ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
櫻井桃華
櫻井桃華は神戸出身の富豪である。俗にいうお金持ちであった。大きな屋敷、広い庭、だなんていかにも陳腐な表現であるが事実その通りであった。そんな豪勢な屋敷に住まう彼女はふんわりと飾られた最高級のベッドへと飛び込んだ。彼女の小さな体がベッドへと収まるスイス製のアンティークベッドのスプリングからやんわりときしむ音がした。
「……はぁ」
どうやらピアノの稽古がよほど堪えたようだ。ベッドに沈み込みながら教師である女性の厳しい言葉を思い返す桃華。そうして彼女はじたばたと足をもがきながら枕へと顔をうずめた。
彼女は実に多くの習い事をしていた。座学やピアノ、ヴァイオリンといった音楽のみならず茶道や生け花といった教養まで幅広く習っていたのであった。無論、これらは財閥の娘として恥じぬようにと両親から強制された習い事であった。
「疲れましたわ…」
ため息をこぼす桃華。そんな彼女のそばでごそごそと音がした。どうやら同居人が様子を見にきたらしい。そのノーマルタイプはトテトテと歩きながらそっと彼女の様子を伺った。
胴長な身体
茶色い毛並み
ぴょこんとたった二つの耳
そうしてその生物は大丈夫?とでも言いたげにそっと彼女のそばに近寄った。そうして自身の頭をごしごしと彼女の顔面へと押し付けた。
そのふわふわな毛並みに桃華の体がすっぽりと覆われる。独特のこそばゆい感覚に思わず苦笑してしまう桃華。そうして彼女は無意識のままそっとそのオオタチの体を抱きしめた。
自身が精一杯腕を伸ばしてもまるで届かないその大きな身体。1.8mもの巨大なそのもふもふの身体はまるで巨大なぬいぐるみそのものである。彼女はこのオオタチの体を抱きしめることが好きであった。
父に五年前買ってもらった巨大なテディベアよりもはるかに上質でもふもふとしたこの感触が、なによりも好きであったのだ。
「ありがとう…」
「キュゥ」
気にしないで、とばかりにしっぽをふるオオタチ。そんな仕草を眺めながら桃華は笑みを浮かべた。この無垢なる友人はいつだって彼女を元気付けてくれるのだ。彼女はこの時間がなによりも好きであったのだ。
「……」
そっと抱きしめる
抱きしめたその感触の先から
ふんわりと暖かい陽だまりの香りがした。
そうして一人と一匹はベッドの上に寝転ぶ。ぎゅっとオオタチを抱きしめる桃華。その姿はどこにでもいる普通の少女そのものであった。やすらかに眠る彼女の夢のなかにはきっと退屈な家庭教師の姿などいないのだろうから。