ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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池袋晶葉と電気タイプ同好会

「でんきタイプ同好会…?」

 

「あぁそうだとも」

 

 珈琲をすする。本場ブラジル産地の上質な豆を焙煎した一級品。その上品な口当たりに思考を傾けることなく二宮飛鳥は訝しげな声をだした。そんな彼女に対して池袋晶葉はカップを傾けながら気軽に返答をした。

 

 晶葉の為に増設されたこの研究室兼待機室に二人のアイドルは茶卓を囲んでいた。晶葉はふところから白いファイルを取り出し、中から一枚の書類を差し出す。

 

 どうやら同好会の規約書らしい。つらつらと書かれた幾つかの項目。その表紙の一番上、タイトルには「電気タイプ同好会」と書かれている。随分と本格的なものらしい。思わず飛鳥はその出来栄えに見入ってしまう。

 

「まぁ同好会といっても素人のお遊びさ。電気タイプ同士気軽に集まってバトルなり会話なりをしましょうというだけだ」

 

「それはつまり…」

 

「我々電気タイプのポケモンを持つ人間同士、交友を深めようではないかという話だ」

 

「ふむ…つまりボクのルクシオと」

 

「私のコイルのことだな」

 

 ふと部屋の隅に視線を向ける飛鳥。そこには自身の家族で在るクロイツ…大型犬のような立派な体躯をしたルクシオがいた。彼は嬉しそうにとなりのポケモン、コイルと戯れている。

 

コイル

 

 電気・鋼タイプである磁石ポケモン。それは随分と異様な生物であった。鋼色をした一つの大きな球体、その中央には目玉のような物がポツンとあった。その隣からは二つのU型磁石、そうして頭部からは一つのネジが生えていた。

 

 生物…というよりは無機物である。まるで生き物らしさを感じないそのデザインは初めて目にするものにとっては驚愕であろう。まるで宇宙からやってきた生物のような…ゲームに出てくるヘンテコな敵のような外見をしていた。

 

「飛鳥も知っての通り。今の社会において電気タイプは最も重用されているタイプのポケモンだ」

 

「日常で使う電力のことかい?」

 

「その通り。世界では電気タイプによるポケ力発電がメジャーになりつつある」

 

 クッキーに手をだす晶葉。その甘い砂糖菓子の香りと味に舌鼓を打つ彼女。テーブルの上に手を伸ばし彼女は再び珈琲に視線を向けた。

 

 ポケ力発電とは読んで字のごとくである。つまり電気ポケモンによる発電方式のことである。従来の日本においては化石燃料を燃やした火力発電が主流であった。が、現在では違う。

 

 発電所において飼育している電気ポケモンによる放電。その電気エネルギーを利用して直接燃料供給を行うという画期的な方式である。現在では北海道・関東・奈良・北九州の四つで行われており日々我々の電力を担っているのである。

 

 ちなみに電気ポケモンは従業員扱いとしている。彼らにはきちんと休日や給料の現物支給が為されており、決して不当労働をさせている訳ではない。ポケモンからストライキされないように配慮し、また従来の火力発電や自然エネルギーを利用した発電方法も並行して行われている。つまりエネルギー供給を完全に依存するのではなく様々な道を模索しているというわけである。

 

 近年、とある国では巨大な水槽を建造しそこにシビシラスを投入する方法が確立した。シビシラスとは幼体の電気ポケモンである。増えやすく、飼育しやすい。また個体だけでは弱いが、何十匹何百匹と連なった時には雷にも匹敵するほどの電力を発するとの点からよりクリーンで扱いやすい発電方式として注目されているらしい。とまぁこのように電気ポケモンの需要は大きい。

 

が、故に

だからこそ

 

「電気タイプのライセンス試験は難しい。そこが一般家庭に広がりづらい理由だな」

 

「……」

 

 苦い顔をする飛鳥。彼女自身ライセンスが取れていない身としては耳が痛い話だからである。彼女は自身の感情を隠すために再びコーヒーカップを傾けた。どうやら随分と冷めてしまったようだ。

 

V=RI

 

