ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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みくとパートナー3

それはあまりに無謀な光景であった。

 

最恐のノーマルタイプに挑む

最弱のむしタイプ

 

敵うはずなどなかった。倒せる可能性など欠片も、在り得るはずがなかった。強者には敵わない。弱者は怯えるしかない。そんなこと人間もポケモンも、誰だって生まれながらに知っていることだ。

 

だが

それでも

 

 そのキャタピーは立ちふさがった。緑色の小さな幼虫はたった一人の少女の前に立ち上がったのだ。それが住処を荒された怒りか、それとも少女を救うための愛念に満ちた行動か。その理由まではわからない。確かなことは、その小さな体を精一杯に震わせる彼は勇気に満ちた一匹のオスだという事だけだろう。

 

 呆然とするみく。そんな少女をよそにそのキャタピーはリングマに向かって攻撃を始めた。自身の身体を大きく伸ばしながら、大樹の上で精一杯に威嚇を開始するキャタピー。

 

「ピィイイイ!!ピィイーー!」

 

「……」

 

「ピィ!」

 

 キャタピーは頭をゆらし、口から勢いよく何かを吐いた。糸をはく攻撃、である。その白い幼虫糸をリングマの足に絡みつかせていく。リングマの足にぶあつい絹のような糸が絡まっていった。

 

 音を立てながら巻きついて行くその糸。キャタピーの撚糸の煩わしさにリングマは思わず苦い顔をする。リングマはグルルと喉をならすと勢いよくその糸を破り裂いた。

 

 その機を逃すキャタピーではない。そのまま彼は‘たいあたり’を敢行した。笑ってしまうような体格差、それでも彼は必死にその身体をぶつけてリングマに対抗しようともがいた。彼の必死の抵抗をみつめるみく。彼女は心臓が止まりそうになる程驚いていた。

 

敵うはずがない

倒せるはずがない

 

 誰がどうみたって不可能な相手なのだ。それでも彼は必死で、夢中でぶつかっていった。みくはその健気な姿を自分に重ねてしまう。かつてアイドルを志そうと思った、若く幼い自身の姿に。かつての自分はあそこまで一生懸命にぶつかっていられたのだろうか、と。

 

 がむしゃらにぶつかるその小さな背中。それはかつて逃げてしまった人間よりも遥かに、何かに怯えるだけであった自分よりも遥かに。前川みくにとっては立派な背中に見えたのだ。

 

「ピィイイイイイ!!!……ッ」

 

「……っ!」

 

 煩わしいとばかりのリングマの攻撃。リングマのアームハンマーによって数m先へとふきとばされてしまったキャタピー。彼は弱々しい声をあげてぱたりと倒れてしまった。そのまま泥だらけの地面に転がってしまったキャタピー。

 

 みくは気がつく。リングマの動きが鈍っていることに。アームハンマーのデメリットによってすばやさがダウンしたからか、あるいはキャタピーの糸をはく攻撃の為か。理由はわからないが明らかに動きがにぶくなっていたのだ!

 

今ならば逃げられる

 

 とっさにそう考える前川みく。そのまま彼女は必死に足をひきずりながら周囲を見渡した。あの草むらから逃げられそうだと。そうして彼女はふとキャタピーに視線を向けた、向けてしまった。

 

 キャタピーはピクリともしないまま動きを止めていた。たった一度の攻撃で瀕死になってしまうキャタピー。彼は大樹の影で死んだように眠り続けていた。

 

 息をのむ。だって仕方がないじゃないか、敵うはずがないじゃないか。みくは自分に言い訳を重ねる。そのまま彼女は死に物狂いでーーー

 

「うにゃああああアアアアアアア!!!!!」

 

駆け抜けた

キャタピーに向かって、駆け抜けた

 

 地面に転がったキャタピーのもとへ滑り込む。そのままみくは彼を抱きかかえる。無我夢中で彼の身体を強く抱きしめる。そのまま彼女は亀のように丸まって防御姿勢をとった。

 

 無謀な行動。それでもみくは彼を見捨てる事などできなかった。体が自然と動いてしまっていた。そうしてみくは涙をぼろぼろとこぼしながらキャタピーを抱きしめた。そんな彼女の背中にリングマは三度目のアームハンマーを振り下ろそうとしーーー

 

 

 

「ドーブル!フラッシュ!!」

 

 

 一人のアイドルの声がした。そうしてまばゆいばかりの閃光が一面に広がる。リングマの真正面で展開されるフラッシュ。たまらずリングマは視力を奪われてしまう。尻餅をついたリングマはそのままクラクラと意識をふらつかせた。

 

 ほんのわずかに生じた隙、高森藍子はみくのもとへと駆け寄った。彼女はみくの安否を確認するとそのままドーブルの背に彼女達をのせた。藍子の指示に対して力強く頷くドーブル。ドーブルは自身のスケッチブックをめくり新たな技を繰り出そうとした。

 

 そうしてフラッシュの影響で視力を奪われたリングマに対してドーブルが更なる追撃をかける。リングマの周囲に対して‘あまいかおり’を放ち嗅覚すらも抜け目なく奪ったのだ。そのままドーブルと藍子はみく達を抱きかかえるとスタコラと逃げて行った。鮮やかな逃走であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「危なかった…し、死んじゃうかと思った…」

 

 キャンプ場の元へとたどり着く藍子一行。彼女はそのままスマートフォンでスタッフとプロデューサー、地元の救急車に連絡を取り終えると息をついた。そのまま彼女は自身の肩を抱きながら静かに震えた。

 

 これは明白な災害であった。もしかしなくても死人がでたかもしれない。彼女はそのことの重さに、友人が死にかけた事実に恐怖した。偶々近くで別のロケを撮影していた幸運に、みくの様子を見に来ようと来た己の直感に心から感謝する藍子。

 

 そうして彼女は地面に横たわった友人に対して声をかける。みくは全身蒼白の状態で瞳を閉じていた。ふとももの出血が激しい。藍子は自身のハンカチを傷口に押し当てながら必死に語りかけた。

 

「みくちゃん!大丈夫!?しっかりして!」

 

「…み……あ…」

 

「み、みくちゃん!?」

 

 そのままふらりと倒れこむみく。彼女はそのまま静かに気を失った。血だらけで泥だらけの身体をした彼女に対して必死に呼びかける藍子。そんな彼女達の元へ救急隊の人間が駆け寄った。どうやら通報が間に合ったらしい。

 

 その後担架に運ばれたみく。そのまま彼女は救急車へと運ばれて行った。その胸にキャタピーをしっかりと抱きかかえたまま。

 


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