八雲紫 彼の地にて、斯く戦えり   作:片腕仙人

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エムロイのキャラは想像です


死と断罪と狂気の神、使徒はゴスロリ?

 その日は珍しくハーディという悩みの種が現れずに平和を謳歌することが出来ていた。毎日がこんなふうに平和ならばどれだけいいものか。

 

 とはいえ、家に籠もってゆっくりとしているという事はしない。平和ならば家でくつろいでいればいい、そう思うだろうが前にそれをしていたらハーディという厄介者がやってきて厄日になってしまった。それはもう御免。

 

 空を見上げれば雲ひとつない晴天。こういった日は風の向くまま気の向くまま、目的もなく歩みを進めるというのも乙なものである。道が別れていれば己の脚の気分に従い進み続ける。

 

 こんな風にしているといつもは気が付かない事にも気がつくもの。心地の良い風、その風にそよぐ花や樹。葉っぱ同士が擦れ合い湧き起こる微かな音。鳥たちの囀り、羽ばたく音、それらの全てが新鮮に見え、聴こえる。

 

 

「私は死と断罪の神エムロイ。お前がアイツの言っていたユカリか」

 

 

 ――――――そう、平和とは格も脆く儚いもの。でも今日は過去最高調で平穏な日。悠々自適、順風満帆、全ては私の脚の気分で決まり今の気分はうなぎのぼり、ひつまぶし。果たしてこの世界に鰻は存在しているのか。これから探しに行くのもいいかもしれない。

 

 

 場所は移り変わり木漏れ日の差す森林。その光景はただただ美しく人工的には創り出すことはできない神秘。工業施設や住宅開発、そんなものの存在しないこの世界ならばここまで澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むことができる。

 

 手を一切つけられていない本来の自然、ありのままの姿。ほら、右を見れば樹の枝に色鮮やかな鳥が止まっている。そして左を見れば飲み込まれてしまいそうな深い漆黒の鳥、カラスが一羽、二羽、三羽⋯⋯⋯4、5、6、そしてその下には――

 

 

「私は死と断罪の神エムロイ。何故無視をする」

 

 

 黒いローブのようなものを頭から被った謎の動物がいる。きっと人に近しい動物なのだろう。二本足でしっかりと立っている。其れに珍しい鳴き声、なんとも長くまるで喋っているかのようにも聴こえる。

 

 

 では次の場所へ行ってみましょう。今度はスキマを使い少し遠くへと向かう。やはりあまり来たことがない場所というのは羽を伸ばすのには最適ね。スキマから出て少し行った場所に綺麗な湖があった。今は靴を脱ぎ足首ほどまで浸かっている。肌に触れる水が冷たく火照った脚を冷やしてくれる。

 

 対岸にはまたしても黒い動物がいるが今回は機嫌が悪いのか少しむくれている様に見える。さて、十分休んだ事だしもう少し散歩を続けましょう。そうしてだんだんと日は傾き夕日が辺りを紅く染める。夕日を背に家へと帰る、散歩の締めくくりとしてはなかなかに上出来ではないだろうか。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯ふむ」

 

 ふむ、ふむふむ、ちょっと急用を思い出しましたわ。扇子で扇ぎながら進行方向とは逆へ向き直る。今日は家へと帰らずにあの夕日が沈む地平線へと向かってみましょう。私、八雲紫は気分屋の賢者。常に心は遷り変わる。

 

 数歩進むと不意にクイッと袖を引っ張られ立ち止まる。気のせいであってほしいが気のせいではない。後ろをちらりと覗くとそこには黒いローブの少女がこちらを見上げていた。

 

「⋯⋯むうっ」

 

 頬を膨らませ目尻に涙を浮べている。ということでいい加減現実を受け入れるべきかもしれないようですわね。今日一日は平穏で平和な素晴らしい日、そう自分を騙していたけれどずっとこの娘がつきまとっていた。

 

 

「はぁ⋯⋯で? なんのようかしら。黒いローブのお嬢さん」

 

「⋯⋯っ! わ、私は死と断罪の神エムロイ。やっと相手にしてくれた」

 

 ぽすっと小さな腕で腰回りに抱きついてきたエムロイという少女。いや、神の少女。これはまたしても問題の種が自ら私の元へとやってきたらしい。ただこんな風に抱きつかれては動きづらいことこの上ない。ひとまずは引き剥がすことから始めるべきだろう。

