ポケデレ〜不思議な生物とシンデレラガールズの日常〜   作:葉隠 紅葉

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【渋谷凛と植物型ポケモン2】

 チョークを走らせる音がする。かつかつと子気味良い音を立てながらその男性教師は黒板に文字を羅列した。その文字に視線を走らせる生徒達。彼らはノートを開いてはその内容を板書するのであった。

 

 授業をうける中学生集団。その集団の中に彼女、渋谷凛はいた。彼女もまたその美しいルックスを退屈そうに歪めてはぼんやりと授業を受けているのであった。机の上に置かれたキャンパスノートには『道徳』と書かれている。

 

「転機となったのは5年前の11月に起きた東京タワー半壊事件だ。被害は甚大で重軽傷者は約7500名とされている。この事件をきっかけにそれまで未確認生物とされていた各地の生物達はポケモンと呼称されるようになりーー」

 

 教師による退屈な授業が行われる。それは道徳の授業の際に行われるようになったポケモンに関する授業であった。手元に渡されたプリントを眺めながら退屈な時間を過ごす渋谷凛。窓からそっと外を眺めるとツバメが気持ちよさそうに空を飛んでいた。

 

「すべてのポケモンは戦闘欲求を持つ。これがなぜだかわかる生徒はいるか?」

 

「えーと…より良い餌や住処を求めて戦ってきたからでしたっけ?」

 

「そうだ、生存競争が彼らの原点ともされている。彼らが強い力を持つのはその為だな。では次の項目へ移るぞ」

 

 30代くらいの比較的若い男性教師。彼もまた手元のプリントといくつかの蔵書を片手に授業を行なっていた。このようなポケモンに関する授業は現在多くの学校で行われていた。社会の変化に伴いこのような子供達が知識をみにつける必要性が出来てきたからである。

 

 政府指定の研究書から引用したプリント。そこにはポケモンに関するごく初歩的な知識がずらりと並んでいた。今ではインターネットでも見る事ができるようになったごく一般的な知識である。教師はなおも声を張り上げた。

 

「敗北や戦闘での経験をもとにより自らを強靭な存在へと生まれ変わろうとする変化…これをなんというか、分かる者は?」

 

「えーと確か…適応変化です!」

 

「そうだ、適応変化とよばれる性質を持つ。これを別名では進化とも呼ぶが…よしここから先はべつの生徒に読んでもらうか」

 

 えーと嫌がる生徒の声を耳にしながら、渋谷凛は思考にふけった。ポケモンは強い力を持つ物らしい、それは理解できる。だが彼女にとってはどうにもイメージが湧きにくい事でもあった。あの植物もどきが強い存在であると、彼女には到底思えなかったからだ。

 

 1日の大半を睡眠と日光浴で過ごす彼らの姿を思い出しながら退屈そうに板書を行う凛。さらさらとペンをはしらせてはとりとめもない思考にふけるのであった。

 

 

「ポケモンかぁ…」

 

 ふとつぶやく凛。ポケモンは身近な存在になったとはいえ一般人にとってはまだまだ縁遠い存在でもあった。芸能人が可愛いポケモンを連れて踊ったり警察官や自衛隊員がたくましいポケモンを相棒にしている姿はテレビで何度も見た事がある。

 

 しかし自宅で飼育している人というのはまだまだ少ないのが現状であった。彼女の自宅には三びきの謎植物ポケモンはいたのだがあれは色々な意味で例外である。猛火を吹く獣や竜に比べれば、強くて恐ろしい存在とはとても呼べないだろう。

 

 選択する職業によってはポケモンとの関係はいやでも持たざるをえないのが現代社会である。その為にはそのポケモンにふさわしい知識を身につけなければならない。或いは飼育する為には免許の取得だとかも必要になってくるのだ。やはり苦労やら手間やらはかかってしまうのも確かなことでありーー

 

 と、ここまで考えた凛はペンを止めて考えるのであった。果たして自身のやりたい事とはなんなのだろうか、と。

 

「……」

 

 実家の職業について考える。花は好きだ。花屋の娘として小さな頃から関わってきたし見るのも育てる事にも魅力は感じている。だがそれを生涯の仕事にしたいか、と問われると即答できない自分がいる事もまた確かであった。

 

「やりたい事かぁ…」

 

 そっと窓から外を眺める。先ほどのツバメとともに一匹のポッポが気持ちよさそうに空を泳いでいるのが見えた。翼をいっぱいに広げて空を滑空する様はとても心地良さそうであり、それが今の彼女にとっては苦しい光景でもあった。

 

 何かをなしたいが何をすればよいのか分からない。半端な気持ちではしたくないがそもそも自身が何を望んでいるのかわからない。そうしてジレンマに陥ってしまう彼女。ある意味では健全な年頃の子供らしい考えであった。

 

「……」

 

 自分という存在を大空へと羽ばたかせている鳥達。そんな姿にあこがれをもちながら彼女はぼんやりと空を見つめ続けた。

 

いつの日か見つけてみたい

本当に自分が夢中になれることを

 

 

 ペンを走らせながら彼女はまた退屈な授業へと戻っていく。倦怠感のようなものを感じながら今日もまた日々を過ごしていく彼女。彼女が本当に夢中になれる物にであうのはもう少しだけ先の話である。

 

 

 


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