ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
「科学の力ってすげーにゃ…」
「医学の力なんじゃないかな…たぶん…」
346プロダクション、寮の自室の前でつぶやく前川みく。そんな彼女の隣で高森藍子が苦笑をした。藍子は大きなボストンバッグを抱えていた。
あの事件(事故?)から二日がたった。警察の事情聴取やら救急治療やらであたふたとしていたものだが、こうして終わってみると随分とあっという間の出来事だった。無事に完治した前川みくはほっと溜息をついた。
傷ひとつない自身の身体を見下ろすみく。藍子がもってきてくれた替えの衣服に身を包んだ彼女は数日ぶりに寮の自室へと帰宅したのだ。無事に帰ってこれ良かったと、改めて彼女は安堵するのであった。
何よりも大きかったのは医学の発展であろう。近年では「ポケモンによる治療」「きのみによる医学的効能」の二点から医学業界では大きな発展を遂げていた。
いやしのはどう
自身の体力の量に応じて対象を癒す、回復技である。このわざはピッピ、プリンといったポケモン、ヤドンやサーナイト、チリーンといった一部のエスパータイプだけが扱える特別な技である。だが回復させる医療系ポケモンとしてなによりも有名なのはこの二種であろう。
ラッキー
タブンネ
ポケモンの出現騒動以降、医療機関においてその恩恵を最も与えたのはこの二種であると言われている。いやしのはどう、いやしのすず、アロマセラピー、いやしのこころといった様々な技を駆使する彼ら、彼女らは数多の場面において重宝された。
重症で運ばれた患者に対して癒しの波動をかける事で危篤状態から救い、改善を促す。内臓や精神に不安を抱える患者に対しては「うたう」や「いやしのすず」を利用する事で穏やかな気分にさせ患者の精神を安定させる。
現在の日本において患者の死亡率は劇的に改善された。前川みく達もまた運ばれたと同時に最大の治療を受けたのだ。結果、こうして元気に過ごす事ができているのであった。
本来ラッキーやタブンネは個体数が少なく、逃げ足が早いことから別世界においても希少な生物であるとされている。それが今では地方の大規模病院には必ずと言っていいほど飼育されるようになったのは様々な要因がある。とある人間が全力で広めたからであるのだが、それはまた別のお話である。
ちなみに耳の触覚で患者の体調、心音、精神状況や抱えている不安まで見抜いてしまうタブンネはそのルックスも相まって爆発的に人気が高まったらしい。
自身を献身的に看病してくれたタブンネを思い出す前川みく。
ちょこちょこと看護師の後をおうラッキー。患者を勇気付け、子供達を笑顔にさせていたタブンネの後背を思い出す。みくはすっかりと完治して傷跡ひとつない自身の体を見下ろした。
自分を傷つけたのはポケモン
自分を癒したのもポケモン
そうして今自分が抱えているのも……
「みくちゃんもキャタピーも元気になってよかったね」
「うん…色々ありがとにゃ藍子ちゃん」
藍子に対して感謝の言葉を述べるみく。あれから念のためにと二日間だけ入院したみく。その世話を献身的に行ってくれたのはこの高森藍子だったのだ。困った時はお互い様だよ、そう告げて彼女のそばにいてくれた藍子。みくは彼女に心から感謝した。
「藍子チャン…本当にありがとうにゃ…」
「もう、お友達同士で言いっこはなしだよ。それに助けてくれたのはドーブルだからね」
「うん…ドーブルにもお礼を言っておいてほしいにゃ」
ロケバスの中においてきたバッグから匂いを辿ってきたというドーブルの功績に感謝するみく。もしもドーブルがいなかったら自分はここにいなかったかもしれない。そう考えてみくはぞわりと背筋を震わせた。
スケッチブックを持った犬だかタヌキだかよく分からないポケモンに対して心中で手を合わせて拝むみく。そんな彼女に対して藍子は心配げな顔をしながら問いかけた。
「でも本当に良いの?キャタピーは今日か明日くらいにはボールから出てくるらしいけど…」
「う、うん…」
「みくちゃんはポケモンを飼育した事がないんだよね?私がお世話して野生に返しても良いんですけど…」
「大丈夫、みくがお世話してあげるにゃ」
瀕死状態から脱却したキャタピー。だがまだ完治したとはいえない状態らしい。ポケモンドクターの言葉では完全に完治するまでは1週間程度かかるらしい。それだけあのリングマとは力量差があったという事だろう。ポケモンは丈夫である。滅多な事では死亡しない彼らにも例外はある。
あまりにも力量差がある時