 

「ほら、いつまでもくっついてないで離れなさい」

 

「ん、んん⋯⋯やだ⋯⋯むぅ」

 

 まるで年端も行かぬ少女が親に甘えているかのように駄々をこねる。瞳は潤み、ギュッと握ってくる、さらに身長差のせいでどうしても上目遣いになっている。まあ、何が言いたいかというととても可愛いということ。まだ知らぬ母性本能というものをくすぐられているのか、ハーディというぶっ飛んだ存在がいるから余計にそう思えるのか、私は前者だと信じたいが後者のほうが有力かもしれない。

 

 

 それじゃあ、エムロイ。私のお家、くる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 日はすっかり落ち夜の帳が降り、世間ではきっと夕飯時だと思われる時間。夕飯をとる住宅、村、街があるのであればという制限はつくものの我が家も夕飯の時間である。だが今回の食卓には客人がいる。

 

 私の対面に座っている黒いローブを着た少女、今はフードをとっているのでしっかりと顔を見ることができる。私の作った料理を口いっぱいに頬張るその姿は例えるならば木の実を頬張り頬が膨らんだリスとでもいうべきだろう。もっ、もっ、という効果音でも付きそうなくらいよく食べる。

 

 

 この可愛らしい小動物チックな少女だが散々私の前に現れて名乗っていたが死と断罪の神という見た目と絶対につりあっていない、不釣りあいここに極まれりといった存在、名前はエムロイ。多分そういうのはハーディの方が釣り合っている。

 

 ふうっ、と一息つき完食そしてこちらに視線を移す。

 

「私は死と断罪の神エムロイ」

 

「それ毎回言わないといけない決まりでもあるの?」

 

「⋯⋯⋯⋯ない」

 

「なら別にそう何度も言う必要は内でしょう。死と断罪の神エムロイ様?」

 

 神、エムロイはムスッとした表情になりこちらを見つめてくる。ただそう何度も口うるさく言われれば嫌でも覚えてしまう。

 

「私はエムロイ、お前がアイツの言っていたユカリ。確かに何処か不可思議な存在。でも強い」

 

「その口ぶりからすると誰かから私の事を聞いていたようね。いったいどなたかしら、私の事を言いふらして回る愚か者は」

 

「ハーディ」

 

 エムロイはただ一言抑揚なく告げた。あ~あ、その名前はできれば聞きたくなかった。エムロイが神という時点で察してはいたが一縷の望みをかけてみたが無駄だった。ハーディのうふふ、という笑みが目に浮かぶ。

 

「アイツが私に自慢ばかりしてくる。真の愛を知ったとか、これまでにないほどの高揚しているとか、使徒にするなら絶対ユカリだとか。イライラするから本人に会いに来た」

 

 なんとも頭の痛い話ですこと⋯⋯。何が真の愛なのだろうか。頭のネジが緩んでるんじゃない?

 

「外の」

 

 外? 外がどうかしたのだろうか。もう暗くなり普通の人間では一寸先も見えないだろうがなにか気になったのだろうか。

 

「あの靄はなに? ここに入るときモヤモヤして気持ち悪かった」

 

「ああ、あれのこと。あれは、まあ、ハーディ避けの結界よ。あれがないと私のプライバシーも何もあったものじゃないから」

 

「⋯⋯それでいいと思う。アイツはしつこいから」

 

 エムロイは私を憐れみの目で見ている。ハーディがしつこいのは身を持って理解している。できれば理解したくはなかったのだけど。エムロイはこちらを身体を揺らし様々な角度で観ようとしている。

 

「やっぱりお前は強い。私の使徒になってもいい」

 

 使徒、神の使い、神官、呼び名は様々。ハーディも私を使徒にしたいと言っていた。エムロイも私を使徒にしたいのか、それとも私を手元に置いていきたいのか定かではないがもしそうだった場合かなりまずいことになる。

 

 ハーディだけでも厄介だというのにここにエムロイまで加わったら私の辞書から平穏という二文字は完全に消え去ることになるだろう。ハーディと違ってエムロイはぶっちゃけ可愛らしい部類に入る。だからこそ出来る事ならば投げ飛ばす事はしたくない。

 

「悪いけど遠慮しておきますわ。あいにくそういったものになる気はないので。この先もね」

 

