ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
夕焼けが包み込む。落ちかけた夕陽が都会の喧騒を優しく照らし出した。せわしなく帰り出すサラリーマン。遊び疲れた子供達の声、車のクラクション。それらがオレンジ色に染まっていく。
そこに少女はいた。金色の髪で片目を隠した霊感少女、白坂小梅はお風呂の脱衣所で自身の家族にドライヤーをかけていた。場所は346プロダクションの社宅、アイドル専用の女子寮である。
ここ第一女子寮では沢山のアイドル達が暮らしている。中でも1階に備え付けられた大浴場は多くのアイドル達が賞賛するほど大きく立派な湯殿があった。ポケモン達と共に疲れを癒せるようにとのコンセプトから改装されたその大浴場。一流ホテルにもひけをとらない豪華な湯殿である。
そんな大浴場を堪能した小梅と輝子。彼女達は脱衣所にてこうしてまどろむのであった。ラフな格好のままタオルで自身の髪をガシガシとふく輝子。大切な家族の体をドライヤーでとかしてあげる小梅。穏やかで日常的な光景がそこにはあった。
すっかり清潔に、ホカホカの身体になったジュペッタ。彼は嬉しそうに小梅にお礼を言った。そんなジュペッタに小梅はにこりと微笑みながら頭を撫でてあげる。
「ジュペッタ、はいお金。これでコーヒー牛乳を買っていいよ」
「ジュペー♩」
「娯楽室でゆっくりしててね。そこに輝子ちゃんのパラス君もいるから仲良くするんだよ?」
わかっているよ、とジュペッタは片手をあげながら嬉しそうに返事をする。そうしてジュペッタはぺたぺたと嬉しそうに足音を鳴らしながら娯楽室へとむかった。よっぽど湯浴み後のコーヒー牛乳が楽しみなのだろう。
「コーヒー牛乳…ジュペッタは渋いんだな…」
「輝子ちゃんのパラスは一緒にお風呂に入らないの?」
「し、親友は濡れるの嫌いなんだ…」
「霧吹きは好きなのに?」
「キ、キノコはそう言うものだよ…」
バスタオルで自身の髪をふいた輝子。彼女は小梅の疑問に対して気軽に答える。どうやらそういう物らしい。今もなお娯楽室でテレビを眺めているだろう輝子のパラスの事を考えながら小梅は荷物を整理した。
さて脱衣所を出ていくか、そうしたところで二人のもとに一人のアイドルが駆けつけてくる。夕方の早い時間という事もあって脱衣所を利用していたのは小梅と輝子だけである。そんな中、二人の共通の友人である彼女がやってきたのは思わぬ幸運であると言えるだろう。
「あっショーコとコウメ」
「美玲ちゃん、こんばんは」
そこに入って来たのは早坂美玲であった。派手なピンク色のフードをかぶった彼女は、左目に眼帯をしていた。そのハート柄の眼帯が見るものの興味を引く。
ちなみにこの眼帯は彼女の地元、仙台の英雄『伊達政宗』を意識した物であるらしい。ともあれかなり個性的な少女であることに変わりはないだろう。そんな彼女は1匹の悪ポケモンをつれて脱衣所へと入ってきた。どうやらこれから一緒にお風呂に入るらしい。そんな彼女達へ輝子が小さく声をかけた。
「フヒッ…美玲ちゃんとヤミラミも…こんばんは」
「ヤミ♩」
挨拶をする。そうしてそのヤミラミは美玲と一緒に手を繋ぎながら輝子と小梅に挨拶を返した。別の手でよっとばかりに手を掲げながらフランクにコミュニケーションをとる。
そんな仲が良い様子の美玲とヤミラミ。そんな彼女達に対して小梅もまた奇遇だねと言わんばかりに声をかける。ホラー映画をモチーフにした血だらけゾンビ柄バッグを身につけた彼女は問いかけた。
「美玲ちゃん達はこれからお風呂なの?」
「あぁ。レッスンでもうクタクタなんだ」
「ヤミー」
「ヤミラミも一人で留守番してくれたからな、お風呂でちゃんと労ってやるんだ!」
嬉しそうに答える美玲。彼女はラフな格好のままその薄い胸を誇らしげに張った。へへんとばかりに楽しそうな様子の彼女。そんな美玲のとある噂についてふと思い出した輝子。輝子はそういえば、と付け足しながら美玲にそっと尋ねた。
「所で美玲ちゃん…ま、またライセンス試験おっこちたって本当?」
「グハァっ!?」
「しょ、輝子ちゃん…もう少し遠回しに言ってあげよ?」
輝子からの激しい指摘に思わずショックを受ける美玲。輝子からすれば慰めようとして放った言葉ではあるのだがいかんせん言い方が悪かった。彼女の純真な言葉は一人の14歳を深く傷つける。
美玲はうぅっとばかりにたじろいだ。おろおろと視線を方々へ向けながら懸命に反論を行う彼女。ピンク色のフードが主人の動揺によってずり落ちた。
「うぅ…こ、今回はたまたま運が悪かっただけで…っ!」
「それ…この間も聞いたよ?」
