…です…」

 

「…うむ、正直でよろしい」

 

 奈緒の正直な本音、その言葉に加蓮はにこりと微笑んだ。その笑顔に同性である奈緒ですら思わず見入ってしまう。弾けるような笑顔、彼女のアイドルとしての原点を見たような気持ちになってしまう。

 

あぁやっぱり良い奴だな

 

 これまでどことなく感じていた距離感が一気に縮んでいく。ここにきて彼女の本心、彼女と言う人間を知れたのだと思えた。胸を張って友達と呼べるような存在になれた気がする。

 

 ここまでうじうじと悩んでいた自分に対してはっきりと告げてくれた加蓮に対して奈緒は心の中で感謝をした。

 

「よしっ!それじゃあ行こうか!」

 

「えぇ!い、いくってどこに?」

 

「グッズを色々買わなきゃ?ほらここならショッピングモールとか近いよ!」

 

 にこりと微笑む北条加蓮。彼女の力強い手にひかれて、奈緒は苦笑してしまう。それも良いかと納得して彼女達は店を後にした。不思議と抱えていた暗い気持ちはどこかへと吹き飛んでいた。

 

 同世代ながら彼女には教えられることばかりだと考える奈緒。彼女がここまで熱い人間だとは思わなかった。そのギャップを知れてよかったとも思える奈緒なのであった。

 

 


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