時が止まる、というのはこういうことだろうか。
路地の入り口に、1人の少女が立っている。
編み込みの入った、腰まで届く銀髪。理知的な紫紺の瞳でこちらを見据えている。
「て、てめえは一体……」
「今なら許してあげる。私の不注意もあったもの。だから、潔く盗ったものを返して」
「……は?盗ったもの??」
「お願い、あれは大切な物なの。あれ以外なら諦めもつくけど、あれだけは絶対にダメ。お願い、いい子だから大人しく渡して」
懇願の気配すら漂わせている少女ーーーー。
だが、現場には不可解な圧迫感が高まりつつあった。言葉にし難い何かが起きている。
「え、ちょ、ちょっと待て。こいつを助けに来た訳じゃねえの?」
「……変な格好の人ね。三対一なんて感心しないけど……私と関係あるのか聞かれたら、無関係よ」
話をはぐらかされているかと思ったのか、少女の口調にかすかな苛立ちが感じられた。
先程の慌てようだと多分こいつらではないだろう。だとしたら……心当たりはある。男達の代わりに、俺は弁明を始める。
「…冷静に考えてみろ。こんなカスどもに強奪が出来ると思うか?恐らく、この先に逃げたガキが貴様の目標としている人間だろう。あの足であればかなり距離はあると思うがな」
「……その言葉は嘘じゃないみたいね。それじゃ、盗った子は路地の向こう?急がないと」
俺の言葉を信じた後、少女の脚が外へ向かう。
男達が露骨に安堵している内に、踏みつけている男の足を折ろうとーーーー
「…つーか、今俺達のことをカスって言ったな!?もう限界だ、すぐに楽にして「でも、それはそれとして見過ごせる状況じゃないの」」
振り返りざまに掌をこちらへ向けた少女。その掌から輝きが乱舞して放たれていた。
硬球が肉を打つのに似た鈍い音が響き、男たちが悲鳴を上げて吹っ飛ばされる。
こいつ、スタンド使いか!?ホワイトアルバムに若干似ているようだが……。
いや待て。何故スタンドを持ってない俺に能力が見えている?スタンドを持たない人間には見えるはずがないのに…!?
「やって……くれやがったな」
氷塊の一撃を受けた男たちが立ち上がる。
足をふらつかせて立てたのは2人だけで、打ち所の悪かった1人は昏倒中。ただ、仲間がやられたことがかえって男たちの逆鱗に触れたらしい。ナイフをもった男とは別の奴が鈍器を手に、臨戦態勢に入っている。
「こうなりゃ、相手が誰だろうが知ったことかよ。収まりがつかねえ、囲んでぶっ殺してやる!二対一で勝てると思ってんのか!?」
「そうね、二対一は厳しいかも」
「ーーーーじゃ、二対二なら対等な条件かな?」
少女の声を引き継ぐように、中性的な高い声が新たに路地の空気に割り込んでくる。
…近くにまだ誰かがいるのか?辺りを見回しても姿が見当たらないのだが。
そんな困惑する俺たちに見せつけるように、少女が手を伸ばす。
「あんまり期待されると、照れちゃうよ」
その手に乗っかっていたのは、猫のような小動物。
もし俺がキング・クリムゾンを所持していたならば、奴をスタンドと断定するのだが、どうやら違うようだ。
「せ、精霊術師…!?」
「ご名答。今すぐ引き下がるなら追わないわ。すぐ決断して、急いでいるの」
少女の言い分に男達は倒れた仲間を担ぎ、路地の外へと向かう。
「面覚えたからな、今度会ったらただじゃおかねえ」
チンピラの精一杯の恫喝なのだろうが……やはり小物極まりないな。
カスどもの姿が見えなくなり、路地に残されたのは俺と少女のみ。
というか…俺は助かったようだな。異様なことが次々に起こり過ぎて、つい我を忘れていた。
とにかく、こいつは俺を助けてくれた恩人だ。悪党の俺が頭を下げるというのはあれだが、礼の一つは告げねばーーーー
「ーーーー動かないで」
「なっ…!?」
そんなことを考えていたのに対し、少女は情を感じさせない冷たい声で睨みながら俺に言った。
彼女の瞳には警戒の色が濃い。俺が男たちと別口だとは理解していても、その存在が善性であるとは欠片も思っていない。自分の言ったことに従わなければ殺すと言わんばかりの、そんな目だ。
屈辱だが、俺は少女の言葉に従うしかなかった。
