ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
とある昼下がりの休日。そんな徳島県の某所、とある寂れた公園に彼女達はいた。錆びついたブランコ、水飲み場に塗装が剥がれたベンチがあるだけの簡易な空間。その場にその二人の少女は居た。お互いがそっくりの容姿をしている為、きっと双子なのだろう。
絹のようにさらりとした美麗な銀色の髪、パチリと開いた大きな瞳。美しい身体をワンピースに包ませた彼女達はまるでどこかの国のお嬢様のように思える。そんな麗しい小学生である彼女達のそばには、とある一匹のポケモンがいた。
その生物は鴨によく似ていた。茶色い体、黄色い嘴に大きなヒレがついた両足。ネギによく似た植物を持っている点を除けば普遍的な野鳥そのものであった。どこにでも、とは言わないがどこかにはいそうな容姿。可愛らしい野鳥の姿がそこにはあった。
ただし80cmと
バカみたいにでかくなければ、である
人間並みに恐ろしく巨大な野鳥を間近で観察すると人とはこうまで唖然としてしまう物らしい。少なくとも久川颯は絶句していた。口をあんぐりと開きその巨大生物を呆然と見つめてしまった。そんな彼女に対して双子の姉である久川凪は軽やかに答えた。
「と言う訳でつれてきました」
「いやどういう訳よ」
あまりに急すぎる言葉に久川颯は思わず突っ込んでしまう。そんな彼女に対して凪はやれやれと肩をすくめて答える。彼女達は双子であるからだろうか、そっくりの表情した彼女達は側から見てはとても見分けがつかなかった。
とはいえ中身はあまりにも異なっていた。双子の姉である久川凪はあまりに…マイペースであったのだ。普段からぶっとんだ行為をする彼女。でもまさか正体不明の巨大野鳥を捕まえてくるとは到底思わなかった。頭を抱えて投げ出したい気持ちをぐっと抑える颯。
「な、なー?…そのおっきい野鳥って…」
「かもくんです」
「いや名前は聞いてない」
「あだ名はかーくんです」
「あだ名はもっと聞いてない」
おもわず抜群の掛け合いをしてしまう二人。だがこれが彼女達の普段通りの会話なのであった。マイペースな凪がひたすら場をかき乱しそれを収集するのが颯の仕事でもあった。
何食べたらこんなにでかくなるの?
というかそれ本当に野鳥なの?
そう問い詰めたくなる気持ちをぐっと我慢する颯。世界最大の翼開長できる鳥はワタリアホウドリである。大きな個体が翼を最大まで広げると3mものサイズになったらしい。だがあれはあくまで一般的な鳥の例である。こんなに縦にも横にもバカでかい生物では決してなかった。この生物が翼を最大まで広げたら一体どれ程大きくなるのだろうか。
下手をすれば襲われるかもしれない、そう考えて颯はごくりと唾を飲んだ。というかここまで巨大生物に近づいた事など彼女にはなかった。家族で出かけた動物園位である。まさか数メートルの距離で眺める巨大生物がここまで恐ろしいとは。颯は内心で恐怖に震える。
凪はかの生物、別の場所ではカモネギと呼ばれるポケモンの頭を撫でながら穏やかに微笑む。だが颯は口をパクパクと開けて呆然としてしまう。間違っても日本の徳島県にいてもよい生物ではないだろう。そんな生物の頭をよしよしと撫でながら凪は朗らかに答える。
「餌を与えた。懐いた。連れて来た。あーゆーおっけー?」
「ノットオーケー」
「ふぅ…分かって貰えて凪は嬉しいです」
「いや納得できてないからね」
にこりと微笑む姉に頭をかかえる妹。ベンチに佇む小学生美人姉妹。そんな彼女達の眼前ではカモネギが楽しそうに毛づくろいを行なっていた。
地面にペタンと座ったまま自身の前羽(右手?)とくちばしで器用に毛づくろいを始めていくカモネギ。そんなカモネギを眺めながらうむと何事かよくわからぬ納得をする凪。
この野鳥は人の手に負えるものではない。直感でそう理解した颯は即座に姉の説得を始める。
鳥獣保護法という物がある。小学校の図書館で見つけた時「野生に生息している」野鳥を捕まえてはいけないとの記述を、颯は本で見たことがあった。勝手に人間が野鳥を捕まえると生態系への影響や、鳥が自由に空を飛べなくなってしまう問題が起こるらしい。この野鳥のためにも、何より自身の平穏の為にも彼女は真剣に凪を説得し始めた。
「なー、今すぐ元いた場所に返して来なさい」
「いやです」
「うーん即答か…」
「かーくんもはーちゃんも皆ずっと一緒です」
「なー…」
「3人でお笑いトリオを結成するんです」
「いや、お笑いなんてしないけどね」
「鳥…だけに、トリオです」