「そう、なら無理にはしない。ただお前がハーディのものになるのは勿体ない。だから先に使徒にしようとしたけどその気がないなら別にいい。でもハーディの使徒にだけはならないほうがいい。なにより自慢されるのが嫌」

 

 エムロイは表情を変えぬままそう矢継ぎ早に口を動かす。強い者がハーディの手中に収まるのははっきり言っていい気分がしない。だから自分の手中に収めておきたい、もしも無理ならば絶対にハーディ、その他の神の使徒にはさせない。そのために釘を刺しておくこと、それがエムロイの目的だった。

 

 

 だが本音を言うとハーディがこのユカリという人物を手に入れたら絶対に自分に自慢してくる。しかもこれまで以上にしつこく粘着質に。それだけは絶対に回避したい、それがエムロイの本音、本心である。

 

「それじゃあ私はもう行く。使徒にならないなら用はない」

 

「その割にしっかりと食べていっていたけどね。まあ、暇だったら顔でも出しに来なさい。私が絶対に居るとは限らないけど。⋯⋯あと、ハーディは連れてこないこと」

 

 エムロイはこくりと1度だけ頷き律儀に扉から出ていった。その気になればその場から消えることも出来るというのに。それに用はないなんて言っておいてしっかりと私の呼びかけには答える。エムロイって実はいい子なのではないだろうか? 間違いなくハーディよりはいい子、それは絶対。

 

 

 今日はなかなか良い一日だったのではないだろうか。厄介者が増えると思ったがそうでもないみたい。エムロイとはうまく付き合っていきたいものね。

 

 

 

 

 

 

 

 

2日後

 

 

 

 長い年月、我が家の一角を守ってくれていた扉が老朽化からか少し開きづらくなってきたなぁ、と思いながら扉を開ける。

 

「私は死と断罪の神エムロイ⋯⋯」

 

 

 お決まりの台詞を口に現れたのはほんのちょっと前にあってすぐにハーディよりもいい子だと分かったエムロイ。今日も今日とてカラスを引き連れてのご登場。ただ今日はどこか浮かない顔。膝を抱え木陰で縮こまっている。こころなしかカラス達もしょんぼりとしている。

 

「何をしているの、エムロイ?」

 

「⋯⋯待ってた。お前のこと」

 

 待っていた? 何故かは知らないけど一つだけわかったことがある。エムロイはハーディと違い待つことができる子だった。ハーディだったら今頃強引に押し入ろうとしているか入っているだろう。そういう点で言えばエムロイは素晴らしい子であると言える。

 

「⋯⋯ん」

 

 とてとてと駆け寄って来てぽすっと腰の辺りに抱きつく。紫は表情を変えぬまま、だが内心は驚いていた。触れることで改めて感じる人とは違う感覚。普通の者には感じ取ることはできない。

妖怪であり、その中でも高位の存在である彼女であるからこそ気づけた。

 

「何故、待っていたの」

 

「ハーディが⋯⋯」

 

 またアイツか、口には出さなかったが息をするようにスッとその考えが浮かんだ。

 

「ハーディが私のこと⋯⋯黒ばっかりで、根暗だって⋯⋯根暗じゃないもん⋯⋯」

 

 ギュッと服を掴む手に力がはいる。神といえどまだまだ子供、精神はまだ幼いのかハーディがそういう嫌味な性格のせいなのか、原因は知らないが一つだけ分かることがある。

 

 

 エムロイは根暗ではない、理由は一つ。可愛いから。こんな子なら使徒になってあげてもいいかもしれない。そう思うほどに。

 

「今、使徒になりたいって思った?」

 

「⋯⋯いえ、そんなことないわ」

 

 クワッと顔を上げこちらを見るエムロイの目は完全に据わっていた。ついつい冷や汗をかいてしまい、その汗が背筋を通っていくのが分かる。

 

 サラッとこちらの思考を読み取ってくる辺りはやはり神なのだと再認識させられる。普段ならば読まれないように境界をぼかしていたが少し気が緩んでいたらしい。

 

「そう⋯⋯」

 

「⋯⋯それで、ハーディがあなたを根暗だって言ってきたと?」

 

「うん、他にも色々自慢してくる⋯⋯最近はいつにも増して鬱陶しいくらい」

 

「それはもしかして私と会ったときくらいから増してきたということでいいのかしら?」

 

 エムロイはこくりと小さく頷く。

 

 紫はそれを聞き あ~、そういうことか となんとも申し訳ない様な苦々しい表情を浮かべた。紫の予想はこうだ。

 