きちんと回復しないまま何度も瀕死状態になった時
この二つの時に、ポケモンの肉体は耐えきれずに死亡してしまうらしい。特に歴然とした力量差がある状態でのバトルは非常に危険であるとされている。かの別世界においてもトーナメントやリーグ戦といった公式試合にはかならずレフェリーがつくものだ。あれはポケモンの限界を見極めて決して死なないようにプロが監修し判別している意味合いがあるようだ。
ともあれ、あのキャンプ場の周辺に住んでいたキャタピーである。彼の住処はリングマによってボロボロに荒らされ彼自身も傷ついてしまった以上、少なくともキャンプ場周辺が再び整備されるまでは人間が面倒を見た方がよいと医者が語ったのだ。
キャタピーは完治するまでは
別の住処を見つけるまではみくが世話をする
それがみくの出した決心であった。ふとキャタピーが収められたボールを見下ろす。緊急時の措置として入れられたボールの中にはきっと彼がすやすやと眠っている事だろう。
藍子はふぅと息をはいた。重い荷物であるボストンバッグを部屋の片隅に置きながら藍子はみくの方を振り向いた。
「ちゃんときのみは食べなきゃダメだよ。1日3回だからね」
「分かってるにゃ。キャタピーのぶんでしょ?」
「違うよ、みくちゃんもだよ。オレンの実は人間にも効果があるからね」
ボストンバッグから荷物を取り出しながら藍子は言う。入院時に使用していた衣服、雑貨。「むしタイプ用」と書かれた飼育本、真空パックに包まれたいくつかのきのみを取り出しながら彼女は言った。
きのみは人間にも効果がある。オレン、クラボ、モモンの実といったきのみ類はいまでは多くの場所で愛用されていた。特に回復に特化したオレンのみ、オボンのみの効能は凄まじく、傷ついた人間の持病や術後の回復に絶大な効果をあげるらしい。
具体的にはナイフで肉を引き裂かれても、オボンのみを正しく処方すれば傷跡すら残さず完治することも可能らしい。今だに大学医が日夜研究を続けているらしいが…ともあれ一般人にも広く、活用されている事は確かである。
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きのみや薬についてきちんと飲みなさいねと何度も行った彼女。そうして彼女は次の仕事へと向かうためにみくの部屋をでた。
そんな藍子の言葉に苦笑しながらうなずくみく。そんな彼女達のそばでなにかが開く音がした。カチリと何かが開閉する動作音。そうしてカバンの中からひとつのボールが飛び出してきた。
カチャッ
プシュー
「にゃ!?」
思わず小さな悲鳴をあげてしまう。みくは振り向いた。
身体の小さなキャタピー。どうやら重症だった部分はすでに治ったらしい。少しおぼつかない足取りではあるが、彼は元気にしているようだ。
夏の照日に映えるような若葉色の彼は興味深げにみくの部屋を見回した。キョロキョロと周囲を伺う彼にとって人間の部屋というものは初めてなのだろう。
そうして彼はみくを見つけた。そのクリクリとした瞳で彼女を見上げる視線の無垢な事。彼はその触覚をぴょこぴょこと動かしながらみくのそばにトコトコと近寄った。みくはおずおずと彼に挨拶を投げかける。
「こ、こんにちは…です」
「?」
「怪我は大丈夫?じゃなくって!えぇーと、うーんと…うにゃぁあ!!」
ガシガシと頭をかき出す少女。ここまで考えていたことだなんて吹き飛んでしまった。そんな少女の様子にキャタピーは困ったような顔をしていた。頭に疑問符を浮かべながら彼はそっとみくの事を見つめる。こほんと咳払いをするみく。そうして彼女ははっきりと彼に告げた。
「助けてくれてありがとう、君のおかげで助かりました」
「……」
「良ければみくとお友達になってくれませんか?」
「ピーー」
みくの言葉に
キャタピーは笑顔で頷いた
みくはそっと息をつく。そうして彼女は右腕をそっと彼に差し出した。おずおずと差し出されたその右腕にキャタピーは戸惑う。ふよふよと尻尾と身体をくゆらせる彼。
そうしてキャタピーは納得をした。彼は自身の尻尾をそっと彼女の手に重ねる。キャタピーの柔らかい尻尾の先端が少女のそれに重なった。どうしてだろうか、彼のそれは意外にもほんのりと暖かい。そっとそれを撫でてみると…彼はくすぐったそうに尻尾を揺らし始めた。
一人のアイドルと
一匹のポケモンは
しっぽと右手で固い握手を交わしたのであった。ほんのりとした温かみを感じるみく。この日みくに、初めてのポケモンの友人ができた。
「そういえば名前どうするの?」
「キャタピーだから…ピーチャンかな」
「かわいい名前だね♩」