 電気回路における電流と電圧の関係を表したオームの法則などは中学生の理科学で扱う分野である。だがそれ以外に専門的な知識やら複雑な公式やらが山のように出てくるのである。それに加えてポケモンに関する知識も加わってくる。

 

電力計算

電圧計算

電流損失

電圧降下

許容電流計算

 

 これらの計算式が必要になる。またポケモンの第一進化と第二進化時における総蓄電量の差異に着目した計算やら状態異常時における安全な放電方法など。覚えなければならないことは多々あるのである。

 

Q『技‘十万ボルト’における正式な放電量と電圧について答えろ』

 

Q『帯電特性を持つポケモンを以下の中から選べ』

 

Q『高圧地中電線路を管路式で施設した場合における注意点について以下の中から正しくないものはどれか選べ』

 

 このような問題が出題されるのだ。ポケモンと同時に電気に関する複雑な知識が必要になるのである。このように難しいのは電気タイプの日常における影響力があまりに大きいからだとか、電気タイプが多いと家電の利用に影響がでるからだとか様々である。あるいは電気会社の陰謀だなんて噂まである位だ。

 

 ともあれこのようにB級においてぶっちぎりで難しいのが電気ライセンスである。他にも家電やテレビに影響が出る事を恐れたり、感電する事自体を恐れたりといった人間も多い。故に電気タイプはその人気に反して実際に飼育しているトレーナーの数は少ないとされているのである。

 

 

「まぁ事情はわかったよ。つまり少ないトレーナー同士親交を深めたいというわけだろう」

 

「まぁそんなところだ」

 

「理屈はわかったよ、ボクも賛成だ。…ところで」

 

「うん?」

 

「だ、大丈夫なのかい?」

 

「何がだ」

 

「いやさっきから、コイルにボディーブローされているんだが…」

 

「あぁ慣れているから大丈夫だ」

 

「いやな慣れ方だなぁ…」

 

「まぁ愛情表現みたいなものだ」

 

「絶対におかしいと思う」

 

 晶葉のお腹をグリグリと刺激するコイル。コイルは執拗に晶葉の内臓めがけてボディーブローを与えていた。U型磁石の先端を押し付けるという痛々しい行動に対して飛鳥は顔を歪めた。

 

「卵から孵した大切な相棒…だからな」

 

「相棒が執拗に君のお腹をえぐってきているんだが」

 

「まぁコイルはちょっと変わり者だからな」

 

「見ればわかるよ」

 

「育て方間違えたかな…一応電気椅子でご飯をあげているんだが。それともカーバッテリーを最大電力で目玉にぶっこんだのがまずかったのかな?」

 

「動物と飼い主は似るって本当なんだね。発想が奇抜すぎるよ」

 

「そう褒めるなよ」

 

「褒めてないよ」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「ところでルクシオには何の餌をあげているのか教えてくれないか。ハイオクか?アルカリ電池か?」

 

「その二択はおかしくないかい?」

 

「最近は関東電力産の電気を頭のネジから直接摂取するのがマイブームらしくてな」

 

「もう突っ込まないぞ」

 

「突っ込むのはコンセントだけだからなあっはっは!!」

 

「…」

 

 晶葉は笑っていた。椅子にこしかけたまま彼女は言う。きっと徹夜の開発か、それとも3時間前に行なった雑誌のインタビューか。あるいはその両方が彼女へ謎のハイテンション現象を引き起こしたのだろう。

 

 あははと死んだ魚のような目をしながら彼女は狂ったように笑っていた。光沢を失った瞳。俗に言うヤンデレ目のまま彼女は飛鳥に対して笑いかけた。

 

「コンセントに突っ込んで勝手にご飯を食べるから電気代がやばいとか」

 

「……」

 

「家電製品やロボットに嫉妬を抱いて私が寝ている間にめちゃくちゃに壊してしまうとかそんなことはないぞ。不満なんて欠片もないからな」

 

「……」

 

「何度も捨てようとしたけどいつの間にか戻ってきてしまうからとっくの昔に諦めたとかも思ってない…思ってないぞ…」

 

「呪いの装備かな?」

 

「はぁ…まぁ正直今はもう慣れたよ。あれから他の研究にも色々役に立ってくれたしな」

 

