ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜 作:葉隠 紅葉
【渋谷凛と植物型ポケモン】
ふと目がさめる。渋谷凛はここ数年ほどでおきまりとなった音にため息をつきながらベッドからゆっくりと起き出した。すこしばかり伸びをする彼女。緩やかに寝癖のついた自身の黒髪をなでつけながら凛は自室から出て行った。
「おはようお母さん…うん、わかってる。行ってくるよ」
自身の母に対して朝の挨拶をする彼女。洗顔をし、そのクマ柄のパジャマを着替える。女子中学生である彼女は制服に着替えるとその上からエプロンを身につけた。そうして身支度を整えた彼女はゆっくりと裏庭にでるのであった。
両親が務める花屋。ここでは日々多くの花を育てては売っていた。都会に設けられた花屋という事もあり、芸能事務所のイベントやら地域の催事やらといった需要が大きかったのだ。こうして花を売っては利益を上げている渋谷家、彼らは穏やかな毎日を過ごしていた。しかし家族3人で慎ましく経営しているこの店では数年前からとある動物が居候するようになったのである。
時刻は午前6時、人々が起き始める時間帯に彼女はこっそりと倉庫へと移動する。そうして薄暗い倉庫の棚から一つの鍵を取り出すとかちゃりとドアを解錠した。店の裏庭に設けられた広い空間、バックヤードへの扉である。そうして彼女はそっとドアノブに手をかけてその向こう側を覗き込む。そこにはお目当の生物たちがいた。
「あぁやっぱり…」
呆れた表情をする凛。どうやら今日も彼らは問題を起こしたらしい。自身の目の前で植木鉢に顔を突っ込んだまま抜け出せないでいる三匹を見て、彼女は大きくため息をついた。
数年前から出現するようになったとある生物達。ポケモンと呼ばれる存在はどうやらここにもいるらしい。花屋の一人娘である渋谷凛は後始末のことを考えては憂鬱そうに頭を抱えるのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「どう考えてもあんた達では入んないでしょ…これで何度目なんだろ…」
『ナゾナゾ〜』
「あぁもう…動かないでよ」
植木鉢の中からするくぐもった鳴き声。ここ数年で慣れてしまったその声をききながら凛は腕まくりをしつつその生物に近寄った。
植木鉢に突っ込んだまま身動きが取れないでいるその生物。足をジタバタとさせているその生物の胴体をつかみ、なんとかひっぱりだそうとする凛。渾身の力を込めてようやく「スポンっ」という子気味良い音と共にその生物は全貌を表した。
「ナゾっ♩」
「はいはい、おはよう」
「ナゾ!ナゾ〜!」
「ひっつかないでよ…まだあと二匹分もひっこぬかなきゃいけないんだから…」
それは珍妙な生物だった。藍色の胴体に真赤の瞳をした生物。その小さく丸い胴体からは二本の足とふさふさの葉っぱが生えていた。まるで植物と動物をかけあわせたような不思議な生物。
助け出された彼らは喜びをあらわにする。その小さな足と胴体を精一杯に伸ばしながらぴょんぴょんと小躍りをするのであった。植木鉢には君のサイズでは入りきらない、そう何度伝えても入りたがるのだ。学習能力があるのだろうか?凛は額に汗を浮かばせながら二匹目のひっこぬき作業にとりかかった。
彼らはナゾノクサと呼ばれる生物であった。くさ・どくタイプである彼らは雑草ポケモンとも呼ばれている。地方では比較的ポピュラーな生物でもあった。ここ渋谷凛の実家でも数年前から住み着くようになったのだ。
数年前、最初は彼らを追い出そうとした。父や地元の青年団が協力体制を敷き力づくでその生物達を追い払おうともがいたのだ。しかし彼らはびくともしなかった。最後はバットやらシャベルやら、武器のような物すら持ち出したが無意味であった。息を切らしながら床に倒れこむ屈強な男性達。その目前で嘲笑うように小躍りする彼らの姿。当時小学生である凛はどこかホラーな心境で見ていた事を彼女自身がよく覚えていた。
彼らは泣いたり怯えたりこそしたもののついぞ駆除しきる事はできなかった。怪我をしようが次の日にはピンピンしているのだから溜まったものでは無い。こうして渋谷家の父は謎の球体草生物に敗北したのであった。
当時は警察にも駆除を要請しようとした事がある。行政府の手を借りようとした渋谷家であったが、警察官からは「街の至る所で未確認生物が現れるようになった。その被害の対応で手一杯だ」といって遠回しに断られたのである。これには父も頭を抱えるしかなかった。当時はフラワーショップ最大の危機であったと言えるかもしれない。
結局その後は紆余曲折の末に
彼らと共存関係を築く事になった
彼等の存在が植物に良い影響を与えることが判明したのが最大の理由であろう。彼らが植物と接すると、その植物はまるで最上の栄養剤を与えられたかのようにすくすくと丈夫に育ったのである。見違えて美しく、立派に成長する花達を見ては腰をぬかさんばかりに驚いた父の姿。こうして渋谷家はこの謎の生物と奇妙な共存体制を築いたのであった。
裏庭の一角に設けられた大型猫用のキャットハウス。ホームセンターで購入した三万円の豪邸が彼らの住居となった。念願の住居を手にして喜ぶ三びきのナゾノクサ。月明かりの元に三匹は毎夜、月下の踊りを堪能するのであった。
ナゾノクサ達は花屋の裏庭で生活をする。そこでは人間から餌という名の水をもらう毎日。代わりに植物の面倒を見てもらうという立派な共存関係。こうして渋谷家はその危機を脱出し見事な黒字経営を成し遂げたのであった。
ちなみに彼らは植木鉢に顔を突っ込むのが好きらしい。何度説明をしても植木鉢をひっくり返しては割っていた。こればかりは共存の弊害とも呼べるのかもしれない。主にその後始末は一人娘が引き受けていたが。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うん、溜まってる」
裏庭の一角に設けられた茶色い醸造壺をながめる。大きさ数十センチ程度の茶色の磁器製の壺。そこにはたっぷりと何かの液体が入っていた。ふんわりと香る濃厚な香りを嗅がないように注意しながら、渋谷凛はマスクをつけたまま作業を開始する。
じつはこの液体、彼らの唾液なのである。彼らが口から発する唾液は植物に垂らすと最上級の植物栄養剤となる事が判明したのだ。人体に悪影響のないクリーンで極上の栄養剤は社会でも大きな話題となった。今では植物に携わる職業人にとっては欠かせない物となったのである。
「唾液をここに垂らして欲しいと」お願いをした所彼らは快く応じてくれたのだ。その見返りに最上級のミネラルウォーターを与えることになった。ある意味ギブアンドテイクな関係なのだろう。
ちなみにこの唾液は加熱すると特殊な蒸気のような香りを発する事も分かった。この蒸気は「あまいかおり」とも呼ばれ一部の人間やポケモン達に絶大な人気を得ているらしい。そのような線もあってか花屋では副業としてこの唾液も販売するようになったのである。
経緯は理解している
その効能もよく分かっているつもりだ
しかし朝から唾液を集める女子中学生ってどうなのだろう。そう思わずにはいられない渋谷凛。年頃の少女としては少しばかり嘆かざるをえなかった。しかしまぁ疑問に思いながらも、これが現代の花屋の宿命かと諦める彼女なのであった。