ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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【緒方智絵里と大切なお友達】

 緒方智絵里は内気な少女である。それが彼女の周囲にいる人間の総意であった。クラスの隅で静かに過ごす内気な女の子。何かを強く主張する事もない実におとなしい小学生。そんな彼女はいつだってひとりぼっちであった。

 

 友達がいない、という訳ではないのだろう。けれど彼女の両親はいつだって仕事の為に家を留守にしていた。まだ小学生である彼女を置いて、自宅に一人にする事が多かったのだ。親に甘えたい盛りであるはずの子供、そんな彼女はいつだって心に不安や恐怖を抱えていたのだ。

 

「………」

 

 

 現在、智絵里は大きな野原にいた。その一面の花畑、県内でも有数の巨大公園のとある野原に彼女はいた。どうやら四つ葉のクローバーを探しているらしい。額に汗を浮かべて四つん這いになりながら、クローバーを一生懸命に探す彼女。

 

「………」

 

 彼女は感情的な人間が苦手であった。喜怒哀楽が激しく、自分の感情を強く主張する人間が苦手であったのだ。嫌い、という訳ではない。ただ彼女は過去の経験から随分と苦い思いをしてきたのだ。失敗をしてそれを叱咤される事が、なによりも怖かったのだ。

 

 かつて優しかった父と母の姿を思い出す。いつだって帰るのが遅い実の家族。いつのまにか二人は随分と怒りっぽくなってしまった。幼い智絵里にとってそれがどれほどの恐怖でったか。花柄のパジャマに身を包みながら窺うようにドアの陰から眺めた光景を思い出す。

 

飛び交う怒声

割れる食器

泣きわめく母親

 

 自身の中での過去を思い返す智絵里。思い出すだけで涙をこぼしそうになってしまう。手のひらでごしごしと涙をぬぐう。そうして彼女は再び四葉のクローバを探し出すのであった。

 

 湧き上がってきた涙を押さえ込みながら、懸命に探し出す。いつの間にか習慣になってしまったこの行為。彼女はひとりぼっちのまま野原で幸運の象徴を探すのだ。

 

両親に四つ葉のクローバーをあげた頃は

家族みんな仲がよかったのに…

 

 そんな事を考えながら彼女は懸命に探していく。もしかすると、四つ葉のクローバーを見つける事で、過去の幸福にすがろうとしているのかもしれない。かつて仲が良かった家族の在り方に戻って欲しい、そう願いを込めて。

 

 彼女はひとりぼっちであった。内気な少女である彼女のそばには誰もいなかったのだ。彼女はそうして今日もひとりでクローバーを探していく。

 

だが今では違う

そう、つい一ヶ月ほど前にできた友人によって

彼女の日常は変わりつつあった

 

 

 

「ポポーっ!!」

 

「えっ?……きゃっ!」

 

 突如頭にのしかかる重み。その重みに驚きたちまち尻餅をついてしまう智絵里。彼女はどさりと土臭い野原に手をついてしまう。

 

 何が起こったのだろうか、周囲を見回す智絵里。困惑する彼女はその重みの正体を知って笑顔になった。

 

「ポポくん!」

 

 ぱぁあとまるで花開くように、満面の笑みを浮かべる智絵里。彼に出会った途端それまでの暗い気持ちが吹き飛んでしまったようだ。笑顔になる美少女の眼前でその緑色のポケモンは何かを主張するように小さく飛び跳ねる。

 

 それはわたくさポケモンのポポッコであった。大きさ60cm、性別は雄。小さな四つの手足に大きく垂れ下がった耳、頭につけた巨大で黄色い花はまるでタンポポの花のようである。

 

 そんな彼はぷんぷんとほおを膨らませて智絵里を見上げていた。どうやら彼は怒っているらしい。自身の眼前で飛び跳ねる彼に対して智絵里は困惑した顔で問いかける。

 

「ポポーっ!ポポ!」

 

「え、えぇ…なんで怒ってるの…」

 

「ポポ!」

 

「水筒…お水を飲んでって事…?」

 

