ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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星輝子とキャタピー

 346プロダクションにはアイドル達が集う様々な場所がある。中でも1Fの端のほうにあるこの休息所は人が少ない事から穴場の人気スポットなのであった。チラチラと光る自販機、木製のベンチとテーブルが並んだその場所に彼女たちはいた。時刻は12時過ぎだろうか。ちらりと横目で見ると中庭で職員達や何人かのアイドル達が思い思いに日光を楽しんでいる様子が見てとれた。

 

 木製テーブルの表面をなぜながら星輝子は忙しない様子でその来客を眺める。そもそもあまり接点がない知り合いである、どう対処したらよいものだろうか。そんな来客である彼女、前川みくは頭を下げてお願いをしていた。

 

「この子の飼育の方法教えてほしいにゃ」

 

「い、いきなりすぎないかな…」

 

 両手をすり合わせてお願いをしてくる前川みく。そんな彼女に対して困ったような表情を浮かべているのは星輝子である。彼女は自動販売機で購入した麦茶へと口をつけながらみくを見る。どうやら彼女が懐から出したぼんぐり製のモンスターボールにはキャタピーが入っているらしい。

 

 正直意外である。日ごろから猫好きを公言していた彼女がどうして虫ポケモンを飼育するようになったのだろうか。いや、それよりも急に自分のところへきて飼育方法を教えてほしい等といわれても困ってしまう。

 

「な、なんで自分なんだ…ですか?」

 

「輝子ちゃんとは一歳違いだし…それに虫タイプって飼育してる子少ないし…」

 

「あ、あぁ…確かにそうかも」

 

「こういう本を読んで勉強もしているんだけど難しいにゃ…」

 

 パッといわれても虫タイプを飼育している346プロダクションのアイドルといわれても思いつくアイドルは少ない。というよりも、これはともすれば自分のアイドルそのものに対する友人の少なさに由来するものなのかもしれないが。思わず自嘲するように暗い表情を浮かべてしまった輝子に対してみくは自身の鞄から一冊の本を取り出す。

 

 どうやらポケモンの飼育に関する専門書であるらしい。彼女から受け取った書物をパラパラとめくった輝子は疑問符を浮かべながらそのかわいらしい顔を小首にかしげてしまう。

 

「こ、これは厳密にはキャタピー向けじゃない…です」

 

「え?虫タイプ向けの解説本じゃないの?」

 

「虫タイプは三種類あるから…これは毒虫系統の専門書…です」

 

「ど、毒?」

 

「うん…虫タイプにも種類があって…普通のと、毒虫群と甲殻群に分かれてるから」

 

 そう言ってその解説書のとある一ページを指し示す輝子。虫タイプには幾つかの種類があり、簡素に行ってしまえば毒を持つか持たないか。硬い外皮の有無等で分類できるらしい。

 

 

 スピアーやスコルピ・ペンドラーといった毒タイプを複合するポケモン。あるいは毒針やどくどくといった技や生態的特徴から毒を扱うポケモンのことである。他の虫ポケモンとは異なる分類の仕方をされており、実際に飼育する際は毒に対しての知識や毒状態になった際の対処法などの講習を受ける必要が生じる。

 

 一方甲殻群はヘラクレスやカイロス・フォレトスといった硬い外皮を持つポケモンである。虫ポケモンの中では一線を画す強靭さと堅牢さを持ち、バトルにおいて至上の強さを発揮する分類でもある。

 

 ちなみに余談ではあるが、毒や麻痺といった状態異常を引き起こす可能性があるポケモンを街中で連れていく場合はそのトレーナーに対して毒直しといった対状態異常に対する薬品・物品等の所持が義務付けられている。輝子自身も各状態異常に対する万能型治療スプレー(なんでも直し)をバッグの中に入れているらしい。

 

 

「た、確かにやたら難しい用語とかあったにゃ」

 

「キャタピーなら初心者向けだから…こういうのでいいと思う…ます」

 

 自身のスマートフォンをみくへとかざす輝子。どうやら電子マーケットでおすすめの電子書籍を提示してくれたらしい。彼女がかざした画面には「初心者向けのおすすめポケモン30!」というタイトルが並んでいた。

 

