ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
的場梨沙と結城晴とメタグロス
「あれ?こんなところで晴は何してるの?」
「ん…あぁ梨沙か」
ベンチでたそがれる少女がいた。彼女はパーカと白いキャップをかぶっており、一見するとまるで少年のようでもあった。オレンジ色の髪をさらさらと風になびかせては空を見上げてたそがれる彼女。しかしその端正な顔つき、女性特有の柔らかい肌をもった彼女はまぎれもなく美少女なのであった。
そんな彼女に別の少女が声をかける。的場梨沙はそうして結城晴に声をかけると彼女のそばへと近寄った。おしゃれなポシェットを身につけた彼女はいかにもギャルのような華やかな衣服を身につけていた。
「いやこれからバイトしようかなって」
「あぁバイト…バイト!?」
晴からの返答に思わずぎょっと悲鳴をあげる梨沙。そうして彼女は晴へと詰め寄った。顔を付き合わせて彼女に強い口調で話仕掛ける梨沙。そんな梨沙の言葉に思わず晴はのけぞってしまう。
「な、なんだよ…」
「アイドルがバイトなんて禁止でしょうが!バレたら大変な目に遭うわよ!」
「…あぁそういう意味じゃなくってさ」
「えぇ?じゃあどういう…」
「これだよ、これ」
「…ボール?」
「この中に入ってるポケモンの世話を頼まれたんだ」
「…あぁそういう事」
手に持った球体の何かを梨沙に見せつける晴。晴のその小さな右手には金属製のボールが収まっていた。鈍い銀色をしたそれは綺麗に、美しく整備されていた。
人の顔が映り込むほどよく磨製されたそれはステンレス製なのだろうか?高級感漂う特性のモンスターボールであった。この中にとあるアイドルのポケモンが収められて居るのである。
「金属製…随分特殊なボールね」
「あぁ心さんお手製らしいぞ」
「心さんって…あの佐藤心?」
「うん、テレビのロケ収録に行くからってお願いされた」
「ふーん…変なやつじゃないでしょうね?」
「安心しろ、おっきくてかっこ良いぞ」
「全然安心できないんだけど!?」
じりじりとあとずさる梨沙。どうやら中のポケモンに不安を抱いて居るらしい。彼女はじりじりと観葉植物のコーナーまで後ずさった。そうして影から伺うようにして晴に顔を向ける。
「そんなに距離を取るなよ」
「変なやつはキライなのよ!ヘドロみたいなやつとかおっきな蛇とか」
「ベトベターとハブネークのことかな…」
「あの人ってセンスが独特だし心配なんだけど」
「それ本人の前で言うなよ…ともかく気にするなって。ほら出すぞ!」
そうして晴はそっとボールを投げ捨てた。勢いよくボールを空へと放り投げる晴。心なしか嬉しそうな表情だ。そのまま晴は楽しそうに大声をあげた。
「よーし出てこい
ズゥシィィン
彼女が放った金属製のボール。そのボールの中から巨大な鉄の怪物が現れた。鋼タイプのてつあしポケモン、メタグロスである。高さ1.6m、重さ550kgの大型ポケモンである。その異様な姿に思わず絶句する。
的場梨沙はそっと息を飲んだ
それはまぎれもなく化け物であった
大きな金属製のボディ、鋭い巨大な爪はまぎれもなく強者の風格が漂っていた。600族という選ばれし種族のみが手にすることのできる境地。その威圧、その佇まいはその場にいるだけでピリピリとしたプレッシャーを与える。
ポケモン界において最も強力な種族とされている鋼ポケモンである。その技の汎用性の高さ、強力な攻撃の数々は他のポケモンを圧倒する。メタグロスの知性は他のポケモンと比較にならぬほど優れて居るときく。一説にはスーパーコンピューター並みの頭脳を有しているとまで言われて居るのだ。あらゆる意味でハイスペックなメタグロス達はその存在で多くのポケモン達を蹂躙してきたのだ。
そのメタグロスは光り輝く
「おぉぉお!!!」
「おぉぉ!カ、カッコ良いわねこいつ!」
「い、色違い!すっげーレアだ!!」
「ほんと…色違いって本当にいるのね…」
「……」
アイドル達の黄色い声援に対して黙り続けるメタグロス。メタグロスにも口はあるはずなのだが一向に言葉を発しはしなかった。どうやらかなり無口な性格らしい。いぶし銀というやつなのだろうか。
一通り体を撫で回しその硬い肉体を堪能する晴。そんな様子を目にしながらおずおずとメタグロスの額を撫でてあげる梨沙。どうやら恐怖は吹き飛んだようだ。彼女の目線から言ってもかなり『イケている』ポケモンだったらしい。梨沙はふと晴に対して問いかけた。
「ところでバイトって何するの?」
「あーそれは…」
「なによ、早く言いなさいよ」
「洗浄だな」
「え?」
「ほらブラシ持てよ」
「えっちょっ!」
晴の投げたブラシを思わず受け止めてしまう梨沙。そんな話は聞いていない、そう怒り始める梨沙に対して晴は軽やかに返答をした。水道のバルブをひねりバケツに水を入れ始める晴。
そのプラスチック製のバケツになみなみと水を注いだ晴。彼女は重たそうにバケツを抱えながらメタグロスのそばへと歩いていく。