 十数メートル先の大木、その陰に置かれた水筒を指し示す彼。どうやら水分補給をしなさいと注意しているしい。四葉のクローバー探しに夢中で休憩を取らない智絵里に怒っているのだろう。

 

 ポポッコの気遣いを理解した彼女。その不器用な優しさに思わず胸が暖かい気持ちになる。彼の頭をなでながら彼女はやさしく答えた。

 

「ご、ごめんねポポくん」

 

「ポポ♩」

 

「ふふっありがとう…ポポくんも一緒に休もう?」

 

「ポポー」

 

「だっこかな?…うん、おいで…」

 

 彼のもとへとしゃがみこむ智絵里。彼女は両手を差し出すとポポッコをそっと抱きかかえた。少女の胸元にぽっかりと収まる一匹のポケモン。彼女はぽかぽかと暖かい太陽の香りを抱きしめる。

 

 重さが1.0kgとかなり軽いポポッコ。どうやら幼い智絵里でも抱える事が出来るらしい。まるでぬいぐるみを抱えるように、ポポッコを優しくだっこする。ぎゅっと彼を抱きしめる智絵里の姿のなんと可愛らしい事か。とても愛らしい光景がそこにはあった。

 

 そうして大樹の元へと移動した彼女達。智絵里はピンク色のカバンからステンレス製の水筒とバケットを取り出した。この野原に住んでいるポポッコの事を考慮していたのだろう。少女一人で食べるには明らかに多い量のサンドウィッチがそこに収められていた。

 

 朝から一生懸命手作りをしてきたサンドウィッチ。野菜や卵、マヨネーズを加えたそれは智絵里の自信作である。彼女は嬉しそうな表情をしながら彼にそっとバケットの中身を差し出した。

 

「サンドウィッチだよ、ポポくん♩」

 

「ポポー!……ポポッ?」

 

「うん、いいよ。多めに作ってきたからね」

 

「ポポー♩」

 

 嬉しそうにはしゃぐ彼。そんな彼の姿に智絵里もまた笑みをこぼす。つい一ヶ月ほど前の出会いが彼女の中の何かを変えたのかもしれない。こうして笑みを浮かべる彼女の姿は普通の少女であった。どこにでもいるような、幸福を享受するただの一人の少女であった。

 

 ステンレスの水筒から二人分の水を用意する智絵里。その小さなカップに水を注いでいく。そうしてふたりだけの食事会の準備をし始めた。可愛らしい犬がプリントされたレジャーシートの上で一人と一匹は食事を始めるのであった。

 

「はい、どうぞ♩」

 

「ポポ〜!」

 

 瞳を輝かせる彼。美味しそうにサンドウィッチにかぶりつく彼の姿を眺めながら智絵里は家族にもクラスの人間にも内緒にしている小さな友人の事を考える。

 

 最近のテレビでは新種の話題で持ちきりであった。信じられない位巨大な昆虫。岩のような生物が岩盤を掘り進める光景。植物を背負った亀のような生物がのっしのっしと密林をあるく様子。彼女は、先日食事をしながら一人で眺めたテレビの内容を思い返す。

 

 続々と見つかる新種の生物達をめぐって大議論をする動物学者達。けれどその正体は依然として不明であったらしい。これまでに見つかった21種の生物達はそのどれもが地球では考えられない生物的特徴や能力をもってたのだから。

 

宇宙からの侵略者か

遥か古代の生物の復活か

 

 大いに取り立てるマスコミ達。そんな情報に人々は一喜一憂し混乱していく。かと思えば、他人事のように忙しそうに、また元の日常を過ごして行くのだ。忙しない現代社会の反応らしいと言えるのかもしれない。

 

 こうしている今もどこかで新種の発見や研究が行われているのかもしれない。続々と何かが変わりつつある世界の変革に戸惑う人間達。一人の小学生である智絵里もまた彼の事を考える。

 

 もしかしたら彼もその一種なのかも、そう考える智絵里。けれど彼女にとってそれは些細な出来事であった。彼の正体だなんて何者でも構わないと思っていたのだ。

 

