ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
都内某所のショッピングモール。中規の商業施設には実に多くの種類の商店が設営されていた。おしゃれな衣服が並べられたファッション店。新作のゲームが並ぶアミューズメントエリア等、実に多くの店がその施設にはあった。
そんな店が立ち並ぶ一角。1Fの中央に大きな敷地面接を持つその店『ポケモングッズ専門店』の中に奈緒はいた。袋詰めにされたポケモン用の餌、ポケモンフーズコーナーにて彼女は同僚のアイドルに電話をしていた。
スマートフォンの通話アプリを起動させながら、袋詰めにされた商品とにらめっこを続ける奈緒。彼女は通話相手、渋谷凛に対して一連の経緯を説明しているのであった。
『それで飼う事にしたの?』
「ま、まぁたぶんそうなるかな…」
『ふーん、まぁ良いんじゃない』
クールな外見の通りそっけなく答える凛。美しく、氷のようにクールな彼女の態度に思わずごくりと唾を飲んでしまう。相談の仕方を間違ってしまっただろうかと考える奈緒。そんな奈緒に対して彼女はスマートフォンを通して通話を続けていく。
『それでなんで私に電話してきたの?』
「うっ…まずかったかな?」
『仕事も休憩中だったから良いけどさ。私ポケモンなんて詳しくないよ』
「り、凛もポケモン飼ってるんだろ?色々教えてくれないかなって」
『え゛』
「…今どうやって発声したんだよ」
動揺のあまりよくわからない言葉を電話で話してしまう凛。電話の向こう側からでも混乱が奈緒へと伝わってしまう。こほんと咳払いをした彼女。そんな凛に対して奈緒は尚も話しかけた。
「それで何のポケモン飼ってるんだっけ?以前話した時はなんかごまかされたけどさ」
『そ、そんな事よりさ。コンビニの新作スイーツの話でもしない?』
「ごまかし方下手すぎだろ」
ノーマルポケモン用と書かれたポケモンフーズ。袋詰めにされたそのパッケージを注視しながら鋭いツッコミを入れる奈緒。何かまずい事を行ってしまっただろうか。出会ったばかりでいまいち彼女との距離感が掴めないでいた奈緒は慌ててフォローした。
おし黙る凛。少しばかりの沈黙が続く。思わず手のひらに汗がうかぶ奈緒。やがて凛は小さな声でぽつりぽつりとつぶやいていた。
『飼ってるっていうか…居ついているっていうか…あまり参考にならないと思うよ』
ゴニョゴニョと戸惑いながら告げる凛。クールな彼女には珍しい一面であった。最近では雑誌で取り上げられる事も増えてきた凛の新たな姿に内心で驚く奈緒。こんな一面もあったのかと彼女は感じてしまう。
凛としては一日中ぐうたらしている植物ポケモンを飼っているとはあまり主張したくなかったのである。クールなイメージを持たれているらしい自分からは、あの少しばかり能天気な植物もどきを飼っているとは中々言えなかった。
最近できた後輩、というよりは同世代である奈緒の事を考える凛。最近出会ったばかりの奈緒に対して、彼らのよだれを集めるのが日課であるとは中々言いづらかったのだ。年頃の少女としての複雑な心境である。
そんな複雑な心境を理解できないでいた奈緒。本当は世間が思うほど渋谷凛は冷酷でも無愛想でもないのだが、その事を今だに知ることができないでいた奈緒は内心でため息をついた。
渋谷凛、彼女もまた同世代のアイドルという事で仲が良くなっていった女性の一人である。だが、少なくとも多少会話をする程度の仲だ。女子高生らしく会話もするし食事にも何度か行った。しかしその程度の仲なのだ。
もっと仲がよくなりたいがその方法が分からない。どうしても彼女との距離を感じてしまう奈緒。いつの日か何でも打ち明けられる間柄になりたいなと考える。新作スイーツを二人分購入する為に行列に並びに行ってくれた北条加蓮のことを思い出しながら奈緒はそう決意した。
渋谷凛
北条加蓮
神谷奈緒
彼女たちが3人組のアイドルグループ『トライアドプリムス』を結成して超大人気アイドルとなるのはもう少しばかり先の、話である。戸惑う凛をなだめて色々と聞き出した奈緒。ありがとうと礼を伝えて奈緒は電話を切った。
—————————————
「すみません店員さん!ポケモンの世話について相談しても良いですか」
奈緒は女性店員へと声をかける。真新しいエプロンに身を包んだ夫人。20代前半程度だろうか、おしゃれな衣服に身を包んだ彼女は額に可愛らしいコダックのバンダナを巻いていた。
そんな彼女に対して奈緒は一生懸命に説明をする。イーブイを飼い始めたから必要な物が知りたい事を。イーブイと仲が良くなるにはどうすれば良いのかという事を。
