ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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前川みくと役所申請

「次の方どうぞー」

 

「あっはーい!」

 

 女性役員の呼びかけに応じる前川みく。そうして役所内に設立されたプラスチック製の長椅子から立ち上がると彼女はデスクの元へと歩いていった。

 

 都内にしては随分と広い空間であった。硬いコンクリートで覆われたビルの2Fに設けられたその空間。「携帯獣関連」と書かれた案内板のもとには十数名の職員が忙しそうに仕事を行なっていた。

 

 カタカタと険しい目つきでパソコンをいじるメガネの男性を尻目にみくは受付デスクへと近寄った。そんなみくに対して声をかける20代後半の優しい瞳をした女性職員が声をかけた。

 

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

「あの…この子の飼育申請がしたいんですけど…」

 

 そういって彼女は胸に抱きかかえたキャタピーを役員へと見せる。彼女の胸元ではスースーと寝息を立てながら静かに眠るキャタピーがいた。どうやらお昼寝の最中のようだ。

 

 女性役員はにこりと微笑むとみくに一枚の用紙をさし出した。そのA4サイズの容姿の上部には黒文字で「携帯獣飼育申請用紙」とプリントされている。みくはそっと受け取ると文面を確認した。

 

 四角く記された枠内には記入者が書き込むべき欄には太い黒枠があった。予想よりもずっとわかりやすい文面だ、とみくは心中でほっとため息をついた。

 

「住所と飼育者氏名と…意外と普通なんですね…」

 

「記入すべき点で注意するところはポケモンの所かな。種族は間違えないでね」

 

「えーと…キャタピーと…」

 

「その子のボールは持っていますか?」

 

「は、はい!この茶色いボールです」

 

「ならそのボールの下部にシールを貼ると良いかも。個体識別番号は飼育者がわかる場所に貼っておいてね」

 

 茶色いボールを差し出したみくに対して職員は優しく答える。そういって彼女はみくに対してネームプレートと何枚かのシールを差し出した。そのシールには12桁の数字が乗っていた。

 

19-28-0×7△-3729

 

みくはシールの表面をそっとなでながら感触にひたる。なんだか複雑な心境である。自身の眼前ですやすやと眠る彼を番号で表現させられる、というのは彼女にとっては複雑な感情であったのだ。人間を個体番号(マイナンバー)で識別するマイナンバー制度に反対をした人間はきっとこんな気持ちだったのかもしれない。彼女はそっとその数字の重みに震えた。

 

個体識別番号とは国に申請されたポケモン全てに与えられる番号である。これは12桁から構成されており2桁は申請年数、別の二桁では捕獲場所を表しているらしい。これらはシールとプレートといったものに刻印されておりポケモンの首輪や足周りに身につけたり飼育者がいつでも報告できるように管理しなければいけないのだ。

 

 この番号でポケモンは管理をされる。役所ではこの用紙の提出を市民に義務付けていた。旅行や引っ越しといった際には改めて別の申請が必要になるらしい。事故や災害時に円滑に管理できるためのもの、とされていたが本来の意図は違う。

 

 犯罪の抑止のためである

 

 もしもポケモンが何らかの事故や事件を起こした際はその個体識別番号からすぐに飼育者の住所が特定され重い罰が下されるのだ。ポケモンの罪は飼育者の罪である。一般的な犯罪と同列に扱うわけでもないがその事件事故の程度がよほど悪ければ前科だってついてしまうらしい。

 

 つまり個人識別番号と個体識別番号、人間とポケモンの双方を数字によって管理、把握することで日々の犯罪への抑止を行なっているのである。

 

 随分と歪な部分がある制度だが仕方ない。その罪を重くすることで気軽にポケモンを扱うことがないようにとセーフティをかけたのが過去の日本であったのだ。ポケモンはあまりに強力で恐ろしい力をもった存在だ、だからこそ数字によって管理すべきであるとの意見が根強く残っているのであった。

 

 ちなみにこのような理由からあくタイプや炎タイプは依然として人気が少なくノーマルタイプが市民からの人気が高いのであった。強すぎるポケモンは暴走してしまうことを考えると扱いやすいC級を飼育する人間が増えるのはもっともなことでもあったからだ。

 

閑話休題

 

 みくはふと周囲を見渡した。思えば随分と社会も様変わりしたものだ。十年も前など役所には年寄りや数名の社会人くらいしかいなかったときく。それがいまでは電子案内板の前で老人をおんぶしているカイリキー、女老人のひざもとで鼻歌を歌っているコラッタ。幼い子供と手遊びをしているサーナイトなど。じつに多様で不思議な光景があるのだから。そうしていまでは自分がこうして…

 

 そんな光景をながめていたみくに対して、職員は声をかける。それに慌ててみくはふたたび書類を描き始めた。今はともかくこの書類を書き上げることだ。彼女は再び書類に対して視線を落とした。

 

 みくは与えられた用紙に項目を書き込んで行く。その白く艶のある顔でじっと真剣に用紙を覗き込む彼女は眼鏡をかけていた。その生真面目な様子はまるで優等生な委員長のようであった。そんな彼女に対して職員は注意を呼びかける。

 

「あとは誓約書を書き込む事と…それと申請用の写真はあるかな?」

 

「あっはい、履歴書のサイズと同じで良いですよね?」

 

 そういって自身の写真を差し出したみく。そんな彼女に対して受付台の向こうから女性職員が苦笑で答えた。職員は申し訳なさそうに奥からサンプルの写真をとりだす。

 

「ポケモンの方の、写真ですよ」

 

「え?ポ、ポケモンにも写真がいるんですか?」

 

「半年前から制度が変わりまして…ポケモンの全体像も書類に記載することになったの」

 

 ごめんなさいね、とばかりにあやまる職員。そうして彼女は写真を用意していないなら奥の撮影機器を使って写真を撮って欲しいとみくに頼んだ。職員が指をさした先にはこじんまりとしたフェンスに覆われた小さな空間があった。

 

「ポケモンの写真かぁ…意外だったにゃ…」

 

「え?」

 

「い、いえなんでも!じゃあいってきます」

 

 思わず語尾が出てしまうみく。これも職業病の一種だろうか。そうして彼女はキャタピーを抱えたまま写真撮影のために例のスペースへと移動を開始した。慌てて駆け去って行くみくに対して職員は訝しげな表情をしたまま。

 

 

 ちなみに写真を撮影する段階になってもキャタピーは起きなかった。みくの再三の呼びかけにも応じず寝息をたてたまま気持ちよさそうに眠るキャタピー。結局みくが申請した用紙には丸まったまま瞳を閉じるキャタピーの写真が使われることになったらしい。

 


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