 自分のそばにいてくれる存在。父のように叱り、母のように慰めてくれる彼。そして何よりも喜びや悲しみを共有してくれている事への感謝。彼女にとって彼は両親のような親友のような関係だったのだ。とっても不思議で、けれども大切な存在になっていたのだから。

 

 彼の嬉しそうな姿を眺めながら微笑む智絵里。やっぱり他の人に黙っていよう、そう固く決意する智絵里。そんな彼女の背後でごそごそと音がした。何がか近寄ってくる音、怪訝に思った彼女は後ろを振り返る。するとそこには…よくわからない生物が居た。

 

「チュリ〜」

 

「え、あぁ……えぇ!?」

 

 自身の身体をちょんちょんとつつく謎の生物。その生き物を見た智絵里は思わず驚愕してしまう。それは紛れもなく見た事もない不思議生物だったから。

 

 ふわふわと漂うその緑色の生物。ぬいぐるみがそのまま動き出したかのような可愛らしいフォルム。まるでテルテル坊主のようなその身体、その頭からは()()の葉っぱがぴょこんと飛び出ていた。

 

 ねっこポケモンのチュリネである。本来ならば頭から三つの葉が飛び出しているはずのチュリネ。どうやら特異な性質を持つらしい彼女は智絵里に対して興味を抱いたようだ。

 

 その生物は智絵里の周囲をふよふよと回り始める。まるで好奇心旺盛な子供が観察するような、邪気のない希望に満ちた表情。心なしかそのチュリネは智絵里の目から見ても楽しそうに思えた。

 

「な、なにこの子!?…ど、どういう事?」

 

 思わず声を荒げてしまう智絵里。彼女は呆然と固まったままその生物を見た。少しばかり怯えてしまう。そんなチュリネはバケットをじっと見つめ始める。サンドウィッチを美味しそうに頬張るポポッコとそれをじっと見つめる不思議生物。

 

 やがて智絵里はおずおずとチュリネに話しかける。隠れた木の陰からそっと顔を出してチュリネに穏やかに問いかけた。

 

「チュリ?」

 

「た、食べたいのかな……どうぞ?」

 

 サンドウィッチに興味を示すそのチュリネ。そんなチュリネに対して智絵里はそっと手で示して食べても良いよと意思表示をした。そんな許可が出て嬉しかったのだろうか。チュリネは瞳をぱぁあと輝かせてバケットに飛びついた。

 

パクリ

 

 手がないはずなのに器用にサンドウィッチを咥えるチュリネ。そうしてチュリネはもぐもぐとサンドウィッチを咀嚼し始める。どうやら美味しいらしい。実に幸福そうな顔をしながらチュリネは嬉しそうにふわふわと飛び跳ねた。

 

「チュリ〜」

 

 美味しそうになくその生物。その心からの幸福そうな表情に、智絵里の恐怖が徐々に溶けていくのを感じる。なんだか悪い子じゃないみたい、そう感じた彼女はそっと二匹の元へと座り込んだ。

 

 四つ葉のクローバーのような頭をした彼女に強い関心を抱いたのかもしれない。嬉しそうに飛び回るチュリネを彼女は興味深げに見つめた。

 

「誰だろう…ポポくんの家族かな?」

 

「ポポー♩」

 

「チュリ〜」

 

「あぁっ!わ、私のぶんも取らないでー!」

 

 サンドウィッチが収められたバケットに夢中で詰め寄る二匹のポケモン。そんな彼らに智絵里が慌てたように駆け寄った。このままではすっかりサンドウィッチを食べ切られてしまいそうである。

 

 困ったような声を出す智絵里。そんな彼女のそばでは満面の笑みを浮かべる二匹のポケモン達がいた。穏やかな春の日差しが漂う休日の午後。こうして二匹と一人は出会ったのである。いつまでも残り続ける大切な記憶。

 

 ずっと抱え込んでいた智絵里の不安、そんな物はとっくにどこかへと消えてしまっていた。びくびくと怯えていた少女の中で、何かが変わりつつあるのであった。そんな少女の成長を感じさせる穏やかな春の1日。

 

 

この二匹が生涯の家族になるだなんて

この時の智絵里自身

きっと夢にも思っていなかった事だろう

 


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