ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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島村卯月と神谷奈緒とノーマルポケモン

 ふと空を見上げる。雲ひとつない透き通るような一面の青空がそこにはあった。今日もまた一段と暑い1日になりそうだ。そうしてベンチに腰掛ける女性、北条加蓮は再びスマートフォンへと視線を落とした。

 

「奈緒ってば遅いなぁ…」

 

 加蓮はそっと独り言をつぶやく。スマートフォンを操作しながらも気はそぞろな様子の彼女。346プロダクション、その中庭のベンチで彼女は一人待ち惚けをしているのであった。いくつもの木々が風によってそよいだ。

 

 今日は友人である神谷奈緒との待ち合わせがあるのだ。時刻は午後16時、学校帰りの彼女はこうして制服に身を包んだまま友人を待つ。そうして彼女は奈緒のイーブイの事を考える。

 

「……」

 

 指が欠損し、公園に捨てられていたイーブイ。もしかしたら暗い過去があったのかもしれないし、無かったのかもしれない。ともあれその話を聞いた当時は彼に対して何やら感じ入る物があった事は確かである。同情した訳ではない、だがかつて病気であった自身と重ねられる部分があったのだ。病室で嫌という程感じた、大人たちの哀れむようなあの視線を思い出し…

 

 そんな事を考えている北条加蓮。そんな彼女すぐそば、とある茂みから突如ガサゴソという音がした。大きく揺れ動く茂み。そこから1匹のノーマルポケモンが飛び出してくる。

 

「ってあれ…イーブイ?」

 

 突然現れたポケモンに驚く加蓮。その茶色い身体、もふもふの毛並みはまごうことなくイーブイであった。加蓮はおぉと驚嘆する。イーブイはテレビで特集されるほどの人気ポケモンである。奈緒からその存在について何度も電話で聞かされてきた。それでも彼女がこうしてイーブイを生で見るのは初めてであったのだ。そうして加蓮はそのポケモンに静かに見入る。

 

 それはイーブイであった。小型犬のような、ブラウンカラーの体。首輪周りには少し薄い色の毛並みがある。ふわふわとしてきっと極上の触り心地だろう。何よりもそのイーブイは頭に大きなリボンを身につけていた。おそらくメス、なのだろう。

 

 何よりも目を引くのがその瞳である。まるで真紅の色をしたその綺麗な瞳はまるで宝石の如く美しい。引き込まれるようなワインレッド、深淵に飲まれそうになるそれはまさにルビーの如く美麗であった。

 

 そっと手を差し出してみる。ここにイーブイがいるという事はきっと奈緒のイーブイに違いない。そう考えた加蓮はそっと手を差し出してコミュニケーションを取ろうと試みる。最近C級ライセンスを取得した奈緒曰く、今ではすっかり人と触れ合うのがすきになったらしい。

 

 知らない人間にも抱っこをせがむ、散歩の度に大変なんだと愚痴をこぼしていた奈緒。彼女の話から察すれば、きっとこれ位のふれあいは許容範囲だろう。

 

 そのイーブイはキョトンとした顔で加蓮を見上げた。そのままおずおずと近づいてくる。そうしてそのイーブイはくんくんと加蓮の手の匂いを嗅ぎ始めた。おかしい、人懐こい筈なのに多少警戒をしているようにも見える。だが加蓮はそのことに気がつかずにイーブイを抱き上げてしまった。

 

「奈緒がいないまま一人で来ちゃったのかな?」

 

「……」

 

「ご主人様はどこかなー…うん?」

 

 ふと違和感を感じる加蓮。彼女は胸に抱いたままイーブイを見つめる。そのイーブイは無言のままプルプルと震え始めた。まるで怒りを溜め込むようなそんな仕草。訳がわからない加蓮はそのまま強く抱きしめ続けてしまう。そうしてイーブイはその口を大きく広げてーーー

 

「いたっ!?」

 

強く

噛みついた

 

 思わず悲鳴をあげる加蓮。抱きしめた腕をいつの間にか放してしまう。そんな腕の隙間からするすると抜け出してしまったイーブイ。イーブイは自業自得だと言わんばかりにそっぽをむいた。

 

 話に聞いていた性格とは随分と違う様子に加蓮が違和感を感じる。涙目で噛み付かれた手の甲をさすっていると、どこからか女性の声がした。何かを探すような問いかけの声。そうして加蓮の目の前に一人のキュートアイドルが出てくる。

 

 その茶色、ロングのヘアーをまとめた彼女。ブレザーの制服を身につけた彼女は華の17歳である。そう、最近『ニュージェネレーション』というグループとして人気が出つつあるアイドル…島村卯月がそこに現れた。

 

「ルビーちゃーん!どこにいるのー…ってあぁ!」

 

