ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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神谷奈緒と冬将軍

 そこは随分と異質な地下空間であった。神谷奈緒はごくりと唾を飲みながらその地下空間を見下ろした。地下階段の下からはひんやりとした冷気が漏れ出ていた。どうやらイーブイはそこへと逃げ込んでしまったようだ。神谷奈緒は宿題を詰め込んだスクールバッグを片手に立ち尽くした。

 

 それは脱兎のごとくと言って差し支えないダッシュであった。その足の速さに正直唖然としてしまった奈緒。気がつけばイーブイははるか彼方へと走り去ってしまった。慌てて追いかけた先がここだったのである。

 

 346プロダクションの一角、倉庫と化していた北方第3ビル。神谷奈緒は現在その地下にいた。自身の家族でもあるイーブイがこの地下へと駆け出して逃げてしまったのだ。慌てて追いかけてきたものの、たどり着いてみればこのような場所だったという訳である。

 

 奈緒はぎゅっと自身のブラウスの端を掴みながら階下を睨みつけた。正直言って怖い、というかなんだこの空間はと彼女は思っていたのだ。346プロダクションはアイドル事務所であった筈だ。だというのに今自身が降っているこの地下空間はまるでホラー映画さながらである。かつかつと響き渡る音はまるで地下牢獄への入り口だ

 

暗い照明

薄汚れた階段

ところ所に染み付いた何かしらの液体

 

 正直言ってお化け屋敷のようである。小学生低学年位なら怖くて進めないのではなかろうか、と奈緒は直感で感じていた。

 

「おーいブイ助!へ…返事してくれー…」

 

 涙声で問いかける。真冬のような冷気が彼女を襲う。春先である現在では考えられない温度である。季節外れの寒さに思わずガチガチと体を震わせながら、奈緒は勇気を振り絞って階下を降りていく。

 

カツカツ

カツカツ

 

 音が響き渡る。地下へと降りていくたびに照明が暗くなっていく。今では数十センチ先の足元すら見えなくなってしまった。スマートフォンのライトを点灯させながら必死に辿るもののいまだにゴールは目視できない。指先を必死でこすりながらはぁと息をふきかける奈緒。そうして彼女はようやく目標地点へとたどり着いた。

 

「な、なんだここ…ドア?」

 

 それは重厚な鉄扉であった。まるで囚人を閉じ込める扉のような威圧感ある存在であった。厚さだけであっても10cmはあるのではなかろうか、工場にあるような冷凍保管室をイメージすると良いのかもしれない。

 

 そんな扉の中央付近には何かしらのプレートがかかっていた。しかし白い氷柱や霜やらがびっしりと生えて降りとても中の文字が見えなかった。ここにくるまでにブイ助の姿は見えなかった。ということはこの中か、あるいはこの中の住民に何かをされて…

 

ドアの取っ手を掴もうとした瞬間、ドアそのものが突然開きだした。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

「うわぁあああああああああ!?!?」

 

 ドアの向こうからひょいと一人の少女が顔をだした。そうしてアナスタシアは自身の目前で腰をぬかして床に倒れ込んだ奈緒を心配そうに見つめた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ようこそ、アイシクルガーデンへ♩」

 

「アイシクル…?」

 

「こおりタイプの憩いの場、です」

 

 首をかしげて問いかける奈緒。先ほどアナスタシアから手渡された防寒用の衣服に身を包んだようだ、モコモコの毛皮がついた厚手のコートに耳あてが完備された防寒帽子を身につけた彼女。ウシャンカと呼ばれるロシア製のそれは流石の防寒性を兼ね備えていた。温度に余裕ができたことで彼女は改めてその空間を見渡した。

 

 それはまるで氷の楽園であった。氷でできた彫刻に霜の生えた天井。見渡す限りが氷雪色の装飾でできていた。そっと手袋の上から床に触れてみる。キンキンと底冷えした冷気が奈緒の指先へと伝わった。

 

まるで冷凍庫の中にいるみたいだ

 

 凍りつくような意識の中そんなことを考えてしまう奈緒。自身は行った経験もないがきっとここは北海道よりも寒いに違いない。きっとロシアやカナダといったそれこそ極寒の地域に近しい環境なのだろう。奈緒は電子温度計が示す氷点下の気温を見つめながらそう確信した。

 

 しかしこおりポケモン達はこの環境が好みらしい。彼らは見たこともないほど生き生きとしていた。肌や瞳はツヤツヤと輝いていたし、彼らの生態は随分と活動的にも見える。

 

 木製のベンチには大量の雪が降り積もっていた。どうやらこの空間の家具は全て氷か、それに耐えうるような物でできているらしい。そんな空間の中には実に多くの氷タイプのポケモンたちがいた。

 

 ふわふわと漂いながらエアコンの風に吹かれるバニブッチ。どうやら冷たい風が心地良いようだ。対して三匹程度が固まってお昼寝をするユキワラシ。まるで雪傘のような何かをかぶった黒い生物はスースーと規則的にお腹を膨らませて午睡に励んでいるようであった。

 

 雪でできた遊具ではしゃぎながら遊んでいるウリムーとグレイシアを眺めながらアナスタシアは奈緒にこの空間の説明をした。ここはこおりタイプ用の慰安施設らしい。というよりは待機所といったほうが近しいのかもしれない。どうやら職員やアイドルの手持ちポケモン用に開放しているレクリエーション施設のようなものらしい。

 

 

 氷タイプは不遇の存在である

 

 まず彼らは高い気温の場所では生活ができない。できたとしても著しく生活能力が低下してしまうのである。彼らの主な住処は北海道や東北といった豪雪地帯であることもこの一つの証であると言えるだろう。故に、氷タイプは都会では非常にマイナーな存在なのであった。

 

 飼育するのにかかるコストが高いのである。それは年間を通して常に寒い温度を維持しなければならず冷房コストがこの上なくかかるからであった。また種族によってはつららや上質な氷を用意する必要があり、専用の家具も必要になってくるのである。

 

真夏においては役立たず

真冬においては天下無双

 

 このビーキーさこそがこおりタイプの最大の特徴なのである。真冬においては名実ともに最強のタイプ種族ともなる彼らは一部のマニアと豪雪地帯やロシア出身のトレーナーにこよなく愛されている。

 

 そもそも氷タイプとはあまりにも尖った存在なのである。全種族の内最も個体数が少なく、生存可能地域は限られる。一般人が扱うには物理に弱く、攻撃手段に乏しい彼ら。しかしカンナやヤナギ、スズナやハチクといったエキスパートが扱えば一変して氷とは最靭の矛となり得る、テクニカルなタイプ種族なのである。

 

 話はそれたが上記のような理由から346プロダクションでは地方出身者のトレーナーに対して飼育場所を提供しているのであった。

 

 その一つがここ、アイシクルガーデンである。アナスタシアを含めてこおりタイプのポケモントレーナーはここで自身のポケモンを住まわせる事ができるのである。これによりアイドルや職員たちは光熱費等を気にせず職業に専念できるとの事ですこぶる評判が良いらしい。ブイ助を抱っこしながらアナスタシアは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 


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