「えーと金属用洗剤で磨いた後にコーティング剤をっと…」
「ア、 アタシまだやるなんて言ってないわよ!」
「いいじゃんかバイト代は山分けするぞ」
「お金なんて普通に稼いでるし!パパからお小遣いも貰ってるもん!」
「あと手伝ってくれるとオレが嬉しい」
「うぐっ…」
「オレを助けると思ってさ、頼むよ梨沙」
「わ、わかったわよ…」
無自覚に口説き言葉を放つ晴。その口調、その仕草、天性の女落としの才能があるとしか思えない行動であった。敏腕ホステスばりのその口説き文句に思わず頷いてしまう梨沙。
きっと生まれる性別を間違えたのね、梨沙はそうつぶやいてため息をついた。この友人に関しては悪意がないから反応しようがないのだ。仕方ないとばかりに彼女達はメタグロスの洗浄を始める。
ゴシゴシと身体をブラシでこすっていく。時折バケツから水をかけては洗剤を振りまいていく。そうして泡だてながら再びブラシを利用していくのである。
地面に寝そべるメタグロス。そんなメタグロスのとある一本の爪にまたがりながら梨沙はたわしで身体をこすってあげる。ゴシゴシと音を立てながら彼女は晴に対して声をかけた。
「ところでこいつの名前ってなんなの?」
「名前はタンタンらしいぞ」
「はぁ?」
思わず手を止めてしまう梨沙。そんな梨沙には構わずに晴はバケツに洗剤をかけながら陽気に答えた。かっこ良いポケモンに触れられて嬉しくて仕方ないのだろう。晴はなんとも楽しげな様子であった。
鼻歌を歌いながら嬉しそうに洗浄を続ける友人に対して梨沙はなおつぶやいた。
「あの人のネーミングセンスはおかしい」
「それ本人の前では言うなよ?」
「でもこんなごついのにタンタンって…」
「ちなみにあだ名は鉄アレイらしい」
「えぇ…」
まんまな命名センスに思わずドン引きしてしまう。メタングとメタングが二体かけ合わさったような形をして居ることからタンタンと命名したらしい。だからなんだという話だが。
休日は一緒に出かけたりと仲が良い様子の佐藤心とメタグロス。写真をSNSやブログにあげたりしているらしく、かなり溺愛しているようだ。ちなみに洗浄については一週間に一回欠かさず行ってあげているらしい。
ロケ先の現場の環境のせいでどうしても一緒に行けなかったとの事。夕方まで相棒を頼むぜ☆と言ってじきじきに心からポケモンを託された晴としては彼女のポケモン愛は本物であると感じていた。まぁネーミングセンスは壊滅的だが。
「鉄アレイは失礼だよな」
「バ、バッカみたい…」
「タンタン・テツア・レイだな」
「プッあはは!わ、笑わせないでよ!!」
ごしごしと洗いながら梨沙は言う。笑い声をあげてしまい思わず体がずり落ちてしまいそうになってしまう。そのメタグロスの大きな爪にしがみつきながらようやく体を洗い終わる梨沙。
これであと半分か。梨沙はとしてはその肉体の大きさとポテンシャルに思わずため息をつきたくなってしまう。まるでドラゴン並みの威圧感である。自身がまたがっている相手がどれほど恐ろしい存在か理解していない梨沙。
かつてそのあまりのバトルの強さから「鋼の暴虐」とまで呼ばれたメタグロスである。その気になれば3分でビルを平らにできると知ったら彼女達はどのような顔をするだろうか。そうとも知らずに彼女達はゴシゴシとなおも一生懸命にメタグロスの体を磨き続けた。
そうして1時間ほど経った。
彼女達の甲斐もあってか、今ではすっかりと綺麗な状態になったその鋼ポケモン。銀色の肉体がまばゆく太陽に照らされて居る。ピカピカの状態がとても美しい。ひと段落ついた彼女達はようやくほっと息をつく。
メタグロスもまた自身の肉体の状態に満足しているらしい。メタグロスは無言のまま彼女達に対して手を振り上げて礼を言った。
「こんなんで気持ち良いのかしら…」
「いやでも目元とか笑ってないか?」
「あっほんとね、ちょっと気持ちよさそうにしてる」
メタグロスの様子を観察する梨沙と晴。そうして彼女達は顔を近づけてはまぶさに観察をし始めた。美少女二人に超至近距離から見つめられるメタグロス。しかし彼はなおも無言のまま微動だにしなかった。
表情を一切変えないメタグロスを見続けながら梨沙がふと気にかけた。そういえば、と彼女は晴に対して確認をとった。
「で?バイト代っていくらなの」
「500円」
「は?」
「だから、500円だってば」
晴の言葉に呆然としてしまう。ブラシを抱えたままプルプルと震え始める梨沙。そんな梨沙に対して大丈夫かと声をかけると彼女はーーー
「安すぎるわ!!!バッッッカじゃないの!!」
「な、なんだよいきなり大声で!」
「美少女アイドルこき使ってワンコインか!時間返せバカ!!」
「でもジュース買えるぞ?」
「ジュースに釣られるなアイドル!!」
大声をあげて抗議する梨沙。その後も色々と面倒な揉め事があった二人。けれどもなんだかんだいって仲が良いらしい。その後も梨沙はぶつくさと文句を言いながらも最後まで真面目に洗浄作業を手伝ってくれる的場梨沙なのであった。