ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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アナスタシアと氷ポケモン3

「おフロ気持ち、良かったですネ♩」

 

「キュゥ♩」

 

 アナスタシアは浴衣にそでを通した。その白い陶磁のような極上の肌を桜色にほんのりと染めあげながら、彼女は湯浴み後の余韻にひたる。はふぅと息を吐きながらそっと窓外の夜景に目を向けた。

 

 窓の外から見えるのはいつもの光景であった。背の高いビル、自販機とコンビニに囲まれたコンクリートジャングルを見るとなぜだか切ない気持ちになってしまうアナスタシア。故郷を出てから随分と時間が経ってしまったものだ。ふと思い出の光景を振り返ってセンチメンタルな気分になってしまう彼女。

 

 346プロダクション寮の廊下を歩く一人と一匹。ポテポテとスリッパの音を鳴らしながらアナスタシアは自身のポケモンに対して話しかけた。彼女の隣を歩くオスのグレイシア、ロシア語で妖精という意味を持つフェーヤは嬉しそうに鳴き声をあげた。そんな彼に対してアナスタシアもまたにこりと笑顔になる。

 

どれだけ故郷を離れようとも

自身の隣には彼がいる

 

 それがどれほど心強いことか。そのありがたみに感謝しながらアナスタシアはそっと自室のドアを開けた。いくつかの棚、木製家具に囲まれたひどく慎ましやかな私室であった。棚の上には美波と旅行に出かけた時に購入した小さな指人形が綺麗に置かれていた。

 

 そうして手荷物をおいた彼女。アナスタシアは部屋の中央にこしかけた。カーペットの上に腰を下ろす。そうして彼女は両手をいっぱいに広げて彼に語りかけた。

 

「おいで、フェーヤ♩」

 

「キュア♩」

 

 女の子座りをしたアナスタシア。彼女は自身の膝をポンポンと叩きながら嬉しそうに彼を誘った。そのほんのりと桜色に火照った顔でやんわりと微笑む彼女のなんと魅力的なことか。どことなく扇情的な香りすら漂わせながら彼女は微笑んだ。

 

 彼女が叩いたその膝下にグレイシアそっと滑り込む。そのままむちむちとした極上の肌に自身の体を寝そべらせながら彼はのどかに瞳をとじた。そうしてアナスタシアは自身の家族に対してマッサージを行った。

 

 むにむにと彼の柔らかな体に指を這わせながら、誠意を込めてマッサージを行う。力を込めて、ぎゅっぎゅっと親指を押し込みながら彼女は丹念にそれを行っていく。バトルを行ってくれた彼に対して彼女はねぎらいの言葉をかけた。

 

「フェーヤ、今日はお疲れ様、です。負けちゃった、けど頑張ってました」

 

「キュゥゥ…」

 

「バトル…やっぱり、難しいですね」

 

「……」

 

 マッサージをおこないながらため息をつくアナスタシア。どうやらバトルで思い悩んでいることがあるようだ。彼女は家族の体をいたわりながら今日のバトルの事を思いかえす。

 

 ルーキートレーナーが指示するマンキーとの一戦。彼女が指揮するマンキーは巧みにその体を弾ませながら重い拳を繰り出して行くのだ。クロスチョップの強靭な一撃、地球投げの衝撃的な威力を思い出す。

 

 ルーキートレーナの手によってよく鍛えられたのだろう。鍛錬の証が他人であるアナスタシアにもよくわかった。それと同時に己のバトルセンスのなさにも、気がついてしまう。こればかりは知識だけではどうしようもない。

 

 バトルというものにはセンスが必要となる。敵の攻撃の性質を瞬時に見極め、避けるのか、防御するのか選択するのだ。そうして数多ある技の中から最適なものを選び、それを放つ。

 

どこへ

どのように

どうやって

 

 戦うポケモンに変わりその事をトレーナーが考えなければならない。一流同士の戦いなどゼロコンマに匹敵するとまで言われるバトルの早さに、夢中で追いついていかなければならないのだ。

 

 当然トレーナーにだって多大なる責任と疲労が付きまとう。決してゲームのように四つの技を選択して終わりというものではないのだ。トレーナーの義務とは指揮と、そこにいきつくまでの育成にあるのだから。

 

 346プロダクションに設置されたバトルフィールドに巨大なヒビすら入れたマンキーの攻撃を思い出して身震いするアナスタシア。一矢報いようと試みたもののどうにもうまくいかなかった。通算12戦8敗という黒星を付けられてしまった彼女達はうなだれてしまう。

 

 タイプ相性の問題もある。負けても仕方がない事だと思うのだが、フェーヤが納得しないのだ。どうやら対抗意識を燃やしているらしい。アナスタシアは思わずため息をついてしまう。彼は‘ひかえめ’な性格に見えて意外と負けず嫌いなのだ。

 

「フェーヤ、どうしても勝ちたい、ですか?」

 

「……」

 

「私、傷つくの嫌です。バトルは苦手です」

 

「……」

 

「それでも、どうしてもバトル、やりますか?」

 

 アナスタシアの告白が続く。彼女のあまりにも正直な、けれども愛に満ちた言葉。けれどフェーヤは彼女の言葉に反応を示さなかった。ぷいとそっぽをむいたまましっぽで彼女の体を柔らかく叩いた。

 

 どうやら理屈ではないらしい。負けっぱなしは嫌だというそれはポケモンの本能、あるいは男の子としてのプライドというやつなのかもしれない。アナスタシアはため息をつきながら彼のマッサージを続けた。

 

 家族の困ったところに苦笑しながら、フェーヤのお腹を二、三度さすってあげるアナスタシアなのであった。苦手だけれども仕方ない、家族がそれを望んでいるのなら付き合ってあげるべきだろう。彼に対して罪悪感と、ちょっぴりの誇らしさを感じながらアナスタシアはマッサージを続けてあげた。

 

実は彼女は知らない。その敗北はタイプ相性だけでなくグレイシアが物理攻撃主体で行なっていたからだという事を。もしもグレイシアが特殊攻撃に特化した訓練を行えば、とても強力なファイターになれるという事を。

 


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