「痛ぁー…うん?」

 

そうして卯月に駆け寄るリボンを身につけたイーブイ。イーブイは飛び跳ねて卯月の胸に収まった。卯月の胸に優しく抱かれるリボン付きのイーブイ。そんな光景を、尻餅をつきながら見上げる加蓮。

 

 なにがなんだかわからない。茫然自失としている加蓮の元へ別のイーブイを抱えた女の子が現れる。神谷奈緒が彼女たちの前に出てきた。

 

「あれ…何やってるんだよ加蓮?」

 

「あれー?」

 

メスのイーブイを抱えた卯月

オスのイーブイを抱えた奈緒

 

 なんとも面妖な光景がそこにはあった。卯月と奈緒もまた、自身が抱えているポケモンと同種の生物を見て口を大きくあけて驚いている。こうして三人のアイドルと2匹のイーブイは思わぬ出会いを果たしたのであった。白樺の樹、その木の葉が風によって揺れた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「いやー奇遇だな!」

 

「本当に奇遇ですねー♩」

 

 中庭の大樹の下。地面に敷いたレジャーシートの上で談笑し合う奈緒と卯月。どうやらこの短時間ですっかりと意気投合したようだ。彼女達はステンレスの水筒に入れた冷たいアイスティーを飲みながら意気揚々と会話するのであった。

 

 この346プロダクションにおいて限りなく同世代に近い二人。まさか知らぬ間に共にイーブイを育てていたとは。この思いがけない偶然に驚愕した彼女達は奇妙な縁を深めるのであった。

 

 もともと卯月と奈緒には面識がなかった。なにより最近できたばかりの所属グループは「ニュージェネレーション」ができた後に入って来た後輩にあたる。しかし彼女達には渋谷凛という共通の友人がいたし、なにより同じ17歳。こうして考えてみると随分と気が合う事ばかりであったのだ。

 

「イーブイって毛がふさふさで手入れが大変だよな」

 

「あっわかります!もふもふで一緒にベッドで眠ると気持ち良いんですよね♩」

 

「卯月は抜け毛対策ってどうしてる?」

 

「私はイーブイ用の公認ブラシを使ってますね」

 

「そんなのあるのか!それってペットショップで売ってるかな」

 

 なによりも共にイーブイを飼育する仲である。飼育時のことで大いに会話が盛り上がった。具体的には抜け毛がどうだ、散歩がどうとか。このイーブイあるあるが大変に盛り上がったのだ。ところで加蓮はと言うと

 

「あー…これやばいかもぉ…」

 

「ブイ♩」

 

「あはは、ブイ助のお腹がもふもふだぁー…」

 

癒されていた

 

 ブイ助を両手で抱えたまま抱きしめる。そのもふもふのお腹に加蓮は額をそっと押し当てる。それだけで極上の心地よさが加蓮へと襲いかかる。その極上の感触は高級羽毛ベッドにも匹敵するだろう。何よりそっとほおに手をあてるブイ助のなんという愛らしさか。彼のぷにゅぷにゅの肉球が加蓮のほおにあたりー

 

「あーこれやばい!最高…っ♩」

 

「わかります」

 

「わかる、それはやばい」

 

 深く、重く頷くアイドル三人。彼女達はイーブイの毛と肉球の心地よさをよく知っていた。あれは世の女性を魅了する魔性の存在なのである。こうして北条加蓮もまたイーブイの魅力にとりつかれるのであった。

 

 だがメスのイーブイ。ルビーはそんな一向に対して加わろうとはしなかった。1匹だけ離れた場所であくびをする。どうやらあまり人馴れしにくい性格のようだ。奈緒はそんなメスのイーブイを眺めながら卯月に話しかける。その瞳が真紅のことから「ルビー」と名付けられたメスのイーブイについて。

 

 ちなみに奈緒のイーブイはオスである。その性別からブイ助と命名され大切に飼育されていた。余談ではあるがイーブイは80%強がオスで構成された種族である。メス、それも瞳が赤いイーブイなど色々な意味で珍しい個体であった。

 

「卯月のルビーは…触られるのが好きじゃないのかな…」

 

「ルビーちゃんは気難しくて…家族以外には身体を触らせてあげないんです…」

 

 少し悲しげに話す卯月。彼女からすればブイ助のようにもう少しでも他人に慣れてくれれば良いと感じているのだろう。なにせ散歩に出かけても他人や他のポケモンに興味を示さないのだ。それ所か彼女は地面や泥、バトルといった「自身の身体が汚れる行為」を何よりも嫌うのだ。そういう性格なのだと言われればそうなのかもしれないが。

 

控えめだけれど人懐こい性格のブイ助

クールでそっけない女王様気質のルビー

 

