ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
「し、親友…明日は台風があるけど大丈夫か?」
パラッ?と可愛らしく鳴くその生物。パラスはキョトンとした顔をしながら小さな首をかしげるとつぶらな瞳で星輝子を見つめ返した。どうやら台風というものをよく理解できていないらしい。
その純粋でつぶらな瞳はまるで幼児を彷彿とさせる。眩しいばかりの太陽の下で星輝子は強く頷いた。学校帰りのこの時間、この小さな親友と会うことはこの時期の輝子にとってはもはや日課となっていたのだ。
地方の住宅地から遠く離れたこの森林公園。福島県でも有数の巨大公園には広大な自然が栄えていた。馴染みのない人間は大きな山をイメージするとわかりやすいかもしれない。その山の麓に設置されたこの公園は地元の一部の人間しか寄り付かない場所でもあったのだ。
森林公園に設置された木陰のベンチ。そんなベンチの上でチューチューとペットボトルを傾けながら自販機水を楽しむパラスに対して輝子はあたふたと慌てながら言葉を紡いだ。
「テレビでやってたんだ、明日はおーがた台風があるって」
「?」
「え、えーと…台風っていうのはおっきくて怖くて…」
「パラ?」
「う、うーんすごーく強い災害で…」
必死に言葉をつむごうとする輝子。とはいえ彼女自身もまだ小学校低学年。お世辞にも語彙力が充実しているとはいえないだろう。言えば言うほど本来の台風というもののイメージから遠ざかってしまうのを感じてしまう。
それでも台風、である
街中にある看板やら傘やらが吹き飛ばされてしまうあの衝撃はこの幼く小さな親友にはあまりに過酷であろう。いや、そうでなくともどこか抜けているところがあるこの親友である。『お外に風が吹いていて楽しそう!』とばかりにトコトコと外を歩いて台風に吹き飛ばされる未来がありありと見えてしまう星輝子。
そんな星輝子の心配をよそに目の前で飛翔する蝶々に視線を奪われるパラス。あまりにも危機感がなさすぎやしないだろうか。自身の膝の上で楽しそうに手を振り上げる彼に対してどういえばこの災害の恐ろしさが伝わるだろうか。小学2年生の輝子はその小さな手で腕組みをしながら必死に考えた。そうして彼女は一つのワードをひねり出す。
「親友…聞いてくれ台風は恐ろしいんだぞ」
「パラパラー?」
「この間本屋のおばあちゃんが犬をつれてきただろ?あれよりおっきくて怖いんだ」
「パラっ!?」
「ううん、あんなものじゃない。あのワンちゃんが100匹以上襲いかかってくるようなものなんだ」
「パ…パラ…っ…」
ガクガクと震えるパラス。どうやらこの一大事の危機が伝わったらしい。彼は膝の上でプルプルと震え始めた。彼女はこの親友が時たま犬にいじめられていることを知っていたのだ。公園に遊びにきた犬に追いかけ回され号泣していたあの姿を今でも思い出せる。
世間話に夢中になっていた本屋のおばさんはきっと自身のゴールデンレトリバーが未確認生物を追いかけ回し虐待していたなどとは露にも思っていないだろう。
自身のスカートに潜り込んでプルプルと震えるパラス。そんなパラスに対して輝子は彼に声をかけた。
「さ、作戦会議をしよう」
「?」
「親友のお家から…や、役に立ちそうなものを持ってきてくれないか?」
「……パラッ!」
勢いよく手を掲げるパラス。どうやら元気が出たらしい。
ぴょんと勢いよくベンチから飛び降りた彼はトコトコと自身の住処へと向かっていった。住処の周囲にお宝を隠しているのだろう。輝子は彼の後ろ姿を視線で追いながら思考にふけった。
台風は危険だからできることをしてから帰ろう
せめて親友の自宅を可能な限り守ってやらなきゃな、と
そう考えたが故の輝子の提案である。彼のすみかである小さな洞穴、子供がようやく通れるような石と土で出来た小さなその住処を板なりテープなりで補強すれば大丈夫ではなかろうか、という少しばかり安易な発想が根底にあった。
微笑ましげに見つめる星輝子。
ふふんとばかりに彼女にしては珍しいドヤ顔であった。
きちんと防災ができる自分はできるお姉さんだな、とこの時の輝子はそう思っていたのだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
「…あっ…だめだこれ…」
思わず出てしまった断念の言葉。星輝子は自身の見通しが甘かったと天を仰いだ。そんな彼女の眼下ではパラスがつぶらな瞳で輝子を見上げた。『あたまが痛いの?大丈夫…?』とでも言わんばかりの純粋な表情をする親友。
そんな親友の頭をそっと撫でる星輝子。そうして彼女は改めて彼が集めてきた役に立つものを眺めた。小物が数点ほど土の上にパラパラと転がっていた。
透き通るようなビー玉
土汚れが付着したBB弾3個
片手で握れる程度の木の棒
驚くべきチョイスとセンスである。防災に役立つものと言ってこれをもってくるセンスはどこぞの双子アイドルを彷彿とさせる。BB弾でどうやって台風を防ぐのかと小一時間ほど問い詰めたくなってしまう。
まるで小学生男子が選びましたとばかりのその小物群はまぎれもなくオトコの子のそれであった。この中では特にビー玉が彼にとってもお気に入りらしい。
見て見てと言わんばかりに両手でビー玉を掲げて星輝子にすりよってくるその姿。まるで幼児がママに甘えるような、幼稚園児が親戚のお兄さんにコミュニケーションを取ろうとするような、そんななんともいえない愛らしさを感じさせる。
星輝子はそっとあることを考えた。それは以前から考えてはいたことであった。とは言えその行動を実行に移すには、それはあまりにリスキーであった。
とはいえ考えてみればこんな倫理観が幼稚園児並の彼を外に置いておくことの方がよほどリスクのある行動なのかもしれない。未確認生物として国家に捕獲されてしまう危険性を考えれば、家族を説得することなど遥かに容易いのだろう。…きっと
そこまで考えた星輝子は深呼吸をし、ぐっと硬く拳を握った。
「う、うちに来るか親友?」