 

ハーディが私の自慢をエムロイにこれでもかとする(多分有る事無い事捏造して)

 

 

エムロイ自慢されすぎてノイローゼ気味になり事の発端の私を探し始める

 

 

私を見つけて吟味してみるとエムロイ本人曰く強い、興味が湧く

 

 

私がエムロイに優しくする

 

 

ハーディ嫉妬、意地悪姑みたいになる(←多分今ここ)

 

 

 

 ハーディは普通にしていれば害のない少女なのだがアレではいくら私といえど遠慮願いたい。対してエムロイは礼儀正しく見た目通りの少女。人の家にも勝手に入らないし。

 

「なんか、ごめんなさいね⋯⋯」

 

「? 何故、ユカリが謝る必要がある。謝るべきはアイツ」

 

「あ、ははは⋯⋯そ、そうね⋯⋯ただ原因がこっちにあるというか⋯⋯」

 

 エムロイはよく分かっていないらしく首を傾げている。ハーディにはない反応である。ただこのまま放っておくとエムロイに対するハーディの嫉妬兼ある筈の無い自慢が終わることはない。無視してしまえばいいのだろうがただ無視するだけでは釈然としない。だからこそ――

 

「ハーディの事は無視してなさい。気にするだけ向こうは調子に乗るだろうし。あなたは好きな時に家に来なさい。歓迎するわよあなたはね。むしろそれを自慢してやってもいいくらいでしょうし。そうすれば――」

 

 

――ハーディの悔しがる顔が拝める

 

「――っ!」

 

 エムロイは天命でも得たかのように驚愕の表情を浮べている。神なのに、そこはまだ子供⋯⋯と言ってもいいのか定かではないが子供ぽい。

 

「ユカリ、これはなに?」

 

エムロイは窓を指さし不思議そうに見つめてくる。

 

「それはガラスよ」

 

「ガラス?」

 

 この世界にはガラスという物が存在していない。まだ発見されていないのかはまだ未知ではある。この世界での窓は採光と通風が目的のものが大半、ただ私としては窓には窓ガラスがあって欲しい。

 

 ガラスは砂からできている。砂と言っても珪砂というもの。珪砂は砂場とかでよくキラキラと光っている物が混じっていたりするアレ。あれが珪砂、それとソーダ灰、石灰を混ぜてドロドロに溶かして〜と色々工程があるわけだけど今の世界では設備やらなにやら考慮すると大変な労力になってしまう。

 

 ただそれはいちからすべてを作ろうとすればの話であって私はその類に含まれない。珪砂を集めるには境界をいじり目的のものだけを取り出せば完了。石灰も作るのにはかなり面倒くさいが境界を使っていたほぼすべての工程を飛ばして作ることができる。

 

 あとは混ぜて高温、1700度以上の温度で溶かして工程をすっ飛ばしちゃちゃっと冷やせば完成。

 

 もちろん出来上がるのは不純物などは一切無い完璧なガラス。もしこの世界にガラス職人でもいたらふざけるな! と言われること間違いないだろう。まあガラスの製法を広める気はさらさらないのでそんなことにはならないのだが。

 

 エムロイは興味深く指先でつんつんと突っついてみたり様々な角度から眺めていた。その日はエムロイとゆっくりしながらすごし別れ際にガラスで作った薔薇をプレゼントした。色は紫、ハーディに見せつけるには丁度いいだろう。

 

 

そしてその数日後――――

 

 

 

「ユカリッ!! ユーカーリー!!! この結界開けて!!」

 

 

 ハーディがやって来た、血相を変えて。まだ朝早いというのに喧しいことですわね。扉を開けて顔だけ出してみる。

 

「あっ! ユカリ♡ ねぇ、私もあなたの作ったアレ欲しくってぇ〜。お ね が い ♡」

 

⋯⋯⋯⋯⋯⋯にっこりと笑顔を浮かべハーディへと声を出さずに返答する。

 

 

 

 お こ と わ り ♡

 

 

「えっ? ユ、ユカリ? ねぇ? 待って!? 戻ってきてっ! ユカリ――」

 

 

その日は扉を固く閉ざして外へ出ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある晴れた日、ゴツゴツとした岩がむき出しになっている荒野。草木は僅かにしかなくあってもやせ細ったすぐにでも折れてしまいそうな木や茶色くなって既に枯れているのか判断できないような草花しかない。