「ドヤ顔しないで、可愛いけどしないで」
姉が野鳥とお笑いトリオを
結成してこようと勧めてきます
誰かに話したら迷わず鼻で笑われるか常識を疑われる内容である。だが目の前の姉はふんすと華麗なドヤ顔を決めながらこちらを見つめて来るのであった。颯はため息をつきながらなんとかしてこの野鳥を逃がそうと固く決意する。
鳥はむやみに捕まえてはいけない生物なのだ。翼をもつ彼らは狭い鳥かごで過ごすよりもこの広い大空で羽ばたいた方が幸せに違いないのだから。颯はそれまでの叱るような言葉をやめて穏やかに説得をし始めた。
ねぇ、真剣な話をしよう
穏やかな少女の言葉にぴくりと反応をする凪。どうやら雰囲気が変わったことを悟ったようだ。それまでのどこか笑いを交えた雰囲気はどこかへと消えていた。そうして颯は説得をし始める。生き物を飼うことの難しさ、生命を捕らえようとする人間のエゴについて。
凪の瞳を一身に見つめる颯。そうして颯は一生懸命に言葉を紡いだ。野鳥は大空ではばたくからこそ幸せなのだという事を理解して貰う為に。そうして彼女はベンチに腰かけたまま静かに説得を始めた。
「だいたいその…かもくんだっけ?その子も迷惑してると思うよ」
「そうですかね…」
「野鳥ってね、人間が簡単に飼っちゃいけないものなの。ちゃんとお母さんとお父さんの元で一緒に暮らした方が幸せなんだよ?」
「……」
「おうちに閉じ込めるだなんて可哀想だと思わない?…なーはそれでもかもくんを無理やり飼おうとするのかな」
「……」
「そんな事かもくんはきっと…ううん、絶対に望まないよ」
「…おうちで飼うのはだめですか?」
「うん、きっとかもくんだって広いお空で暮らしたいって思うはずだよ」
「かもくんも凪と一緒に暮らしたいですよね?」
「カモ!」
「頷いてるしたぶん大丈夫です」
「うそやん」
思わず普段つかわない言葉を発してしまう颯。それまでのしみじみとしたムードが一瞬で消し飛んだ。まさかこの野鳥が人間の言葉を理解して華麗に頷くなどと誰が思おうか。というかこれまでの流れからして完全に言葉を理解していることは明白であった。
まさか80cmの野鳥が華麗にボディランゲージを駆使してくるだなんて。颯の中で常識が音を立てて崩れ去っていく。テレビのコメンテーター並みの力強い首の振り方に思わずツッコミをいれてしまう。どこのおっさんだ君は。
というかこの野鳥は本当に野鳥なのだろうか。中に誰かはいってるんじゃなかろうか。ネギをお手玉のように弾ませて器用に手遊びを始める野鳥を見つめながら颯はよくわからぬ恐怖を抱き始めた。そんな彼女の心境を知ってか知らずか、凪とかもくんは漫才の特訓を始めるのであった。
「いいですかかーくん。凪がボケたら即座に突っ込むのですよ」
「鳥にむちゃぶりしないで」
「凪がツーと言ったら?」
「カー♩」
「息ぴったり!?」
漫才のような掛け合い。まるで連れ添った夫婦の様に噛み合った阿吽の呼吸である。いえーいと喜びながら互いにハイタッチし合う姉と巨大野鳥をみながら颯はぞっと青い顔をする。どこの世界にネギ持った野鳥がハイタッチするというのだろうか。
見事颯の中で巨大野鳥は未確認生物にランクアップを果たす。そうして颯は凪の手をつかみ力づくで引き離そうと試みる。その柔らかくすべすべとした肌を掴みながら急いで公園から走り抜けようと試みる颯。一方凪は断固たる姿勢で徹底抗戦の構えをとった。
「そんな野鳥放って置いておうちに帰るよ!」
「嫌です!かーくんと凪はマブダチなんです」
「出会って10分も経ってないでしょうが!」
カモネギに首元に抱きつく凪。そうして彼女は一向にカモネギから離れようともしなかった。彼女は彼の首回りに手を回しながら抵抗の意思を見せる。そんな凪の腰に手を回して力づくで離そうと苦心する颯。だがびくともしなかった。
無駄に抵抗をする凪に対して颯は全力でひっぺがそうと試みた。だが、まるで絨毯にひっつく猫のように頑丈にしがみつく彼女。シャツに染み付いたカレーうどんの染みの如くしつこい凪の抵抗に颯は全力で説得を試みた。
「なーちゃん、めっ!離れて!」
「凪とかもくんは運命の相手です。こんな程度では離れません」
「はなれなさい〜!!」
「あなたを見た時に痺れた衝撃。マジでときめく5秒前」
「Jポップか」
「お前を見た時フォーリンラブ♩お前のハートにホールインワン♩」
「ヒップホップか」
「親に感謝♩はーは悲観者♩トー○スは機関車♩」
「だからヒップホップか…ちょっと待って、本当に待って」