 キャタピーは全国各地の森林地帯に住んでおり、警戒心も薄く初心者でも捕獲しやすい。また最終進化までの必要経験値も少ない事から短パン小僧をはじめとした子供たちに人気の高いポケモンでもある。

 

 事実、この世界においてもその捕獲難易度の低さと育成の容易さからこぞって飼育された種族の一つでもあるのである。

 

「キャタピーは成長が早いし捕まえやすいから子供に人気…」

 

「へー意外…でもないのかなぁ?」

 

「バタフリーになると格好良くて綺麗…千葉県にあるバタフリーの巣は観光名所…」

 

「わっ!なにこれ綺麗にゃー!」

 

 スマホを眺めて感嘆の声をあげるみく。バタフリーは飛び立つときに独特の鱗粉を放ち、それが光に反射して実に美しい光景となるのである。それがバタフリー達による交尾の時期ともなれば数多くのバタフリー達が飛び立つ姿は圧巻である。

 

 

「みくさんは…虫タイプの特徴ってわかる?」

 

「えーと…街より森に多く住んでるとか?大量に居るとか…?」

 

「うん、繁殖性と成長性…らしいです」

 

 

 虫タイプの最大の特徴は繁殖能力と成長性の速さにある。一匹いればその周囲には同種族の群れが存在する。その一定範囲をコロニー(巣)として生態系を構築していくのが虫タイプである。

 

 また、他のポケモンが一段階進化するまで数年かかる所、虫タイプは半年足らずで進化することも少なくない。その異常なまでの成長速度からバトルトレーナーを目指す人種にとっては最初の一匹として選ぶことも多い。

 

 

「そんなに成長速度が早いんだ…」

 

「うん、特にキャタピーが最終進化した姿は綺麗だから…子供とかブリーダーにも結構人気なんだ…飼育に関してだけど…私よりもネットにあるこのサイト見るといいかも」

 

 そういって再び自身のスマートフォンをかざす星輝子。そんな彼女のスマートフォンをテーブルから身を乗り出すようにしてのぞくみく。むむむと目を細めてみると、そこにはとあるサイトがあった。

 

 そっとスマートフォンの画面をフリックしてみると上から下まで随分と長い記載がこれでもかと並んでいるではないか。ネットには明るくないがこれは随分と手が込んでいるのではなかろうか。

 

「K・S博士のポケモン図鑑…?なにこれ」

 

「いつの間にか存在している老舗のポケモン研究wiki…らしいです」

 

 彼女自身も小首をかしげながら返答を行う。どうやら輝子自身もこのサイトの運営者(編集者)について詳細をしらないらしい。それはこのポケモン黎明時代にひっそりと建設されたwikiであった。

 

ポケモンの簡単な生体情報

技やタイプの概念

進化の系列

ポケモンとの意思疎通に関する論述

 

 ポケモンに関する簡素な特徴が並んでいる。それらは編集不可能なメインデータとして記述されており、各種リンクには一般人も記述可能なデータリストが存在している。そこでそれぞれの地方出身者が観測したポケモンの生体情報を打ち込むことで、データベースへと反映され、メイン情報へと書き加えられる。

 

 つまり、現在どの地方にどのポケモンがいるのかが把握できるようになっているのである。これらはオリジナル世界におけるポケモン図鑑の概念に近しい。

 

 それらは元の世界においてはアカデミー等で習う程度のごく簡単な情報網であった。が、ポケモンという異種生命体が突如現れたこの世界の住民にとっては大きな希望となった。一時は彼らに対して各国軍隊が攻撃を仕掛ける可能性すらあったのだというのだから大変なものである。

 

 とある大災害の結果、2世界間の時空の壁が一部崩壊しオリジナル世界のポケモン達が流出してしまったという非常事態。そんな災害に顔を青ざめた彼女達が苦心の結果完成させた物であった。異界の友人たちに送るせめてもの選別として女史が丹精込めて制作した情報コンテンツでもある。だが、まぁ彼女の苦労話を語るのは後の機会としよう。

 

 そんなプロトレーナーでもある彼女が苦心して作製した制作物を眺めるアイドル二人。中でもみくはふむふむと食い入るように熱心に画面を見つめていた。

 