 

 そんな荒れ地には縁のない、その場には似つかわしくないであろう存在があった。それは一人の少女。その少女を見て誰しもが初めに『黒い』と思うだろう。色素が抜けたかのように白い肌に漆黒の髪、漆黒の瞳。黒い衣装には黒いフリルや装飾がついていて傍から見ても高級な代物だと分かる。漆黒の髪に漆黒の瞳、黒い衣装。黒一色に染まった少女というだけでもなかなかに目を引く存在だがそれだけではない。

 

 身長150cmそれよりも低いだろうか、それほどに小柄な少女だというにも関わらずその肩には身長の倍の長さはあるハルバートを担いでいる。ハルバート、それは大人でも持つのに苦労する重い鉄塊のような斧に長柄をつけた武器。少女とこの武器は普通であれば合わさることなどありえない。

 

 黒い少女は顔色一つ変えることなく鼻歌でも歌い始めるのではと思わせるように足取りは軽やかである。

 

 

 

 だがこの場にはまだ似つかわしくない者が一人いた。黒い少女の向かう先、その方角からやって来るのは日傘をさした金髪の女性。少女が黒であればこちらを表す言葉は一つ。紫、それにつきる。

 

 黒い美少女と紫色の美女、どちらも荒野になどいるはずのない人物。二人は何に動じることもなく進み続けすれ違う。その時、紫の瞳と漆黒の瞳が一瞬だけ交差したように見えた。日傘の美女は歩みを止めることなく進み続ける。だが黒い少女はすれ違ってすぐに立ち止まった。

 

 その瞬間、ブンッ! と風を切る音が辺りに響き渡る。その音の正体は黒い少女の持っていたハルバート。少女はその場で回転するようにしてハルバートを振り回した。それは二人がすれ違ってすぐの出来事。日傘の女性もハルバートの間合いに収まっている。

 

 普通の人間であれ何であれそう簡単にはこのなぎ払いを避けることはできない。戦争を経験した熟達の兵士でさえも躱すことは困

難。その少女が軽く放った一撃はそれほどまでに鋭く速いものだった。

 

 無常にもその鋭い一撃は日傘の女性の胴を捉え肉を裂き、骨を砕き上半身を弾き飛ばす。鮮血を撒き散らし引き裂かれたか上半身と下半身が力なくズシャリと崩れ落ちる――――

 

 

 

 

――などということはなかった。

 

 

 

 少女が最初に感じたのは肉を裂く感覚ではなく空虚感。自分の獲物が対象を捉えた感覚は存在していなかった。女性がいたはずの場所にはゆらゆらとゆっくり落ちる日傘だけが残されていた。

 

 その時、光を発する何かが少女の頬を掠める。少量の血が頬をつたう。それをまるで喜ぶかのように広角を上げペロリと舌先で舐めとった。

 

「⋯⋯ふ~ん」

 

 まるで値踏みするかのような表情を浮かべる。その瞬間凄まじい速さで地を蹴り自分の背後にいる女性へと迫る。蹴りぬかれた地面は地割れをおこし少女の脚力が人外じみているのが伺える。女性へと一直線に進み勢いを殺さぬまま手に持ったハルバートで斬りつける。

 

「――っ!」

 

 ここで驚かされたのは黒い少女の方だった。助走をつけた一撃。兵士の鎧など紙切れのように切り裂けるはずの一撃だった。だが目の前の女性は地に伏せるどころか短い棒のようなもので受け止めてみせた。ガキンッ! と金属同士がぶつかり合う激しい音が辺りに響く。

 

 黒い少女は一瞬だけ驚いたようだったが即座にハルバートで再度斬りかかる。だがまた同じように受け流される。二度三度と幾重にも打ち合う女性と少女。荒れた荒野には金属同士がぶつかり合う音のみがこだまする。大の大人でさえ持ち上げるのに一苦労のハルバートをまるで自分の一部のように軽々と扱い舞うように連撃を繰り出す少女。力では圧倒的に勝っている。だが決着はつかない。

 

 

斜め上からハルバートを振り下ろす

 

刀身の軌道を逸らされ受け流された

 

 

 

横薙ぎ、と見せかけその場で回転し斬り上げる。軽々と地面を抉るほどの威力

 

身体を半身にしてギリギリで躱された

 

 

息をつく暇を与えぬ連撃

 