しがみついたままリリックを奏でる双子の姉。そんな姉を全力で止める凪。溢れ出るソウルを全力で表現しようとする姉の様子に颯は思わず動揺をしてしまう。
ぜーぜーと呼吸を乱しながら地面に膝をつく颯。そんな彼女をあざ笑う様に凪はいつもの表情で自身の妹へと話しかけた。
「なんですか、今全力でリリックを奏でようと…」
「しなくていいから!はやくその子から離れてってば!」
「いやです」
「わがまま言わないの!」
「いやです、かーくんを我が家の晩御飯にするまでは帰りません」
「カモ!?」
「かーくんが一番驚いてるけど!?」
「ね、かーくんは凪とお友達ですよね?」
「そのタイミングで友情を確かめるな!」
きょとんと可愛らしく小首を傾げながら問いかける凪。そんな彼女の態度に仰天するカモネギ、つっこむ颯。なんとも混沌とした空気であった。公園のベンチで会話を続ける一匹と二人。
暑い太陽の日差しに汗をかく。幸いベンチの横には立派な大樹もある為直射日光だけは避けられるようだ。その公園の園内にいるのは彼女達だけである。なんとしてもこの公園の中で話の決着をつけなければならないだろう。彼を引き連れてご近所を練り歩くつもりは1ミクロンもない颯は懸命に対話を続けるのであった。
「野鳥って汚いんだよ?なーってばちゃんと理解してるのかな」
「カモ…」
「ばっちいばい菌とか病気とかあるかもしれないんだよ?」
「かーくんにひどい事言わないでください!はーちゃんには見損ないましたよ!」
「いや、さっきカモ鍋にしようとした人に言われたくないんだけど」
ショックを受けた様な顔をしてうなだれるカモネギ。つくづく表現が多彩な生物である。そんなカモネギをぬいぐるみのように抱きながら凪は涙まじりに答えた。颯は色々な意味で頭を抱えてしまう。
「いったん落ち着きましょう、ビークールです」
「そうだね、一旦落ち着こう」
ふぅと息をつく双子。このあたりの阿吽の呼吸はさすがは双子の姉妹である。そうして彼女たちはそっと水飲み場へ移動して水を飲み始める。手洗い場と飲水場が合わさったごく普通の蛇口。
議論で乾いた喉を潤していく。体内に満たされていく水の恵みに感謝をしながら颯はそっと天を仰いだ。そうして彼女たちは再びベンチに座り始める。器用にバルブをひねって水を飲み始める人間じみた野鳥を必死で見ないようにしながら颯はそっとつぶやいた。
「なーの気持ちはわかるよ?なんとなく惹かれるものがあるっていうのも双子だからよくわかる」
「……」
「でもさ、やっぱりあの子を飼うのは難しいよ」
「……」
「餌とかさ、家族への説得とか……あと法律と常識的に」
「難しくても良いんです…凪がその分頑張ります」
「なー…」
ベンチで俯く美少女。珍しい姉の姿に颯もまたそっと息を飲んだ。どうやら随分とかもくんに惚れ込んでいるらしい。颯は理解してあげたいと思いながら苦笑する。なんとなくそんな姿がなーちゃんらしいなと、そう感じたのだ。
「結婚後の名前も考えたんです」
「見当違いの方向に気が死ぬ程早いけど聞かせて」
「名前は久川かもくんです」
「まんまだね」
「あだなはかーくんです」
「それもまんまだね」
「ネギを持ってるから‘カモネギ’っていうのも候補にありました」
「いや…そんな5秒で考えたような名前やめようよ」
「じゃあ‘ネギかも’で」
「疑問形!?しかも鳥ですらなくなった!」
こうやって日常の中で隙あらばボケようとしてくるのも実になーらしいなと、そう感じてしまう。というかあまりにマイペースすぎないだろうか。
ペットを飼いたいと駄々をこねる双子の姉。そんな姉の態度に今日で何度目かわからぬため息を繰り返す颯。彼女は頭を抱えながら家族への説得が無理だと伝えるのであった。
彼女達の母親、双子自身はゆーこちゃんと呼んでいる一人の女性を想像する。一家の家計を握っている彼女になんといって説得を試みればよいのだろうか。颯は途方に暮れた。
「ゆーこちゃんを説得できる気がしないよ…」
「大丈夫です3人よればなんとかです」
「文殊の知恵ね、一番重要な所あやふやなのやめて」
「大切なのは力をあわせる事です」
「なー…」
「皆で協力すれば家族だって説得できる「カモ♩」です」
「最悪なタイミングで合いの手を入れられたー!?」
結局漫才のようなノリのまま話が収束してしまった三人。内心で震えながら帰宅する颯。猛烈なる家族会議、マイペースな凪。惰眠を貪るかもくん。全てがカオスな空間での衝突の末、会議は決着を遂げる。紆余曲折となんやかんやの末に、こうしてカモネギは彼女達の家族となったのであった。