 疲れたような瞳をする秋葉。どうやら色々あったが今では納得して暮らしているらしい。コイルを飼育するという苦労をよく理解できないでいる飛鳥。だがまぁ触らぬ神になんとやらとも言う。彼女は気づかぬふりをした。

 

 ふと時計に視線を移す。秋葉のぐへぇっという声をよそに部屋の隅に設けられた壁掛け時計を飛鳥は見上げた。いつのまにか長針は随分と遠い位置を示していた。どうやら長居しすぎていたようだ。

 

 いつのまにかすやすやと寝息を立てている自身の家族の姿を確認した飛鳥。彼女はコーヒーをぐいと飲み干し帰り支度を始めた。かちゃりとカップを元の位置に戻しながら彼女はそういえばと晶葉に問いかけた。

 

「今もボディーブローされてるけど良いのかい?」

 

「ボディーブローに関しては卵の時からされてたからな」

 

「そういう嘘は良いから…ところで晶葉、さっき貰った文書なんだが」

 

「なんだ?」

 

「この…端に小さく書かれた規約文はなんだい?」

 

「うぐっ…」

 

「今時そんなこと言う奴まだいたのか…」

 

 飛鳥はため息をつく。そうして先ほど手渡された同好会における同意書、その一文に目を落とした。そこには『会員同士は可能な限り協力しあうことを規約とする』と書かれていた。

 

 年齢が近いとはいえ接点もあまりなかった飛鳥と晶葉。どうにも違和感のような物を感じていたがその正体はどうにもこれらしい。飛鳥は再び大きなため息をついた。

 

「それでこれはどういう意味なんだい?」

 

「別に普通の規約文だろ?どうかしたのか?」

 

「目線をそらしながら言わないでくれ」

 

「べ、別にルクシオを研究したいとか自分のロボット研究に貢献したいとか思っていないんだからな!」

 

「……」

 

「研究する間にコイルを預かって貰うと嬉しいとかそんな事は微塵も考えてないんだからな…っ!」

 

「帰るよクロイツ。今日の晩御飯はロールキャベツだ」

 

「待ってくれ飛鳥!いや待ってください飛鳥様!」

 

「急に敬語になるなよ。不安になるじゃないか」

 

「なにも変なことはしない!コイルに誓っても良い!」

 

「だから不安なんだよ」

 

 飛鳥の腰にしがみつく晶葉。逃がさないと言わんばかりに晶葉は彼女の腰を強靭にホールドロックする。そんな晶葉の態度に飛鳥は苦い顔をする。どうにも晶葉らしくもない行為である。それはきっと徹夜の研究が原因であろう。

 

「コイルは磁石ポケモンなんだぞ!ロボやら精密機械に影響が出たら困るだろ!!」

 

「ついに出たな本音が」

 

「同世代の友人には電気資格を持っている人間がいないんだ!いざという時に電気ライセンスもってる人間でないと融通がきかない場面もあるから…」

 

「はぁ…悪いけどボクもライセンスはまだ未所持だよ」

 

「なっ…!?」

 

 腰から崩れ落ちる晶葉。ここにきてようやく彼女たちは自分たちのすれ違いに気がつき始める。まさかライセンスを持っていなかったとは。晶葉はショックを受けたような顔をして固まってしまう。それは知的な彼女には珍しい唖然とした顔であったという。

 

「悪いけど君の力には…」

 

「じゃ、じゃあ試験勉強の面倒を見てやろう!私が直々に教えてやる」

 

「…」

 

「みっちりコツを教える!必ず合格させてやるから!」

 

 飛鳥は思考する。随分とおかしな話になってしまったが悪い話ではなさそうだ。そうして彼女は自身の股間に顔を埋めて懇願してくる同世代にむけて大きなため息をついた。

 

 指導を乞う立場である以上大きな態度もとれないだろう。こうして飛鳥と晶葉は奇妙な縁を結ぶのであった。電気ポケモンが結んだ儚くも美しい友情である。

 

 結局この日以降、晶葉の指導のもと熱心な勉強会が行われるようになった。それはもう熱心に丁寧に行われる指導であったらしい。あるいはこのまま行けば、飛鳥がライセンス試験を取得できる日は近いのかもしれない。

 


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