受け流されはするが徐々に後退させている

 

 

 少女はそこから勝機を感じ取った。打ち合いを重ねるにつれてハルバートを振り抜くスピードがより速くより鋭くなっていく。女性はなんとか受け流しているが劣勢。少女は僅かに笑みを浮かべ始める。

 

 一際大きな衝突音が響き大気を揺らすと同時に女性は大きく飛び退け少女と距離をとる。女性と少女、ごく僅かな時間の睨み合い、動き出すのは同時。

 

 自分の獲物を構え互いに一直線に向かっていく女性と少女。交差するようにすれ違うと同時にバツンと何かが千切れるような音がなる。そして少女の体はゆっくりと地面へと崩れ落ちた。

 

 崩れ落ちた少女には右腕と頭部が存在していなかった。失われた部分から鮮血が溢れ出す。少女が崩れ落ちてすぐに交差時に吹き飛ばされたであろうハルバートが落下して地面へと深々と突き刺さる。ハルバートには少女の右腕がぶら下がっていた。

 

 失われた頭部はというと勝者である女性の獲物、扇子を広げたその上に鎮座していた。生気を失った光のない瞳、この少女の運命はここで尽き――

 

「いったぁぁぁいッ!!!」

 

「うへぇあっ!?」

 

 突如首だけとなった少女が叫んだ。まさか叫ぶなどと思うはずもなかった女性は素頓狂な声を上げ驚き扇子ごと少女の頭を落としてしまう。

 

「うぶっ!! ちょっとぉ、あなたぁなんてことするのよぉ!」

 

 頭部だけの少女は地面に顔面から落とされ文句を言っている。扇子の女性は自分のあげた素頓狂な声に少し頬が赤く色づいているのを閉じていた扇子を広げ覆い隠している。それと同時にドクンドクンと早鐘を打つ心臓に落ち着けと言い聞かせ同様を見せまい、そういった意味もこの行動に現れている。まあ、あれだけヘンテコな声をあげた時点でお察しではあるのだが。

 

 扇子の女性はしゃがみ込むと地面へ落ちた頭部を興味深そうに指先でつんつんしている。少女の頬はぷにぷにと柔らかくそこは普通の少女である。

 

「ちょっとぉ! なにしてるのよぉ⋯⋯はやく体にくっつけなさいよぉ」

 

 少女は鬱陶しそうにそう告げる。だが女性は指先ではなく扇子で頭をポンポンと軽く叩き始めた。それに対して少女はギャーギャーと声を荒らげるが女性は我関せずといった様子。しばらくそれは続きようやく頭を体につけるために持ち上げた。

 

 

 黒い服を着た頭部の無い少女の身体を手頃な岩へ立てかける。少女もそれを見てやっとか⋯⋯と思ったが何故が女性は自分を首に置くだけの筈なのに両手で抱えその腕を振り上げた。

 

「⋯⋯ねぇ、なにして――」

 

「ふんっ!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」

 

 ブンッ! と風を切るような速度で連結部へと振り下ろされた少女(頭部)は悲鳴をあげてしまう。ブッピガンという音でも聞こえてきそうなものだったがお生憎、響いた音は生々しくグチャ、ネチャっとどこか粘着質のような音であった。

 

 かなり手荒に置かれた少女の頭部はまたたく間に身体と一体化し首筋に残った血を拭い取り⋯⋯殴りかかった。

 

だが女性は軽々と避ける。

 

「あら? 何故そんな事をする必要があるのかしら。望み通りに置いてあげたでしょう?」

 

「なぁにが、置いてあげたよ! あんなに強くする必要ないでしょぉ。⋯⋯背、縮んでないわよねぇ」

 

 残った片腕で頭を撫でる少女。少女はハルバートのもとへ向かって残った片腕とハルバートを回収し女性へと視線を移す。

 

「それでぇ、あなたはいったい何なのかしらぁ?」

 

「それはこちらの台詞ですわ。あなたは何なのかしら、首をはねられても死なないお嬢さん?」

 

「お嬢さん? ふ~ん、私をお嬢さん呼ばわりなんてぇ失礼じゃない。人はぁ見かけによらないものなのよぉ」

 

 腰に手を当て胸を張る少女。

 

「あら、これはこれは失礼いたしましたわ」

 

 ペコリと素直に頭を下げる女性。それを見てふふん♪ と機嫌が良くなる少女。だが女性の言葉はそこで終わらなかった。

 