懸命に言葉を紡ぐ奈緒に対して店員は実に親切に教えてくれた。彼女はポケモンに詳しいようである。そんな女性店員の言葉を一つ一つ丁寧にメモ帳に書いていく奈緒。あぁそういえば、と店員は言葉を発した。
「ボールの作成は行いましたか?」
「ボ、ボール…?」
「はい、モンスターボールの事です」
「いえ…あたしその辺りよく分からなくって…」
言いよどんでしまう奈緒。奈緒にとってポケモンとはテレビの向こう側の存在であったのだ。学校で最低限の知識は学んだがその程度である。ここに来るまでにネットやら本やらで勉強をしたがよく分からなかったのだ。タイプはなんとか理解できたが‘とくせい’やら‘たまごグループ’やらはちんぷんかんぷんであった。
店員による丁寧な説明が行われる。それによるとボールとはポケモンにとって家であり避難場所であるらしい。
ダメージを負ったポケモンはひんし状態となる。そうなった際彼らは身近な窪みや空間へと身を納めるように縮小する。それを縮小化と呼ぶらしい。縮小化の際、彼らの意識はとけて消えているような状態へと陥るのだ。
例えるのなら母親の胎盤に近いだろう。個という意識が消えて全体へと同化していく現象。仏教における解脱、チャクラ思想における瞑想に近い状態とも言えるかもしれない。
だからこそ、ポケモンの捕獲には戦闘を通したボールによる捕獲が有効であるのだ。ダメージを与え彼らをボールという名の胎盤へと収める。この胎内回帰現象を通すからこそポケモンは人間になつくらしい。
ボール(胎盤)から出て初めて目撃した人間を擬似的な‘おや’と認識し関係を築いていくのである。だからこそしばしばトレーナーを‘おや’とする表現もある位である。
故に戦闘による捕獲、または卵から還す事が最も人間になつきやすい方法であるのだ。卵生生命体の特徴を生かした方法であると言える。意外な豆知識にへーと奈緒は思わず感心してしまう。
そのような意味では軽い洗脳と呼べるのかもしれない。無論これはきっかけに最適な現象というだけであり、その後の関係性の構築こそが最も重要である事には変わりはない。ポケモンはその気になれば人間に攻撃する事も、人間から逃げる事もできるのだから。
「つまり、ポケモンにとってボールとは家でありお母さんの子宮みたいなものなんです」
「し、子宮…」
「えぇ、ちなみにこの疑似的な胎内回帰は基本的に心地良いものらしいんですが…」
「ですが…?」
「ごくたまにボールに収まる事を極端に恐れる子もいるらしいので注意してあげてくださいね」
そっと注意をする女性店員。どうやらボールは好むか恐れるかはポケモンによるらしい。睡眠を短時間の自己意識の消失(死)と認識するような物なのだろうか。
以前店員が目撃した、ボールに入りたがらないピカチュウの話を聞きながら奈緒はボールの話をメモに記帳していく。多少話は脱線したがボールの重要性を理解する事ができた。なお、どうやらボールの作成はボングリを削って自分で行うしかないようだ。
「自分で作るのかぁ…」
「ボール職人に頼むのが一番ですけど…物によっては中々高額な買い物ですからねぇ」
「うーんじゃあ自分で作ってみようかなぁ…作り方は本に載っていますよね?」
「インターネットで十分ですよ。もう少ししたら機械によって量産化されたモンスターボールというのも出るかもしれないんですが…」
困り顔をする店員。どうやら似たような質問が多いらしい。いつの日か出るかもしれない工業製品のモンスターボールというものを想像しながら、奈緒は店員に丁寧に礼を告げる。笑顔で手をふってくれる店員を背に彼女は買い物を続けた。
トイレシート、ペットブラシ、消臭剤などいくつかを購入していく奈緒。そんな彼女は両手にいっぱいのレジ袋を抱えて店を後にした。両手に詰め込んだ新生活の重みを感じながら彼女は歩いて行く。そうしてビタッ!ととある書店の前で立ち止まってしまった。
それは雑誌であった。青少年向けの薄い雑誌を目にして思わず固まってしまう奈緒。顔を赤くしてその雑誌に見入ってしまう。彼女の後ろを訝しげな表情をしたサラリーマンが足早に通り過ぎて行った。
「…っ!こ、これって…」
それを見つけてしまった奈緒。彼女はそわそわと周囲を見渡してしまう。どうやら誰にもみられていないらしい。
少々のとまどいと多少のためらい。数分間考え込み、悩んだ彼女はぎゅっと本を掴んでしまう。そうして件の雑誌を手にして彼女は颯爽とレジへと向かった。
そうして『月間ボーイズバイブル!クールな女性と仲良くなる100の方法』という本を購入した彼女は意気揚々と北条加蓮の元へと向かうのであった。