「キャタピー…いもむしポケモン。足の先は吸盤となっており木登りをしてはっぱを食べる。触覚からは匂いが出て鳥ポケモンを追い払おうと……あ、ピーちゃん!だめにゃ!」

 

 突如みくの悲鳴があがる。その声の先へと視線を向けると…そこには件のキャタピーがいるではないか。モニョモニョと自身の身体をくねらせながら壁を上り、あっという間に天井付近へと上ってしまうキャタピー。どうやらいつの間に主人のモンスターボールから出てしまっていたようだ。

 

「うん…こうしてみるとやっぱりキャタピーも可愛いな」

 

 天井の下で慌てふためくみくを眺めながらつぶやく輝子。輝子にとっての一番は親友をはじめとしたキノコ系ポケモンであるが…やはり虫や草ポケモンは可愛らしいものである。

 

 彼女は天井の下まで行くと自身のポケットから何かを取り出す。彼女の手のひらにはサイコロ状の形をしたものがのっていた。ほんのりと漂う植物のフレーバーに、キャタピーはうれしそうな声をあげて反応を示した。

 

「虫タイプ用のおすすめポロックだぞ…あげる」

 

「ピー♪」

 

「わ、わっ…急に落ちちゃ危ないにゃ…」

 

 天井からぽトンと落ちるキャタピーを抱きかかえるみく。彼女の腕の中に綺麗に収まったキャタピーは嬉しそうな笑みを浮かべてポロックへと顔を寄せた。どうやらこのおやつの香りがお気に召したようだ。

 

 輝子の手のひらに乗ったポロックをクンクンと嗅いだキャタピーはそのままモクモクとおやつを口へと収めていく。そのまま一生懸命にもくもくと食事を続ける様はまるでハムスターのようで実に愛らしい。

 

「こうしてみると虫タイプも可愛い…のにな…」

 

「輝子ちゃんの子も虫タイプなんだよね」

 

「うん…親友は草と虫の複合だから…日中はお昼寝が多い。今もそこの中庭で日向ぼっこしてる」

 

「うん、あの子もなんかかわいい…かも」

 

「草タイプは水と日光浴だけで生活もできるし虫タイプは植物を食べるのが多いから飼育で人気…になってもいいんだけどなぁ」

 

「虫は不人気なの?」

 

「うん、飼育ランキングでも下のほう」

 

 そういってため息をつく輝子。輝子の周りには親友のことを可愛がってくれるアイドルも多いが、中には職員を始め普通の人々からは妙な偏見を受けることも少なくない。また、虫タイプというくくりの中にはかわいいアイドル系ポケモンが少ないのもあげられるだろう。

 

 テレビや雑誌で呼ばれるのはピカチューやイーブイといったビジュアル面で優れたアイドルポケモン達ばかりだ。悲しいことに親友であるパラスがテレビ映えした事はない。ファンであるという少女に見せたところ悲鳴をあげるようにして逃げられたのは今でもちょっぴりトラウマである。

 

 背後で楽しそうに上がるリア充達の声にため息をつく星輝子。そんな彼女に対してみくは彼女に伝えた。

 

「なら私たちで同好会でもつくったらどうかにゃ」

 

「え?」

 

「ほら、グループとかサークル?ってやつ。仲良しな子はみんな作ってるし」

 

「で、でもみくさんと私…あ、あんまり仲良く」

 

「ならこれから仲良くなればいいにゃ!はい、みくのコードあげるね」

 

「あっ…う、うん……にへへ」

 

 みくのスマートフォンに表示されるQRコードを見て慌てて自身のスマートフォンのSNSアプリを立ち上げる輝子。どうやら彼女の数少ない友人欄に、また一つ増えたらしい。そのSNSを見て思わず顔をにやけさせてしまう星輝子。大切そうに、彼女はそっと端末の画面を手でなぜた。

 

 

(親友を可愛いって言ってくれたの…三人目だな)

 

 

 虫タイプとは不遇の存在である。元の世界のバトルにおいて種族値の関係から厚遇されることはなく、この世界においてはその外見から冷遇される存在である。しかし人と世界が変われば、或いは彼らのような存在も受け入れられていくのかもしれない。

 

 


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