「う、うん…ずっとそれ言ってる」
「うぅ〜…」
涙目になる美玲。脱衣所の巨大な鏡に写った彼女は拳を握りながら悔しげに呟いていた。そんな彼女をいたわるように、ヤミラミがよしよしと彼女の背中を優しく撫でた。どうやらライセンス試験に苦戦しているようだ。A級(悪)の限定試験に落ちた彼女は深く、長いため息をついた。
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・公共の場所でポケモンを連れて歩く事
・自身の職業の一環としてポケモンを利用する事
・ポケモンの技を公共の場で放つ事
(バトルを行ったり大会に参加する事を含む)
これらの行為にはライセンスが必要とされている。つまり、自宅で飼う分にはライセンスは必要ないのだ。職場など限られた施設や敷地の中も同様である。その場合、敷地責任者の許可でポケモンを連れても良いかどうかを決められている。
そもそもこの法律は「街中(公共の場)でポケモンを連れて暴れさせては被害が出てしまう」「ポケモンを窃盗や破壊などの犯罪行為に利用されてしまう」事を防止する事を目的とした物である。あくまでライセンスはポケモン管理証であり、自身のポケモンに対する保護責任を生じさせる物であるとも言えるだろう。
移動する際はボールの中に入れて職場やポケモンの一部解放地域(政府が認可した広い運動場など)ではポケモンを出して運動させてあげる、といった生活をする事も可能である。この機構によりライセンスが取れない子供やお年寄りでもポケモンとの共同生活は一応可能であると言える。
とは言え、ライセンスを未所持の状態で事件や事故を引き起こしては重大な法律違反となる。またライセンスを所持した状態であっても前科がついたりライセンスを取り上げられたりする事もある。ライセンスの未所持は自宅や一部の場所以外ではその行動に大きく制限がかかるとも言えるだろう。
よってライセンスはトレーナーにおける超重要な関心事項なのだ。誰だってライセンスを取って自身の相棒と旅をしたりバトルがしたいと考えるものだ。それが美玲のような若者であれば尚更である。とはいえ14歳の少女がA級ライセンスに該当するあくタイプポケモンを飼育するという事が色々な意味で無謀であるとも言えるだろうが。
「い、何時かはとってみせる!ウチはやればできる子なんだ!」
「でもA級ってすごく難しいよ?」
「フヒッ…ど、同世代じゃ…誰も持ってないぞ…」
「うっ…うぅ〜」
着替えが詰められた小さなバッグを振り回す美玲。彼女は自身を鼓舞するかのように強い口調で宣言をした。だがそんな彼女を諌めるように小梅と輝子はツッコミを入れる。彼女達自身、B級(霊)限定と特C級を所持しているからこそその難易度はよく理解できた。
A級ライセンスから試験難易度は格段に上昇するのである。それは危険度が他のタイプに比べて格段に上昇するからである。それを危惧した政府による調整でもあるのだ。差別にもつながる為ポケモンの所持自体は可能である。
しかし然るべき資格を持った人間以外には所持するべきではないとの意見が政治家や専門家による多数派な思想でもあった。中には一定以上の人口が住む住宅地にはこの四タイプの規制を行うべきと主張する政治家までいる位である。
炎タイプは火事を引き起こし
毒タイプはテロ行為すらも可能にし
竜タイプは大災害すらも起こし得るポテンシャルを持つ
中でもあくタイプは最も恐ろしいタイプとされている。人間にとってのおそるべき驚異であると。これは彼らが戦闘本能に特化しているからである。つまり…理性による防護壁がないのである。彼らはあらゆる面で他者よりも自身を優先するのだ。
飢える位ならば他者から食物を奪う
寝床を害するならば全力で排除する
己を害する存在はそれが社会であれ、人間であれ容赦無く攻撃を行うのだ。生物ならば誰しもがもつ我欲。これがかなり濃厚に、強烈に反映されるタイプなのである。これは一説によると『悪タイプ』が人間や生命の悪意から影響を受けた種族であるからとされている。彼らは生まれながらの戦闘種族なのである。
勇敢にして獰猛
孤高にして強靭
最強にして最凶
故に悪タイプである。こと闘争という一点においては竜タイプにも匹敵するとされているのだ。この世界において悪タイプを使いこなしている人間は少ない。ここ346プロダクションにおいても悪タイプ使いこそいる物の、その殆どが知性に富んだ成人である。
無論、種族差や個体差は存在する。悪タイプの全てがそのような性格かと言われるとそうではないだろう。とはいえ14歳な美玲と未熟なヤミラミ。彼女達にとっては社会の偏見とA級ライセンスは大きな障害である事は確かであろう。