もし動いたら、きっとさっきの氷塊を雨のように降らせて俺を殺しにくるだろう。
というか、俺はいつまでこの死が訪れるかもしれないという苦しみを味わなければならないんだ。いい加減勘弁してくれ…。
「ーーえ、ちょっと何でそんな怯えてるの?私そんな怖い顔してた…?」
「きっと彼に何か特別なことがあったんだろうね。ちなみに、もう急いだ方がいいと思うよ。逃げ足がすんごい速かったから、きっと風の加護があるよ、犯人」
「なんでそんなに他人事なの、パックは」
「手出し口出し無用って言ったのそっちなのに」
若干の緊迫した空気から嘘のように和らげていっていることに、俺は横で困惑していた。
こいつらは一体何がしたいんだ…。とにかく、さっさと俺の視界から消えてもらわねば。そう思って、会話の場から横を入れる。
「…急いでいるんだろう?俺のことは放って、早くこの場から消え去れ……」
ハァ、ハァ…と息を荒げながら声を発する。
もはや声を出すよりも、精神の疲労の方に意識が集中してしまうのと同時に、その意識が途絶えるような睡魔に襲われる。
死ぬ苦しみを味わうよりかはマシだが、その間に何かに殺されるかもしれないという恐怖ももちろんあり、中々意識に従えない。
「――で、どうするの?」
「関係ないでしょ。死ぬほどじゃないもの、放っておくわよ」
遠ざかり始める意識の彼方で、そんな二人(ひとりと一匹)の会話がわずかに聞こえる。
よし、それで良い…。それにしてもあの小娘、人情味に関してもシビアな見解を持ってやがる。
このまま路地裏に捨て置かれるのか、というネガティブな思考と。
呼吸のように死に続けていた俺を救ってくれたことだけでも御の字だなという安息な思考。
そんな消極的な両結論を得ながら、俺の意識は段々、段々と遠くへ――。
「…と言いたいところだけど、聞かなきゃいけないことがあるから」
「…は?」
その直前、急に少女の思考が180度変わったかのように再度近づいてきたことに、俺は意識をスッと取り戻す。
せっかく少し楽になれると思ったのに、今度は何をする気なんだこいつは…。
そう警戒していたのも束の間、少女は掌をこちらに向けて何かを唱える。
同時に、何故かは分からないが、俺の心と身体が軽くなったような気分へと回復した。
「…貴様、何のつもりだ」
「勘違いしないで。聞きたいことがあるから仕方なく残ったの。それがなかったらあなたのことなんて置き去りにしたわ。そう、してたの。だから勘違いしないこと」
妙に自分の事を押し付けてくるので、流石にそれ以上は突っ込めないでいた。少女は続けて言う。
「こうやってあなたの精神と体に治癒魔法をかけたのも、自分の都合のため。だから、その分に応えてもらうわ」
「…恩着せがましい無礼な態度を取っているのは些か納得がいかんが、まあいい」
『情けは人のためならず』を地でいくような論法だが、俺に治療を施した奴に反抗は出来まい。
少女は厳しい顔つきのままでどことなく声をひそめて問いかける。
「――それで、あなたは私の盗まれた徽章に心当たりがあるわね?」
「心当たり…?ここがどこかすら分からないこの俺に、そんなものあるはずないだろう」
徽章、というといわゆる弁護士や検事、自衛官などが身分を証明するためにつけるバッジに当たるものだろう。
この街に来てまだ間もない俺に、それを見たと言う記憶は皆無である。
よって、彼女の求めているだろう期待に応えることはできない。
しかし、少女はそんな俺の答えに対して落胆した様子もなく頷き、
「そう。それじゃ仕方ないわ。でも、あなたには何も知らないという情報をもらうことができたわけだから、ちゃんとケガを治した対価は貰っているわね」
と、詐欺師もびっくりな論法で自分の丸損を表明したのだった。
知らない、そんな一言で治療の対価を貰ったとほざいているのだから、当然俺もあっけにとられていた。
それに対して少女は吹っ切るように大きく手を叩き、
