ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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【池袋晶葉とはがねタイプ】

「くわぁああ…」

 

 少女があくび交じりに伸びをする。長時間の開発業務によって凝り固まった身体がポキポキと子気味良い音をたてて鳴った。その美少女、池袋晶葉はねぼけながら瞳をこする。

 

 新作のロボット開発がひと段落ついた彼女はそうしてようやく数日ぶりの安堵感を味わうのであった。追われていた責務から解放される心地よさ、その快感に存分にひたる彼女。

 

「………少し眠るか」

 

 彼女はその部屋を見渡した。制作途中のロボットやら鉄交じりのネジやらナットやらが大量に転がった部屋を見てため息をつく。そうして彼女はそっとガラス窓をあけてベランダへと出て行った。

 

あぁ心地よいな

 

 昇りゆく朝日が見える。そのまばゆいばかりのはじまりの象徴を、ベランダの端から目を細めて見つめる。さえずる小鳥、新聞配達のバイクの音、こうして社会というものはせわしなく動いて行くのだろう。

 

 晶葉は感慨にふける。幸い今日は休日だ。この後は存分に惰眠を貪れるだろう。その前にこの光景を堪能してからでも遅くはあるまいと。

 

 ベランダで深呼吸をしながらいつも通りの光景を眺める秋葉。空を飛んで行く小鳥たち、ランニングをする中年男性。ベランダの端に転がる巨大なタマゴ。全てが彼女にとって見慣れた光景でありーー

 

「うん?」

 

今何かおかしなものがなかったか

 

 自問する晶葉、そうしてそれを見つけてしまう。5秒ほど呆然と固まる晶葉。まぶたをごしごしとこすり、もう一度それをじっと見つめる。彼女の視線の先には巨大なタマゴが静かに佇んでいる。そうして彼女はそっとため息をついた。

 

「だめだな、研究のしすぎでどうかしてしまったか…」

 

 明らかに物理法則に則っていないタマゴを見つめる晶葉。彼女の優秀な頭脳は卵に関する知識を即座に算出し始める。

 

 卵とは生殖細胞の事である。メスの未受精の卵細胞であったり受精した胚と呼ばれる物が外界へと排出された物を示す。その際にその生殖細胞は硬い外殻をまとう事で外界を遮断し洗練された環境下で育成されていく。

 

 卵の外殻は中の生命体へより安全に発達を促すシェルターの役割を果たすのである。中にある卵黄自体が一つの巨大な細胞と言い換えても良い。

 

 だからこそこんなものはありえない。世界最大の卵がダチョウの卵であると言われているのだ。間違っても、こんな大きさ45cmのタマゴが、自宅のベランダにあってたまるかと。

 

 17世紀に絶滅したエピオルニスと呼ばれる、歴史上もっとも巨大で重い鳥類ですら卵の大きさは約30cmであったはずだ。ならばその絶滅したはずの生物よりぶっちぎって巨大なこの卵はなんなのだろうか。進化論を唱えたダーウィンに中指を立てて喧嘩を売っているに等しい存在である。

 

 そこまで考えて晶葉は、自身の思考を取りやめた。論理的にありえない以上これはただの妄想の産物である。つまりこれは何かの間違いであるという事だ。彼女は再び大きく伸びをした。

 

「はぁくだらない…もう寝よう…」

 

 巨大なタマゴを疲労の末に見た幻覚であると結論づける晶葉。彼女はそのまま大きなあくびをしてベランダを出て行こうとする。たっぷりと朝の新鮮な空気を吸った彼女はそのまま目をこすりーー

 

 

「ぐへぇっ!?」

 

 タックルをされた。背中に突き刺さる一つのタマゴ。晶葉は乙女らしからぬ声をあげて室内に倒れ込んでしまう。ボキリと、背中からしてはいけない音を立てながら晶葉は悲鳴をあげた。

 

「な、なんだコイツは!?」

 

「………」

 