「お嬢さんではなく、お嬢ちゃんでしたわね。失礼いたしましたわ。本当に人は見かけによりませんわね」

 

「なっ!? あ、あんたぁ! 私をお嬢ちゃんですって!!」

 

 少女はハルバートを地面に叩きつけ怒りをあらわにした。だがすぐに何かを思いつきニヤリと笑みを浮かべる。

 

「フフフ、あなたぁ私のこと知らないのね。私は暗黒の神エムロイの使徒、ロゥリィ・マーキュリーなのよぉ!」

 

「エムロイの⋯⋯!」

 

 女性は少しだけ動揺したよう見える。それを自信満々に胸を張り蠱惑的な笑みを浮かべるエムロイの使徒、ロゥリィ・マーキュリー。

 

 ようやく己の立場、私の偉大さが分かったかと女性へと視線を向ける。さぁ、悔しがれ! 私をお嬢ちゃんなどと呼んだことを泣いて詫なさい! ロゥリィはこの女性の凛とした仮面が剥がれるのを今か今かと待っていた。

 

だが⋯⋯反応はロゥリィの期待とは全く別のものだった。

 

「へぇ〜、そう。エムロイは今や暗黒の神へとなった、という訳ね。私が会った時はまだ死と断罪の神と名乗っていたはずですわ」

 

 どこか懐かしむように遠くを見つめる女性。想像した反応と違ったロゥリィはイラッとして一発殴ってやりたくなったがすぐに別の事へ注目した。

 

 

 

今、この女はなんと言った?

 

私が会った時? 暗黒の神エムロイ、我らが主神に会った?

 

 それに死と断罪のって、確かに神エムロイは暗黒の神だが死と断罪、その他をすべて含め今は暗黒の神と呼ばれている。

 

 死と断罪の神エムロイ、そう呼ばれていたのは⋯⋯そう、はるか昔。まだ私が使徒として仕えていない、もしかするとまだ産まれてすらいない時。

 

 いやいや、ありえない。嘘だ、嘘に違いない。この女は私が使徒である事をまだ信じていなくて騙そうとしているに違いない。きっとそうだ。

 

 

「ふ、ふんっ! あなたぁ? 私が御使えする主神エムロイに会ったぁ? そんな訳無いでしょぉ〜、嘘はぁ良くないわよ」

 

「嘘? 随分と勝手な事を言うのねお嬢ちゃん。あなたは使徒なのでしょ。なら祈りでもなんでもしてエムロイに聞いてみればいいのでなくて?」

 

 

 飄々とした様子でそう言ってくる女性に苛立ちながらもロゥリィは片膝を付き手を合わせエムロイ神へと祈りを捧げる。するとエムロイはいとも簡単に応えてくれた。

 

 

【彼女は我の友、嘘ではない。イイ奴、我と同じでハーディ嫌い】

 

 

 バッと女性へと目を向けると変わらぬ笑み⋯⋯いや、ニヤニヤとこちらをからかう様子が見て取れる。

 

「どうやらわかってくれたようね、お・嬢・ちゃ・ん・?」

 

「う⋯⋯むぅぅぅぅぅ!! 悔しいぃぃぃぃっ!! なんなのよぉぉぉぉ!!」

 

 ダンダンッ!! と地団駄を踏むロゥリィ・マーキュリー。その様子は年相応の少女そのもの。ロゥリィはとにかく悔しかった。エムロイの神官として敬われ、畏怖されてきた、そしてなによりも主神エムロイにあんな事を言われるこの女が妬ましかった。

 

「はぁ、はぁ⋯⋯あんた、歳いくつよ。私はぁ243」

 

「そうねぇ、2000⋯⋯くらいかしらね」

 

「はぁ⋯⋯」

 

とても大きなため息が出た。もはや悔しいとかそういう感情はわかなかった。

 

 

「で、あなたのぉ名前はなんなの? いい加減教えなさいよぉ」

 

「あらあら、年長者に対してその口の聴き方はないのでなくて」

 

 

イラッ

 

 

「これはこれはぁ、失礼いたしましたわぁ。わたくし暗黒の神エムロイに御使えする神官ロゥリィ・マーキュリーと申しますぅ――」

 

 額に筋を浮かべながら綺麗なカーテシーを披露するロゥリィ。だがそこから先の言葉が女性の凛とした表情を崩させた。

 

 

