ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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前川みくと和久井留美

 S局第5スタジオ、そこではテレビ収録の為に人々が忙しなく動いていた。台本を片手に走り回るスタッフ、機材を抱えたディレクターが慌ただしく移動する。その近代的なビルの中では日夜を問わず様々な番組の収録が行われて居るのであった。

 

 そんな中、一人の少女が通路を歩いていた。頭部に猫耳をつけている彼女、前川みくはテレビ局の廊下を一人で歩いていた。そんな彼女に対して声をかける一人の女性がいた。同じ346プロダクションに所属するクール系アイドル、和久井留美が彼女に声をかけた。

 

「おはようみくちゃん、今時間は大丈夫?」

 

「おはようございますにゃ」

 

「ちょっと一緒にお話しでもどうかしら…いいえ、そこに座りなさい」

 

「……」

 

 和久井留美からの厳しい言葉に前川みくは動揺してしまう。みくは険しい顔をしながら、しぶしぶとベンチに腰掛けた。いくつかの植木に、自動販売機の向かいに設置された高級木製のベンチ。

 

 そうして留美もまた、彼女の隣に腰掛けた。缶コーヒーを手にしたまま静かに佇む留美。重苦しい沈黙が二人の間で流れ出す。せわしなく動き出すAD達の声が遠くから響く中、留美が沈黙を破る。

 

「武内君に聞いたわよ、テレビ収録断ったんだって?」

 

「こ、断ってないにゃ!あれは企画の段階だって…」

 

「……」

 

「自分の意見を言っただけで…それで…」

 

「甘いわね、この業界では『企画の段階』はほぼ決定済みなのよ」

 

「……っ!」

 

「おそらく内容はそのまま、今頃はきっと他のアイドルにお話が回っているでしょうね」

 

「そんな…それは…」

 

「売り出し中の新人アイドルなんて代わりは幾らでもいる物よ」

 

「……っ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をする前川みく。彼女は滅多に見せない苦渋の顔をしながらぎゅっと自身の衣服をつかんだ。そうして346プロでの過去の会議を思い出す。会議室に呼び出された日の事を。

 

 自身の担当プロデューサーである武内からローカルテレビ番組の収録がある、との話を貰った前川みくと多田李衣菜。アスタリスクとして活動中の彼女達にとってまたとない話である。興奮する彼女達。そんな興奮はプロデューサーの言葉で消し飛んでしまう。

 

御二人には地方の牧場へ行ってもらいます

ポケモン達との触れ合いシーンを撮るつもりです

 

 その言葉を聞いた時に思わず悲鳴をあげてしまったのだ。聞いたことのない悲鳴に動揺する二人。みくはなんとか別の方向で収録できないかと涙まじりに武内に抗議した。普段の姿から想像する事ができない程、異常に動揺する彼女の姿に武内は驚いたらしい。ポケモンと関わりたくないと告げるみくに対して武内は優しく告げた。

 

これは企画の段階です

要望を検討させて頂きますので気にしないでください

 

 武内プロデューサーはそう、みくに告げると忙しそうに部屋を出ていった。きっと優しい彼はその言葉通りに考慮をしてくれるのだろう。番組スタッフに対して真摯にお願いするに違いない。ぷるぷると震えるみくに対して和久井留美は更に厳しい言葉をなげかける。

 

「確かに地方のテレビ番組、その十分程度のミニコーナーらしいけど…今のあなた達にとっては仕事の大小なんて関係ないわ」

 

「み、みくは仕事を選り好みなんてしないにゃ!どんな仕事でも一生懸命…っ!」

 

「じゃあどうして断ったのかしら」

 

「……」

 

「あなた達はコンビなのよ。なにより仕事をとってきくれたプロデューサーや李衣菜ちゃんに申し訳ないと思わないの?」

 

「……」

 

「もしもそうならプロ意識に欠けるわ、今のうちから…っ!」

 

「……」

 

「…ごめんなさい、少し言いすぎたわ」

 

 ため息をつく留美。彼女自身は社会人としての自覚がある。その仕事の大変さも業界の辛さも理解しているつもりだ。もしも甘えているのなら正してあげなければならない。留美はそう考えていたのだ。みくの事を思うからこその苦言であったのだ。しかし、どうやら逆効果であったらしい。

 

 みくは震えていた。自身のひざをぎゅっと掴んで静かに震える彼女。彼女はスカートの端を痛いほど握りしめながら留美の言葉に答えた。その声はかき消えてしまいそうな程震えていた。

 

「ポケモン…こわいんです…」

 

「……」

 

「…ごめんなさい」

 

「…」

 

「…ごめん…なさい…ごめんなさい…」

 

 彼女は泣いていた。下を向きながら必死に何かを押し込めるように、涙をポロポロとこぼしていた。彼女の衣装が、大粒の涙で濡れていく。彼女は拳をぎゅっと握りしめる。まるで何かを必死で堪えるように。

 

 彼女自身理解していたのだ。スタッフがどれだけ尽力しているのかを。自分達のプロデューサーがどれだけ努力しているかを。プロ意識が欠けているだなんて事は決してないのだ。だってそうである事を誰よりも望んで、夢見てきた彼女なのだから。