「タマゴの分際で……というか本当にタマゴかこれ!?」

 

 寝ぼけた意識が急激に覚醒していく。目の前でゴロゴロと転がる卵に激しくツッコミをいれてしまう晶葉。まるで置いて行くなといわんばかりに彼女の足にすりよってくる。

 

 ぽかりとした暖かい温度を足先に感じる少女。生命の塊が彼女のつま先へゴツゴツと力強く体当たりをしてくるのであった。地味に痛い攻撃を繰り返される晶葉。彼女は呆然としたまま固まってしまう。

 

 

「いやいやありえない…こんな事…」

 

 ぶつぶつと動揺したように独り言を発してしまう晶葉。生物学は自身の専門ではないが一通りの知識はある。自身だって何十冊と生物学に関する本を読んでいたこともある。

 

 だがどう思い返した所でこんな自意識をもっているとしか思えない巨大でオレンジ色の斑点タマゴなど記憶にはなかった。地球上のどんな卵だって、このタマゴの奇怪さに比べたら鼻で笑えてしまうレベルだろう。

 

 タマゴを置いてけぼりにしたまま、彼女は目まぐるしく思考を繰り返すのであった。独り言をつぶやきながら晶葉は思考にふける。そんな彼女の態度を腹に据えかねたのだろうか、タマゴはごろごろと転がりながら弾みをつけて一気に飛び上がった。彼女のすべすべのお腹に向けて。

 

「こんな事ありえない…ならこれは夢に違いな…ぐげぇっ!?」

 

 お腹に突き刺さる一匹の弾丸。くの字に折れ曲り彼女は膝を着く。まさか産まれてすらいない存在にボディーブローをかまされるとは夢にも思わなかった少女。

 

 苦悶の声をあげながら惨めに縮こまってしまう晶葉。そんな彼女を嘲笑うようにタマゴはごろごろと彼女の周囲を転がった。煽り立てるような、ゆったりとした動き。晶葉の中で何かがプツンとちぎれた音がした。

 

見たこともない存在に背中からタックルをされた

天才ロボ少女、池袋晶葉

 

 研究で二徹した彼女はきっと色々と限界であったのだろう。見た事もないようなはしゃぎようを見せる。マイナスとマイナスをかけあわせてプラスにでもなったのだろうか。

 

 彼女の両親すら見た事がないほどのハイテンションでタマゴにつめよった。むんずとタマゴをつかみガシガシと中身をシェイクするように揺さぶった。まるで赤ん坊を高い高いするようにつかむ少女。実際は中身を他界他界してやろうと目論んでの事だったが。

 

 やめろといわんばかりにぷるぷると震えるタマゴ。そんなタマゴに対して彼女は怒声まじりに言葉を放つ。二徹した彼女はその謎なハイテンションのまま、タマゴへとつめよった。

 

「なんなんだお前は!?えぇい国家権力に電話してやる!」

 

「……っ!」

 

「それか朝食の目玉焼きにしてやるからな!覚悟しておけ!!」

 

「……っ」

 

「なっ…!?お前今…私をバカにしたな!?」

 

「……」

 

「…上等だ!霊長類を舐めるなよ!!」

 

 タマゴに盛大にがなりたてる天才少女。ともすると別の意味で危ない人間にしか思えないその光景。だがどうやら天才である彼女の脳にははっきりとあざ笑うかのようなタマゴの声が届いたようだ。

 

 タマゴの状態からここまで明確な自意識を持つこと。タマゴの状態のまま単純ながらもコミュニケーションを取れる事がどれほど異常な事か。その事に気がつかない彼女は意気揚々とタマゴを掴んだままずんずんと歩き出すのであった。

 

 

休日など関係ない

このタマゴへ主従関係を教えてやる

 

 そう意気込む彼女。そうして彼女は眠気覚ましにカフェインを胃に流し込むと足早に自身のラボへと向かった。そうして彼女は『全自動孵化ロボット』の制作に全力で取り組むのであった。

 


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