「やっぱり無謀だったのかな…」
「ヤミー…」
ヤミラミのことをそっと抱きしめる美玲。目前に立ちふさがる大きな壁に、ついくじけそうになってしまう。故郷を出てきたばかりの幼い彼女。アイドルも、学業も、相棒のことも。悩みについて考えればきりがないだろう。
美玲は大切な相棒の事を思い出す。かつて共に歩むと誓った日のことを。廃工場で友情を深めあった日々のことを。ヤミラミもまた美玲の不安を悟ったのだろうか、悲しげに表情を歪めて美玲のことをそっと抱きしめ返した。そんな二人に対して小梅ははっきりとこう告げた。
「悪タイプって凄く格好良いよね」
「えっ」
「美玲ちゃんは…や、やればできる子…ヤミラミも格好良い…」
小梅と輝子からのエール。その不器用ながらも友人のことをいたわった言葉に思わず感じ入ってしまう美玲。彼女は涙目で二人のことを見つめ返した。脱衣所のファンがカラカラと回る音がした。
「ほんとぉ…?」
「嘘は言わない…キノコもそう言ってる…」
「そ、そうかな?ウチでも本当に取れるかな…」
「そうだよ、美玲ちゃんなら絶対に取れるよ。だからがんばろ?」
「美玲ちゃんは天才…か、賢い…」
「…そ、そうだよな!ウチは天才なんだ!」
美玲はむんずと立ち上がる。そうして拳をかたく握り再び自身を鼓舞させる。どうやら元気を取り戻したようだ。彼女は元気一杯といった様子で再び嬉しそうに二人に誓った。
浴室用のひよこ柄のタオルを手に持った彼女は小梅と輝子をそれぞれ抱きしめた。美玲からの熱い抱擁に思わず顔を赤く染めてしまう輝子。輝子はおずおずと抱きしめ返しながら彼女の様子を眺めた。
「ありがとう二人とも!ウチはヤミラミの為にも頑張る!!」
決意を新たにする美玲。そうしてヤミラミの手を引きながら大浴場へと入っていた。ガラガラとガラスの引き戸を弾きながら楽しそうに入っていく美玲、そんな彼女の様子にヤミラミもまた嬉しそげな様子であった。
そんな彼女達を見送った小梅。小梅は彼女達が出ていったガラス戸を眺めながらポツリと呟いた。
「だ、大丈夫かな…試験に合格できるかな?」
「うん…やっぱりA級は難しいぞ…」
不安げな言葉に輝子もまた同意する。彼女を元気付けたのは良いもののやはり試験は難しい。学力で特段に劣る、とは言わないがどうしても知識不足は否めない。また実地試験も非常に高度で複雑なものとなるだろう。
C級で座学による試験しか受験していない輝子。彼女はそっとため息をついた。なんとかして美玲を悲しませない方法はないだろうか、そう悩む彼女に対して小梅があっと言葉を放った。
「誰か先輩に聞いてみるとかどうかな?」
「先輩…?」
「うん、A級を持ってる人に指導してもらうとか」
なるほど、と輝子は頷いた。確かにそれならより効率的に動けるだろう。少なくとも同世代の自分たちがこうしているよりもずっと効果的には違いない。
輝子と小梅は脱衣所からでて娯楽室へと向かう。歩きながら先ほどの考えについて二人で話し合った。ぺたぺたとスリッパの音を鳴らしながら彼女達は熱心に言葉を交わす。いつのまにか、濡れていた髪はすっかり乾ききっていた。
「た、確か早苗さんと真奈美さんが持ってたはず…A級ライセンス」
「そっか、それなら…っ!」
「うん、お願いしてみたらいいかも」
片桐早苗
木場真奈美
彼女達なら人柄も良く、信頼できる人間であろう。きっと美玲のことも優しく、厳しく熱心に指導してくれるに違いない。良い意見であると小梅は小さくスキップをしながら嬉しそうに答えた。
窓の外ではすっかり日が暮れていた。仕事やレッスン終わりのアイドル達がきっと大勢帰宅してくるであろう。時計がカチリと、大浴場のピークを迎えるであろう時刻を示した。
「なら私からお願いしてみるね」
「や、優しいんだな小梅ちゃん」
「お友達だもの♩」
「じゃ、じゃあ…わ、私も一緒に…」
おずおずと言う輝子。そんな彼女の言葉に小梅は瞳を輝かせる。小梅はとても嬉しそうに輝子に向かって微笑んだ。
「ありがとう!」
「トモダチのため…一肌脱ぐよ…」
そうして彼女達は娯楽室へと向かう。自身の家族の元へと。大切な親友の元へと。きっと彼らはコーヒー牛乳を飲みながら彼女達のことを待っているに違いない。そんな中小梅と輝子はもう一人の大切な友人の事を思い出す。
今頃は海外で絶賛活躍中であろう、超人気アイドルの事を。娯楽室へのドアに手をかけながら小梅はふと輝子に尋ねた。
「所で幸子ちゃんって今何してるんだっけ?」
「た、確か中東方面へ行ってた…」
「中東…?」
「うん、『砂漠でオアシスを見つけるまで帰れま
「そっかーいつも大変そうだね…」