 

 けれどどうしても怖かったのだ。テレビ番組の収録とは言えポケモンと接することがどれほど恐ろしい事か。昔トラウマを背負ってしまった彼女にとってどれほどの恐怖であるかは当人にしかわかるまい。

 

アイドルとしての自分

トラウマを背負った自分

 

 その二つの重みに押しつぶされそうになってしまう。彼女は嗚咽を漏らした。貯めていた感情を吐き出すように、大声で泣き出してしまう。施したメイクをボロボロにさせながら、彼女は涙を流した。

 

 初めて見る後輩の姿に驚く留美。けれど彼女はその驚きを押し隠した。留美はみくの背中をそっと抱いてあげた。そうして、暫く無言のまま彼女をそっと慰めてあげた。AD達の駆け足の音が、テレビ局の廊下に響いた。

 

 

 

「みくちゃんはポケモンが怖いのね」

 

「…昔…色々あって…」

 

「…そう」

 

 一通り涙を流したみく。そうして彼女は留美に礼を言った。泣きはらした瞳で苦しそうに笑みを浮かべる彼女に対して留美はそっと問いかける。ポケモンに対して恐怖を抱いているという彼女に対して留美はそっと告げた。

 

「それはおかしな事じゃないわ」

 

「えっ」

 

「体が大きかったり怖そうだったり…誰だって怖くて当然よ。みくちゃんみたいな人は珍しくないわ」

 

「……」

 

「……和久井さんは、みくの事否定しないの?」

 

「しないわ」

 

 断言する留美。彼女自身、ポケモン騒動について振り回されてきた人間なのだ。様々な立場の人間やその主張についても彼女は理解していた。若い子供達にはわからないだろうが、当時の混乱は想像を絶するものであったのだ。

 

 かつてポケモンを排除するべきか否かで議会が真二つに割れた事がある。何時間と続く議論。ポケモンと人間はきっと共存できると語った若い議員。そんな彼に対して別の議員が失笑混じりにこう答えたのだ。

 

人と人が分かりあえないのにか

この2000年間人類は殺し合いしかしてないじゃないか

 

 こう返答された時、その議員は言い返す事ができなかった。今でもなお議論される有名なエピソードである。結局世界は、国はポケモンの存在を認めて共存する姿勢をとった。しかしそれは自発的に、ではなく仕方なくである。

 

 留美は購入していた缶コーヒーを握りしめながらみくに対して告げた。彼女の瞳を見つめながら懸命に言葉を紡いだ。この後輩にどうか伝わってほしい、そう願いを込めながら。

 

「ポケモンと人間は共存できるだなんて軽々しく言えないし…言ってはいけない事なのよ」

 

「……」

 

「でももうそんな段階は通り過ぎた…私たちは嫌でも彼らに関わっていかなければいけないの……芸能界で活躍したいなら尚更ね」

 

「…適度に関わっていかなきゃだめって事?」

 

「あるいは、良いポケモンも悪いポケモンもいる。その事を理解しなさいって事かもしれないわね」

 

 ポケモンの事を嫌ってもよい。けれどアイドルとして仕事をしたいなら受け入れるしかない。そう遠回しに告げてくる留美。そんな留美の厳しいながらも明確な言葉にそっと感銘をうけるみく。そうしてみくは重々しく頷いた。

 

 先輩としての言葉に感謝するみく。そんな彼女に対して留美は照れ臭そうに微笑んだ。すこし語りすぎたかもしれない。そう感じた彼女はそっと謝罪した。

 

「偉そうに説教してごめんなさいね」

 

「ううん、…ここまで言ってくれる人いなかったから…」

 

「…そう…もう時間だからいくわね」

 

 留美はそういって立ち上がる。購入していたコーヒーはすっかりぬるくなってしまっていた。彼女はみくの事を気遣いながら次の現場へと移動する為に立ちあがった。

 

 なおもベンチに座ったまま暗い顔をするみく。そんな彼女に対して留美はそっと告げた。大丈夫と、彼女を安心させるように穏やかな声で告げた。

 

「大丈夫よ」

 

「えっ」

 

「貴方とも仲良くできるポケモンがきっと居る筈よ」

 

「……」

 

「いつか信頼できるパートナーが見つかれば…きっと分かるわ」

 

 そう告げた留美。彼女は背中を向けて歩き出す。かつかつとハイヒールの音を鳴らしながら歩いていく。その足取りは力強く、確かなものだった。みくはそっと彼女の背中を見つめ続けた。いつの日かくるのだろうか。

 

ポケモンと仲良くできる日が

彼女が真に頼れるパートナーが

 

 きっとそれは…そんな日々が…。彼女はベンチから立ち上がりながら考える。次はボーカルレッスンの時間だ。もう移動しなければならない。そう考えた彼女はベンチから立ち上がってポツリとつぶやいた。

 

「そんなの絶対に無理にゃ…」

 

 瞳をぬぐい彼女は歩き出す。もう彼女の瞳は乾いていた。自身のハンカチで涙をすっかり拭い去った彼女は再び作り笑いをしながらテレビ局のスタッフに朗らからに挨拶を交わした。自身のスカートを涙で濡らしたまま。

 

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