「――お・ば・さ・ん・?」

 

 

「おばっ!? ――そう⋯⋯そちらが名のったのならばこちらも名乗るのが礼儀ですわね。私は神エムロイの親友にして妖怪の賢者、八雲紫と申しますわ。――ペッタンコのお嬢ちゃん」

 

紫も顔は笑っているが額には筋を浮かべている。

 

「ぺ、ぺったんこ? ⋯⋯⋯⋯っ! へぇ、あなたぁ本当に死にたいらしいわねぇ。この年増女ぁ⋯⋯」

 

 ぺったんこの意味がよく分からなかったロゥリィだったが紫がわざとらしく腕を組み胸を押し上げるようにして強調したことでその意味に気がつき体から怒りのオーラでも出さんばかりの怒りを醸し出している。

 

「そっちこそもう一度首を跳ね飛ばされたいらしいわね。このクソガキ」

 

 

 

 互いに恐ろしいほどの殺気を放つ。ここに一般人が乱入でもしたものなら一瞬で気を失ってしまうことだろう。こうして第2ラウンドが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 ロゥリィ・マーキュリー、八雲紫、二人の邂逅から実に百年ほどが経った。

 

 荒れ果てた荒野、太陽は高く昇り一番高い場所に位置している。同じく場所、同じ時、再度二人は殺気を放ち向かい合う。

 

 初動は同時、互いに一直線に向っていく。ハルバートと扇子がぶつかり合い二人を中心に衝撃波が薪起こる。

 

 目にも留まらぬ連撃でぶつかり合うロゥリィと紫。常人であれば既に100回は死んでいる事だろう。しばらく拮抗した時間が続いた。だが拮抗はやぶられた。

 

 紫がロゥリィのハルバートを大きく受け流しロゥリィの間合いの内側へと入り込み首へと扇子を振るう。

 

完全に獲った、そう思っていた。だが⋯⋯

 

 

 紫の振るった一撃はロゥリィの首を跳ね飛ばす――――ことはなく空をきった。ロゥリィはギリギリで回避し踊るように回転その勢いを使いハルバートで紫の顔を叩きつける。

 

 迫るハルバート、まるで時間が遅くなったようにスローモーションに見える。ハルバートはしっかりと紫の顔を捉えそのまま紫ごと地面へと叩きつけられた。

 

 ドォーン!! と轟音が響き土埃が舞い上がり辺りを覆い尽くす。ロゥリィはハルバートを一度振るい土埃を吹き飛ばす。そして――

 

「ぷっ、あははははははっ!!」

 

 腹を抱えて笑いだした。ハルバートを落としぴょんぴょんと少女のように飛び跳ね笑っている。

 

「ふふっ⋯⋯んっ⋯⋯ふふ、あっはははは!! なによぉ、その格好ぉ。間抜けすぎるわよぉー!! あはははははは!!」

 

 土埃がはれロゥリィが見たものは頭から地面へとめり込み腰の当たりまで埋まっているなんとも間抜けな姿。尻を突き出し地面から生えた不思議な物体、もとい八雲紫。スカート部分はめくれ足をバタバタさせているソレをロゥリィはジトォ⋯⋯っとした湿った笑みでただ見つめる。

 

 やがて紫は自力でスポッと上半身を地面から抜いて起き上がった。その顔をまあ見事に腫れていた。

 

「ユカリィ、これで私の勝ち越しねぇ〜」

 

ひらひらと手を振るロゥリィ。

 

「そんな訳ないでしょ。通算では私が圧倒的なんだから私の勝ち越し。今日は調子が悪かっただ、調子に乗らないでくださらない」

 

「ふふふふ、でもぉあんな姿晒してぇ今回のはすべてを覆す結果があったと思うのよぉ。ぷぷっ、あなたにもあなたが埋まってジタバタしてるの間抜けな姿見せてあげたかったわぁ」

 

「⋯⋯⋯あなたも埋めてあげましょうか? あっ、でもあなたぁ、引っかかるところがぁ、ないからぁ〜、そのまま頭の先までうまっちゃうかしらねぇ〜」

 

「はっ?」

 

「なに?」

 

 

 互いに煽る煽る。第2ラウンドはまたしても始まるのである。喧嘩するほどなんとやら。なんだかんだで仲が良かったりするロゥリィ・マーキュリー、八雲紫なのであった。

 

 

 

 




仲良し仲良し
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