「じゃあ、もう行くわね。悪いけど急いでるの。ケガは一通り治ってるはずだし、脅したから連中ももう関わってこないと思うけど、こんな時間に人気のない路地裏にひとりで入るなんて自殺志願者と一緒だから。あ、これは心配じゃなくて忠告よ。次に同じような現場に出くわしても、私があなたを助けるメリットがないから助けなんて期待されても困るから」
俺に発言する権利を与えないほどの早口で言いまくしたてて、押し黙る俺の沈黙を肯定と受け止めたのか、少女は「よし」と満足そうに呟いて身をひるがえす。
「ゴメンね。素直じゃないんだよ、うちの子。変に思わないであげて」
笑いを含んだ口調でフォローして、スタンドに似た猫は少女の肩にやわらかに着地する。少女の手がその感触を確かめるように猫の背を一度撫で、その姿は銀髪の中にもぐるように消えた。
まあ、奴が納得しているのなら、それで良いのだーー
…いや、待て。
もしあの小娘がこのまま立ち去ったとして、俺はどうすれば良い。
GERも未だにやってこない今、俺はこの街で、この世界でどうやって生活していけばいいのだ。
もうこんな腐った路地裏でホームレスのように絶望しながら生きていく訳にも行かない。
…確か、あいつの求めているものは盗まれた徽章だったな。
盗まれたということは、元々は小娘が所持していた物。つまり、弁護士やら何やらの上級職に就いている、あるいは貴族なのだろう。
仮にそうだとして、奴の跡をつけば何か良い情報を手にすることが出来そうだ…。
「――おい、待て女」
路地の入口、大通りへ繋がる場所で首をめぐらす少女、その背中に声をかける。
長い銀髪を手で撫でて、わずらわしげに彼女は振り返り、
「なに? 話ならもう終わったわ。もう私とあなたは無関係の他人です。ほんの一瞬だけ人生が交わっただけの、赤の他人。それと、私は女なんて名前じゃ」
「黙れ」
「…っ!?」
先程怯えていた奴とは一変して、冷めた口調で問いかけられた少女は俺の一言でほんの一瞬だが体を震わせていたように見えた。
二重人格なんじゃないか、と思われているかもしれないが、これがこのディアボロの本心だ。今はこいつのおかげで気分が穏やかだ。
「俺を回復してくれたことの恩返しに、お前の手を貸すことにした」
「でも、あなたは何も……」
「何をしようがしてまいが、とにかく俺に恩返しをさせろ、と言ったんだ。俺をこんな公衆便所のような腐った場所で孤独死させるつもりか?」
先程とは立場が逆転して、俺は威圧するように少女に念を押す。
お前がやったように、俺も沈黙を続けるのならば肯定と見なすが…。
「――変な人。意味分かんない」
口元に手を当てて、珍獣でも見るかのように小首を傾ける。
真っ向から俺の同行を否定するか、こいつ…!
「言っておくけど、なんのお礼も出来ないし、そもそも恩返しされるようなことしてない。ケガのことなら、ちゃんと代価は貰ってるから」
あくまで頑なな姿勢を崩さない少女。
そんな彼女の頑固な態度に、「それなら」と前置きを入れる。
「それなら、これも俺の都合のためだ。『過去の自分に打ち勝つという試練』のために俺はお前に手を貸す。これでどうだ?」
「でも……私は」
「意地を張るのも可愛いと思うけど、意地を張って目標を見失うのは馬鹿馬鹿しいと思うよ。ボクはボクの娘が馬鹿な子だと思いたくないなぁ」
言いたいことは言い切ったつもりだ。
そんなやり切った顔の俺に少女は思案顔。しかし、そんな彼女の頬を肩に乗る灰色猫がその肉球でつつき、
「素直に受け入れておいた方がいいと思うよ? まったくの手がかりなしで探すなんて、王都の広さからしたら無謀としか言いようがないし」
「でも……私は」
「意地を張るのも可愛いと思うけど、意地を張って目標を見失うのは馬鹿馬鹿しいと思うよ。ボクはボクの娘が馬鹿な子だと思いたくないなぁ」
肩をすくめて挑発的にたしなめる小猫に少女の眉尻が上がる。
それから彼女はしばらく落ち着きのない様子で悩んだ挙句、
「――本当に、なんのお礼もできないからね」
なんとか交渉を成り立つことが出来た。
少し、いやかなりめんどくさい奴だが、帝王の力を取り戻すまでは利用させてもらおうか…。
「(…勿論、彼女に手を出したらすぐ様殺すけどね)」
今日のボス:ほんの少しだけ自分の威厳を取り戻す。