 同じ個体で有りながら随分と差があるものだ。本来はイーブイとは30cm程度の大きさである。しかしこの個体は性別から大きさ、瞳の色まで随分と異なっている様子であった。

 

「こんなに差があるもんなんだな…」

 

「ねー、奈緒のブイ助なんて本当に小さいよ?」

 

「いや多分ルビーちゃんが大きいんだと思います」

 

「ブイ助よりふた回りくらい大きいしな…」

 

 大きさが58cmとかなり大きなルビー。一方ブイ助は27cmとかなり小型である。ちなみにしば犬(40cm程度)をイメージするとわかりやすいかもしれない。共に見比べてみるとどうにもオスの方が見劣りしてしまう。

 

 そんな個体差について盛り上がる一行。二人は普段食べている餌について話し出した。一方、加蓮は膝にブイ助を抱えたまま存分に触り心地を堪能していた。えへへとご満悦な表情でブイ助の耳をこしょこしょとくすぐっている。

 

「ルビーには普段何を食べさせてるんだ?」

 

「うちはドッグフードかなぁ…」

 

「ド、ドッグフード!?」

 

「うん…ママが食べさせて以来それが癖になってるみたいで…」

 

 苦笑する卯月。そうして彼女はそっと自身の過去について話し出す。タマゴを拾った事を。タマゴから孵したばかりの、幼かった日の事を。

 

 卵から孵った当所、お腹が空いたのか部屋の中で暴れまわったルビー。なんとかなだめようと努力したが、当時小学生であった卯月には無茶な話でもあった。そうして一向にご飯を出さない卯月に対してルビーが烈火の如く怒り出した。

 

 それは無茶苦茶な様相であった。ベッドを飛び回り部屋のカーテンに噛みつき、卯月のお気に入りのクマ(ぬいぐるみ)に尻尾ビンタをかまし…それはもう、かなり凄まじい光景であったらしい。

 

 散々に暴れ回ったルビーは、その後すやすやと疲れて眠ってしまう。帰宅した母親が見た物はねむりこける茶色い生物、そしてそんな生物の側でわんわんと泣く一人娘であったのだ。どうやら暴れられた事が相当ショックだったらしい。友達になりたいという気持ち、お気に入りのクマさんがめちゃくちゃにされた衝撃が入り混じり彼女はパニックになっていたのだ。

 

 卯月の母親はあらあらとばかりに早々にその光景を受け入れた。どうやら娘が野良犬を拾って来たのだと解釈したらしい。ダンボールで簡単な飼育小屋を作った彼女はそのまま泣きわめく卯月を抱きかかえてあやす。たどたどしい卯月の口調から一応の事情を察した彼女はそのまま父の帰宅を待った。そうして父親も交えた家族会議の末にようやく飼育する事が決定したのである。

 

 ちなみにタマゴを拾って自分で還したのだと主張したが当時は受け入れてもらえなかった。どうみても卵生生物ではないし、赤ん坊にはみえなかったのだからそれも仕方がないが。

 

 一応の事情を理解した卯月の両親。娘の必死の懇願もあり、イーブイを飼う事が決定した。バンザイをして喜ぶ卯月、だがここで問題が発生する。イーブイが何の生物か分からなかったのである。

 

狸の亜種だと主張する父親

海外の犬だと主張する母親

茶色い猫さんだよと譲らない娘

 

 一家の主張は見事にバラバラに分かれるのであった。家族会議は3時間にも及んだ。仕方なく次の日に車で地域でも有数のペットショップへと向かう島村家。道中コンビニで買った首輪とペット用リードで幼女に引っ張られながらイーブイはショッピングモールへと向かった。

 

 (ちなみにルビーはリードを死ぬほど嫌がった。散歩を拒絶する芝犬のようになりながらずるずると引きずられていったらしい)

 

 ショッピングモールの中に設置されたペットショップの入り口をあける。客の視線や女子高生の黄色い声が飛び交う中、イーブイを連れて行く。そうしてペットフードコーナーへとたどり着いた島村家。店員の推測、ペットフード試食コーナーによってこの生物が犬ではないかとの推測がたったのである。

 

 それ以来ルビーは高級ドッグフードを食べるようになった。きのみをたべるようになった今でも主食は高級ドッグフードである。ともあれこうして卯月家はイーブイを飼育することになったらしい。ちなみに食べ物にはうるさいらしく、安売りしている物は決して食べないとのこと。また飲料水は海外製のミネラルウォーターを好むらしい。

 

 スーパーで激安販売しているポケモンフーズ(一食約30円)を食べさせている奈緒としてはなんとなく距離感を感じる話題でもあった。大都会に大きな一軒家を持つ美少女と己を見比べて、ちょっとだけ壁を感じて切なくなった奈緒なのであった。

 


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