ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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【島村卯月とタマゴ2】

 都内某所の一軒家、島村家のとある私室にその少女は居た。ライトブルーの絨毯、おしゃれで可愛らしい小物入れ。壁に飾られたアイドルのポスター。いかにも年頃らしい少女の部屋に彼女は居た。彼女は部屋の隅に置かれた大きなベッドの上で嬉しそうに声をあげる。

 

「あっまた動いた!」

 

 思わず漏れ出た歓喜の声。そうして毛布を被ったまま卯月はにっこりと微笑んだ。ベッドの中で動くそのタマゴに対して喜びを抑えきれなかったのだ。彼女はキラキラと瞳を輝かせながら再びそのタマゴを抱きかかえた。

 

このタマゴを拾ってから5日が経った

 

 こっそりとタマゴを家に持ち込んだ彼女がまずおこなった事は隠し場所を作る事であった。自身の洋服がたっぷりと収納されているクローゼット。その左端にダンボールで小さな空間を作り、そこにタマゴを収納するようにしたのだ。

 

タマゴは大人に見つかってはいけない

 

 当時小学生であった卯月はその事を直感していた。あまりにも常識はずれの大きさであるそのタマゴ。ママやパパに見つかってはきっと面倒ごとになってしまう。この時小学生であった彼女はその事を拙いながらもよく理解していたのだ。卯月は罪悪感を感じながらもそっと隠し通す事に決めたのだ。

 

 

 学校から駆け足で帰り、タマゴの無事を確かめる。それがここ数日の彼女の日課であった。そうしてタマゴがダンボールの中でじっとしている事を確認すると彼女はほっと息をつくのであった。

 

 くじらがプリントされた可愛らしいミニタオル、花柄の毛布やらに包まれたそれは確かな生命の躍動を卯月に報せるのであった。ポカポカとした暖かみを感じる。卯月はこの暖かさが大好きであった。それを抱えているだけで自身の心までぽかぽかとしてくるこの感覚が大好きであったのだ。

 

 

このタマゴは何もかも異常であった。

 

寂しがるのである

 

 

 タマゴが卯月のそばに居るか居ないかで明らかに反応が異なるのである。彼女がいなければタマゴは微動だにしない。が、彼女がそっと近寄るだけで嬉しそうにコロコロと転がりだすのである。

 

 卯月は一度タマゴを部屋の端に置いて呼んで見た事がある。長さにして数mはあるであろうこの距離。まさか動くはずがないだろう、そう感じながらも手を叩いてタマゴに対して呼びかける。

 

 すると部屋の端からコロコロとそのタマゴは動き出したのだ。卯月の方に向かって転がってきたのである!この時は思わず卯月も呆然と固まってしまったものだ。自我を持って居るとしか思えないこの行動に唖然としてしまう。

 

こんなタマゴがあるはずがない

 

 きっと大人なら誰もがそう感じてしまうだろう。けれど小学生であり幼い彼女はそれを受け入れてしまっていた。それは常識というものがまだ凝り固まっていないからか。それともそれだけそのタマゴが彼女にとって特別であったのか。それは誰にも分からない。ともあれ彼女が何よりもその存在を大事にしていることは確かであった。

 

 こうして卯月がタマゴをお腹に抱いている時も、タマゴからは暖かい熱を感じる事ができた。嬉しそうに時折コンコンと音がするのは気のせいではないだろう。卯月は静かな声でそっとタマゴに呼びかけた。

 

 

「タマゴさん、お風呂の時間だよ」

 

「……っ」

 

 コロンと中から音がする。どうやら中の生物はお風呂が好きな様である。タマゴの外からでもわかるはしゃぎ様に思わず卯月も微笑んでしまう。彼女は今だに帰宅していない両親の事を考えながらタマゴのお風呂の準備を行なった。

 

 風呂といっても大した事はない。プラスチックの桶に多少のお湯を入れた程度の事である。そうしてその桶の湯に浸かれる様にタマゴを入れてあげるのだ。桶にすっぽりと収まったタマゴの表面を、卯月はタオルで優しく拭き始める。そうしてちゃぷちゃぷと自身の手のひらでお湯をかけてあげるのだ。

 

 何を契機にして気が付いたのかは分からない。が、彼女はこうするとタマゴが喜ぶ事にいつからか気が付いたのである。卵の状態では湯浴みを行なっても効果もないだろうに、そのタマゴはお風呂の時間を何よりも楽しみにしていた。

 

 少なくとも卯月にはそう感じられたのだ。もしかしたら中にいる生物は女の子なのかもしれない、卯月はそう感じながら湯浴みをさせてあげる。彼女は甲斐甲斐しく世話をやき続けた。そうして今日もまたその卵に献身的に奉仕を続けるのであった。

 

「タマゴさん、今日はね給食にプリンが出たんだよ!」

 

「……っ」

 

「それでね、その後給食のお代わりでねーー」

 

 嬉しそうに今日の出来事を話し始める卯月。まるで友達の様に、親しげに話すのである。言葉もろくに話せないタマゴに対して話し続ける少女。嬉しくて仕方ない、そう言わんばかりに彼女は笑みを浮かべて長話を続けた。

 

「えへへ、いつか一緒にごはんを食べようね」

 

 そうして彼女はタマゴの湯浴みを終えると再び抱きかかえるのであった。頭から毛布を被りそっと自身のお腹に押し上ててそっと瞳を閉じるのである。学校にいてそばにいてあげられなかった時間を埋める様に、彼女はそうしてタマゴとの絆を育むのであった。

 

 ポケモンのタマゴを孵すには誰かがそばに居てあげなければならない。その事を彼女は直感で理解して居たのだろう。いやあるいはそれすらも無意識的に行なって居たのかもしれない。だって彼女にとってそのタマゴは大切なお友達なのだから。

 

 

彼女のタマゴが孵る日は近い

 


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