ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
「イトマルーお風呂上がりのご馳走ですよ♩」
「イトー!」
ヘアドライヤーを用意しながら自らの相棒を見据える浜口あやめ。共に風呂につかった後の彼は窓際で夜風に当たるのを何よりも好んでいるのであった。どく・むしタイプのポケモン、イトマルは開いた窓の隙間から夜月を見上げるのをやめて彼女の元へとトコトコと歩むのであった。
それはかなり大きなクモ型ポケモンであった。全長は50cmで頭部と胴体をくっつけた姿をしていた。薄い緑色をした彼は頭部につんとのびた立派なツノを有していた。かなり…いや凄く人を選ぶ姿をしていると言っても良いだろう。
その彼は6本の足を器用に使いあやめの足元まで這い寄ってきた。大きな蜘蛛が床を這い回るという光景に対して彼女は一切動じることはない。彼女にとってはごくごく見慣れた日常的な風景なのだから。
「はい、お風呂上がりのコーヒー牛乳♩」
「イト〜♩」
ありがとうと伝えてくる自身の相棒に対してにこりと微笑むあやめ。膝の上にかけよって全身を預けてくる彼を抱きしめながら彼女は心地の良い感触に浸る。
ふさふさとした触覚毛の奥にはぷにぷにとした柔らかい皮膚がある事はあまりしられていない彼女だけの知識なのであった。全身からその独特の感触を肌を通して味わっていく彼女。アイドルとしての仕事の疲れが徐々に溶けていくのを感じる。ぷるぷると風呂上がりの髪を震わせながら彼女はため息をついた。
「ふぅ〜癒しの時間です…」
目をとろんとさせながら無意識的に相棒をなでるあやめ。どうかした?と言わんばかりに上目遣いでこちらをみるイトマルに対してあやめはなんでもないですよと微笑とともに伝えた。あぁなんて癒されるのだろう。
膝の上にずしりとのっかる8kgの大型蜘蛛、と記すと嫌悪する女性もいることだろう。事実イトマルの姿を初見したものは皆苦笑するか遠巻きに距離を置こうとするものばかりなのもまた事実であった。
こんなにも可愛らしいのに、と思わずにはいられないあやめ。そうして自身の相棒を手ぬぐいできゅっきゅっと拭き始める彼女。その胴体の湿気や汚れををぬぐってあげるのが彼女の日課なのであった。
「プロデューサー殿は可愛いと言ってくれました…つまり!いつかはイトマルの可愛さが全世界に広まるはずっ…!」
手ぬぐいを片手に決意を改めるあやめ。アイドルとしての願望。相棒が認められて欲しいという願い。色々なものが彼女の決意を深めてくれる。頑張るぞーと明日への活力を固めるあやめなのであった。
きっと心地よかったのだろう。彼女の行為に小さく鳴いて喜んでくれる彼。身をぷるぷると震わせる彼はなんとも愛らしいものであった。
「気持ち良いですかイトマル?」
「イトー!イトイト!」
「ふふっなら良かったです!」
彼の背中に描かれた大きな顔の文様は彼のチャームポイントなのだ。汚れて見えないようになっては可哀想だろう。彼女は精一杯きゅっきゅっと磨いてあげるのであった。
そうして15分ほどかけて磨き終わる彼女。終わる頃にはイトマルの体はピカピカと輝くように綺麗になっている。そんな自身の体を見て喜ぶイトマル。ありがとうと伝える彼に対してあやめはにっこりと微笑んだ。
「さぁイトマル♩次は一緒にあれを見ましょう」
「イト!」
わくわくと言わんばかりにこちらを見上げる彼。そうして彼はあやめが懐から取り出したDVDを一緒に眺め始めるのであった。彼女が撮りためたお気に入りの時代劇映画やドラマを見るのがなによりの娯楽なのであった。
友人から譲ってもらった旧式のDVDプレーヤー。その画面の中から侍や忍者といったあやめとイトマルがなによりも好むもの達が八面六臂の大活躍をする。その格好よさにイトマルは瞳を輝かせて見入るのであった。一人と一匹はこうして時代劇に夢中になって夜を過ごす。
小学生の頃に出会って以来、二人はこうして同じ時を過ごしてきたのだ。毒を持つ大きな蜘蛛という事で最初は色々な人から猛反対をされたものだ。いや、今でもされているようなものだが…。それでも敬愛する祖父の一声でイトマルは見事あやめと竹馬の友となったのであった。
すべてを終えると一人と一匹は就寝の準備にはいる。今日は楽しかったと伝えると片方がまたにっこりと微笑む。そんな穏やかな時間。こうしてあやめは今日もまた相棒と楽しい時間をすごすのであった。