ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
遊佐こずえは雲の中にいた。見渡す限り真っ白でふわふわの空間。その中を両手を広げてふわふわと浮かんでいく。手をいっぱいに広げてふわふわの空を堪能していく。
やがてピンク色の雲地帯に到達する。そこはこずえにとって天国のような場所であった。ふと手に触れてみる。その小さな手のひらを押し返すように極上の感触を提供してくる。
もちもちとした触感。ぷにぷにとした感触。それを触っているだけで自身の心が満たされていくのを感じるこずえ。幸せだと彼女は感じる。
ふと舌をだして舐めてみる。ペロペロとまるでアイスクリームを舐めるように、こずえはそのピンク色の雲を堪能していく。おいしいような、おいしくないような。自身でもよくわからぬ不思議な感覚であった。
ふわふわの雲の中に腰を下ろしたこずえ。彼女は体育すわりをしてそのピンク色の雲をじっと観察するのであった。何か大切なものであった気がする。このピンク色の雲を見つめながら思案するこずえ。彼女の中で何かが爆発しそうになっていく。
ごくりと喉を鳴らすこずえ。彼女の中で欲求が膨らんでいく。そうして彼女はその可愛らしい口を大きく開けてしまった。徐々にこずえの口がそのピンク色の雲に迫っていく。
あーん
そうして彼女はそのピンク色の雲に向けて勢いよく噛み付いてしまいーーー
ヤドンが悲鳴をあげた。
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「…やーくん…ごめんなのー…」
「………やぁん…」
浴室の中で謝るこずえ。だがヤドンは今だに悲しんでいるようだ。心なしかやぁんの声がいつもよりも気落ちしているように感じられる。
どうやら先ほどこずえが寝ぼけて噛み付いてしまった事を今だに根に持っているようだ。そのヤドンの首元には大きくはっきりとこずえの歯型が残っていた。どれだけ強く噛み付いたのだろうか、彼女の口の歯型が痛々しく残っているのであった。
お風呂場で彼女にシャワーをかけられながらしくしくと涙を流すヤドン。けれどそれも数十秒のことであった。心地よい水につかることでヤドンの中の痛みが消えて行く。どうやら機嫌を直してくれそうだ。
浴室の中で目をとろんとさせるヤドン。前足をギュッと縮めながら彼女は心地好さそうに鳴いた。そんなヤドンの後ろではスクール水着を着たこずえが石鹸の準備を始めた。誰に配慮をしているのだろうか、それは小学生が着ているような紺のスクール水着であった。
ポケモン(水タイプ)用と刻印されたボディーソープ。裏面に低刺激と書かれたそれの中身をひねり出し、やわらかいタオルへとかけていくこずえ。そうしてわしゃわしゃと泡を立て丁寧にヤドンの体を洗浄していく。
「……やーくん…どうですかー」
「………やぁん」
「……おかゆいところは…ありますかー」
「………」
「………」
「………やぁ…ん」
たちまち泡まみれになるヤドンの体。そのピンク色の体表のほとんどが真っ白でふわふわな泡で包まれていく。たちまちメリープのようなもこもこのピンク羊になってしまったヤドン。ついでに自身の体にも泡をかけて洗い始めるこずえ。二人とも今ではすっかり真っ白の泡だらけである。
だがヤドンは微動だにしない。口をポカンとあけたまましっぽをゆらゆらと動かすだけであった。揺らした尻尾がこずえの体にやさしくあたる。そんな仕草にくすぐったそうに反応するこずえ。
「ながすのー…」
こずえはシャワーヘッドを掴んだままバルブをひねる。勢いよく飛び出すシャワー水。それによってヤドンの体から泡が落とされていく。もちもちの肌はつやつやのもち肌へと生まれ変わったのだ。
みずタイプのポケモンはこのように日頃から水浴びをする必要がある。こうして自身の体を乾燥させないようにする事がなによりも重要なのである。トレーナーはそのような事を常に意識する必要があるのだ。
「やーくん…‘みずでっぽう’してー…」
彼女がヤドンに頼みごとをする。両手をあげてばんざいの姿勢を取るこずえ。まるで長身の人間にだっこをせがむ幼児のような姿勢をしながらこずえはヤドンにお願いをした。
その言葉に20秒ほどぼんやりと固まってしまうヤドン。ぽやーと彼女の瞳をみつめるこずえ。そうしてヤドンの口からぴゅーと水が飛び出した。ヤドンの技、みずでっぽうである。
かなり弱々しく調節された水流を口から発射するヤドン。まるでシンガポールのマーライオンである。そんなピンク色のマーライオンによって自身の体を隅々まで洗い流してもらったこずえ。彼女はごきげんのままヤドンの手を引いて浴槽へと入っていく。
「……ふぅ…」
「………」
「………」
「………」
両者沈黙したままお風呂を堪能する。そのぽかぽかとした温度は二人の心と精神を癒してくれるのだ。ちゃぽちゃぽと波打つ浴槽の中でこずえは瞳を閉じて湯を堪能していく。
かなり窮屈な為だろうか、浴槽の中でヤドンにだっこされるようにして湯につかるこずえ。
「……やーくん?…」
「………」
「………」
「………やぁん、やぁー…」
「………」
「………」
「……いま…いわれてもー…こまるのー」
「………」
「……もうー…」
尻尾をゆらゆらとゆらして彼女の顔前へとさしだすヤドン。どうやら先ほどいった「かゆいところはありませんか」という言葉に今更反応を返したらしい。
十分ほど前の言葉がどうして今でてくるのか?そもそも本当にかゆいのか。常人なら色々浮かんでしまうだろう疑問もこずえは平然と受け入れる。ヤドンのトレーナーはこのようなおっとりとした性格の持ち主でなければいけないのかもしれない。
ヤドンにだっこされたまま両手でやさしくかりかりと、尻尾の先をかいてあげるこずえ。そんな彼女の刺激にヤドンはくすぐったそうに反応をする。爪の先でカリカリとされた反応が面白かったのだろうか。その後こずえは思う存分ヤドンの体をかいてあげるのであった。